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異世界商売記  作者: 桜木桜
第四章 対決編
50/60

最終話 決着

今日で異世界商売記は終わりです。二話更新です

 作戦は簡単だ。

 まず、レイナードに魔草についてハルトが情報を入手して総督府に説明に行こうとスフェルトを発とうとしているという情報を流す。レイナードに伝わった後、しばらくしてからハルトたちは竜車でクラリスに向かう。スフェルトからクラリスに向かうには必ず通らなくては岩場がある。そこには死角がたくさんあり、襲撃にはもってこいの場所だ。ロアの両親が殺されたのもその岩場だ。

 間違いなく暗殺ギルドはそこで仕掛けてくるので、ハルトたちはそこで抵抗して暗殺ギルドの人間を生け捕りにする。


 準備には四日掛かった。まず砂漠の民五名とラスク、タルト、ラングと他の腕のいい傭兵を十名呼び寄せた。総勢十九名だ。本当は全員を集結させてもいいくらいだが、流石に罠であることがばれてしまうので少数精鋭で行くことにした。次に魔草の情報を整理をサマラス商会のレイナードにだけ伝わるように工作をした。確実にレイナードに伝わる必要があるが、レイナード以外に伝わるのは不味い。殺人を確実に立証するには殺人ギルドが確かに存在する証拠とロアの両親を依頼で殺したという多数の証言が必要なのだ。それを手に入れる前にレイナードを拘束するわけには行かない。


 作戦決行は明日だ。


____


 「緊張しますね……」

 「そうだな。でも打てるだけの手は打った。大丈夫だろう。油断は禁物だがな」

 ハルトは笑った。本当は不安で仕方がないが、ロアを安心させないといけない。

 「これが終わったら結婚しよう!」

 「余計に不安になりました」

 ロアは笑った。

 「二人とも熱いね。私をのけ者にして。ずるいよ!」

 アイーシャはハルトに抱き付いた。ハルトは慌ててバートランを探す。どうやらいないようだ。ハルトは胸を撫で下ろした。

 「これが終わったら私も妻にしてね。表向きは愛人でいいから」

 アイーシャはそう言ってハルトの腕に胸を押し付けた。ハルトは唾を飲み込む。


 「ゴホン、ゴホン」

 ロアは咳払いした。

 「どうしたの? 風邪?」

 「違います! 何婚約者の目の前で不倫をしてるんですか!」

 「婚約者でしょ。結婚してないじゃん」

 「そう言う問題ではありません。いい機会です。話し合いましょう。来てください。ハルトさんは来ないでください!」

 ロアはそう言ってアイーシャを連れて出ていってしまう。ハルトは覗きに行きたい誘惑に駆られたが、堪える。二人が鶴になって飛んでいってしまうかもしれない。


 とはいえ気になるので、通り過ぎるついでに盗み聞きをしようとすると……


 「だから! ハルトさんは私の物なんです! でしゃばるな泥棒猫!」

 「五月蠅い! それを決めるのはロアじゃなくてハルト! 大体()って何? ハルトはロアの所有物ではありません。何勘違いしてるの? そもそも自分だけの物にしようなんて欲張りすぎ! いいじゃん。愛人で我慢してあげようっていう私の配慮が分からないの?」

 「そもそもアイーシャさんって何か役に立ってますか? 重要な仕事を任されたことないじゃないですか。私はいつも重要な書類の整理をしてますけど。ハルトさんに信用されてないのは明白です」

 「そもそも私は私そのものに価値があるの! 族長筋である私は他の砂漠の民よりも強いし、私とハルトの子供も『闘争の加護』を受け継いで生まれる可能性もあるの! それに私は砂漠との玄関口として超重要だし。ハルトがあんなに早く議員になれたのは私が居たからだよ。商圏を東に伸ばすのもにも私は必要不可欠! それにハルトは「アイーシャの紹介してくれた人材なら信頼できる」って言ってくれたもん。ちゃんと信用されてるし。大体ロアだって人のこと言えないじゃん。いつも交渉の時は金魚の糞みたいについていく癖にほとんど話さないし。書類仕事はデニスにもできるし、最近雇った人材も普通にできるじゃん。何かロアにしか出来ないことってあるの? ないよね」

