第35話 緒戦
帝国軍 VS 王国軍
歩兵二十万 歩兵一万(ザルトラン辺境伯軍)
重装歩兵三万 歩兵????
重騎兵一万 騎兵????
軽騎兵二万 竜騎兵????
騎馬民族 一万
戦像 五百頭
砂漠の民 三百
「これより臨時会議を開始します」
アドニスが周りを見回し、宣言した。
「みなさんも知っていると思いますが……帝国が王国に大規模な進軍をしました。帝国の兵力は20万を超えるということです」
アドニスが言った。
「これはもう第五次帝王戦争と言った方がいい規模だな」
ユージェックは嬉しそうに言った。
「さて今回の議題ですが……我々の今後の方針です。帝国を支援するか、王国を支援するか、それとも中立か。私は中立でいるべきだと思いますが」
アドニスの言葉にブランチは頷いた。
「ええ、私も中立でいるべきかと。国境線は大きく変わるでしょうが、王国が滅ぼされることはないでしょう。王国の現国王は第四次帝王戦争で王国を大勝利に導いた名君。即位したばかりのウェストリア帝に負けるとは思えませんから」
ブランチに続いてユージェックも言う。
「だろうな。一方王国も帝都を落とすほどの国力はない。ガリアが精々だろう。わざわざ火中の栗を拾う必要はないな」
三人が中立を宣言したことにより、クラリスの方針は中立でまとまった。
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「中立ですか……まあ、妥当ですね」
ロアはハルトから会議の結果を聞いて頷いた。
「でもみんな楽観的だな。帝国が王都を落としたら次は都市国家連合じゃないか。大丈夫なのか?」
ハルトが疑問を口にした。
「帝国と王国は五回も戦争をしていますが、帝国は一度として勝ったことはありませんよ。しかも王国の現国王は武闘派で有名です。負けることはないでしょうし、ましては王都陥落なんてありえません。王都は分厚く、高い城壁で覆われています。第二次帝王戦争では城壁に阻まれて帝国は王都を落とせず、撤退に追い込まれました。ゲルマニス人は強いですからね。エンダールス一世も苦戦したそうですし」
ロアはハルトに王国の強さについて解説する。
「そんなもんか? 胸騒ぎがするんだが……」
ハルトの胸には不安が渦巻いていた。
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帝国軍が帝都ロサイスを発ってから三週間経った。
「おお、あれがザルトラン辺境伯の城、ザルトラン城ですか! なかなか堅牢そうな城ですね」
細身の男性、アベーレ中将は馬の上で言った。
「そうだね。でもあれを私たちだけで落とさなくちゃいけないんでしょ? どうするの?」
クレアはアベーレに言った。
帝国軍は軍を二つに割って進軍していた。一つはウェストリア、マルクスのいる歩兵中心の本隊。もう一つはクレア、アベール率いる騎兵中心の足の速い先遣隊だ。先遣隊の任務はザルトラン城の早期攻略と、港周辺の土地を抑えて補給線を確保することだ。
「ご安心ください。こちらには新型の攻城兵器がありますから」
アベールは笑って答えた。
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「ふむ、敵の数は二十万以上と聞いていたが……あれは先遣隊か」
ザルトラン伯爵は城壁の上から遠眼鏡という魔法具で帝国軍を見下ろしていた。
「そのようですね。数は……騎兵が四万、歩兵が三万といったところでしょうか?」
そう言ったのはザルトラン伯爵に長く仕えている老騎士だ。
「騎兵は攻城戦に向かないことを考えると実質三万か。その程度ではこの城は落ちんぞ」
ザルトランは鼻で笑った。ザルトラン城の兵力は一万。全員帝国と何度も戦ったことのある精鋭だ。一方帝国軍三万は農民から徴兵された兵力。練度の差は歴然だ。
「火の秘薬には気を付けないといけませんね」
火の秘薬とは帝国の初代皇帝が作りだした兵器だ。製法は帝国の極一部の人間しかしらない。まさに帝国の切り札だ。王国は魔法兵器ではないかと考え、長年研究しているがまったく製法は分からない。
「まあな。だがあれは火矢で射ればあっさり誤爆する。脅威には脅威だが落ち着いて対処すれば問題ないだろう」
ザルトランは冷静に言った。
しばらくすると、帝国軍が慌ただしく動き始めた。
「あ! 動き始めました。あれは……投石器ですかね?」
「そのようだが……かなり離れているぞ。ここまで届かないと思うが……」
投石器? とザルトラン城の間にはかなりの距離がある。通常の投石器の有効射程距離の三倍は離れていた。
「帝国軍は距離も測ることができないのか?」
「間抜けですね。この様子なら死ぬ必要はないかもしれませんね」
それが二人の最後の言葉になった。
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「おお! 命中した!」
「すごい飛距離ですね、これ。通常の投石器の三倍以上の射程距離がありますね」
クレアとアベールは新型の攻城兵器……平衡錘投石器を見て言った。
「陛下は錘の位置エネルギーがどうとか言ってたけど……全然意味わかんなかったなあ」
「仕組みなんてどうでもいいじゃないですか。大切なのは我々が一方的に攻撃できることです」
平衡錘投石器から岩や火の秘薬が詰められた樽が何度も城壁に当たる。少しづつだが城壁や城門が崩れ始めた。
「それにしても敵の動きが鈍いですね。百戦錬磨の王国軍にしては珍しい。城壁がただの的になった以上、打って出ると思ったんですが」
