第5話 ロア・サマラス
ロア・サマラスはリヴァス・サマラスとヘレン・サマラスとの間に生まれた一人娘だ。
リヴァス・サマラスはクラリスと隣接する、スフェルトという都市国家のサマラス商会という小さな商会の跡取り息子として生まれた。リヴァスのほかに、レイナールという弟がいて、仲の良い兄弟と近所でも評判であった。
リヴァスとレイナールは仲良くスクスクと育ったが、二人の仲を引き裂く事件が起こる。二人の両親が仕事で別の都市国家に向かう途中に、落石事故で死亡したの
だ。リヴァス18歳、レイナール15歳の時だ。しかも夫婦は兄弟に内緒で借金をしていた。商会は潰れるかどうかのギリギリの状態であったのだ。さて普通ならこの借金は負の遺産として兄弟に相続されたが、スフェルトでは子供に遺産を相続するかどうか選択する権利があるという法律があった。ただし、まったく無条件というわけではない。遺産の相続拒否の条件は、法律的に親との縁を切ることだ。当然だが縁を切った以上、葬式に参列することは許されない。兄弟は借金を相続するか否かで揉めた。
リヴァスの主張は両親に愛情を受け育った以上、恩を返さなくてはならない。また、縁を切るということはサマラス商会を見捨てることであり、サマラス商会で働く従業員を見捨てることになる。
レイナールの主張は例え法律上で縁を切ろうと、葬式に出られなくても両親との絆は確かに存在する。むしろ両親は自分たちが借金で苦しむことを望んでいないはずで、借金を相続する方が親不幸だ。またサマラス商会の経営はがたがたで、どう頑張っても潰れるだけだ。ならば早い内に解体したほうがいい。
二人の主張はどちらも間違っているとは言えないものだった。二人は三日三晩激論を交わしあったが、どちらも決着がつかなかった。結局リヴァスが両親のすべての遺産を相続し、レイナールは両親との縁を切ることで決着がついた。
一人サマラス商会と借金を相続したリヴァスは、両親の葬式を済ませた後に商会の立て直しと借金の返済を始めた。サマラス商会は泡の実をおもに取り扱っている。この泡の実という木の実は非常に天候に左右されやすく、価格が変動しやすい。リヴァスはこの泡の実の安定供給に努めた。泡の実の栽培している農村を駆け回り、泡の実を長期保存ができるような施設を建てた。また徹底的な倹約を努め、無駄を省き、借金取りには土下座した。
リヴァスが23の時、レイナールがリヴァスを訪ねてきた。レイナールはリヴァスに会って土下座した。
「ごめん兄さん。僕が間違っていた。借金を相続すべきだった。罪滅ぼしにはならないかもしれないけど兄さんの手伝いをさせてもらえないか?」
当然リヴァスは最初のうちは、もう兄弟ではないと突っぱねた。だがレイナールがあまりにも真摯に謝ったこともあり、リヴァスはレイナールを許した。もともと仲の良い兄弟だったため、二人はすぐに仲直りをしたかに見えた。この時までは……
レイナールはどういうわけか次々と取引を結んでいき、商会の中で確固たる地位を築いていった。
リヴァスとレイナールの努力の成果か業績が徐々に回復していき、ついに借金を返済が終了した。リヴァス25歳の時だ。サマラス商会はすでに小さな商会ではなく、スフェルトでは有数の商会にまで成長した。
リヴァスは仕事に忙しかったこともあり、いまだ独身であった。業績が回復し始めたときからお見合いの話を持ち出され、25歳の時にはお見合いの申し込み書はすでに山を作るまでになっていた。リヴァスが眉目秀麗であったことも理由の一つだ。
ある時リヴァスは、ある有力議員が開催するパーティーに呼ばれる。泡の実の主な客層は富裕層なので、リヴァスは特に断る理由もなく出席した。そこでリヴァスは運命の出会いをする。
その相手は街で一番の美女と噂される女性……ではなく、特に美人というほどでもないが醜いわけでもない、中の上くらいの女性だ。強いて言えば赤毛が美しい女性だ。きっかけはリヴァスが女性の輪に囲まれていた時、一人輪に入らず食事をとり続けていたことだ。その行動に少し興味を持ったリヴァスは女性に話しかけた。
「私の名前はリヴァス・サマラス。あなたのお名前を聞かせてもらえませんか?」
