裏話 第四話 恋愛Ⅲ
「どうすれば許してくれますか!」
ロズの声が響き渡る。ハルトはロズを見下ろして言った。
「お前、レアと自分が釣りあっていると思ってるのか?」
「……必ずレアに釣りあう男になって見せます!」
ロズの言葉に、ハルトは鼻で笑う。
「つまり今は釣り合っていないわけか。出直して来い!」
ハルトは得意気な顔で言い放つ。
「……どうせ釣りあってるって答えたら、お前みたいな自分の能力も自覚できていないような奴を婿には迎えないって言うつもりだったんでしょ」
レアの指摘にハルトは言葉を詰まらせる。図星だったからだ。
「ハルトさん。ちょっといいですか?」
ロアはハルトの袖を引いて、耳打ちする。
「……ロズ君に失礼かもしれませんが、婿としては最適かもしれませんよ。実家の力が強くない方がレアとしてもやり易いでしょう。それにロズ君はそんなに自我が強い方では無いですし、レアはロズ君にとっては姉でもあります。商会の安定を図るならロズ君は最適です」
「……それは一理あるな」
西方には……というよりこの世界は文化レベルが地球よりも低い。だから男尊女卑的文化も根強い。レアは優秀であるため後継者として従業員に認められているが、レアの婿として貴族の息子や豪商の息子が来ればその立場は揺らぎかねない。
その点ロズは問題ない。実家の力が強いわけでもなく、本人も商才があるわけではない。
今度はアイーシャがハルトに耳打ちをする。
「それにレアちゃんはロズ君のことが好きなんでしょ? あの男という生き物にまったく興味を示さないレアちゃんがだよ。レアちゃんの意思を尊重してあげたら? それともロズ君の人柄が信用できない? 本音では酷いことを思ってるの?」
「……いや、あの餓鬼は本当にレアのことが好きみたいだけど」
「じゃあ良いじゃん。今までそう言う人はいなかったわけだし」
ロア、アイーシャの二名がロズを推薦する。ここまで言われるとさすがのハルトも揺らぐ。
それにこのままではレアは本当に行き遅れになる可能性がある。レアに生き恥は掻かせたくない。
「会長!」
「ハルトさん!」
ハルトが悩んでいると、ドアが突然開く。セリウスとマリアだ。
「どうかロズを認めてあげてくれませんか? この子は本当にレアちゃんのことが好きなんです!」
マリアはハルトに深く頭を下げる。マリアとは非常に深い付き合いだ。文字を教えてくれたのもマリアである。
「お願いします、会長! こいつは強い以外何も取り柄がないような奴ですが、人柄は確かです! 決してレアちゃんを不幸にすることはないと思います。もし不幸にするようだったら俺が責任もってぶん殴ります。だからお願いします!」
ハルトはセリウスという男をよく知っている。今までずっとハルトたちを守ってくれていた男だ。信用している。その男の息子なのだから人柄も信用できる。できるが……
「う、でもなあ……レア。何でお前はこいつのことが好きになったんだ。いままで嫌そうにしてたじゃないか!」
「そういえばそうですね」
「どういう風の吹き回しなの?」
ハルト、ロア、アイーシャの視線がレアに集まる。
レアは顔を少し赤らめて答える。
「誘拐されそうになったのを助けてもらって……」
レアはことの経緯を話す。誘拐未遂犯の処遇は三割、ロズのかっこよさについては七割で。
「おい! 俺は聞いてないぞ!!」
ハルトはレアの肩を揺さぶる。
「だって……お父さん過剰に反応するじゃん。大騒ぎするし。絶対病院漬けにして検査したあと、一か月は家に軟禁するじゃん。そんなの面倒くさすぎる……」
「面倒……くさい……」
ハルトは心臓を抑える。ハルトの心臓に百ダメージ。
「レア! 確かにお父さんはその辺アホな行動をとるかもしれませんが、あなたを心配してのことですよ」
「それにちゃんとそういうのは報告しないと対策の仕様がないじゃん。ダメだよ」
ロアとアイーシャはハルトを援護する。レアは生返事をした。
「はーい、今度からは気を付けます」
絶対に今度は訪れないだろう。
「でもハルトさん。ロズ君はレアを男らしく守った実績があるみたいですよ」
「護衛としては最適じゃない? 絶対にレアを死ぬまで守ってくれそうだよ」
「そうそう。お父さんと違って」
「……お父さんと……違って?」
ハルトは心臓を抑える。
ハルト心臓に千ダメージ。
だがハルトは諦めない。
「おい、お前。一生レアだけを愛せると誓えるか!」
「誓えます!!
