第42話 旅行
スフェルトでの工作が終わりひと段落ついた。次にすべきことは下調べだ。支店をどこの国に出すか、どの石鹸をどれくらい供給するかなどを決めなくてはならない。また支店を出すということは今までよりも多くの石鹸を供給しなくてはならないということだから、工場をさらに建てる必要も出てくる。
というわけでハルトとロアとデニスはどこに支店を出すかの議論をしていた。
「取り敢えずキリシア州内だな。あまり遠くには出せない。俺の議員身分もキリシアの外だと効力が弱まるだろうからな」
「そうだよね。うちの石鹸は泡の実農家を潰すようなものだから……唯でさえ敵が多いのにさらに増やすのはよろしくないね」
デニスは言った。敵はサマラス商会だけではない。泡の実農家全体だ。アスマ商会のせいで土地を失ったり職を失ったりした人間は多い。さらに敵を増やすのはあまり具合がよろしくない。
「キリシア内となるとやっぱりアルト、リンガ、スフェルトですかね? スフェルトはサマラス商会の御膝元ですから除くとしてアルトとリンガには出す必要がありそうですね」
ロアは地図を広げて言う。アルトはキリシア最大の都市で、リンガはキリシア最大の港を持っている。大消費地であるこの二都市に支店を出すのは確定事項だ。
「俺はアルトやリンガに出す前にレイムに出した方がいいと思う。近いし、輸送も楽だ」
ハルトがそう言うと、ロアは否定的な意見を出した。
「あそこは大した価値はないですよ? 前までは都市国家連合の防壁として機能してましたが帝国に支配された今、その価値は皆無です」
ロアに続いてデニスが言。
「僕もそう思うね。あの都市国家が中堅の地位にいたのはリンガやクラリスから金を貰ってたのもあるんだよ? でも今はその金もない。これから衰退確定なところに支店を出すのはあまり良くないと思うな。会長は何でレイムに出したいんだい?」
ハルトはにんまりと笑って二人の問いに答える。
「俺はレイムで儲けようとは思ってないよ。取り敢えず実験として出したらいいと思ってる。それにレイムは大陸街路が通ってるだろ? 人の行き来は多いから人の目に留まる」
大陸街路は大昔に帝国が西方全域に敷いた道路だ。今までは王国の存在と戦争により道路の価値は非常に薄かったが、統一されたことで人の行き来が活発になり、再びその価値が見直されているのだ。
「レイムは西ゲルマニスの州都のベルスとつながってるだろ? だからあそこに支店を出せばゲルマニス人が買ってくれる可能性もある。そうすれば将来ゲルマニスに出すときに便利だろ? それにゲルマニスでは風呂が流行ってるって聞いたぞ」
情報源はゲルマニス人の商人だ。王国を裏切った貴族や王国に封じられた帝国貴族たちはゲルマニス人に帝国化を促しているのだ。その筆頭が風呂だ。風呂に入れば体が清潔に保たれ、疫病も減る。悪いことは何一つない。まだ受け入れられていないがそれは時間の問題だ。
「うーん、確かに悪くないかもしれない。ベルスへの最短ルートはレイム経由だからね」
「まあ出しても損はないでしょうし。いいんじゃないですか?」
ロアとデニスは賛同を示した。ハルトは大きく頷く。
「じゃあ帝国法の施行と共にレイムに、その後結果を見てからアルトとリンガに出す。そのあとにスフェルト。そういう方向でいいか?」
「「異議なし」」
取り敢えず支店を出す国は決まる。とはいえ問題はそれだけではない。
「あと工場だけど……どこに増やすんだい?」
デニスはハルトに聞く。現在の工場には後二百人受け入れる余地がある。だが二百人増やしてもキリシア全土の石鹸需要を賄うのは難しい。
「そりゃあクラリス近郊に。金はたくさんあるからな。ケチらずに一気に土地を購入する。いっそ第二工場の五、六倍の大きさの工場を建てるのもありだね」
今まではお金の問題で安く狭い土地しか買えなかった。また議員をあまり敵に回すことはしたくなかったので大きな行動は控えてきたのだ。だが今は総督府によって議員の力は減少している。大チャンスだ。
「まあ有り余るほどありますからね。機材や土地は問題ないでしょう。ところで私からの提案なんですが本部を作りません? こんな狭いところでは他の商会に舐められそうですし。これからたくさんの人を雇うんですからもっと人が入れるようなところにしないと」