リヴァスがそう言うとびくりと体を震わせて、リヴァスの方を向く。食べていたステーキを飲み込んでから女性は答えた。
「私はヘレン・アルベルティーニです。リヴァス・サマラス……すみませんが聞いたことありません。なにをしてらっしゃっているんですか?」
その発言にリヴァスは驚いた。一つはアルベルティーニという姓。この町で1,2を争う議員と同じ性だったからだ。二つ目はリヴァスはいわゆる優良物件であり、知らない女性はほとんどいなかったからだ。リヴァスはヘレンにますます興味を持ち、ヘレンも見栄を張ったり、お世辞を言ったりしないリヴァスを気に入り、二人は自然に交際を始めた。
交際を始めて1年後、リヴァスとヘレンは結婚した。結婚の際に、ヘレンの父親と一波乱あったが割愛する。ヘレン21歳、リヴァス26歳の時だった。
その一年後、ヘレンは可愛らしい女の子を無事に出産した。
「見てごらん、君と同じ綺麗な髪だ。まるでルビーのようだ。」
「顔はどちらかと言ったらあなた似ねですね。将来、お見合いの申込書がおおすぎて困ることになりそうです。」
「な! この子はどこにもやらんぞ!!」
それは見事な親バカっぷりだったそうだ。もっとも一番喜んだのはヘレナの父親で、しゃべっただけでこの子は天才だと大騒ぎしたとか。この少女はロアと名づけられ、両親からの愛を受けてスクスクと育っていった。
さて、ヘレナの父親……つまりロアの祖父がロアのことを天才と称したが、実際にロアは天才だった。立ち上がったりする時期こそ遅かったものの、5歳の時にはすでに読み書きを完全に覚え、6歳では商売で必要な範囲の計算は完璧にできるようになり、7歳から商売に興味を持ち始めてリヴァスに経営の基礎を学び始めた。
また、ロアにはもう一つ普通の人間とは違うところがあった。妖精の加護を持ってい生まれたのだ。
妖精の加護とは1万人に一人の割合で先天的、または後天的に持っているもので、体内の僅かな魔力を使うことで特別な能力を使うことができる。能力は人によって様々で、一定の速度で飛んでくる物体を弾く矢避けの加護。遠くを見渡せる千里眼の加護。また相手の考えていることを読み解く読心の加護などがある。ロアが生まれながらに持っていた能力は金臭の加護、物の価値や儲け話を臭いで嗅ぎ付けることができる能力だ。リヴァスとヘレナはこの商売に特化した能力を喜んだが、誘拐などを恐れてロアが成人するまでは伏せておくことにした。ロアにも決して口外してはならないと強く言いつけた。ロアは賢かったため、その意図を理解して友達にも自慢することはなかった。
事態が動き始めるのはロアが9歳の時だ。この時リヴァスとヘレナは大きな取引のためしばらく留守にすることになった。もっともこういったことは良くあることだったので、ロアも特に駄々をこねることなく二人を見送った。
「じゃあロア、行ってくる。帰りにお土産を買ってきてやるからな」
「ロア、いい子にしているんですよ。レイナールさんの言うことをしっかり聞くんです。いいですね。
レイナールさん。ロアをお願いします」
「ええ、任せてください。ロアちゃんは僕の命に代えても守ります」
ロアはレイナールと一緒にリヴァスとヘレナの帰りを待った。レイナールはリヴァスやヘレナが留守にするたびロアの面倒を見ていた。二人は2週間後には帰ると二人に説明していた。しかし、2週間後に二人は帰ってこず、代わりに凶報が届いた。
リヴァス・サマラスとヘレナ・サマラス。何者かに襲われて死亡。
事件は二人が目的地に向かう途中に起きた。盗賊に襲われたのだ。当然二人は傭兵を雇っていて、比較的安全な道を通っていたが運悪く山賊と鉢合わせしてしまったのだ。
リヴァスは死ぬ間際に自分の衣服に血で遺言を書いていた。
『商会の跡取りはロアだ。後見人としてレイナールを指名する。ロアが大きくなるまでよろしく頼む』
二人の葬式は大々的に行われた。スフェルト有数の商会の社長と議員の娘の葬式だったからだ。
ロアは大泣きした。
「どうして!!嘘つき。すぐに返ってくるって約束したじゃん。いい子で待ってたらお土産を買ってきてくれるって言ったじゃん」
泣きわめくロアを慰めたのはレイナールだった。
