裏話 第八話 ヴェルギス教徒大迫害 Ⅲ
「単刀直入に言いましょう。アスマ商会が邪教徒に寄付をしたというのは本当でしょうか?」(はー、よりによってアスマ商会か……)
セシルはハルトに問い詰めた。
「何のことだかさっぱり分かりません。勘違いではないですか?」
ハルトがしらばっくれると、セシルは眉を上げた。
「証言があります。大人しく告白したらどうですか?」(ソースはアスマ商会の商売敵の泡の実商会なんだよなあ……信用できない……)
「だから知らないと言っているでしょう。我が商会を貶めるために詰まらない人間が言った嘘ではないですか?」
ハルトの嘘は砂漠の民さえも騙せる。
当然、セシルを騙すのは容易いことだ。
セシルは内心、やっぱり違ったかもと思いながらも、怒った表情を見せた。
「いい加減にしなさい。あなたの娘のレア・アスマ殿が邪教徒の教会に出入りしていたという目撃情報があるんです!!」(これは市民からの証言。ある程度信用ができる!)
セシルの言葉を聞いて、ハルトは首を傾げた。
「レアがですか? レアの奴は単独でかなりの資産を持ってますからね……もしかしたら寄付してしまったかもしれない……呼んで来ましょう」
ハルトはそう言ってメイドを呼びつけ、レアを呼び出した。
レアは数分してから応接間に入室した。
「こんにちは。神祇右大臣様。ご機嫌は如何ですか?」
「単刀直入に聞きます。あなたは邪教徒に寄付をし、教会に通っていましたね?」(やっぱりレア嬢の単独行動? でもダイナマイトの発明者を処刑するのはな……)
セシルは目を吊り上げる。
レアは口を開いた。
「確かに私は邪教徒に寄付をしました。非常に後悔しています。私の寄付がテロに使われた可能性を考えると……」
レアは顔を俯かせてみる。
如何にも後悔していますという表情だ。
「……あなたは邪教を信仰しているのですか?」(あれ? もしかして信者じゃないの?)
「と、とんでもない!! あんなおぞましい邪教をどうして信仰などするでしょうか。私は純粋に学術的な興味で接触しただけです」
「学術的興味?」(何言ってるんだ……)
レアは力説する。
「はい。純粋に一神教というのがどのような宗教か気になったのです。それに彼らはテロを繰り返している。彼らの危険性を世に広めるために本を書かなければと思いまして……取材をしたければ寄付をせよと言われたんです。本当に金に汚い奴らですね。でも五千万しか寄付してません」
「ではあなたの書いた本とやらを見せてください。書きかけても構いません。それで判断しましょう」(五千万しか?)
セシルは内心、レアがどれくらい金を持っているのか気になった。
五千万というのはセシルの年収の三分の一。
とてもじゃないが、しかではない。
どうでもいいが、一般庶民の年収は百二十万くらいだ。
レアは応接間から出て、どたどたと走り、如何にも焦ってますよ風を装いながら本を持ってくる。
レアは本をセシルに渡す。
「どうぞ。煮るなり、焼くなりお好きにしてください」
「分かりました……分厚いですね。読み終わるまで三時間ほど時間を貰っても?」(うえ……活字嫌い……)
「構いませんよ」
ハルトはセシルの本音に吹きださないように必死に作り笑顔を浮かべて言った。
セシルは静かに本を読み始める。
ガサガサと紙を捲る音だけが響く。
調度三時間ほど経過し、セシルは本を置いた。
「なるほど。確かにあなたは邪教徒ではない」(一部、邪教徒のことを貶したないようだし。大丈夫か)
実はこの本、レアが一晩掛けて書き直したものだ。
ヴェルギス教徒を賛美していたりする部分のページを破き、そこにヴェルギス教徒を貶す内容が掛かれた紙を挟む。
場合によっては黒く墨で塗りつぶし、紅い墨で書き直す。
レアが本気で徹夜すればこの程度、容易いことだ。
見事にセシルは騙された。
