第39話 友人
これで三章終了
戦争が終結してから一か月が経過した。
ウェストリア帝は内乱鎮圧後、レイス皇子とラゴウ将軍に組した貴族や日和見をした貴族たちを処分して各地に自らの派閥の貴族を派遣した。
ゲルマニス州は東西に分割統治され、帝国貴族が王国を裏切った旧王国貴族を監視するように配置された。
キリシア州も南北に分割され、北キリシア総督府はクラリスに、南キリシア総督府はアルトに設置された。南北キリシアはゲルマニスとは違い戦う前に降伏したので、各都市国家の自治は守られ、支配は軍隊が駐留するだけに留まった。
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「まあ自治とはいえ、帝国の支配の範囲内だけどな」
ハルトはクラリスに適応された帝国法を読みながら言った。国が変われば法律も変わる。クラリスでは新しく施行された帝国法によって若干の混乱が生じていた。
「筆頭は身分制度と貨幣ですね。まあ仕方がないんですが」
ロアはため息をついた。支配されたからには帝国の法を受け入れなくてはならないのは当然だ。
まずクラリスから二級市民が消滅した。二級市民とは税金を払っていない市民というクラリスにしかない身分だ。これは安い労働力を得たい商人と税金を払いたくない怠け者や払えない貧乏人の利益が一致したからこそ成り立つ制度だ。だが帝国はそんな訳のわからない制度は許してはくれない。帝国には脱税を許す代わりに人間扱いしないという思考回路はないのだ。
次にドラリア通貨が廃止され、ロマーノ通貨が正式な通貨になった。もっともドラリアが価値をなくしたわけではない。しばらくはドラリアとロマーノの併用になるだろう。
「それにしても累進課税制度か。厄介だな」
ハルトは呟く。帝国の税制度は累進課税制度、つまり所得が上がればその分税金も上がる。ハルトの場合は30%もの税金を取られることになる。
「まあ売上税はなくなりましたし……」
ロアは苦笑いでいった。だが売上税は元々3%。まったく軽減にはなっていない。
「そんなことより労働者保護法の方がめんどくさいですよ。労働者の最低賃金が十万ドラリアって一体何なんですか」
ロアは訳が分からないという顔をする。ハルトが払っている賃金は四万ドラリア。つまり人件費が二倍になるということだ。
「まあ政策としては間違ってないと思うけどな。俺たちの財力なら人件費が二倍になっても十分にやっていけるから経済が停滞することもない。それに中流階級が増えれば石鹸の売上も増えるから悪いことばかりじゃないさ」
ハルトは労働者保護法には悲観的ではない。中流階級が増えれば経済が活性化して商売もやりやすくなると考えているからだ。とくに石鹸の購買層は中流階級なので我慢すれば返ってくるはずだ。
「何でそんなに割り切れるんですか?」
ロアは不思議そうな顔でハルトを見る。ハルトは笑って答えた。
「俺の国も累進課税制度だったし、労働者を保護する法律もあったよ。今までが異常だったんじゃないか?」
クラリスという国の経済は一部の金持ちが下の階層から富を巻き上げることで成り立っている。今はそれで上手く回っているが、いつか行き詰まるときがくるだろう。その前に制度を変えることができて良かったとも言える。
「そんなことよりも俺は石鹸が贅沢品に入ってることの方が重要だ。贅沢税なんてめんどくさい」
贅沢税とは国が指定した贅沢品にかかる税金のことだ。日本で言う消費税のようなものだ。払うのはハルトではなく消費者だが、実質的な値上げなので負担はハルトにもかかる。
「普通の石鹸は日用品の枠に入ると思います。1000ドラリア以下の贅沢品なんて聞いたことないですから。総督府に掛け合ってみましょう。こういう時は同業者同士で助け合ったりできるんですが……私たちの寡占状態ですからね」
ロアは非常に贅沢な悩みを口にする。ハルトがここまで成功できたのはハルトの商才よりも競争相手が一人もいなかったことが大きい。
「でも対してやることは変わらないからな。これからも頑張っていこうか」
「はい!」
ロアは元気よく返事をした。そしてポケットの中に手を入れ、白いものを取り出した。
「ところでハルトさん! これを見てください。石鹸です」
「えーと、だから何なの?」
「ほら! 印がないじゃないですか。つまりうちの石鹸じゃないってことです。当然サマラス商会のものでもありません」
アスマ商会で売られている石鹸には馬のマークがついている。転売を抑制するためと、宣伝のためだ。またアスマ商会の石鹸として粗悪品を売られないようにするためでもある。サマラス商会も同じような理由で印を付けている。