「ロアちゃん……いくらでも泣いていいよ。悲しかったらいくらでも泣けばいい。でも二人はロアちゃんの泣き顔よりも笑い顔の方が好きだと思う。今は泣き止んで、笑顔で送り出してあげよう」
そう言われてロアは冷静になった。二人はもう帰って来ない。自分がいつまでも泣き続けていたら二人は安心して天国へ行けないだろう。それにレイナールだって悲しいはずだ。自分よりも両親と長く付き合っているんだから……ロアはこの時だけは泣き止んで笑顔で送り出した。
その夜、ロアはベッドで目が覚めた。葬式が終わった後にまたロアは泣き出して、泣きつかれ寝てしまったのだ。ベッドにロアを運んだのはレイナールだ。
ロアは泣いたことで喉が渇いていた。水を飲みに部屋を出て、廊下を歩いていると声が聞こえた。
「ほら、これが約束の報酬だ。ありがとよ。次も頼りにしてるぜ」
「ええ、確かに受け取りました。ところで遺書は本当にあれで良かったんですか?跡取りはそのままあんたにしちまった方が楽だろ」
「バーカ、それじゃあ怪しすぎるだろ。これでいいんだよ。あのガキが成人するまでにはまだ時間がかかる。それまでに完全に乗っ取っちまえばいい。ロアを殺すときはまた頼むぜ?」
「ひひひ、あんたは金払いがいいからな。いつでも受け付けるぜ。これからもよろしく、旦那」
レイナールと誰か知らない男の声だった。ロアは一瞬ですべてを理解した。レイナールは商会を乗っ取るつもりだったのだ。レイナールはどういうわけか感がいい。ロアが会話を盗み聞きしたことがばれるのは時間の問題だろう。警察に行ってもロアの言っていることをどれだけ信じてもらえるか……もしかしたら警察の方にも協力者がいる可能性もある。ロアは身の危険を感じてとっさに逃げ出した。
僅かなお金をもってスフェルトに近く、入国審査が簡単なクラリスに逃げ込んだ。とは言え、頼れる親戚などもいなく、お金は使いきってしまった。
パンを買うお金もなく、空腹に苦しんでいるとある情景が目に飛び込んできた。少年がパンを盗んで逃走していた。少年は店主をあっという間に撒いてしまう。窃盗……それしかない。ロアは窃盗に手を染めた。当然だがスリができるほど器用ではない。当然やれるのは万引きくらいしかない。
最初に盗んだのはリンゴだった。心臓が破裂するのではないかと思うくらい緊張した。何とか盗み出したリンゴは驚くほど美味しかった。
その日以来、ロアはたびたび万引きを続けた。特にロアが狙ったのはパンだ。保存が利く為、日に分けて少しづつ食べることができる。
当然だが万引き以外の方法も見つけた。旅人や行商人の案内だ。ロアは金臭の加護を使ってお得な店を探し当てることができた。道案内はかなり儲かった。もっとも、クラリスの孤児のほとんどはロアと同じように物乞いをしているため道案内だけで食べていくことはできなかった。足りない分はパンの万引きで補った。
そうこう生活しているうちにロアは12歳になった。いつものように裏路地を歩いていると不思議な青年にあった。青年はふらふらとスラム街の方へ歩いていく。ロアとしたら事情を知らない外国人が身ぐるみ剥がされたとしても知ったことではない。だがふと臭いがした。儲けの臭いだ。この人はチップをくれる。ロアは確心した。
「お兄さん。そっちはスラム街です。身ぐるみ剥がされちゃいますよ」
ロアがそう声をかけると青年はじっとロアを見て口を開く。
「教えてくれてどうもありがとう。でもこの程度じゃチップはやらんぞ」
ロアはおもわず苦笑する。これだけでチップをくれるとは思っていない。ロアはとりあえず名乗る。
「まだ何も言ってないじゃないですか。私はロア・サマラスって言います。お兄さんの名前は?見慣れない服装ですけどどこから来ました?」
青年も名乗り返す。
「俺の名前はハルト・アスマだ。東の方から来た」
東方から来たと言われてロアは納得した。見慣れない格好をしているのは当然だろう。ロアは友好度を高めるために会話を続ける。
「東ですか…、つまり大山脈と大森林、大砂漠を越えて来たってことですか。それはずいぶんと遠くからですね」
ロアがそう聞くと青年は少し焦りだす。
「そんなことより、宿を探しているんだ。道案内してくれないかな」
