裏話 第七話 ヴェルギス教徒大迫害 Ⅱ
さてさて、どうなることやら
セシルは困っていた。
彼女はヴェルギス教徒が嫌いだ。
彼女の両親はヴェルギス教徒に殺害されたのだ。
とはいえ、だからと言ってヴェルギス教徒を皆殺しにしようと思っていたわけではない。
それでは両親を殺したヴェルギス教徒と同じになる。
演説とは過剰な演出をするものだ。
だから彼女の良く言う『ともあれ、ヴェルギス教徒は滅ぶべきと考える次第である』は少し誇張が入る。
セシルはヴェルギス教徒を滅ぼしたいわけではない。
それに滅ぼそうと思っても滅ぼせるモノではないと思っている。
だが適度に弾圧を加え、数を制限出来れば良いなあ~程度だ。
だがウェストリア帝は皆殺しにする気満々である。
ウェストリア帝は暴君ではない。
名君であることは市井からの声を聞けば分かる。
帝国二大名君……
ロマーノ半島―かつてはアデルニア半島と呼ばれていたこの半島を統一して、ロマーノ帝国を建国した偉大なる神帝、アルムス一世。
そしてそこから一気に領土を広げ、西方全域を支配下に治め、ロマーノ帝国を世界帝国にまで引き上げた偉大なる雷帝、アンダールス一世。
その両名に勝るとも劣らないだけの名君であるとセシルは思っている。
ウェストリア帝は普段は家臣の忠言もよく聞く。
そして実現不可能な中途半端なことはやらない。
そう普段なら……
「どうしよう……」
「私が聞きたいですよ。大体、あなたが悪いんですよ。あんなに主張するから……」
セシルにアスカは文句を言った。
ちなみに今のアスカの身分は帝国軍務大臣……奴隷の身分から随分と出世したものだ。
「だって……ヴェルギス教徒嫌いなんだもん……」
「もんって何よ。年を考えなさい……」
アスカは深いため息をつく。
「放っておくしか無いですよ。ああなった陛下は止まらないでしょ」
「うう、でもこのままじゃあ……」
セシルは深いため息をつく。
「二人で説得しない?」
「無駄、無駄。あの目見た? 絶対許さない目よ。ああなった陛下は止まらない」
二人はため息をついた。
「仕方がない……やるなら徹底的にやります。出来るだけ私が泥を被るように努力します」
「憲兵も貸すわ。私も出来る限り協力する」
毒を食らわば皿まで、である。
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「っていう感じで消極的だと思うんだよね」
「本当ですか?」
ロアは訝しそうな目つきでハルトを見た。
「本当だって。あの人、演説の時に『ともあれ、ヴェルギス教徒は滅ぶべきと考える次第である』(別に皆殺しにする必要はないな……数が増えると厄介だから、ちゃんと言い聞かせないと)って思ってるんだよ」
「はあ……ハルトさんの『言霊の加護』がそう言うなら間違いないと思いますが……」
ロアからすればセシルは過激な女くらいのイメージしかない。
「それに石鹸を納品する時に話したことがあるが……普通にいい人だぞ」
「それとヴェルギス教徒は関係ないと思いますが……まあ納得します」
ロアは引き下がる。
「つまり、レアちゃんを無理やり殺そうとする可能性は無いってこと?」
「多分な。聖書を踏まされることくらいはやらされると思うけど……レアなら平気で踏むだろ」
レアはお世辞にも敬純とは言い難いし、そもそもヴェルギス教徒ではない。
だから助かると言われれば嬉々として踏みつけるだろう。
「問題は……」
俺はレアが連れてきたお友達を見る。
髪は金髪。
背丈はレアより少し低い。
ヴェルギス教の象徴である、月のネックレスを首に掛けている。
その女はハルトに頭を下げる。
「お願いです。助けてください。お礼はいくらでもしますから、どうか。御慈悲を……」
「取り敢えず顔を上げて名乗ってくれ」
「ケインです!! ありがとうございます」
「いや、まだ助けるとは言ってないし」
ハルトがそう言うと、ケインは顔を俯かせる。
「ねえ、パパ。良いじゃん。この人達は少しも悪くないんだよ?」
「馬鹿。こいつらを助けても百害あって一利無しだろうが」
そもそもだがヴェルギス教徒の扱いは非常に悪い。
今回の霊廟への放火以外にも、いろいろと悪さをしているのだ。
ロサイス市民の多くは今回のウェストリア帝の勅令に大喜びだったりする。
勿論眉を顰める者も居るが、そう言う者たちも自業自得だから仕方がない程度に考えている。