ロアはそう言って今いる部屋を見回した。ここは前までハルトとロアが生活していたところだ。現在は会議室兼応接間になっている。
「それは僕も思ってたところだよ。この商会もそろそろ大商会の仲間入りをするんだから大きな本部はぜひ欲しいね。警備の問題でも」
デニスもそう言った。ハルトは少し考え込み、顔を上げて手を打った。
「分かった。じゃあ臨時総督府を買おう。あそこなら元高級ホテルなだけあって高級感も出てるし、改装は帝国がやってくれたから手を加える必要がない」
「「へ?」」
これには予想外だったようで、ロアとデニスは間の抜けた声を出した。
「いやあれって買えるんですか?」
「買えるだろ。総督府は二か月後に完成するからな。つまり二か月後は用済みだ。俺も提督も助かる。それに友人同士だからな。総督とは」
ハルトはロアの問いに答えた。続いてデニスが言う。
「でも元の持ち主が文句を言うんじゃ……」
「何言ってるんだ。元の持ち主は売ったホテルの金で新たな高級ホテルを作ってるよ。儲かった、儲かった言ってたからな。文句なんて出ない」
新しいホテルを建てる金があるのだから古いホテルなんて買い戻す必要はない。しかも帝国によっていろいろと改造を受けているのだ。ホテルとしてはもう使えないだろう。
「でもそんなに派手なことをすると不興を買いますよ?」
ロアが心配そうに言う。元総督府を買えばハルトとグレイ総督がお友達であることが一発でばれてしまう。
「何言ってるんだ。それに何の問題がある? 議員なんて大した発言力ないぞ。今のクラリスでは」
総督府はその気になれば議員の財産を没収できる、だから議員は総督府に強気に出れない。また帝国にあっさりと降伏したせいで議員は無能と市民に言われ始めているのだ。怖くもなんともない。
「確かにそうですが……言われてみれば全然問題ないですね。じゃあ総督府から買いますか」
こうして総督府購入が決まる。
「ところでデニス」
「何か嫌な予感がするんだけど……なんだい? 会長」
ハルトは笑顔で言う。
「下調べのためにレイムやアルト、リンガに旅……じゃなかった視察に行くから店番よろしく」
「頑張ってください!」
「拒否権はないのか……」
デニスは肩を落とした。
「あ! そうそう。ついでに工場用の土地も買っておいてくれ。費用は十億だ。値段は気にせずいい場所を確保してくれ。場所は外でいいがクラリスの近くにしてくれ。法律が施行されれば二級市民も城壁の外に出れるようになるからな」
「はいはい……」
デニスは生返事した。
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「というわけでアルトに来たわけですが……」
「どうしたの? ロア」
アイーシャが笑顔でロアに語り掛けた。
「どうしたもこうしたもありません! 何でアイーシャさんまで来てるんですか!」
ロアが大きな声を上げる。アイーシャは肩を竦めた。
「別に良いじゃん。私がいた方が安全でしょ? ハルトもそう思うよね」
「ん、ああ。そうだな」
ハルトは生返事した。元々アイーシャは連れていく予定はなかったが、駄々をこねられたのだ。連れていってくれなければ砂漠の民は紹介してやらないぞと。本気かどうかは分からないが、縋りつかれて頼まれては断りづらい。
「砂漠の民なんて雇わなければいいじゃないですか!」
「いやでも頼りになるだろ?」
実はゲリア平原の戦い以降、砂漠の民の国際的な地位は上がり続けているのだ。砂漠の民を奴隷、もしくは傭兵として欲しいという人間は大勢いる。アイーシャという最強のコネを持って居るハルトとしては生かさないわけにはいかない。
「それにもしかしたら砂漠の民を紹介するビジネスとかもできるかもしれないだろ?」
「まあそうですけど……なんかアイーシャさんに外堀埋められてません?」
砂漠の民がハルトの下で働いてもいいと言って居るのはハルトがアイーシャの婚約者ということになっているからだ。その立場を利用するということは対外的に婚約者であることを認めることに等しい。
「えっと、まあ後で考えるよ……」
「そうですね……」