何か誤魔化された気がするがまあいいだろう。道案内するだけの関係だ。根堀り葉掘り聞く必要もない。
「いいですよ。でもタダというわけには……」
ロアがチップをせびると青年はなんと銅貨を4枚も手渡してきた。チップは普通銅貨1枚ほどだし、相手がケチだと銭貨しか貰えない。ロアはこれは良い鴨だと思った。思わず笑いが出てくる。
「ふふ、ありがとうございます。ではハルトさん、希望はありますか」
「できるだけきれいなところがいいが、資金に限りがあるからな。安いところがいい。」
ならシルフー亭でいいだろう。あそこは店がキレイだと評判だ。それに向かいのウンディーヌと合わせればかなりお得だ。銅貨4枚ももらったからにはしっかりと仕事は果たす。
「わかりました。では『シルフー亭』にしましょう。あそこなら一泊2000ドラリアくらいですから」
ロアがそう答えると青年は少し眉を顰めた。何か気になることでもあるのだろうか。
「すまないが、貨幣価値について教えてくれないか。確認したいんだ」
ロアはその言葉を聞いて驚く。いくら遠くから来たからって、いや遠くへ出かける以上貨幣価値くらいは調べるはずだ。だがこれは儲けのチャンスでもある。
「いいですよ。銅貨1枚です」
ロアは笑いながらチップをせびる。ハルトは苦々しい顔でチップを渡した。
シルフー亭に向かいながらハルトの質問に答える。貨幣価値や地理など基礎的なことばかりだ。
「まったく、えらい出費だ」
今日の儲けは銅貨8枚。大儲けだ
「それはハルトさんが無知だから悪いんですよ」
本当だ。いったいこの人は何をしにクラリスにまで来たんだろうか。
「それにしても物乞いのくせに金貨の貨幣価値や地理なんて知ってるんだな。」
ハルトの言葉にロアはぎくりとした。たしかに物乞いは金貨なんて見たことないだろうし、地理なんて知っているわけがない。
「ええまあ、私は別に最初から物乞いだったわけではないですから」
ロアは適当にはぐらかした。もう過去のことなので気にしている訳ではないが、初対面の人間に話す内容ではない。
しばらく歩いているとシルフー亭が見えた。これでお別れだ。
「あそこに見えるのがシルフー亭です。では私はこれで失礼しますね」
ロアはハルトのことを結構気のいい人だなと思った。
次にロアがハルトに会ったのはその2日後だった。道を歩いていたら急に儲けの臭いがしたのだ。
臭いのする方を見るとハルトがいた。
「ハルトさんじゃないですか。久しぶりですね。何をしているんですか?」
ロアはハルトに駆け寄って話しかける。
「すこし日用品を買いにな」
ロアは目を光らせる。儲けのチャンスだ。
「それでしたら私が安くてしっかりしたお店をご案内しますよ。500ドラリアでどうですか?」
「いや、結構だ。自分で探すよ」
ここで引いたら終わりだ。ロアはハルトを説得する。
「でもお店によって値段が違ったりするんですよ。下手したら粗悪品をつかまされたりしますし……、たった500ドラリアでその危険が回避できるんです。お金がないならますます私を雇った方がいいと思いますよ、ついでに街を案内しますか?」
クラリスは商人の国だ。詐欺じみたことをする人間もたくさんいる。
「わかったよ。そのかわりきちんと仕事しろよ」
ロアの説得が通じてハルトはロアの案内を受ける。
「ふふふ、まいどありー」
ロアはうれしく思いながら銅貨を受け取った。
ロアはハルトに店を案内していく。ハルトはどういうわけか話しかけてきた。普通は道案内と会話しない。ロアも普段なら適当に流すが、なんとなくハルトの言葉を無視するのは嫌な気分になったので、ロアもハルトと積極的に会話する。
「そういえばハルトさん、異国出身なのにずいぶんキリス語が堪能なんですね」
ロアは不思議に思ってたことを口にした。基本的にお客の事情には首を突っ込まないのがロアの主義だが、ハルトとは大分親しくなったので思い切って聞いてみたのだ。
「まあな、財布も服もかったし後は石鹸だな」
適当に返されてしまった。だが石鹸とは何なのか?ロアは基本的に自分の知らないものはないと思っている。昔多くの本を読んでいたからだ。
「え?『石鹸』ですか。なんですかそれ」
ロアがそう聞くとハルトは焦った顔をする。そんなに大切なものなのだろうか?