「もしかしてさっき岩に当たって死んだ二人が司令官だったりして」
「もしそうだとしたら気の毒ですねえ。さて、そろそろ歩兵を動かしましょうか。さすがに平衡錘投石器だけでは落ちないでしょうし」
アベールは歩兵三万に攻撃命令を下す。城は数時間で陥落した。
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ほぼ同時刻、王国近海。
「見えました!! 帝国海軍です。数は……約百隻」
遠眼鏡を覗きながら水兵はそう言った。
「なるほど……我が王国海軍が八十隻ということを考えれば劣勢か。だが前回の海戦では二百対三十であったことを考えれば大したことないな」
海軍元帥は髭を触りながら言った。
王国陸軍は西方最強と言われるが、逆に王国海軍は西方最弱とまで言われている。今までの四回の帝王戦争で王国海軍は勝利したことが一度もない。
「陸軍の奴らに大きな顔をされるのはごめんだ。この戦で勝利し、我が王国が海、陸ともに最強であることを見せつけてやる」
海軍元帥は肉眼でも薄らと見え始めた帝国海軍を睨んだ。
「ん? 帝国の軍船の中に一際大きい軍船が二十隻見えます」
「どういうことだ? 貸せ!」
海軍元帥は水兵から遠眼鏡をむしり取って、帝国海軍を見る。
確かに他の軍船よりも数倍の大きさの船があった。
「どういうことだ?」
海戦は衝角戦術と移乗攻撃で戦われる。そのため小さくて小回りの利く船が好まれるのだ。実際王国海軍の船の大部分が小さな船だ。逆に船は大きければ大きいほど速度は遅くなり、衝角の的になってしまう。
海軍元帥の胸に言いようのない不安が広がった。大きな軍船など愚行。だが帝国もそれは百も承知のはずだ。
「……前進せよ」
海軍元帥は不安を振り払い、全艦隊に指示を送る。
帝国海軍と王国海軍との距離が目に見えて縮まていく。
「ん?」
海軍元帥は眉を顰めた。王国海軍が衝角突撃に入ろうとした時、突然帝国の大型船がゆっくりと左回転し、横向きになったのだ。横向きになった船体にはいくつもの穴が開いていて、赤銅色の物体が顔を出していた。
「何だあれは……」
海軍元帥を再び不安が襲う。だが王国海軍はすでに攻撃に移った後だ。今更遅い。
しばらくして轟音が海に響き渡った。
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「二射撃目用意……撃て!!」
ヒュピアの号令で赤銅色の物体……大砲が火を噴いた。大型船に突撃しようとしていた船のマストが吹き飛び、甲板が破壊され、櫂の漕ぎ手が海に落ちる。たった二回の攻撃により約五隻の船が沈み、二十隻が大破した。
「三射撃目用意! 突撃船は射撃後、突撃せよ」
再び大砲が火を噴く。今度は三隻の船が沈み、九隻が大破する。その後帝国の突撃船が王国海軍に襲い掛かる。砲撃により浮足立っていた王国の軍船は次々と沈められる。
「大勝利ですな。ヒュピア将軍!!」
海軍中将がヒュピアに話しかける。ヒュピアは頷いた。
「この大砲は素晴らしいわ。これで間違いなく帝国海軍は西方……いや、世界最強の海軍でしょう」
ヒュピアは沈みゆく王国の旗艦を見ながら、満面の笑みを浮かべた。
この海戦により、王国は制海権を失った。
アスカの兵器解説コーナー
みなさんこんにちは。この小説だと脇役扱いのアスカです。本当はウェストリアが主人公で私がメインヒロインだったはずなんですが、ウェストリアがあまりにも自重しないんで降格されました。
とはいえ、私は元メインヒロイン。自分の発案した兵器の解説くらいはさせて貰います。
まずはこれ、帝国の火の秘薬。これは私ではなく帝国の初代皇帝アルムス一世が開発した物です。王国は魔法兵器かなんかだと思っているようですが、ただの黒色火薬です。魔法なんてものが中途半端にあるせいで、こういう物を作る発想がなかったんでしょうね。
次は平衡錘投石器です。これは錘の位置エネルギーを使う投石器です。従来の投石器に比べて非常に射程距離が長く、命中精度がいいのが特徴ですね。欠点は持ち運べないことです。帝国軍は作ったものを一度分解して、部品を戦場に運んで組み立てたようですね。帝国軍は岩や黒色火薬を使っていましたが、他にも死体とか糞尿とかも投げ込めます。一説によるとアルキメデスさんが作ったといいますが、確かな確証がありません。1165年に東ローマ帝国が使ったというのが最古の記録です。
次に大砲です。これは青銅が使われています。え? 何で鉄じゃないかって? それはこの世界の鋳造技術が低いから。鉄だと材質が均一に保てなくて、暴発の危険があるんです。下手したらウェストリアがどっかのスコットランド王みたいになっちゃう。
さて、皆さんの中には大砲があるなら平衡錘投石器いらなくね? と思った方も多いでしょう。ですがそもそも大砲と平衡錘投石器の性能はあまり変わりません。威力は大砲の方が上かな? 大砲はとても重いです。ですが平衡錘投石器は分解すればスムーズに持ち運びが可能です。先遣隊が機動的に動くために平衡錘投石器を採用しました。
……ついでに言うと作者が大砲よりも平衡錘投石器の方が好きというどうでもいい理由もあります。ほら大砲よりも『トレビュシェット』っていうカタカナの方がかっこいいじゃん?
さて緒戦、そして海戦は帝国大勝利です。とはいえ王国もそろそろ準備ができる頃合い。どっちが勝つやら……ウェストリアには生きて帰って欲しいなあ。
赤い線が帝国陸軍の進行ルート、青い線が海軍の進行ルートです。
以上、兵器解説コーナーでした。