ハルトからするとアイーシャ愛人問題はあまり考えたくない。別にアイーシャのことが嫌いではないからだ。むしろ好きの方だ。ハルトが愛人を否定しているのはロアに対して不義になるからだ。とはいえ強引に突っぱねることはできない。でも愛人などという倫理的によろしくないものを認めるわけにはいかない。
ロアからしてもあまり考えたくない問題だ。もちろんハルトを他の女にくれてやる気はさらさらない。とはいえアイーシャはロアにとって唯一にして最大の友人だ。何だかんだで話も合う。仲良くしたいし、関係を壊したくない。でもハルトは一人占めしたい。
アイーシャはそんな二人の微妙な気持ちを上手く利用してゆっくりと距離を縮めているのだった。
「あ! 城壁が見えましたよ……ボロボロですね」
ロアは話を変えるために、調度見え始めたアルトの防壁を指さした。城壁は極一部を除いて破壊されており、アルトの街は丸裸だ。
「酷いありさまだな。確か帝国軍が城壁だけを狙って攻撃したんだろ?」
アルトは最後まで降伏しなかった。だが徹底抗戦しようとして降伏しなかった訳ではない。単純に議会が纏まらなかったのだ。
帝国はアルトを焼き払うことができた。だがアルトを焼き払っても帝国には何の利益もない。無傷で手に入れたいのだ。そこで帝国の将軍マルクスは城壁だけを崩すことにしたのだ。
アルトの城壁は高い。そして高い分薄く、下層部に負荷が掛かっている。今までの戦争なら高さはその欠点を補って余りあるほどの戦術的価値があった。だが帝国には大砲があった。大砲の攻撃力は凄まじい。アルトの壁はタダの的にしかならず、あっという間に破壊された。帝国軍はすぐにはアルトに攻めず。城壁を淡々と崩していった。
頼りにしていた城壁まで壊れてしまった以上、降伏するより他はない。こうしてアルトは占領されたのだ。
「クラリスも抵抗していたらああなっていたわけですよ。怖いですね」
「すごいね。帝国って。まあ、私たちはその帝国に勝ったことあるんだけどね」
アイーシャは胸を張った。
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城門の門番は帝国兵だった。アルトの武装兵力はすべて解体されたからだ。アルトの議会は破壊され、総督府により直接支配されている。治安を維持する兵士も当然帝国兵だ。.
「街に活気がないな。人口はクラリス以上と聞いたから期待してたんだが。やっぱり占領の影響か」
至る所で帝国兵が監視の目を光らせているのだ。これで活気づけという方が無理がある。
「もしかして人口も流出してるんじゃないですか? 支店の件、見直しません?」
ロアは心配そうに言った。
「話によればキリシア人の人口は減ってるそうだ」
「は? どういうことですか」
ロアは首を傾げる。ハルトはロアの疑問に答える。
「ロマーノ人の人口は増えてるんだよ。つまり移民だ」
「何で増えてるんですか?」
ロアは訳が分からないという顔をする。ロアは経済の話は得意だが、政治は苦手なのだ。
「つまりロマーノ人を反抗的なアルトに住まわしてロマーノ化させようってことでしょ。確かウェストリア帝が推し進めてるんだよ。アルトが親帝国になったら南キリシアは安泰だからね」
ハルトの代わりにアイーシャが答える。このロマーノ化はアルト以外にも東西ゲルマニスでも行われている。ウェストリア帝の占領策の一環なのだ。
「上手いやり方だよな。帝国全土がロマーノ人に成っちまえば民族反乱なんて起きないしさ」
「でもクラリスでは行われてませんよね?」
ロアは疑問を口にする。
「そりゃクラリスは元々親帝国派の都市国家だしな。移住させるロマーノ人の数にも限りがあるんだろ。取り敢えず議員と市民、議員と議員同士を敵対させておけばクラリスは反乱しないって考えてるんだろ。ウェストリア帝は」
ちなみにハルトもその策に乗せられている議員の一人である。
「まあまあ。そんな話題はやめて観光しようよ」
「一応仕事で来てるんですけどね……」
一行は街を練り歩くことにした。
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「それにしても同じキリシアでも北と南じゃだいぶ違うんだな」
ハルトは街を眺めながら言った。服装や建物の建築様式が若干クラリスと異なっているのだ。