「ほら、汚れを落とすのに使うやつだよ。泡がでてくるやつ」
汚れ……基本的に庶民は選択には灰汁などを使い、富裕層は泡の実を使う。
「灰汁とか泡の実のことですか。それならそうといってくださいよ」
汚れを落とすものならそれ以外に存在しない。自分父親がしていた商売が泡の実の売買だ。絶対の自信があった。
「泡の実ってなんだ?」
その言葉にロアは驚く。泡の実は都市国家連合だけでなく、王国や帝国でも広く使われている木の実なのだ。
「え! 知らないんですか。東方には生えてないんですか……ほらあそこで売ってる木の実です。体を洗っても肌が荒れないから富裕層なんかが使うんです」
ロアは泡の実を売っているところを指さした。ハルトは値段をのぞき込んで驚いた表情をする。ロアも昔はその高さが分からなかったが、物乞いに落た今なら分かる。とてもじゃないが洗濯やお風呂にそんなお金はかけられない。
ハルトはその値段を見て呆然とした様子をしていたが、急に考えこんで何かを決心したような表情をした。
「ロア、鍋とオリーブオイルと塩と薪が売ってあるところを知らないか?」
いきなりだ。当然だがそれくらいは知っている。いったい何に使うというのか。
「え? 知ってますけど……いったい何に使うんですか?」
ハルトは悪戯そうな表情を浮かべた。
「まあ、ちょっとな。できたらお前にも少しわけてやる」
ロアは思わず首を傾げた。
次の日のことだ。ロアが道を歩いていると財布が落ちていた。ラッキーだと思い財布を手に取ってみると金貨が入っている。当然だが物乞いが金貨なんて持っていたら盗みましたといっているようなものだ。仕方ないと思い財布を道に戻そうとしたその時だった。
「おい、そこのガキ。何を持っている!!」
あっという間だった。ロアは腕をひねりあげられ捕まってしまった。よく見ると警官だ。
「財布か? って金貨じゃないか! どこで盗んできた!!」
盗んだも何も拾っただけだ。ロアは盗んだのではないと説明するが聞いて貰えない。
「これだから2等市民は……犯罪者予備軍のような人間は即刻この国から追い出すべきなのに……ついてこい」
ロアの体から冷や汗があふれる。このままでは奴隷にされるだろ。基本的に奴隷は一般市民のやらないようなきつい仕事や、穢れた仕事を押し付けられる。ましては自分は女だ。どういう目に合うかは想像できた。ロアは必死に抵抗するが奴隷商館まで引きずられてしまう。
「だから冤罪です。私は盗んでなんかいません。本当です!! 信じてください。放して!!」
周りに人だかりができている。ロアは周りの人間にも聞こえるように大きな声で叫ぶ。
「嘘付け!お前のような孤児が金貨の入った財布なんて持ってるわけないだろう。そもそもパンの窃盗の常習魔の言葉なんて信じられるか!!」
「いや、それはその……」
どうやらこの男、ロアが万引きするところを目撃したことがあるようだ。まったく反論できないロア。このまま娼館にでも売られて性病にでもかかって死ぬのか……そう諦めかけたその時だった。
「ちょっと待ってください」
聞いたことのある声がロアの耳に飛び込んだ。
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