 「『金臭の加護』があるじゃないですか!」

 「全然使わないじゃん」

 「目立たないだけです! いつも石鹸の製造量を決める時に確認してます。アイーシャさんがバカだから気づかないだけです。バーカ、バーカ」

 「バカって言う方がバカだし。バーカ、バーカ、薀蓄女。知識はあるけど生かせない典型的バカ。頭でっかち」

 「僻みですか? 自分が知識ないからって。あなただって地頭、対して良くないじゃないですか。脳筋、髪筋女!」

 「うるさい貧乳!」

 「大きいです! あなたが無駄(・・)に大きいだけです。知ってます? 大きいと垂れるんですよ」

 「はいはい、貧乳の僻み乙。垂れるのは貧乳も同じですから。油断してると垂れるよ。貧乳垂乳とか何の需要ないから。いいから黙れ、無価値女!」

 「垂れるのは同じでも大きい方が垂れやすいし、目立ちますから。現実を直視しましょうね。黙るのはお前だ、田舎女!」


 

 聞かない方が良かったかもしれない。



_______



 「ハルトさん! 終わりましたよ」

 「ごめんね。待たせた?」

 ロアとアイーシャはニコニコ顔で部屋に戻ってきた。先ほど大喧嘩していたようには見えない。

 「い、いや全然大丈夫だ。……ところで決着は着いたか?」

 ハルトは恐る恐る聞いた。ロアとアイーシャはお互い向き合い、ニコリと笑う。


 「うん。お互いの主張を掏り合わせて、お互い不満のない結論が出たよ」

 「やっぱり話し合いは大切ですね。これからはお互い定期的に話し合うことにしました」

 仲直りで来たらしい。

 この話題はハルトにとって無関係ではない。というか騒動の中心だ。どういう結論が出たのか聞かなくてはならない。

 「どういうことになったんだ?」

 ロアは笑って答える。

 「私はアイーシャさんが愛人になるのを認める(・・・)ことにしました。要するにハルトさんの良識に任せます。お互いハルトさん以外の男性は考えられないので。だからハルトさんがアイーシャさんを孕ませても、婚約破棄とか離婚しようとは言いません。ただ、そう言う人なんだなーと思うことにしました。私を失望させないように頑張ってください」

 「頑張らなくていいよ。どうせいつか堕ちるんだから早い内から堕ちた方が楽だよ?」

 二人は笑う。要するに現状維持に近い。

 「まあ、努力するよ……」

 ハルトは曖昧に笑う。良識に任せるという言い方が嫌らしい。アイーシャを孕ませたら永遠と嫌味をロアに言われるのだろう。永久に罪悪感を抱かせられることを考えると、下手したら離婚よりもきつい。


 「まあ、結論も出たことだし、明日に備えて寝よう!」

 ハルトはあまりこの話題を続けたくなかったので、話題を切った。



________



 「おい、ロロ。傷は癒えたか?」

 「問題ない。それにしてもお前が私を心配するとは珍しい。どうした?」

 レイナードは黙ってロロに書類を渡した。ロロは渡された書類を読み、レイナードに笑いかける。

 「大変だな。だが我々暗殺ギルドには関係のない話だ」

 「そうだな。暗殺ギルドには関係ないかもしれん。だがお前には関係があるだろ?」

 レイナードはニヤリと笑う。

 「俺が捕まったら殺人ギルド内にいる俺の部下がお前の先代殺しの罪を暴露するぞ。ただでは死んでやらん。お前に残された道は二つ。ハルト・アスマをクラリスへの道中で殺すか、俺と一緒に破滅するかだ」

