第47話 ヤクザ
今日は二話投稿だよ
「売上が伸び悩んできたな。高級石鹸と牛乳石鹸だけじゃ限界か。普通の石鹸が売れてないな……」
ハルトは報告書を見てため息をついた。
クラリスでアスマ商会とサマラス商会が戦った時は、アスマ商会の客層が中流階級以下でサマラス商会の客層が上流階級だった。最終的にアスマ商会がホームであることを生かして、人脈を駆使して上流階級の客をサマラス商会から奪ったことで決着がついた。
だが今回はアスマ商会の客層が上流階級でサマラス商会の客層が中流以下の庶民という奇妙な状況になっている。サマラス商会が低品質ながらも石鹸の製造を始めたことと、アスマ商会への風評被害が大きいからだ。
とはいえサマラス商会の主力商品である泡の実はアスマ商会の石鹸にかなり押されているのは事実。現在はどちらかといえばサマラス商会有利の互角だ。
「風評被害を何とかしないとな。根も葉もない噂がここまで厄介とは」
根も葉もないため対処法がないのだ。しかもサマラス商会の関係者が常に広めている為沈静化する気配がない。
「仕方ないですよ。こっちも噂を流して対抗すればいいわけですし。こっちの噂は真実ですから。効果覿面ですよ」
サマラス商会が悪という噂は少しづつだが確実に流れていた。実際怪しいのだから仕方がない。
「何か商売じゃなくて政治やってるみたいですね」
「政治ねえ。どっちかというと子供のグループ争いみたいだけどな」
お互い陰口を叩きあい、悪い噂を垂れ流す。やり口がお互い陰湿だ。いい大人がやることには見えない。
「政治なんてものは案外そんなものだ。規模が大きいだけでやってることは子供と変わらん。まあやり口が大人の方がより陰湿だがな。それに我々が金や権力のために言い争いをしているのに比べて子供は感情で罵り合っているからな。我らの方が子供より低レベルなのかもしれん」
バートランは苦笑いで言った。
「こっちは命かけてるんだ。やり方が陰湿になるのは仕方がない。勝たなきゃダメだからな」
取り敢えず勝てば良いのだ。
「ハルト君、魔草について調べてきたよ。報告いいかなー」
プリンが言った。さすがにアイーシャだけだと不安が残るのでプリンとプリンが優秀だと判断した傭兵を連れてきたのだ。本当はラスクやラング、タルト辺りも連れてきたかったが、そこまで連れていくとクラリスや他の都市での防犯が心配になる。
「ああ、大丈夫だ」
「そう、じゃあ報告するね。魔草が本格的に流通を始めたのは今から七年くらい前だってさ。でも二十五、六年前からちょびちょび流通してたって。流通を取り仕切ってるのはスフェルトのヤクザのうちの一つ。そのヤクザは七年前から魔草を本格的に売り始めて他のヤクザを資金力で大きく突き放したそうだよ。他のヤクザは最近押され気味なんだって。つまりスフェルトの魔草のほとんどはそのヤクザが売ってるってこと」
「つまりそのヤクザは他のヤクザとは違う、大量に魔草を入手するルートを持ってるってことか」
要するに魔草を大量に、スフェルトでの需要を十分に満たすほどの量を栽培している組織があり、その組織とヤクザが専売協定を結んでいるということだ。
「でも単独でそれだけ栽培できるなら専売なんて必要なくないですか。値段を高く設定して、ヤクザどうしを競わせればもっと儲けられるはずです」
「要するにヤクザと組織は仲が良いってことだろ。ビジネス上のパートナー以上の関係があるってことだ。例えば指導者が同じとかな。だったら儲けはあまり気にする必要ないだろ。アイーシャの嗅覚を信じるならその組織はサマラス商会と組んでる。つまりレイナードは黒ってことだな。暗殺者なんて雇ってる時点でヤバい奴らとつるんでるのは分かるが、本当にヤクザとつながりがあるとは」
これならサマラス商会のスフェルトでの根強い力の理由が説明できる。数を動員すれば噂も流し放題だろう。
「どうするか? 総督府にこの情報を流せばあの男は間違いなく死刑だが」
バートランはハルトとロアに聞いた。