だがロアが買ってきた石鹸に付いているのはアスマ商会の印でもサマラス商会の印でもなかった。
「どこで売ってたんだ?」
「これは露店です。他にもこれとは違う印のついた石鹸がいたるところで売られています」
ハルトはロアの買ってきた石鹸を手に取って見る。質は悪いがちゃんとした石鹸だ。つまりある程度の技術で作られた物ということだ。
「本格的に製法が流出したか……おそらく流出先はサマラス商会だな。俺たちの力を削ぎ落としに来たな。嫌らしいやり方だな」
ハルトは顔をしかめた。単独ではアスマ商会の石鹸には敵わないと考えたのだろう。安価な石鹸が出回ればハルトも石鹸の値下げをするしかなくなり、力は衰える。その間にサマラス商会は反撃の準備をするつもりなのだ。
「どうするか……値下げするか」
ハルトは頭を悩ませた。これから店舗を増やして売上を延ばしていこうという時なのだ。
「何言ってるんですか。まだあれがあるじゃないですか」
「あれ?」
ロアは深いため息をついた。
「忘れたんですか? ラードを使った石鹸があるじゃないですか」
「あ! そう言えば劣化石鹸があった」
ハルトはようやく思い出す。ロアはハルトをジト目で見た。
「ほら、機会がなくて作ってなかったじゃん。つい忘れててさ」
ハルトは慌てていい訳をした。ロアは再びため息をつく。
「まあ、いいです。ところで劣化石鹸は名前が悪すぎます。どうにかしてください」
「じゃあラード石鹸で」
「安直ですね……ラードはイメージが悪いです。油石鹸にしましょう」
こうして劣化石鹸改め油石鹸の生産が決まった。
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「ここが臨時総督府か」
ハルトとロアは贅沢税の交渉をするためとウェストリア帝に売る石鹸の納品のために臨時総督府を訪れていた。臨時総督府は帝国が買い取った高級ホテルに置かれている。総督府そのものは国会議事堂の三倍の大きさのものが国会議事堂の前に置かれる予定だ。
「私はハルト・アスマ。クラリスの議員の一人で男爵だ。総督にお会いしたい」
ハルトが受付に言うと「しばらくお待ちください」と言われ待たされる。一時間ほど待ってから要約案内人がやってきた。
「こちらです」
案内人は不愛想にそう言ってハルトを総督の元へ案内する。いくつもの扉を開けてようやく総督に会うことができた。
「初めまして、アスマ男爵。私は北キリシア総督、ウィルズ・グレイです。陛下より賜わった爵位は候です。以後お見知りおきを」
グレイ総督はハルトに対して礼をした。ハルトも慌てて礼をする。
「それで用件はなんですかな?」
「まずは陛下からご注文を受けた石鹸です。表の馬車に積んであります。どうか、これを。契約書です」
グレイ総督は契約書を受け取り、サインをした。
「これで良いですか?」
「はい」
ハルトはサインのされた契約書を懐にしまった。
「次は贅沢税に関してです。石鹸を贅沢品から外していただきたい」
「ふむ、どうしてそのように?」
グレイ総督は薄気味悪く笑った。
「石鹸は日用品です。石鹸に税をかければ民が貧窮するでしょう。これはウェストリア帝の政策に反するのではないですか?」
「なるほど、確かにあなたの言うことにも一理ある。ですが石鹸と言ってもいろいろあるでしょう。高級石鹸と牛乳石鹸、そして蜂蜜石鹸は値段からして贅沢品に入るかと思いますが?」
「お詳しいですね」
「実は私も愛用させていただいているのです」
グレイ総督は笑って言った。
「では普通の石鹸だけ贅沢税の指定から外していただきたいのですが。どうですか?」
「私はアスマ商会の石鹸を愛用している身です。本当なら指定から外したいのですが……国税は陛下がお決めになられたものです。私の力ではどうにもなりませんなあ」
「では陛下に掛け合ってもらうことはできませんか?」
ハルトがそう聞くと、グレイ総督はまた薄気味悪く笑った。
「そうですな……私も忙しい身です。そのような用件のために帝都まで赴くほど暇ではありませんな。もしこれが友人の頼みなら引き受けるのですが」
グレイ総督は意味深に言う。ハルトは加護を発動させて『友人』について聞いた。
「なるほど。ではどうすればあなたのご友人になれますかな?」
「そうですなあ。私は円滑にこの北キリシアを統治したいのです。ですが議員の皆様は反発なされるでしょう? 私は議員の皆様方を諌めてくれるような、時には私の味方でいてくれるような友人が欲しいですな」(ハルト・アスマは数年前にクラリスの市民権を手に入れたばかりの異国人。それに商人としても台頭を始めたばかり。ゆえにユージェック・マルサス、アドニス・ウルフスタン、ブランチ・エインズワースのどの陣営にも属していない。それでいてどの陣営にも交友がある人物。協力者としては最適な人材だ)