 「もう一つあるぞ。お前を捉えて総督府やアスマ商会に売り渡すという選択肢だ」

 レイナードとロロは睨みあう。そしてロロはため息をついた。

 「私はサマラス商会先代会長夫妻を殺している。ロア・サマラスがそれを許すかは分からん。危険な賭けには出れない。仕方がない。依頼を承ろう。ただし条件がある」

 ロロはレイナードを見つめる。

 「貴様の雇っている傭兵、セリウスを貸せ」 

 「理由は何だ。あいつは早々貸せない」

 セリウスはレイナードの切り札だ。裏切る可能性のあるロロには簡単に貸せない。

 「罠の可能性が高いからだ。こんなに都合よく、ギリギリに情報が上がってくるのは怪し過ぎる。もしかしたら我々暗殺ギルドの情報を入手して、我らを嵌めようとしている可能性が高い。もしそうなら本当に終わりだ。だから確実に成功させるためにセリウスが必要だ」

 「ふむ。仕方がない。そう言うことなら貸そう。その代り確実に仕留めて来い」

 「当然だ。今から急げば落石も作れる。岩場に罠を張ってくる」

 ロロはそう言って部屋を出た。


_______


 ハルトたちは竜車で移動していた。竜車の横を傭兵やアイーシャたちが固めている。

 わざわざ竜車を持ってきたのは最悪を想定してだ。全速力で逃げ切るのだ。もっとも相手がセリウスならすぐに追いつかれてしまいそうだが。


 「ロア。お前はじっとしてろよ」

 ハルトは竜車の窓から外を除く。あと少しで岩場に到着するのだ。

 「分かってます。ハルトさんもですよ。その弩はいざという時に使ってください」

 ロアはハルトの手元にある弩を見て言う。ハルトは弩を撃つのが上手いが、素人に毛が生えたようなものだ。至近距離でないと確実に相手に当てることはできない。

 「分かってるよ。一回撃ったら装填するまでに時間がかかるしな」

 ハルトは笑った。その笑みには緊張が見える。


 「ハルト! 岩場が見えてきたよ。弩の準備しといて」

 アイーシャは竜車の外からハルトに声をかけた。ハルトは言われた通り、矢にしびれ薬を塗ってから装填する。


 「大丈夫、打てるだけの手は打った。大丈夫」

 ハルトは自分に言い聞かせるように言った。


_____



 「いいか。竜車が見えたら石を落とせ。落石だけでは不安だ。だから落石と同時に我々は岩場を駆け下りる。セリウス、あなたには砂漠の民を相手して貰いたい。その間に我らは他のターゲットを片付ける。弓隊、お前たちは後方支援だ。砂漠の民に矢を射てセリウスを援護しろ。騎馬隊、お前たちは戦闘には直接参加するな。もしターゲットが逃げだせば殺せ。あと我らが全滅したら逃げて殺人ギルドに敗北を知らせろ。良いな?」

 「は!」「りょーかーい」

 セリウスと殺人ギルドの兵士は返事をした。

 「セリウス。貴様が作戦の肝だ。砂漠の民を確実に抑えろ!」

 「分かってますよ。そんなに怖い顔しないで」

 セリウスはへらへら笑った。


 そうこうしている内に竜車が近づいてくる。ロロが合図を送ると、大きな四つの大岩がゆっくりとすべり落ちはじめた。岩は加速を続け、凄まじい速度で竜車に襲い掛かる。岩のうち、三つは見当違いの方向に行ってしまったが、一つは真っ直ぐ竜車に向かって行った。竜車は速度を上げるが間に合わない。兵士達の誰もが勝利を確信した。だが竜車に当たる瞬間、岩は吹き飛んでしまった。破壊された岩の粉塵に中から金髪の女が現れる。金髪の女はニヤリと笑う。

