第41話 再会
「ここがスフェルトか」
ハルトとロアはスフェルトにやって来た。目の前に大きな城壁がある。クラリスの城壁よりは低いが。
「子供のころはもっと大きく感じられたんですが……なんか低いですね」
変わったのはスフェルトの城壁ではなくロアの身長だ。
「取り敢えず入るか」
ハルトとロアは城門に向かう。城門では入国を待つ長い列ができていた。
「長いなあ。クラリスより長くないか? 出入りする人間はクラリスの方が圧倒的に多いはずだが……手際が悪いのか」
そんなハルトとロアの横を大きな馬車が通る。馬車には木の絵が描かれていた。
「……サマラス商会の馬車です」
ロアは思わずハルトの後ろに隠れる。馬車は馬車専用の入り口に入っていき、あっという間に審査を済ませて城門に入ってしまう。
「サマラス商会の審査は妙に短いな。VIP待遇なのか」
今のでスフェルトでのサマラス商会の力がうかがえる。
長い間待っているとようやくハルトとロアの番になる。兵士たちは念入りにハルトとロアの身体検査を念入りに始める。
「ん? これはなんだ」
兵士はハルトが持って居た石鹸を取り出してハルトに聞く。
「石鹸ですよ。知りませんか?
兵士は眉を顰める。知らないようだ。兵士は石鹸を犬に嗅がせる。犬は大きく首を横に振った。
「ふむ。怪しい物ではないようだな」
兵士はハルトに石鹸を返した。その後も長い時間をかけてハルトとロアの身体検査する。
「ふむ。問題ないようだ。通って良し!」
ハルトとロアはスフェルトの街に入った。
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「クラリスに比べると人通りが少し少ないな。まあクラリスと比べるのはおかしいか。どうだ? 十年前と何か変わったことがあるか?」
ハルトはロアに聞いた。ロアは眉を顰めて言った。
「何か空気が重い気がします。浮浪者も多いですし。ハルトさん、ちょっと聞いてみてください」
「お前が聞けよ」
「恥ずかしいじゃないですか」
ハルトはため息をつく。そして近くを通った老人に尋ねる。
「すみません。十年前にスフェルトに来たことがあるんですが、その時よりも街が沈んで見えるんですが……何かあったんですか?」
ハルトの問いに老人は答える。
「実は十年ほど前から麻薬や人さらいが横行してるのだ。まったく警吏は何をしているんだか」
老人は愚痴を言い始める。ハルトは礼を言ってその場を後にする。
「ということだそうだ」
「なるほど。だから審査が厳しかったんですね。それにしても麻薬に人さらいですか。気をつけなくちゃだめですね」
ロアは気を引き締める。
「取り敢えず宿を探すぞ。いいところがあればいいけど」
ハルトとロアは宿探しから始めた。
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「いいところが見つかって良かったな」
「そうですね。ここなら安全そうですし」
ハルトとロアが見つけた宿は一泊八万ドラリアするお高い宿だ。値段が値段なので防犯は完璧だ。
「で、まずはどうするか?」
「取り敢えず私の祖父にあってみたいと思うんです。有力議員でしたから力になってくれるはずです。でも信じてくれるかどうか……」
「何かないのか? 首の付け根の星型の痣みたいなのは」
「何ですかそれ? ないですよ。母の形見くらいは持って来れば良かったです」
ロアは肩を落とす。
「でもお前母親似なんだろ? お前の祖父は母方なんだよな。じゃあいけるんじゃないか?」
あのユージェックでさえ分かったのだ。今のロアの顔は母親そっくりのはずだ。ハルトは手鏡をロアに見せる。
「ほら、どうだ? お前の母親そっくりか?」
「うーん、確かにお母さんみたいですが……私の方が美人ですね。お父さんの特徴がいい具合に混ざってます」
「それは良かったな」
ハルトは苦笑いする。そんな戯言を言える余裕があるのは良いことだ。
「とにかく会ってみないことには始まらないからな。取り敢えず屋敷の方へ行ってみよう。場所は覚えてるか?」
「はい。街の景色はそんなに変わっていないので」