どうやらグレイ総督はだいぶ前からハルトに目をつけていたようだ。ハルトは少し考えてから答える。
「そうですね。少し世間話をしたり、お仕事を手伝うくらいなら構いません。ですが私の仕事についても手伝っていただきたい」
「友人同士なら助け合うのは当然ですな。例えばどんなことを?」(抜け目ないな。クラリスの商人どもはどいつもこいつも)
ハルトはグレイ総督と同じような笑みを浮かべて言う。
「サマラス商会について調べて欲しいのです。彼らは泡の実を安価な値で生産しています。考えられる手法は奴隷の酷使です。これは帝国の方に触れるのでは?」
ハルトはあくまで自分のためではなく、帝国のためであることを強調する。
「確かにそうですな。あの値段は怪しい。調べてみましょう。ところで定期的にお話をしたいのですが……一か月後でよろしいですか?」
「はい。構いません。では一か月後に会いましょう。税金のこと、よろしくお願いしますね」
こうしてハルトとグレイ提督は友人になった。
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「ハルトさんもだんだん黒くなってきましたね」
「お前は相変わらず参加しないな。少しは話に参加したらどうだ?」
「だって恥かしいじゃないですか」
ロアは頬をふくらませる。ハルトはロアの頬を指でつついて空気を抜いた。
8~9 戦争中
収入 7000万(石鹸20万個)+2億(高級石鹸5万個4000ドラリアに値上げ)+5000万(牛乳石鹸1万個)合計3億2000万
支出 1200万(奴隷維持費)+1600万(2級市民)+180万(傭兵)+770万(従業員)+960万(売上税)+3200万(所得税)+25万(魔石)
合計7935万
売上-支出=2億4065万
負債 0
残金 18億7012万
実質残金 18億7012万
奴隷 200
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
会計輔佐 デニス →給料45万
現場指揮 アッシュ兄弟(姉妹)→給料20万
正規雇用労働者 20人→給料15万
傭兵 ラスク&プリン ラング・タルト
労働者 200人(第1工場100人・第2工場100人)
小麦9億分
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10月(クラリスに進駐)
収入 3億6000万(石鹸60万個600ドラリアに値上げ)+2億(高級石鹸5万個4000ドラリアに値上げ)+5000万(牛乳石鹸1万個)+1億500万(小麦半額で買い取られた)
合計7億6000万
支出 600万(奴隷維持費)+800万(2級市民)+90万(傭兵)+385万(従業員)+960万(売上税)+3200万(所得税)+50万(魔石)合計6085万
売上-支出=6億9915万
負債 0
残金 25億6927万
実質残金 25億6927万
奴隷 200
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
会計輔佐 デニス →給料45万
現場指揮 アッシュ兄弟(姉妹)→給料20万
正規雇用労働者 20人→給料15万
傭兵 ラスク&プリン ラング・タルト
労働者 200人(第1工場100人・第2工場100人)
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11月
収入 7000万(石鹸20万個)+2億(高級石鹸5万個4000ドラリアに値上げ)+5000万(牛乳石鹸1万個)合計3億2000万
支出 6200万(石鹸の材料費20万個分)+900万(高級石鹸の材料費5万個+牛乳石鹸の材料1万個)+17万(牛乳石鹸1万個分の牛乳)+600万(奴隷維持費)+800万(2級市民)+90万(傭兵)+385万(従業員)+960万(売上税)+3200万(所得税)+25万(魔石)合計1億3177万
売上-支出=1億8823万
負債 0
残金 27億5750万
実質残金 27億5750万
奴隷 200
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
会計輔佐 デニス →給料45万
現場指揮 アッシュ兄弟(姉妹)→給料20万
正規雇用労働者 20人→給料15万
傭兵 ラスク&プリン ラング・タルト
労働者 200人(第1工場100人・第2工場100人)