「取り敢えずこの本は私が責任をもって処分させて頂きます。どのような内容であり、ヴェルギス教徒について書くのはテロを誘発しますから」(煮るなり、焼くなり……と言われたしね)
セシルはそう言いながら、本を懐にしまった。
「最後に一つ」(取り敢えず聞くだけ聞いておくか……)
セシルは二人を見つめる。
「レア・アスマ殿。あなたが通っていた教会の邪教徒が消えました。何か心辺りは?」
「さあ? 私もさっぱり……ウェストリア帝の勅命を聞いて逃げ出したんじゃないですか? そうですね……私だったら地下墓地に隠れますね。あそこなら安全そうですし」
レアはしらばくれた。
「そうですか。助言、ありがとうございます。安心しましたよ。あなた方を殺すことにならなくて」(石鹸買えなくなるし)
セシルは笑顔で帰っていった。
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「案外チョロかったな」
「うん。いろいろパターンを考えてたけど無駄になっちゃった。まあ、いいか」
やはり政府が認定している教会に寄付をしてたいのが良かったのだろう。
日頃の付き合いはとても大事ということか。
「まずは第一関門、右大臣からの訊問 クリアだな」
とはいえ、これは第一の関門である。
ハルトたちは対象となるヴェルギス教徒計五十人を船でクラリスまで輸送することに決めた。
陸路では州ごとに関門があり、一つ一つそれを突破するのは大変だ。
だが海路なら陸路ほど厳しくない。
「第二関門は港での貨物検査。第三関門は海上での抜き打ち検査。第四関門はリンガの港での貨物検査。第五関門はクラリスに入る都市の入り口での検査。第六関門は総督。……やべえ、想像以上に関門多いな」
ウェストリア帝は国内における関税を必要最小限に留めている。
国内の流通を滞らせるからだ。
その代わり、関門一つ一つのチャックが厳しい。
麻薬や武器、人攫いの取り締まりのためだ。
そのおかげで治安が良くなり、商売がやり易くなって居るので文句は言えないが。
「総督とは友達ですよね?」
ロアはハルトに確認する。
「いや、そりゃあお友達だけどさ。所詮お友達程度だぞ。あの人、ウェストリア帝大好き好き好き人間だからな……」
今はハルトの敵と考える方が無難だ。
「いいですか。ケインさん。クラリスに付いても安心しないでくださいね。あそこは今や帝国の副都。最近はロサイスの人口を越えました。それに対東方への一大軍事拠点。下手をすればロサイスよりも危険です。私たちアスマ商会の影響力は強いので隠し通せると思えますが……初っ端から布教とかやられては隠し通せるものも通せません」
レアはケインに言い聞かせる。
「最悪、クラリスでの神官の動きが活発だったら東へ……砂漠の民の領域までほとぼりが冷めるまで逃げてもらう。構わないな?」
「はい。何から何まで……ありがとうございます」
ケインは深く頭を下げた。
「もうクラリスには玉音機でとっくに勅命が伝わってるだろうし。港の検査が厳しくなる前にクラリスに着かないとな」
玉音機とは共鳴魔術を利用した高速通信システムだ。
ウェストリア帝はこれを各総督府、鎮台府に設置している。
これによりウェストリア帝の勅命が瞬時に帝国全土に広がる。
反乱など起こしようがない。
「問題は第二から第五までの関門。最近は麻薬対策で本当に厳しいんだよな……」
「取り敢えず樽の中に隠れてもらう? ワインですって言えばわざわざ調べないでしょ。私たちは信用あるし」
アイーシャは言った。
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「さて、次は……アスマ商会か……いつも何も無いじゃないか。調べる必要あるのか?」