「魔草の密造に反社会組織とのつながり。確かにこれだけあれば潰せるが……ロアの両親、リヴァスさんとヘレンさんを殺した直接的な証拠にはならないからな。探して出てくるかどうか分からんし」
「私からすると魔草はどうでもいいんですよ。大事なのはお父様とお母様を殺したということが世間に認められて、レイナードが法で裁かれることなんです。それが達成できないなら価値はないですね」
ハルトとロアにとっての勝利条件はレイナードを殺人罪、殺人の共犯で裁くことで、刑務所に入れることではない。刑務所に入れるのは裁判の結果であって、目的ではないのだ。確かに魔草密造で死刑になれば復讐は成立するが、ロアの両親への慰霊にはならない。
「あのロロって言う奴を逃したのが惜しかった。あの時捕まえていればスフェルトに来る必要すらなかったのに」
「でも私たちがセリウスさんに殺されたら意味ないじゃないですか」
ハルトとロアは深いため息をついた。
「ねえねえ、私まだ話終わってないんだけど。続けていいー?」
「構わないよ。中断させて悪かった」
プリンはさらに話を続ける。
「さらに魔草とヤクザ関係で調べてたら、裏で人身売買が行われていることも分かったのです! パチパチパチ。これならサマラス商会が奴隷をどこからか集めてる理由が説明できると思わない?」
プリンが楽しそうに言う。人攫いと魔草はヤクザの大事な資金源だ。魔草をそこまで大規模に売って儲けているなら人身売買も当然大規模にやるだろう。
さらにプリンは続ける。
「なんとですね。そのサマラス商会とつながりのあるヤクザ……めんどくさいな。サマラスヤクザと敵対してるヤクザの方とお話することができたんですよ」
「それで何か掴めたのか?」
「私の主に会いたいだって。あ! ハルト君の名前と身分は伏せて聞いて回ったから。あっちはハルト君がそのサマラスヤクザが嫌いで潰したがってるってことしか知らないよ」
プリンは得意気に言った。傭兵という職業はそういう暗い部分と関わることが多いので、特にヤクザへの嫌悪感はないのだろう。特にプリンは金さえもらえれば喜んで仕事をやるタイプだ。ユージェックのところからハルトのところへ来たのは兄に付いてきただけの側面がある。
「どうしよう。あんまりそう言う連中とは関わりたくないんだよな」
「いいんじゃないですか? 仮面でも被って行けば大丈夫ですよ」
ロアは言った。少し話を聞くだけなら問題ないかもしれない。それに敵の敵は味方だ。つまりそのヤクザとハルトは仲間であると考えることもできる。
「清濁併せのむのが政治の基本だぞ。少しなら問題ない。そもそもお前がさらに商圏を拡大するつもりならどちらにせよ、連中と関わらなくちゃならんぞ」
バートランは厳しい口調で言った。確かにその通りだ。ハルトは散々悩んだ末に結論を出した。
「分かった。会おう。取り敢えず仮面と変声器を用意してくれないか?」
______
三人はスフェルトの路地裏にやってきた。
「確かこの辺で待ち合わせだよー」
プリン……白仮面Bはハルト……白仮面Aに言った。
「何か声が変……慣れるまで時間掛かりそう」
アイーシャ……白仮面Cは言った。
プリンは紹介者、アイーシャはハルトの護衛だ。ロアは行きたがったが、来る意味はないし、危険なのでお留守番だ。
「怪しさ満点だな。俺たち」
白仮面Aが機械音声で言った。
「あ! 居た。おーい!」
プリンはやってきた小太りの男性に声をかけた。男性は戸惑った声を上げる。
「えーと、どちら様で?」
白仮面Cは言われて仮面を外した。
「私です。プリン・アラモードです。今の名前は白仮面Bです。ハ、じゃなかった。こちらは白仮面A君。私の主です。こっちは護衛の白仮面C。白仮面A君、こちらはトムさん」
白仮面Cは小太りの男性を紹介する。あからさまな偽名だ。ハルト達も人のことを言えないが。
「こんにちはトムさん。よろしく」
「ええ、素敵な仮面ですね」
トムは引きつった顔で言った。笑いを堪えているらしい。
「早速ですが、最近調子に乗っているヤクザについて話しましょう」
白仮面Aとトムは話を始めた。お互いの立場、会談に臨んだ理由などをまず話す。当然お互い都合の悪い部分は省く。もっともハルトは『言霊の加護』があるので相手がどんな人間かまるわかりだが。