 「おい、セリウス! 砂漠の民だ。殺せ!」

 ロロはセリウスに指示を出す、セリウスは舌舐めずりして、前に進み出た。


 「ねえ、セリウス。結論は出た?」

 金髪の女はセリウスに笑いかける。


 「ああ。これが答えだ!」


 セリウスはそう言ってロロを殴り飛ばした。殺人ギルドの兵士たちの動きが止まる。

 「すまんな。俺は強い奴の味方なんだ」

 セリウスが裏切った。


_______


 時は数日前に遡る。


 「あれ? なんか入ってるぞ?」

 セリウスは財布が入っていたポケットに手を突っ込んで言った。セリウスはポケットから何かを取り出す。これは紙だった。びっしりと文字が書かれている。手紙だ。


 

 『私はロア・サマラスです。あなたの財布は盗ませて貰いました。なぜ盗んだのかというと、あなたがポケットに入っている手紙に気付かない間抜けだと困るからです。

 本題に入ります。レイナード・サマラスは麻薬の栽培を行っています。これが総督府にばれたら間違いなく、彼は捕まります。あなたも危ういかもしれません。なぜならあなたは私たちを一度襲撃しているからです。私たちはそのことも総督府に伝えます。あなたが助かる道は一つ。我々アスマ商会側に寝返ることです。今夜、トモスの酒場という場所にアスマ商会の従業員が待って居ます。そこに一人で来てください。お気づきかも知れませんが、あなたはレイナードに監視されています。上手く監視の目を撒いてください

 

 追伸

 あなたの財布はその時返します』


 セリウスは立ち止って考える。

 これは願ってもないことだ。元々サマラス商会にこのまま居続けるのは不味いと思って居たのだ。もしアスマ商会が雇ってくれるならすべて解決する。


 「どっちにしろ財布も返してもらわないとな」

 

 セリウスはにやりと笑った。



 その夜、セリウスは一人でトモスの酒場にやってきた。玄関は見張られているので、窓からの脱出だ。酒場には明らかに怪しい、白い仮面の三人組がいた。白い仮面はセリウスに近づいてきて言った。