「愛人も囲わない。娼館にも行かない。そう誓えるか!!!」
「誓えます!!!!」
ハルトとロズのやり取りを見ながら、ロアとアイーシャはひそひそ話をする。
「ねえ、ハルトって愛人居るよね」
愛人が言った。
「アイーシャは実質妻だよ。愛人なんて卑下しないで。……まあハルトさんがアレなのは本当だけど」
二人は白い目でハルトを見る。
「そんなにレアが好きか」
「大好きです。世界で一番愛してます!」
真っ直ぐなロズの視線がハルトを襲う。ハルトは思わず目を逸らす。
「……いいだろう。二人の結婚を認めてやる」
「本当ですか!」
「本当に!!」
二人は手を叩いて大喜びする。
「だが条件がある!」
「何でもします!」
「言ったな! 男に二言は無いぞ」
ハルトはロズを見下ろす。ロズもハルトを見つめる。
ハルトは静かに条件を告げる。
「ゾウと素手で戦ってみろ。そして勝て。出来るよな?」
ハルトは意地悪そうに笑った。
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ゾウと素手で戦う。
それはセリウスが一度行ったことだ。
だが『闘神の加護』を持つセリウスでさえも互角にしか戦えなかった。
素手となると、完全に身体能力勝負になる。
『闘争の加護』しか持っていないロズでは不可能だ。
「そんな! ロズが死んだらどうするの?」
レアは叫ぶ。
「安心しろ。降伏すればすぐにやめさせるさ。セリウスを含む武装した砂漠の民や雪原の民をすぐに投入する。まあその時点で結婚の話はなしだけどな」
ハルトはニヤリと笑う。
「お父さんの馬鹿! アホ!! キモイ!!!」
レアはハルトを睨みながら叫ぶ。
「……馬鹿……アホ……キモイ……?」
会心の一撃! 九千九百九十九のダメージ。
ハルトは心臓を押さえて蹲る。
そんなハルトを尻目に、ロアとアイーシャはひそひそ話をする。
「何でゾウなんでしょう? そもそもロズ君は十分に強いからそんなことを試す必要ないじゃないですか」
「娘が欲しければ俺を倒せ! をやりたかったんじゃない? でも実際にやったらハルトは瞬殺されちゃうからゾウを代わりに。それともゾウに襲われる状況を想定してとか」
「そもそもゾウが生息するような場所を武器なしで歩きますか?というか普通ゾウと鉢合わせなんてあり得なくないですか?」
「サーカスのゾウが逃げ出す状況でも想定してるんじゃない? どっちにしろアホな話だよ」
好き勝手に言う二人。
「お義父さん!」
「お義父さん言うな!!」
ハルトはロズを涙目で睨む。
「男に二言は無いですね?」
「……本気でやる気か?」
「必ずゾウを倒して見せます!」
ロズは宣言した。
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こうしてこの、世にもアホな話はキリシア全土に広まった。
そして総督府を通じてある男の耳に入る。
「へえ、面白そうなことをしようとしてるじゃん」
西方唯一の国を総べる男、賢帝ウェストリア。
ウェストリア帝はニヤリと笑う。
「ゾウと殺し合うなら広い場所が必要だよな。良いぜ。うちのコロッセオ。貸してやるよ」
その言葉により、この話は世界規模になる。
後に黄金の時代を代表する恋愛劇、『愛とゾウの闘い』。
その元ネタとなったロズとゾウの闘いが幕を開ける。