一昔、日本を騒がせた某宗教団体を思いだしてくれればいい。
ヴェルギス教徒の扱いはそれと同じだ。
「大体だ、お前も反省しろ。お前のやった金が今回のテロに結びついた可能性も……」
「それはありません!!」
ケインは大声を出した。
「あれをやったのは過激派なんです。私たちは穏健派……確かに私たちは唯一神を信じてはいますが、皆さんの信じる神を否定したりはしません。いろんな考えがあっていいと私は思っています」
「そうだよ。事件を起こしているのは多数派の過激派。少なくともケインさんたちの教会は悪いことはしてないよ。孤児を引き取って、育ててあげたりもしてるんだよ? 貧しい人に炊き出ししたりもしてる。悪い人たちじゃないよ!」
レアとケインはハルトを見て訴えた。
ハルトは思案する。
レアは賢い子だ。
騙されているということは無いだろう。
つまりレアの言う通り、ケインたちはいい人ということになる。
だがこの場合、問題なのはケインが良い人かどうかではない。
世間一般的にどう思われているかだ。
アスマ商会はヴェルギス教徒に肩入れしている……などと噂が立てばただでは済まない。
もし、誰かがアスマ商会の寄付金でエトラ様の霊廟が破壊されたなどと言ったら?
殺される。間違いなく。
もし許されたとしても、売れ行きに大きな影響が出る。
だが……
「分かった。取りあえず話し合ってみよう。だが期待するなよ?」
「はい! ありがとうございます!!」
ケインは頭を大きく下げた。
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「さて、これより第十二回アスマ商会幹部会議を始める」
ハルトは幹部たちを集めて宣言する。
幹部の主なメンバーはデニス、レオン、レア、そしてハルトの息子であるゼフ、ブルーノ、そしてロアとアイーシャ。
「さて、議題はもう報告書を読んでくれたから分かると思うが……ズバリ、ヴェルギス教徒を保護するか、しないかだ。まずはレア。お前から言え」
ハルトの命令で、レアは立ち上がる。
「私は助けるべきだと思います。全員ではありません。私が助けるべきと言っているのは穏健派の方々です。そこを勘違いしないでくださいね。ヴェルギス教は巷では悪いように言われていますが……決して邪教などではありません! 私は第三者的立ち位置からヴェルギス教をよく調べたから分かります。ヴェルギス教の教義はすなわち、愛。すべての人を愛し、困ったときには手を差し伸べる。弱者を救済し、全ての人が平等に、幸せになれるように願う宗教です。穏健派の方々は何の罪もない人たちです。助けてあげるべきです」
レアはそう言うと着席する。
すぐにゼフが手を上げた。
ゼフは金髪に褐色の肌を持つ。
レアほどではないが利発で、商才に関してはレア以上だ。
「姉さんは罪の無いと言った。でもそれは本当かな? 彼らはテロ事件を繰り返している。それにだ、神は一柱だけでそれ以外はすべて悪魔。当然、ロマーノ神話の神々も悪魔、などと言っている人間が危険じゃないと? 十分危険じゃないか。そもそもだ、この思想は神の血を引いているとされるロマーノ帝室の方々を否定するものだ! 十分国家反逆罪と言える。事実、彼らは帝室の支配を受け入れないと主張して放火を繰り返している。根本から危険なんだよ!!」
ゼフの発言に同意するようにレオンが手を上げる。
「私も同意です。彼らは危険だ。まあ彼らがどんな宗教を信じようと彼らの勝手ですし、私たちはキリシア人。帝室などどうだっていいのですが……それでも危険であることは間違いない。もしだ、私たちが彼らと深い付き合いをしているという噂が立ったら? 売上はガタ落ちだ。そもそも私たちはタダでさえ敵が多い。やめた方が無難かと」
レオンの発言が終わると、レアが再び立ち上がった。
「ですから、私が助けるべきと言っているのは穏健派の方です。彼らはロマーノの神々を否定していません。人には人の考え方があると考えているんです!!」
「へえ、じゃあロマーノの神々も信じているのかい? というか本人に会ってみないと分からないな。父さん」
「分かった。レア、呼んで来い」
ハルトの言葉にレアは立ち上がり、ケインを呼びに行く。
しばらくするとケインを連れてレアが戻ってくる。
ゼフはケインに聞く。
