第4話 市民権
すいません。予約投稿の日付間違えたっぽいです。
次の朝、気分よくハルトは起床した。いつものように井戸で顔を洗っていると、ハンナが声をかけてきた。
「おはようございます、アスマさん。昨日旦那から聞いたんだけど、すごい汚れが落ちる石みたいなのがあるんだって?」
「石鹸ですね。これです」
ハルトは顔を洗ったときに使った石鹸を見せる。
「そう、それだよ。それ譲ってくれないかね。もちろんタダとは言わないよ。お金も払うし、宿代を割引してもいいよ」
「すみません、もう残り少ないんですよ。次作ったらお売りしますよ」
ハルトがそう答えると、少し残念そうな顔をするハンナ。やはり石鹸にはそれだけの価値があるようだ。
「そうかい、じゃあ次よろしく頼むよ」
そういって去っていくハンナ。ハルトはタオルで顔をふいた。
「なあ、あの石鹸てやつ売ってくんないかな」
ハルトが串焼きを食べていると、マルソーがハンナとまったく同じことを言う。
「あの石鹸ってやつ、1度使っちまったらもう灰汁には戻れねえよ」
ハルトはマルソーにもハンナとまったく同じ受け答えをする。マルソーも残念そうな顔をするが、あとで売ってくれると聞いて、安心した顔になった。
「すいません、役所がどこにあるか教えてもらえません?」
「役所? それなら中央広場にあるぞ。でっかい看板が出てるからすぐに気づくぜ。それにしてもどうして……あ! もしかして露店の許可を取りに行くのか?だとしたら喜んで手助けするぜ。何でも聞いてくれ」
張り切るマルソー。それは助かると思い、ハルトはマルソーにいくつか質問をする。
「露店とかって特別な許可が必要なんですか?」
「そりゃあな、でも役場に行って許可取ってくるだけだぜ。ただし、売上税をとられる。市民なら1%外国人なら5%だ。」
やはり税金とかは取られるようだ。
「じゃあ、やっぱり市民権があった方がいいんですか?」
「うーん、市民は市民で収入の10%税を取られるけどな。でもこの国に腰を据える気なら早く市民権を取った方がいいけどな。あんた外国人だろ、外国人税取られるぞ」
そう言われてみれば、入国するときに3か月以上の滞在は税金を取ると言われた気がする。帰る方法も分からないし、トラブルが起こる前に市民権を取った方がいいかも知れない。
「まあ、あんたは旅人だからしばらくすればこの国から出ていっちまうだろうけどな。市民権については少し考えてみてくれ。この国は税金も安いし、飯もうまいぞ。移民は大歓迎だしな。それにマリアも喜ぶ」
マルソーは大きな声で笑う。ハルトはこの一家にずいぶんと気に入られたらしい。ハルトはうれしく思った。
「はは、ありがとうございます。市民権についてはよく考えておきます。とりあえず役所に行ってきますね」
ハルトはそう言って料金を支払う。
「おう、まいどあり。いってらっしゃい」
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ハルトは中央広場を目指しながら、市民権について考えていた。帰る方法も分からない。地球に大きな心残りがあれば、市民権なんて取らずに、旅人として各地を回って帰る方法を探すという選択肢もあったかもしれない。だがハルトには帰りたいという強い意志もない。生計を立てていく手段もある。この国に骨をうずめるのもいいかもしれない。
(まあ、とりあえず役所で話を聞いてからだよな。もしかしたら兵役とかあるかもしれないし)
そんなことを考えていると中央広場に着く。大きな噴水があり、子供たちが駆け回っている。辺りを見回すと、大きな建物がたくさんあった。ハルトは1つづつ看板を見ていく。
(裁判所、市民議会、奴隷商館ってずいぶんと堂々してるな。……あった役所!!)