トムの本名はジェームズ・ワトソンというらしい。サマラスヤクザと敵対しているヤクザの中では一番大きな勢力を持って居るヤクザの幹部らしい。白仮面Aがサマラスヤクザと敵対していて、有力な情報を持って居ると聞いて会談に臨んだという。ちなみに有力な情報というのはサマラス商会が魔草の密造をやっている疑惑があるという内容だ。
「なるほど……あなたの身内がそのヤクザに殺された可能性があると。だから話を聞きたいですか……その殺された身内というのはどのような立場でどんな殺され方をしたのですか?」(堅気の人間かそうでないかによるからなあ)
ハルトは慎重に言葉を選んで答える。
「それなりの立場の人です。政治家とのつながりがあり、それなりの資産を持って居ました。ヤクザとの付き合いは知りません。殺され方ですが、金目当ての殺人に偽装されて殺されました。傭兵を何人も雇っていたようですが、彼らも皆殺しです」
「なるほど。それは明らかにプロの仕業ですね。連中が直接動いたか、それとも依頼という形で殺したか。どちらにせよ関わっているのは確実ですね」(ヤクザそのものが直接大きな犯罪をするとは考えづらい。政治家とのつながりがあるならなおさらだ。となるとやはり外部への依頼。……殺人ギルドか)
トムの本音に殺人ギルドという単語が出てくる。名前からして危なそうな組織だ。ハルトは慎重に聞いてみる。
「私もいろいろ調べてみたんです。そしたら殺人ギルドという存在があるということが分かりました。ですがそれ以上は分かりません。もしかして殺人ギルドというのが関係しているのでしょうか? だとしたら殺人ギルドとは何ですか?」
ハルトがそう言うと、トムは顔をひきつらせた。特に殺人ギルドという単語に。
「それは……言えませんね。その前にそちらの情報を掲示して貰えません?」(流石に殺人ギルドの情報を話すのはなあ。組長に怒られる。こいつの情報次第だな)
殺人ギルドというのは相当やばい組織のようだ。このままでは埒が明かないので情報を掲示する。
「サマラス商会が魔草の栽培を行っている疑惑があります」
ハルトがそう言うと、トムは目を丸くした。
「なるほど。我々も睨んでいたのですが……やはりそうですか。とはいえこの程度の情報では殺人ギルドのことを話すわけにはいかないですね」(殺人ギルドは秘密中の秘密だからな)
ハルトはため息をつく。教えてくれないらしい。となると力で聞きだすしかない。
「そうですか。ならば仕方がないですね。仮面C!」
「はい!」
仮面Cは手に持って居た袋をトムに振り下ろす。思わずトムは身構えた。
「な、何を! ……これは?」
トムは仮面Cから渡された袋を開けて息を飲んだ。
「き、金貨……」
「そこには金貨が五十枚入っています。殺人ギルドについて教えてください。あなたの答えが気に入ったらもう金貨五十枚を挙げます。これでもだめですか?」
「つまり金貨百枚! 1000万ドラリア! 喜んで話させてもらいます」
こうして殺人ギルドの情報を手に入れた。
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「殺人ギルドか……」
「知ってましたか?」
「噂でな。だが本当にあったとはな」
バートランは唸った。
「要するに殺人ギルドって言うのはヤクザとは別の組織何ですよね? じゃあヤクザを捕まえてもどうにもなりませんね」
「話によれば相当逃げ切るのが上手い組織らしい。まあ奥歯に毒を仕込む連中だからな。直接現行犯で捕まえるしかないな」
とはいえ相手がいつ襲ってくるかどうかは分からないし、襲ってくる敵を待つのもバカらしい。戦いというのは攻撃を仕掛ける側の方が有利なのだ。
「じゃあさ。誘い出して罠にかけるってのはどうかな? 狩りの基本だけど」
アイーシャは言った。
「誘い出すねえ。具体的には?」
「魔草の情報を知ってるぞって流すんだよ。そうすれば間違いなく襲ってくるでしょ?」
「確かにそれはいい考えですね。リスクはありますが、このまま待ち続けるよりはマシです」