 「どうぞ、財布です。ところで早速本題に入ります。裏切りますか?」

 「給料による。サマラス商会で貰って居た給料以上は出して貰いたい。この条件を飲んでくれるなら裏切ろう」

 セリウスはそう言った。セリウスはアスマ商会に雇ってほしくて仕方がないのだ。当然給料は前提条件だが。

 セリウスの言葉を聞いて。白い仮面は笑いだした。

 「そんなにアスマ商会に雇ってほしいのか。警戒して損したな」

 そう言って仮面を外す。現れたのはアスマ会長だった。アスマ会長が仮面を外すと二人も仮面を外す。現れたのはロア・サマラスと金髪の砂漠の民だった。

 「私の顔を見て思いだしません?」 

 ロア・サマラスは言った。セリウスは暫くロア・サマラスの顔を見つめる。美少女だ。そう言えば最近こんな顔を見たような気がする。どこだったか……

 「あ! 俺の財布盗んだのお前か!」

 「そうです。私本人でした。髪色を変えると全くわからないでしょう?」

 ロア・サマラスは笑った。彼女の最大の特徴は赤毛なのだ。それをありきたりな茶髪にしてしまうと印象がかなり変わる。


 「それにしてもあんた自ら掏りを……もっと安全な方法はなかったのか? 俺に接触するだけならいくらでも方法はあるだろ」

 使いをセリウスのところに直接出せば解決するし、手紙も普通に届けてくれても良かった。こんなことをする理由が分からない。

 「接触するだけならそうですよ。でもレイナードに気付かれずに接触するにはこれ以外ありませんよ。裏切りは気が付かれてしまえば効果が無くなります」

 セリウスは考える。セリウスもアスマ商会も監視されているのだ。大っぴらに接触すれば確実にばれるだろう。つまりこの方法が一番ばれない方法なのだ。


 「話を戻すぞ。給金だが、サマラス商会時代の1.5倍出そう」

 「マジで! 裏切らせてもらいます。いやさせてください。どんなタイミングで裏切ればいいですか?」

 セリウスはこうしてあっさりと堕ちた。アスマ会長は作戦の概要をセリウスに伝える。セリウスは熱心に話を聞いた。


 最後にアスマ会長はセリウスに言った。

 「レイナードは『読心の加護』というのを持って居る。絶対、アスマ商会に裏切ろうとしていることを考えながら会話するな。そうすれば読まれない。あれは表層部分しか読めないらしいからな」

 「はあ、そうですか……なんで知ってるんですか?」

 「この世には相手の加護が分かる『千里眼の加護』って言うのがあるんだ」

 アスマ会長は意味深に笑う。セリウスは神経を尖らせてアスマ会長の血圧を確認するが、変化がない。嘘は言っていないということだ。

 「分かりました。注意します。会長」



______



 「会長! 全員拘束しました。騎馬隊も含めてです。奥歯は全員抜いたので自殺は不可能です。次は私はどうすればいいですか?」

 セリウスはハルトにひざまずいて言った。ハルトは思わず苦笑する。

 「お前は調子のいい奴だな。取り敢えずこいつらを総督府に連行する。レイナードの裁判の時はお前がいろいろ証言をしてくれ」

 「はい! あることないこと全部話します!」

 「別にないことは話さなくていいぞ?」

 ハルトは苦笑した。


 「ねえねえ、この人信用できるの?」

 アイーシャは心配そうにハルトに聞いた。ハルトは笑って返す。

 「ああ。大丈夫だ。こいつはペンティクス皇子が処刑された後もペンティクス皇子の息子に仕えていたようだからな。内乱という明らかに大義がなく、勝ち目もない戦に関わるのが嫌だから参加しなかったんだ。本当に裏切り気質ならペンティクス皇子の子供を殺してウェストリア帝に尻尾を振るさ、それをしなかったのはペンティクス皇子に恩がある程度あったからだろう。サマラス商会を裏切ったのもサマラス商会が犯罪に手を染めていたから。俺たちが変なことをしなければ裏切らないはずだよ」

 セリウスは別に卑怯者ではないのだ。明らかに勝ち目がなく、給料もろくに払えないペンティクス皇子の息子にギリギリまで仕えていたことを考えれば根は義理高い奴なのだろう。

 「ハルトがいいならいいけどさあ……いい! もし裏切ったら私が殺すから」

 「分かりました姉御!」

 「姉御!?」

 アイーシャは戸惑った声を上げた。



____



 二日後。


 「レイナードさん。すみません。遅くなりました」

 セリウスの声が響く。レイナードは胸を撫で下ろした。殺人ギルドが帰ってこなかったため、失敗したと思って居たのだ。レイナードはセリウスの顔を見て安心するためにドアを開けた。

 「レイナードさん。俺が何考えてるか分かります?」

 セリウスはにやにやと笑う。そこでレイナードは気付く。自分への呼び方が会長からレイナードさんに変わってるのだ。後ろをよく見ると警吏がたくさんいる。レイナードは慌てて駆けだした。

 「ちょっと逃げないでくださいよ!」

 セリウスはレイナードに伸し掛かり。押さえつけた。警吏がぞろぞろとドアから入ってくる。

 「レイナード・サマラス。麻薬密造、販売、人身売買、殺人の容疑で逮捕する!」

 警吏がレイナードにそう告げた。


 レイナードは首を回して辺りを見回す。警吏に囲まれて逃げようがない。しかも自分の上にはセリウスが乗っているのだ。

 「証拠は! 証拠が無い! 俺は無実だ」

 「往生際が悪いですよ。レイナード。殺人ギルドの人達は口ぐちにあなたのことを話してくれました。案外人望ないんですね」

 小馬鹿にしたような、同時に憎悪が込められた声が響く。姪だ。ロア・サマラスだ。レイナードが大嫌いな兄そっくりの目元でレイナードを睨み、そっくりの口元でレイナードに声を掛けたのだ。