役所を見つけたハルトは中に入る。中は役所特有の重苦しい雰囲気が漂っていた。ハルトは少し緊張しながら、一番気安そうな若い男性に話しかけた。
「すいません、露店の許可を取りたいんですが。
「ええ、いいですよ。入国許可証をお出しください」
ハルトは言われるままに入国許可証を出す。
「ハルト・アスマ様ですね。確かにご確認しました。露店は初めてですか?」
「ええ、そうです」
ハルトが答えると男性はにこやかに笑う。
「なるほど、ではご説明しますね。基本的に露店は日出から日没までです。露店を出す前には必ず露店許可証を申請してください。そして日没後は許可証を必ず役場に届けてください。その時に売上税……アスマ様は外国人なので5%をいただきます。売上を偽った場合は5年間の懲役または300万ドラリア以内の罰金、許可証を届けなかった場合は5万ドラリア以内の罰金です」
罰金で済むようだ。とはいえ安価ではないので気を付けなくてはならないと心に刻むハルト。
「それで、今許可証を発行いたしますか?」
当然だがまだ準備ができていない。今日は許可証をもらっていも意味がないだろう。
「いえ、今日はいいです。それとは別に市民権について聞いていいですか?」
「いいですよ。まず身分についての説明からしましょう。この国には1級市民・2級市民・3級市民・外国人の4種類の身分があります。ここまではいいですか?」
市民・外国人という単語は聞き覚えがあるが、1級だの2級だのは聞いたことがない。それぞれの身分に付属する権利義務についてハルトは知らない。
「聞いたことはありますが……一から説明してもらっていいですか」
男性はまったく嫌な顔をせずに答えてくれる。
「ええ。いいですよ。まずは1級市民ですが、このクラリスに所属する市民のことです。市民は月に10%の所得税と兵役の義務を負います。ただし徴兵に関しては形骸化しています。徴兵免除税があるからです。クラリスは有事にはこの兵役免除税で傭兵を雇います。だからあまり心配しなくてもいいですよ。1年に5万ドラリアほどですから」
ハルトはそれを聞いて少し安心する。異世界の戦場で身を散らすのはごめんだ。
「次に2級市民ですが、彼らは滞在税や所得税を2年間滞納して、入国許可証や市民登録証を剥奪された存在です。特に科はありませんが、軽犯罪を犯すことで3級市民に落とされます。少し重い犯罪なら容赦なく死刑ですね」
要するに家族がいなく、無職の人間がなる身分だ。ロアも2級市民なのだろうかとハルトは考えた。
「次に3級市民ですね。まあ、一言で言えば奴隷ですね。先ほど申し上げた通り、2級市民が犯罪を犯したり、1級・2級市民の借金の返済が滞ったりした場合に落とされます。奴隷市場で売買されて、競りで落札されます。だいたい健康な成人男性で相場は200万ドラリアほどです。奴隷は基本的には人ではなくモノとして扱われますが、不当な暴力は禁止されていますし、最低限の衣食住や賃金が決まっています。また、奴隷の主人には年に、買った値段の5%の奴隷税を支払う義務があります。ただし、奴隷は主人に逆らったりなどしたら死刑です。ちなみに、奴隷は自分で自分を買い取ったり、主人の善意などで解放してもらうことができます」
近代の奴隷のような制度ではなく、ローマやギリシャ的な奴隷のようだ。ハルトはそれに少し安心した。
「最後に外国人ですね。これはアスマさんの今の御身分になります。3か月以上の滞在ですと10万ドラリアの滞在税がかかります。またそのほかの税金……売上税や奴隷税などが高くなりますね。犯罪を犯したとき、刑が重くなる傾向もあります」
犯罪の件は初めて聞いた。ハルトは聞いて良かったと少し安堵する。やはり市民よりは肩身が狭いようだ。
さて市民権をどうするかハルトは考える。聞いたところだとこのまま外国人の身分でいた方が弊害が多そうだ。いっそのこと市民権をとった方がいいかもしれない。
「市民権ってどうやって取ることができますか?」
ハルトがそう聞くとうれしそうに男性は笑う。
「わが国に移民希望ですか? 大歓迎です。条件は文字を書けることです。書類を書いていただければすぐに取得いただけます。ただし10年間は放棄できませんし、放棄する場合は1000万ドラリア支払っていただきますが」
なるほど、まったくの無条件というわけではないが、特に難しい条件はないようだ。ハルトは思い切って市民権を取得することに決めた。
「じゃあ、市民権を取得します」
「はい、ありがとうございます。ではこの書類に書いてください」
書類には名前、年齢、性別、滞在場所、何の職業に就く予定か、などいくつかの項目があった。
ハルトはそれに書きこんでいく。図書館で文字を習っておいて良かったと思うハルト。
書類を書いて渡すと、男性は金属の板をハルトに渡した。
「これが市民登録証です。基本的に失くしても再発行できますが、その時は税金を取らせていただきますので、くれぐれも失くさないようにしてください」
ハルトは市民登録証を内ポケットにしまい込む。これでハルトはクラリスの市民になった。
礼を言ってハルトは役所を出ていく。4日前までは自分がまさか異世界トリップして違う国の人間になるとは思ってもいなかった。
さて、商売をするなら元手が必要だ。ハルトは30万ドラリア近く持っているがそれでは足りないかもしれない。最低でもあと50万ドラリアほど保険として欲しいところだ。
(よし、1円玉を売るか)