ロアとハルトはロアの祖父の屋敷に向かった。
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結論から言うと屋敷には入れなかった。アポがなければ会うことはできないのだ。ハルトが議員の身分であることを執事に言うと、三日後にあってくれることになった。
「じゃあサマラス商会について調べるか。支店を出すうえで参考になるかもしれないし」
「そうですね。資料だけでは分からないこともありますから。早速行きましょう」
ハルトとロアは取り敢えずサマラス商会の本店に向かった。本店は高級感あふれる店だった。
「いらっしゃいませ本日はどのようなご用件で」
店員は笑顔でハルトとロアを歓迎してくれた。ハルトが泡の実を買いたいと言うと、店員は笑顔で対応してくれた。
「まずこちらがSランクのものです。こちらがAランクですね。こっちはAランクの泡の実を絞って薔薇の香水と混ぜたものです」
「へえ、いろんな種類があるんですね」
ロアは泡の実の値段を見ながら言った。石鹸よりは高いが普通の泡の実よりも安い。
「どうしてこんなに安く提供できるんですか。栽培に秘訣が?」
ハルトの質問に店員が笑顔で答える。
「うーん、そうですね。一番はお客様へ安く最高の品質のものを提供しようという心ですね」
はぐらかされてしまった。もっともハルトも教えてもらえるとは思って居なかった。ただどういう反応を示すか気になったのだ。
「じゃあこれをお願いします」
ハルトは適当に泡の実を選んで購入した。ついでにお金を払う時に言ってみる。
「最近は石鹸というものがあるそうですが……どう思います?」
店員は苦笑して答える。
「質と安全性では泡の実の方が上です。何しろ泡の実は二千年以上も使われてきているんですから」
「なるほど、ありがとうございます」
ハルトは礼をしてその場を後にした。
「サマラス商会はああいう考えなんですか。まあ質は私たちの方が上ですけど」
「まあな。でも安全性か。考えたことがなかったな」
ハルトは呟いた。ハルトにとって石鹸は当たり前のものだがこの世界では新しい物なのだ。危ないかもしれないという意識があるのは当然かもしれない。
「イメージは時間が経てば払拭できるからいいけどな。さてこの泡の実どうしよう」
ハルトは流れで買ってしまった泡の実を見る。石鹸は持ってきたので買う必要はなかったのだが、いろいろ失礼な質問をしたせいで買わざるを得なかったのだ。
「一応使えばいいんじゃないですか? もったいないですし」
ロアは言った。購入した泡の実は最高ランクのS。使わなかったら勿体無いだろう。
「そうだな」
ハルトは泡の実を鞄にしまった。
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ハルトとロアは丸一日かけてサマラス商会について調査をする。この街でのサマラス商会への心象はかなり良いようだった。当然泡の実の支持は厚い。一方石鹸の存在を知る市民はあまりいなく、知っていても泡の実の方がいいと思って居る人が多い。
サマラス商会への調査がひと段落したので、ハルトとロアは遅めの夕食を取りに高級料理店に向かった。
「結構しっかりした地盤を持ってるんだな。崩すのは難しそうだ」
ハルトは愚痴を言いながらステーキを口に運んだ。
「一筋縄ではいかないでしょうね。明日はどうします? 引き抜きに行きますか」
ロアはエビの殻に苦心ながら言った。そんなロアの胸にはハルトから貰ったルビーが輝いて居る。非常に高価な物なので、こんな時にしか身につけられないのだ。
「やめておこう。お前の祖父に協力してもらうまでは下手に動かない方がいいだろ。危ないしな」
相手はロアの両親を殺した人間だ。油断するわけにはいかない、
「そうですね。じゃあ明日は観光ということで」
二人は商売の話は打ち切って、食事に専念する。
二人で食事を続けていると、ドアが開く音がした。途端に当たりが騒がしくなる。
「ん? 有名人でも来たのか」
ハルトとロアは気になってドアの方を見る。そこには大柄な男性がいた。年は五十代から六十代ほど。何より特徴的なのは燃えるように真っ赤な髪だ。