「アスマ商会のレア・アスマは邪教徒との付き合いがあったそうです。容疑は晴れていますが……念のためによく調べろと言われて居ます」
派遣されてきた神官は言った。
ここはロマーノ半島最大の港、レザド。かつてはキリシア人の植民都市でもあり、古くから西方での海上貿易の拠点であった。
ここには各属州から奴隷や穀物が大量に集まる。
同時にガラス製品やワインなどの特産物がクラリスに運ばれる。
……同時に麻薬も入ってくるし、政治犯や武器などが属州に流れる場所でもある。
故にこの港では非常に厳しい検査が行われる。
そして今は非常時。
警戒レベルは最高に引き上げられていた。
「どうせワインだろ。ワイン。あの商会は石鹸を運んできて、帰りにワインを仕入れて帰るからな」
石鹸は人件費が安いゲルマニスなどで生産される。
それがクラリスやロサイス、レザドなどの大都市に運ばれ、帰りに空になった船にワイン樽などを詰めて帰る。
それがアスマ商会のいつものやり方だ。
ワインは競争が激しく、大して儲けられないが空で帰るよりはマシだろうという考えだ。
「分かりませんよ。邪教徒を仕入れているかもしれない」
「まっさか~、あの人達がウェストリア帝に逆らうかね? ウェストリア帝はアスマ商会の大事なお客様だぜ。あり得ない、あり得ない」
「それはそうですが……可能性が零でない限り調べるしかないでしょう」
二人はアスマ商会保有の船に向かう。
一際巨大な船が十隻。
さすがは大商会と言える。
「お待ちしておりました。どうぞ、調べてください」
「これはご丁寧に」
二人は頭を下げた。
アスマ商会の会長はいつも港に出向いて挨拶をしてくれる。
検査員としてはこんな人柄の良さそうな人が邪教徒を保護するなどとは考えられない。
「ではいつも通り」
検査員は船の中を覗く。
そして樽の数を数え、目の前の報告書と見比べる。
数は正しいようだ。パッと見。
「よし、問題ありません。次の船……」
「ちょっと待ってください」
検査員の言葉を遮るように神官が口を挟んだ。
「樽の中を改めさせていただきたい」
神官はアスマ商会の会長が毎回挨拶してくれるなんて知らない。
何しろ今日派遣されてきたのだから。
彼からしたらこんな杜撰な検査、認められない。
「はあ? 何故ですか。麻薬や武器などの禁止された物は入っていませんよ」
「邪教徒が入って居るかもしれないでしょう」
神官は船内に入ろうとする。
それをハルトが遮る。
「何故邪魔を? やはり本当に隠しているのですか?」
「まさか。でもね、こちらとしては何度も疑われれば気分が悪くなるものです。我々アスマ商会は今まで一度も書類を誤魔化したことはない。帝室とも取引している信用ある商会だ。それに帝室が認定している教会に莫大な寄付をしている。私たちはロマーノの神々を信じる臣民だ。それなのに何度も疑われればね」
ハルトは怒気を含んだ声で神官に言う。
神官は思わずたじろいだ。
何故なら彼の所属する教会に寄付をしたのが他でもないアスマ商会なのだから。
「で、ですが樽の中を改めるだけです。何もやましいことが無いのなら問題ないではないですか!!」
「問題はありませんよ。どうぞ、お好きに拝見してください。私が心配しているのはあなた方です。これ以上疑うなら我々アスマ商会はあなた方を信用できない」
ハルトは冷たく言い放つ。
「商売をするのに一番必要なことは信頼です。信頼は金で買えない。そのことをよく心に御留めになってから検査をしてください」
ハルトはそう言って体を退かす。
神官は顔を青くしながら船内に入る。
樽の中を開ける。
ワインだ。
樽を開ける。
ワイン。
樽。
ワイン。
樽。
ワイン。
樽。
ワイン。
樽。
……
……
……
「すべてワインですね……」
「でしょう?」
ハルトは肩を竦める。
だが神官は諦めない。