1円玉……正確に言えばアルミニウムだ。アルミニウムは今では非常に安価で取引されているが、近世では金よりも価値のあるものとして扱われていた。生産に大量の電力が必要だからだ。この世界でも非常に高く取引されるに違いない。ハルトは1円玉を20枚も持っている。ハルトは小銭は気にしない派の人間なので、気付いたらたまっていたのだ。いつもなら処分に困るところだが、異世界では1円玉は宝だ。
まずは相場を確認するために図書館に行く。金属の図鑑をペラペラとめくっていくと、軽銀という項目があった。アルミのことだろう。見ると大体1gで10万ドラリアほどするようだ。個人的にはもっと高いと思っていたが、それでも十分な金額だろう。ハルトは図鑑を本棚にしまい、図書館を出た。
次は1円玉を売らなくてはならない。ここはこの世界でも大都市らしいので、買い取り先は見つかるだろう。できるだけ格式の高そうな店がいい。
ハルトは中央広場の辺りを見回して貴金属店を探す。しばらく探していると、やたらと派手な看板を見つけた。金持ちそうな人間が出入りしている。ハルトはここでいいだろうと思い中に入った。
「いらっしゃいませお客様。何をご所望でしょうか」
にやにやと笑いこちらをなめるような視線で見てくる店員。今ハルトが来ているのは安物だ。ここは場違いだろう。
「貴金属の鑑定をして欲しいんです」
「なるほど、指輪ですか? ネックレスですか?」
ハルトは首を横に振り、1円玉を見せた。
「東方で使われている軽銀貨です。ここでは使えないようなので金貨に換金してほしいんです」
ハルトがそう言うと店員が驚いた顔をする。だが、驚いた顔を一瞬ですぐににやにやした顔に戻る。
「なるほど、拝見させていただきます。……これは確かに軽銀ですな。これだけですか?」
「いえ、これを含めて20枚ほどあります」
ハルトがそう答えると店員の眉がピクリと動く。
「なるほど……ちなみに何という国の通貨なのですか?」
ハルトは少し悩んでから、そのままの名前を言うことにした。
「ジパングという国です。それでいったいいくらくらいでしょうか」
ハルトがそう聞くと店員が答える。
「難しいですな。しばらくお時間をいただけませんか?」
当然だろう。何しろ1枚10万ドラリアもする品物なのだ。
「ええ、いいですよ」
ハルトがそう言うと店員は奥に引っ込んでいく。おそらく重さを量ったり、ジパングについて調べるのだろう。もっとも、ジパングはこの世界には存在しないが。
しばらくすると店員が奥から出てくる。
「なるほど、確かに軽銀ですな。1枚9万ドラリアでどうでしょう」
相場よりも安い。それに、硬貨という時点で付加価値が付いているはずだ。実際にはもう少し高いはずだろう。俺が事情も知らない外国人だと思って安く買い叩くつもりなのだろう。
「いや、安すぎませんか。相場は確か10万ドラリアでしょう。付加価値も考えればもう少し高くてもいいと思いますが」
ハルトがそう言うと、店員が少し悩むそぶりをしてから言う。ハルトは買い叩かれないように、店員の言葉を注意して聞く。
「では11万ドラリアでどうでしょう」(今の相場は14万ドラリアだけどな。付加価値も考えれば15万くらい出してもいいが)
一瞬ハルトは耳を疑った。声が重なって聞こえたからだ。いったいどういうことだろうか。試しに値段を吊り上げてみる。
「いや、今の相場は14万ドラリアでしたね。忘れていました。付加価値も考えれば17万ドラリアで
売ってくれてもいいんじゃないですか?」
ハルトがそう言うと、店員は表情を崩さずに言う。ハルトは店員の言葉に集中する。
「それは高すぎです。そうですね……15万ドラリアでどうでしょう」(なんだよ……今の相場分かってるんだったら最初っからそういえよ。せっかく買い叩けると思ったのに。まあいい。15万なら十分儲けも出る)
やはり声が重なって聞こえる。もしかしたら本音が聞こえているのかもしれない。とりあえず便利なので利用させてもらうことにするハルト。だいぶ異世界に順応してきている。
「では軽銀貨20枚で300万ドラリアです。どうぞご確認ください。」
ハルトは袋にぎっしりと入った金貨を数える。たしかに金貨が30枚あった。
「ありがとうございます。機会があればここの商品を買わせていただきます。」
「はい、またのご利用をお待ちしております。」(こういう調子いいこと言うやつってっ大体2度と来ないんだよな……)
ハルトは店を出た瞬間にどっと疲れが押してきた。どうやら使い放題というわけではないようだ。それでも交渉ではかなり有利に立てるので、ハルトは有用に使わせてもらうことにする。
ハルトはとりあえず大金を部屋に預けなくてはと思い、宿に向かう。宿に向かう途中で、奴隷市場に差し掛かった。奴隷市場の目の前では大きな騒ぎが起きていた。いったい何が起きているのかと思い、駆け寄ってみると、聞きなれた声が聞こえてきた。
「だから冤罪です。私は盗んでなんかいません。本当です!! 信じてください。放して!!」
「嘘付け!お前のような孤児が金貨の入った財布なんて持ってるわけないだろう。そもそもパンの窃盗の常習魔の言葉なんて信じられるか!!」
ロアが捕まっていた……
支出 400
収入 300万
残金 3351900
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次回は本当に木曜。