「……」
「どうかしたか。ロア?」
ロアは男性を見て目を丸くして硬直している。フォークにステーキが刺さったままだ。
男性はウェイターに席を案内してもらう。途中でハルトとロアの席を通り過ぎる。
「ん!?」
男性は席を通り過ぎた後に突然振り返る。そして目を見開いた。
「ヘレン?」
男性とロアの目が合う。そしてしばらく見つめ合い……
「ロア!!」
「おじい様!!」
二人は抱き合った。
「はあ!?」
ハルトはあまりの急展開に声を漏らした。
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三人は急遽、食事を打ち切ってアルベルティーニ家に行った。人の耳がある場所ではできない話をするためだ。
ロアの祖父、バートラン・アルベルティーニは涙ぐみながら言った。
「取り敢えず、生きていて良かった……」
「はい。おじい様もお元気そうで。まずどこから話しましょうか?」
「取り敢えずそこの男は誰だ?」
バートランは涙を拭いて、ハルトをにらみ付けた。ハルトは立ち上がって笑顔で挨拶する。
「こんにちは。アスマ商会会長、クラリス議員のハルト・アスマと申します」
「ロアとはどういう関係何だ?」
「婚約者です」
ハルトは即答した。バートランが後ろに仰け反る。
「なにぃ、婚約者だとぉ」
バートランは困惑した。つい昨日まで死んだと思って居た可愛い孫が生きていたと思ったら婚約者を連れてきたのだ。混乱するなという方が無理だ。
「絶対に認めん!」
「そこを何とか、おじい様」
「誰がおじい様だ!」
バートランは顔を真っ赤にして怒鳴る。ロアはハルトとバートランの間に入って宥めた。
「まあまあ、取り敢えず私がここに至るまでの話をしますから。お孫さんをくださいバトルはその後にしてください」
そう言ってロアはバートランに説明を始める。
ロアの両親の死因を知ると顔を真っ赤にし、その後のロアの物乞い生活を聞いて涙を流し、ハルトが助けた話を聞いて複雑そうな顔をした。話を聞き終わった後、ハルトを値踏みするように見て言う。
「ロアを助けてくれたことには礼を言おう。だが結婚は認めん!」
バートランは断言する。
「でも私たちもう一緒に寝てます」
「何だと!」
バートランは身を乗り出す。嘘は言っていない。
「ハルトさんに責任をとってもらわないと私このままだと貰い手が……」
ロアは上目づかいでバートランを見た。バートランは唇を噛んでから絞り出すように言った。
「仕方ない。一億万歩譲って認めてやる」
「ありがとうございます、おじい様」
「おじい様はやめろ! 虫唾が走る」
バートランはハルトを睨みつけた。
「それにしても許せん、あの男! 白々しい顔で会長なんぞに成りおって。叩き落としてやる!」
バートランは憎々しげに呟く。怒りで顔が真っ赤だ。
「そのことなんですがおじい様」
「だからおじい様言うな。一体なんだ?」
バートランはハルトを睨みつけながら言った。ハルトはバートランの視線を受け流しながら言う。
「我々アスマ商会はサマラス商会を潰そうと考えてまして。お手伝い願えますか?」
バートランは鼻を鳴らした。
「当然だ。言われなくともな。お前は気に食わんがあの男が生きている方が気に食わん。で、どうすればいい?」
ハルトは答える。
「取り敢えず我が商会の商品である石鹸を広めてくださいませんか? この国ではまだまだ広まっていないようですから。それとレイナードに不満を抱いているサマラス商会の会員を教えてもらえません?」
「構わない。それくらいならな。ただ調べるのに三日は掛かりそうだ。その間は泊っていくといい」
バートランは微笑んで言った。ハルトは頭を下げて言った。
「ありがとうございます。ところで部屋ですが……」
「当然別々の部屋だ! いいか、でき婚なんぞ絶対に許さんからな!」
バートランは声を張り上げた。
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ハルトとロアがアルベルティーニ家に泊ってあっという間に三日が過ぎた。