「ええ。北はロマーノ文化の影響を強く受けていますから。一方南はキリシア独自の文化が根強く残ってます」
「でもそれって要するに遅れてるってことだよね」
西方で一番文明が進んでいるのは帝国だ。とくに帝国の土木建築技術は西方一だ。それが取り入れられていないのはイコール遅れているということなのだ。
「まあ南キリシア人は頭が固いですからね」
ロアはさらっと南キリシア人の悪口を言った。ハルトとアイーシャは思わず顔を合わせた。
「あった。不動産会社だ。取り敢えず聞いてみるぞ」
一行は事前に調べておいた不動産会社に向かった。
「こんにちは。物件を見せてもらっていいですか?」
「いいよ。何をお探しだい?」
ハルトが条件を言うと、店員は資料を見せてくれた。ハルト達が資料を見ていると店員がハルトの顔をじろじろ見ながら言った。
「見ない顔だがどこの出身だい?」
「クラリ、痛!」
クラリスと言いかけたロアの頭を叩いて止め、ハルトは笑顔で答える。
「東の方から来ました」
「へえ、もしかしてそっちのお嬢ちゃんは砂漠の民かい?」
「えへへ、そうです」
アイーシャは笑顔で頭を下げる。ロアは頬をふくらましてハルトに小声で抗議した。
「何で叩くんですか!」
「クラリスなんて言ったら売ってくれないかもしれないだろ」
ハルトは小声で答える。何しろクラリスは速攻で裏切った都市国家筆頭だ。アルトでは禁句だ。
「じゃあ取り敢えずこれとこれを見せてもらっていいですか?」
ハルトは場所を二つに絞り込んだ。資料だけでは分からないので実際に見せてもらうことにする。
「いいよ。ついて来てくれ」
一行は物件を案内される。ハルトは悩んだ末に一つに絞り込んだ。
「じゃあ八千万ドラリア、もしくは千六百万ロマーノだ」
「じゃあこれで」
ハルトはアイーシャに持たせていた金貨を渡す。全部でドラリア金貨八百枚。一括ニコニコ現金払いだ。金貨を渡されて店員の顔が引きつる。八千万も一括で支払われたこと、そして八百枚の金貨を手で持ち歩いていたアイーシャの握力に驚いたのだ。
「じゃあこれにサインしてくれ」
ハルトはサインをしてから店員の顔を見る。特に変わった様子はない。アスマ商会のことを知らないようだ。ハルトは安心する気持ちと落胆する気持ちで何とも言えない気分になった。
「まいどあり」
店員は笑顔でハルト達を見送ってくれた。彼も儲かって良かったと思って居るのだ。
彼がクラリスの商人に売ったことを後悔するのは四か月後のことだ。
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リンガでの支店の購入を早々済ませ、一行はレイムに向かった。
「レイムの男性はみんな肉体を鍛えているんです。レイムの重装歩兵は西方一の強さで、王国軍を何度も撃退してるんですよ。経済力は大したことありませんが、クラリスやリンガから武器の支援を受けていたため装備も良質です。ウェストリア帝もレイムと正面から当たるのは恐れてクラリスから攻め入ったほどです」
「その勇猛果敢なレイムは何であっさり降伏したの?」
アイーシャはロアに質問した。ロアは答えに詰まる。
「クラリスが降伏したからだろ。それにレイムの敵は王国で、帝国とは一度も抗戦したことがなかったこともあるだろ。犠牲出してまで戦おうとは思わなかったんだろ」
「そう! そう言うことです」
ロアは首を大きく縦に振る。
「さてさて、なんだか変わった国のようだが……どんな国何だろうな」
ハルトは笑った。
城門を守る衛兵はキリシア人だった。だがハルトの知っているキリシア人とは少し違った。
まずは身長だ。キリシア人の平均身長は大体165センチほどだ。だがその衛兵は180センチはあった。
次におかしいのは筋肉だ。二の腕がハルトの二倍以上の太さなのだ。決してハルトがヒョロイわけではない。その男が大柄なのだ。
「あの……もしかしてレイムの男性はみんなあなたのようにその……逞しい体をしてらっしゃるんですか?」
ロアが恐る恐る尋ねた。男は首を横に振る。ハルトとロアは胸を撫で下ろした。
「いや俺はひ弱な方だ。屈強な男たちの大部分は帝国軍とともに盗賊と化した傭兵をゲルマニスで狩っているからな」
ハルトとロアは目を見開く。これでひ弱なら他のレイム人はどんな体型をしているのだろうか?