「いやいや危険だろ」
ハルトは止めに掛かる。そんなことをするくらいなら魔草の話を総督府に持ち込んでレイナードを捕まえてもらった方がマシだ。これならリスクは少ないし、確実に復讐はできる。
「嫌です。それじゃあ何の意味もない。我儘を言ってるのは分かりますが……私は殺人罪でレイナードを死刑にしたいんです!」
ロアはハルトを見つめた。そう言われるとハルトも強く言いだせない。
「分かったよ。だけど最善の準備はする。取り敢えずセリウスを何とかしなくちゃならん。あいつを始末しなければどうにもならない」
セリウス一人で砂漠の民を圧倒できるのだ。セリウスがいる以上、何人傭兵を集めても安全を確保するのは厳しい。
「それなんですが私にいい考えがあります」
ロアはにやりと笑った。
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セリウスは悩んでいた。
サマラス商会にこのまま雇われるづけるか、アスマ商会に寝返るか。
セリウスはお金が好きだ。そしてお金より自分の命が好きだ。セリウスがレイナードに雇われているのは給金が良いからとレイナードの権力が強いからだ。強い権力を持った人間に仕えれば死ぬ危険はない。
だが最近のサマラス商会は落ち目だ。商売について詳しくないセリウスでも分かる。泡の実は石鹸よりもずっと劣っているのだ。レイナードはヤクザや殺人ギルドを使って巻き返しを図ろうとしているようだが、それは下策だ。邪道が王道に勝つのは難しい。
そもそもセリウスは主を見抜く才能を持って居ない。『戦神の加護』という普通の雪原の民よりも強い加護を持ってはいるが、脳みそは並なのだ。そもそもセリウスに主を見抜く才があったら今頃ウェストリア帝に仕えている。ペンティクス皇子の方がすごそうだと安易に陣営に入った過去の自分を殴りたい。
まあ当時、ペンティクス皇子は明らかに優勢でウェストリア皇子は明らかに劣勢だったのでセリウスがペンティクス皇子に仕えてしまったのは無理もないことだが。
できればアスマ商会に雇ってほしい。何しろレイナードは犯罪者なのだ。鈍いセリウスでも分かる。何しろヤバい連中と付き合っているのだから。おそらく過去にあったという事故はレイナードが黒幕なのだろう。レイナードが捕まれば自分も危うい。何しろ自分もアスマ商会の会長の家を襲っているのだから。
(あれ? そう言えば何で会長はあの赤毛の女の子を敵視してるんだ?)
レイナードは秘密主義者で仕事の内容は絶対に教えてくれない。だが殺すならアスマ会長だけで十分である。女の子まで殺す理由がない。非合理的だ。
(まあ、考えても無駄か)
レイナードがセリウスより頭がいいのは明白である。考えても仕方がない。
セリウスは前向きなことを考えることにした。。セリウスの夢はお金をためて豪華な生活を送ることだ。アザラシやクジラ、海竜、コケモモはもう十分なのだ。この暖かく、食糧も豊かで文化的で娯楽がたくさんあり、酒もある西方で可愛いお嫁さんを貰って愉快で楽しい生活を送るのだ。
「あ! すみません」
「いえ、俺も不注意でした」
考え事をしていたらぶつかった。茶髪の女の子だ。女の子はセリウスから逃げるように去っていってしまう。ちらりと見えた横顔はどこかで見たことがある気がした。だがどこで見たか分からない。そもそもキリシアで茶髪は珍しくない。おそらくどこかの店かなんかで見かけたのだろう。可愛い子だったからたまたま記憶に残ったのだ。
(そう言えばキリシア人やロマーノ人はかわいい子多いよな)
セリウスはまたどうでもいいことを考え始めた。
しばらく歩いているとポケットの違和感に気付く、なぜか軽いのだ。試しにポケットを叩いてみる。
「あれ? ない? 財布がない? 何で!!」
セリウスは久しぶりに泣いた。
なんか最近二話投稿が続いてます。いや、本当は昨日投稿したかったんだけど間に合わなかったんだよね。
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