「あなたはロマーノの神々を敬えますか? ロマーノの神々に祈りを捧げられますか? 僕らはヴェルギス教の神に祈りを捧げられるよ。多神教だからね。何の神が居ようと構わない。あなたたちは?」
ゼフの質問にケインは首を横に振る。
「いえ……私たちは父なる神を唯一の神としているので祈ることは出来ません」
「ほら!! やっぱりダメだ。危険だね」
「ですが!!」
ケインは声を張り上げる。
全員の視線がケインに集まる。
「私はみなさんの信仰を否定したりはしません。人はすべて平等です。神の前に。ですからどんな神を信じていようと、皆平等に人です。少なくとも私はそう考えます」
ケインは幹部たちを見回す。
「過激派は可笑しい。あれはヴェルギス教などではありません。彼らはヴェルギス教を利用しているに過ぎない。如何なる宗教も否定してはならない。それはその宗教を信じている人たちへの侮辱です。同時に私たちヴェルギス教を弾圧する方々も間違っていると思います。ええ、放火を繰り返す人々は逮捕するべきでしょう。法に則って。ですが私たちは何もしていない! こんなことが許されますか。法治国家たるロマーノで。政府は国家反逆の疑いがあると言っていますが……私たちはそんな畏れ多いことは考えていません。ちゃんと税を払い、帝室に忠誠を誓うべきだと考えています。皆さんと同じ、帝国の臣民です。なのに殺される。ヴェルギス教を信じているというだけで。可笑しいと思いませんか? こんなことが許されますか? 法とは正義を実現し、秩序を維持するためにある。これは正義ですか? 今行われていることは正義ですか!?」
ケインは声を張り上げ、必死に叫ぶ。
その声は会議所を支配した。
「これはヴェルギス教だけの問題ではありません。これを一度許せば、同じようなことが繰り返されます。いつしか臣民の持つ、不変であるはずの権利すら侵害されるようになるでしょう。それを許していいのですか? いつか、皆さんの子孫の方々が帝国に理不尽な理由で殺されるかもしれない。それを許していいのですか? 皆さんが持つ、どんな人も自由に商売をしてもいいという権利が侵害されてもいいのですか? いえ、許してはなりません。立ち向かうべきです。屈してはなりません!」
ケインはそう言いきり、椅子に座った。
会議所は沈黙に包まれる。
手が上がった。
デニスだ。
「僕は彼らを保護すべきだと思います。見たところ、ケインさんは狂信者ではないようです。それに彼女の主張には一理ある。それにヴェルギス教は急速に数を増やしています。これが弾圧程度で消えますか? いえ、消えないでしょう。むしろ、苦難に立たされることで余計に信仰するようになるでしょう。となるとさらにヴェルギス教徒は数を増す。もし、僕たちが手を差し伸べれば彼らは僕らを永遠に感謝する。これは将来的に大きなプラスになる」
デニスがそう言って着席すると、今度はブルーノが立ち上がる。
彼はハルトと同じような黒髪黒目を受け継いだ子だ。
肌の色もハルト似である。
「そもそもさ、困った人は助ける。これはアスマ商会の基本原理じゃなかったっけ。だから俺たちは一銭の特にもならない孤児院に莫大な寄付をしている。『情けは人の為ならず』だっけ? 俺は助けるべきだと思うよ。何の罪もない人が殺されるのを見捨てる。こんなに罪深いことは無い」
ブルーノはそう言った後、静かに座った。
ハルトはアイーシャとロアに目配せをする。
二人は首を横に振った。
ハルトは静かに口を開く。
「それにつけても、ヴェルギス教徒は存続させるべきと考える次第である……ということでいいかな?」
ハルトは会議所を見渡す。
誰も反論は無い。
「では決を採る。ヴェルギス教徒の保護に賛成の者!」
一斉に七つの手が上がった。
次回、どうやってセシルの追求を逃れるか!!
ちなみにアスマ商会幹部もハルトの息子ももっとたくさんいますが、今回は出ていません。
緊急事態だったのでロサイスに居るメンバーだけで会議をしました。
さて、宣伝をさせて頂きます。
新作『異世界建国記』を投稿しました。
商売記と同一の世界観を共有しています。過去の話ですが。
内容はいわゆる内政チートです。戦争します。建国します。主人公はちらほら名前の出ている『あいつ』です。
一つだけ注意点が。作者の都合で地理が少し変わっています。具体的に言うと、リンガが消滅して、クラリスと合体しました。詳しくは『異世界建国記』で。
読んでいただけると嬉しいです。