「あんたらレイムは初めてか? 特に見るものはないが……とにかく楽しんでくれ」
男は大きな声を上げて笑った。ハルトは苦笑いをした。
「うーん、図体がでかい奴が多いだけで他はあまり変わらんな」
「そうですね。それにしてもレイムの人達は男性だけでなく女性も大柄何ですね」
ハルトとロアは目が慣れてきたこともあり、比較的順応してきた。一方不快そうな顔をしている者が一名。アイーシャだ。
「どうかしたか?」
ハルトが声をかけると、アイーシャは顔をしかめる。
「……なんかこの街全体的に汗臭くない?」
そう言われてもハルトとロアは特に感じない。嗅覚が犬並みの砂漠の民だからこそ感じ取れるのだろう。
「でも上半身裸の奴が多いよな。今真冬だろ?」
「すごいですね。寒くないんでしょうか?」
おそらく筋肉という名の天然の防寒具を纏っているからこそ寒さを感じないのだろう。発生する熱量が段違いなのだ。
「ゲルマニス人が多いですね。あと穀物を積んでる馬車」
「酷い飢饉だったって聞いたからな。餓死させるわけにはいかないんだろ」
「ウェストリア帝にとって王国はとんだ不良債権だよね」
アイーシャはウェストリア帝に少し同情した。
「でも大陸街路を抑えられたのは大きいんじゃないか? これで海路、陸路ともに東方へアクセスできるようになったわけだし。それにゲルマニスでは良馬が取れるんだろ?」
要するに統治の仕方による。
「取り敢えず物件探すぞ。いい場所があるといいが」
幸運なことに物件は簡単に見つかった。問題は価格である。
「おいおい、一億二千万ドラリアはぼり過ぎだろ。アルトじゃこれよりも少し狭かったが八千万だったぞ。リンガは一億五千万だ。リンガよりも三千万しか変わらないってのはどういうことだ」
ハルトは文句を言った。例にならって大柄なレイム人の商人は反論する。
「そりゃあ落ち目のアルトと比べられたらね。あんたも承知だろうけど、クラリスやリンガからするとここレイムはベルスへの最短ルートなんだぞ。それに船を使えない商人は帝都から大陸街路を使い、レイムを通ってクラリスに行くんだ。つまりここの土地はいま跳ね上がってるんだよ。文句言うな」
そう言われてしまうとハルトは反論できない。ハルトがレイムに目を付けた理由とまったく同じだからだ。
「どうします?」
ロアは不安そうにハルトを見た。ハルトからすれば一億二千万は端金……というわけでもないが払えない金額ではない。見る限りこの男は譲る気がない。というか怖い。
「分かったよ。払う。ほら、アイーシャ」
アイーシャは金貨千二百枚が詰まった袋を渡す。女であるアイーシャが持てるのだからと油断した男が片手で袋を受け取り、袋を落とした。
「がっ! 肩が!!」
意趣返しができてハルトはすっきりした。
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クラリスに帰った後、ハルトは仕事を任せてきたデニスを訪ねた。苦労をかけてしまったし、土地の購入の件もある。
「いま帰ったぞ。土地はどうだった?」
「買ってきたよ。値切るのがめんどくさかったから言い値で買ってきた。八億だ」
デニスは仕返ししてやったという顔をした。
「そうか。まあ波風は立てたくないからな。いい判断だ」
ハルトが褒めるとデニスは非常に複雑な顔をした。
「俺は今から総督府に言って話を付けてくる。その後はユージェックのところで奴隷購入だ。ついてくるか?」
「いや、遠慮するよ」
デニスはあからさまに嫌そうな顔をした。
「というわけでこの建物を売ってください」
「これはまた……突然ですね」
グレイ総督は苦笑いした。
「まあ我々も処分に困っていたところもありますし、構いませんが……ご予算はいくらで?」
「まずそっちの言い値を教えてもらえませんか?」
ハルトがそう言うと、グレイ総督は少し悩んでから言った。
「まあ中古ですしね。ホテルとしての価値はもうゼロですから。まあ八億くらいですかね?」
「分かりました。八億で買いましょう」
「え?」
グレイ総督は戸惑った。彼としては五億で売っても構わないのだ。何しろこのホテルは総督府として使いやすいように大改造を受けている。それに相手は懇意にしている商人ハルトだ。八億といたのは相手が値切ると考えたからだ。
「引き抜きのために情報を教えてもらったり、サマラス商会について調べてもらったりしてますからね。これくらいは」
ハルトは笑った
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総督府で話を付けてきたハルトは次にユージェックのところに向かった。
「最近お前本当に景気いいな。土地もどさっと買ったみたいだし。聞いたぞ。アルトやリンガやレイムで建物買ったらしいな。いや本当にうらやましい限りだよ。グレイ総督とも友達なんだろ?」
「いきなり嫌味か。それはともかく奴隷を買いたいんだが」
ハルトはユージェックに本題を言う。ユージェックはにやりと笑った。
「調度いいな。この前の戦争で多くの貴族が処分されたことで、その貴族の持ち物だった奴隷が大量に出回ってるんだ。ただし値段は高い。一人三十万だ。市場にあり余ってるのに高いのはこれから奴隷を得る機会がめっきり減るからだろう。で、何人必要だ?」
「二百人くれ」
ハルトがそう言うと。ユージェックは嬉しそうに笑う。
「構わんぞ。いや本当に景気はいいな。お前のおかげで俺の景気も良くなりそうだ。ほら、サインしろ」
こうして新たに奴隷を二百人得た。
本当はリンガで水着回を書いてたんですよ。でも途中で気づいた。いま真冬じゃん。凍死しちゃう。
でも折角書いたので勿体無い。ということで9時か10時くらいにもう一話水着回を投下します。
あ! 収支報告は続けることにしました。水着回のあとがきに載せます。