 「すべてお前のせいだ! 死ね!」

 レイナードは辛うじて自由だった左手で懐からナイフを取り出し、投擲するために振りかざす。

 ナイフが宙を舞う。レイナードの左手ごと。

 

 「ぐぎゃああああ」

 「ふう、危ない危ない。ねえセリウス! ちゃんと抑えなきゃダメじゃん」

 血まみれの槍を持った金髪の砂漠の民の女が言った。


 「殺人未遂が追加だ。立て! 言い訳は取り調べで聞いてやる」

 警吏が無表情で言う。レイナードは立たされた。左手を失ったレイナードに抵抗する気力はもうない。


 「哀れな物だな。レイナードさん」

 黒髪の男、ハルト・アスマがレイナードに声を掛けた。レイナードは最後の力でハルトを睨んだ。

 「お前は上手く俺を嵌めて喜んでるみたいだが、それも今のうちだ。お前は何しろ殺人ギルドとサマラス商会とヤクザの三つを潰してしまったんだ。枕を高くして寝れると思うな!」

 ハルトは肩を竦める。

 「ご忠告どうも。でも安心しろ。殺人ギルドの関係者は全員牢屋だ。ヤクザも麻薬に関わった連中は牢屋だし、今は他のヤクザの攻撃にあって忙しいようだ。サマラス商会の奴隷や土地、従業員は正式な後継者であるロアに継承されることに決まったからサマラス商会の従業員が職に迷うことはない。枕は十分に高くして寝れそうだ」

 「死ね……死ね……死ね」

 もうそれ以外、言い返す言葉が出ないのか死ねを繰り返すレイナード。子供のようだ。


 「死ね死ね言ってないで早くしろ!」

 レイナードは警吏に引きずられるように連れていかれた。



______



 対決から一年が経過した。


 殺人ギルドのギルドマスター、ロロはレイナードを道連れにするためか何でも話してくれたので裁判は順調に進んだ。当初はレイナードが殺人ギルドに頼んだ暗殺はリヴァス、ヘレンだけかと思われていた。だがロロがレイナードに頼まれた暗殺の数々をすべて話してくれたおかげで、レイナードが自分の両親すらも暗殺していて、合計二十人の有力者を葬ってきたことが明らかになった。

 最終的にレイナードの罪は殺人、親殺し(帝国法では普通の殺人よりも重くなる)、麻薬の栽培、販売、人身売買、恐喝、賄賂、売春、強盗、脱税に渡った。最初は無罪を主張していたレイナードだが、段々と諦めたのか絶望したのか素直に罪を認めた。


 レイナードは引き裂きの刑に処されることに決まり、今日帝都へ護送された。何でも帝都では公開処刑が流行っているらしい。もっともハルトは公開処刑には興味がないし、ロアもレイナードの顔は二度と見たくないということで帝都へは行かないことにした。


 「お父様、お母様。遅くなってすみません。でもすべて終わって、すっきりした気分になってから会いに来ようと思ってたんです。はい。全部終わりました。仇は討ちました。あ! 紹介します。こちらがハルトさんです。なんと私の婚約者何です。来月式を上げます。見に来てください。……お父様のお嫁さんになる約束は果たせませんでした。ごめんね」

 ロアはそう言ってハルトを両親の墓に押し出した。ハルトは頭を掻く。何を言ったらいいのか分からない。

 「すみません。リヴァスさん。娘さんは俺が貰います。絶対幸せにするんで。許してください」

 ハルトがそう言うと、風が吹いた。どうやらお許しが出たようだ。


 「お父様、お母様、それとハルトさん。実は重大な発表があります!!」

 ロアはニヤニヤした顔で言う。

 「何だよ。俺にもか?」

 ハルトがそう言うと、ロアは頷く。


 「実は妊娠しました」

 