「これがサマラス商会の会員名簿だ。青がレイナード派、黄色が中立派、赤が反レイナード派だ。特に不満を持って居る者は黒く塗ってある。有効に使ってくれ」
ハルトはバートランから渡された名簿を見た。見事に六割黄色、三割青色、一割赤色という配色だ。黒色は一人しかいない。
「あ! この人知ってます。よく飴を貰いました!」
ロアは黒色で塗られた名前を指さす。そこにはレオン・グレイザーと書かれていた。
「ああ、その男はリヴァスの友人だったからな。わしと同じようにレイナードに不審を抱いていた。その男は間違いなく味方だ」
「なるほど……じゃあまずはこの人に会ってみるか。この人を呼び出して貰えませんか?」
「ああ、分かった。お前が直接出向くよりは怪しまれずに済みそうだからな」
こうしてレオン・グレイザーと会うことになった。
レオン・グレイザーはロアに合うと開口一番に「ヘレンさん?」と叫んだ。その後、三秒後に「ロアちゃん!」と叫びなおした。ロアが頷くとレオンは目をうるうるとさせた。
「どうして生きてるんだい?」
レオンは少し落ち着いてからロアに尋ねる。ロアはバートランにした話をレオンに同じようにした。
「そうか……それは辛かっただろうに。それにしてもあいつ、胡散臭いとはずっと思っていたが……やはりな」
レオンは不快そうに顔を歪めた。そしてハルトに向き直る。
「アスマさん。僕も協力します。あいつを断頭台に送ってやりましょう。いや、引き裂きの刑がいいかな?」
レオンは顔を俯きニヤニヤと笑う。ハルトは軽く引きながら言った。
「ありがとうございます。早速ですがサマラス商会はどうやって泡の実を安く生産してるんですか?」
「すみません。あの男は僕を警戒しているようでして……分からないんです。少し調べてみます。ところで僕と同じような仲間を呼んでいいですか?」
ハルトはそれを了承する。仲間は多い方がいい。
次の日レオンは十人もサマラス商会の社員を連れてきた。その十人はロアの顔を見て驚き、嬉しそうに涙した。
「それでどうしましょう? 今すぐにでも辞表を叩きつけてそちらに行きますが」
社員の一人が言う。ハルトは首を横に振った。
「いえ、皆さんはサマラス商会に居て泡の実の生産について調べてください。我々も外から探ります。くれぐれも気を付けて。もしばれたらクラリスにすぐに来てください。お助けしますよ」
その日、彼らは酒を飲みロアとの再会を喜んだ。酒を飲んで酔っぱらったロアがハルトに伸し掛かり、なぜかバートランがハルトにキレるハプニングもあったが、彼らは大いに楽しんだ。
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「うーん、どうしよっかなあ。重要そうだけど。会長に伝えた方がいいのかなあ」
ぼさぼさの髪の男、セリウスはアルベルティーニ家の壁に耳を押しあてながら呟いた。セリウスは内乱に巻き込まれないように急いで東まで逃げ、ついにスフェルトにやってきたのだ。とはいえ仕事がなければ食っていけない。そこで仕事を探していた時、レイナード・サマラスに出会ったのだ。レイナードはセリウスの腕を見抜き、大金で雇ってくれた。
セリウスが今盗聴しているのはレオンがこそこそとしていたからだ。レイナードにレオンが怪しいことをしていたら追跡しろという命令をされていたことを思い出し、こうしてアルベルティーニ家まで来たのだ。
「このまま黙っておいた方が面白くなりそうだけど。どうしよっかなあ」
セリウスは強い者の味方だ。話を聞く限りではレイナードは不利そうだ。だがまだ分からない。
「こういう時はコイントスだな。表だったら会長に伝える。裏だったら様子見」
セリウスは銅貨を空中に投げる。銅貨は裏を向けて地面に落ちた。
「じゃあ様子見で。聞かなかったことにしよう。たまたま壁が厚かった。そういうことで」
セリウスは酔っぱらったような足取りで帰った。
今更ながら思ったのだが収支報告書は必要なのだろうか? 本来なら次の話で12月の報告書を書きますが……もしかしていらない?
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