「これは私の仕事です!! 最後までやり遂げさせていただきます。すべての船を確認させて貰う!!」
神官はハルトと検査官と一緒にすべての船を周る。
結果、すべて樽の中身はワインだった。
「申し訳ない……」
「いえ、構いません。そちらも仕事ですからね。私も言い過ぎた」
ハルトはにこやかに笑った。
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「よし、第二関門突破だ!!」
「まさか床下に隠れるスペースがあるとは……」
ワイン樽の下、床からケインが顔を出す。
「この船は特別仕様です。もしかしたら使うかもしれないと思って……これから海に出ます。死ぬほど酔うと思いますが覚悟してくださいね」
レアはニコリと笑う。
そしてハルトを振り返る。
「ところであんなに神官を煽る必要あったの?」
「だって床下ひっぺ剥がすかもしれないだろ。だから罪悪感を植え付けた。あれだけ言えばさすがに船を壊すような真似は出来ないさ」
というのが半分。もう半分は本当にむかついたからだ。
「あとの関門は同じように突破すればいい。簡単だろ」
そもそもアスマ商会には信用がある。
港で確認させられたという証明証を見せれば、大体の検査官は適当に終わらせる。
彼らも楽をしたいのだ。
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こうして無事に第三関門、第四関門、第五関門を突破し、クラリス本店にたどり着いた。
「やっぱり凄い厳しいぞ。神官が人の家の中に押し入って、血眼になって探してる」
「元々クラリスは憲兵の数が多いですからねえ……仕方がないですね」
「じゃあ私の実家に行く?」
クラリスは危険。
そう判断したハルトはヴェルギス教徒を砂漠の民の領域に逃がすことを決定する。
「で、どうやって逃げるの? 船の時のように行かないと思うけど……」
さすがに馬車に床下は作れない。
レアの質問にハルトは答える。
「いいか、関所がある道だけが道じゃない。なあ。アイーシャ」
「うん。私たち砂漠の民は帝国に密入国するための安全なルートを四つも知ってるよ」
「それはそれで大問題ですけどね……」
ハルトは多くの砂漠の民を雇っている。
彼らに護衛して貰いながら大山脈を越える。
一度抜けてしまえば安全だ。
「じゃあね、ケインさん。また今度お話しを聞かせて」
「はい。いつでも。ほとぼりが冷めるまで」
深夜、砂漠の民護衛九名とヴェルギス教徒五十名は密かに国境線を越え、砂漠の民の領域に逃走。
彼らはウェストリア帝が死に、ヴェルギス教徒への弾圧が弱まるまで東方で布教を続けた。
彼らの熱心な布教により、砂漠の民の三割がヴェルギス教を信仰するようになる。
そしてウェストリア帝の死後、ケインを含めたヴェルギス教徒はクラリスに戻り、クラリスにヴェルギス教総本山を設立。
ケインはそこの初代教皇となる。
このクラリスに本部を置くヴェルギス教会は後に東方教会と呼ばれるようになる。
そしてロサイスに残留した過激派……
彼らは激しい弾圧の中、地下墓地へと逃れ細々と信仰を続ける。
帝室への憎しみを募らせながら……
そしてウェストリア帝の死後、ヴェルギス教総本山―通称西方教会を設立する。
帝国との融和を推進する東方教会と、帝国を否定する西方教会。
両者は激しく敵対、双方を異端とし、対立を深める。
この争いは後に西方教会が支援する革命軍を東方教会が支援するエレスティア帝が打ち破るまで続く。
余談だが、ヴェルギス教に帰依した砂漠の民の一部は東方諸国へ布教を始める。
そして東方諸国でちょっとした流行りを見せる。
ちなみに、ヴェルギス教の唯一神と天使をロマーノ神話の神々と同一視する謎の宗教も出来上がります。ロマーノ人は多神教なので、どんな神様でもウェルカムです。