 「……マジか」

 「はい」

 

 ハルトはロアを抱きしめてキスした。


 「本当か! 男の子か? 女の子か?」

 「いや、まだ分かりませんから。最近ようやく気付いたんですよ。……でも女の子だったらレアって名前にしようと思ってます。古い言葉で奇跡という意味なんです。私と異世界人のハルトさんが出会ったのはまさに奇跡ですから」

 ロアはニコリと笑う。

 「そうか。男の子の名前もそのうち考えないとな。……そう言えば本当に俺たちの出会いは奇跡だよな。俺はどうしてこの世界に来れたのか……」

 今までサマラス商会のことで目一杯で碌に転移について考えてこなかったし、調べもしなかった。

 「これから調べましょう。すこし時間的余裕もあるので。そう言えばアルムス一世と関係があるかもしれないってハルトさん言ってましたよね? 新婚旅行で帝都へ行くついでに調べません?」

 「そうだな。そうしよう。まあ理由まで分かるとは思えないけどさ。俺は異世界転移は事故みたいなものだと思ってるんだ。俺の故郷には神隠って言うのがあってさ。もしかしたら異世界転移のことかもしれない。お前はどう思う?」

 ハルトが聞くと、ロアは少し悩んでから答える。

 「ちょっとロマンチックに考えると妖精の性だと思うんです。妖精さんは昔から悪戯好きなんですよ。それにハルトさんも私も妖精の加護を持ってるじゃないですか。きっと好かれてるんですよ」

 「妖精か……なんかいいな。それ。ところで何で不思議な物はみんな妖精の所為にするんだ? 薀蓄を聞かせてくれよ」

 「目撃例があるんですよ。アンダールス一世は妖精の囁きのおかげで砂漠から生きて撤退できたという逸話もあります。西方では昔から。もしかしたら耳を澄ませば妖精の悪戯声が聞こえるかもしれませんよ」 

 「なんだよそれ」

 ハルトは笑った。その時、子供の声のようなものがハルトとロアの耳に入ってきた。


 「今の聞こえましたか?」

 「聞こえたが……どうせ近所の子供だろ」

 「夢がないですね。タイミングからして絶対に妖精ですよ」


 二人はいつまでも笑い続けた。




________



 あとがき


 以上で私の祖先であり、アスマ財閥の母体となるアスマ商会を産んだハルト・アスマとロア・アスマの物語は終わる。これからの流れはみなさんも知っているだろう。二人は商会を帝国中に広げて、ついに世界的企業を作り上げるのだ。アスマ財閥がここまで成長できていて、私がこの地位に居られるのは二人のおかげである。もっとも人によってはアスマ商会を財閥にまで成長させたレア・アスマの方が偉大だと思う方もいるだろう。だがレア・アスマが成功できたのはハルト・アスマとロア・アスマのおかげなのだ。


 本書ではハルト・アスマは異世界人であるという説を採用している。この説が唱えられているのはハルト・アスマが晩年に残した日記に記されているからである。もっともボケ老人の妄想というのが通説で異世界人説はとんでも説扱いをされている。だが私は真実だと確信している。数年前まで私も信じていなかったが、今は自信を持って言える、ハルト・アスマは異世界人だ。理由は言えない。()は自分が異世界人であると隠しているからだ。()には多大な恩があるし、仲間だ。嫌がっていることはできない。なんだよそれと思うかもしれないが、話せないものは話せないのだ。だから信じて貰えなくていい。物語を面白くさせるフィクションだと思ってほしい。

 ではそろそろ筆を置かせてもらいます。これからもアスマ財閥をよろしくお願いします。


 

 アスマ財閥十五代目会長、リリア―ノ・アスマ。



帝歴千八百七十二年出版


一時間後、もう一話投稿します

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