第22話 新年
今回はちょっと長い。
「っというわけでハルトの婚約者になりましたアイーシャです。これからもよろしく!!」
家に着いて早々にアイーシャはそう言った。
「は!?」
一瞬意味が分からなくて混乱するハルト。
「ハルトさん!!どういうことですか!!」
そう叫ぶロアは泣き顔だ。
「いや、俺も何が何だか……」
「誤魔化すんですか!!そうやって私を捨てるんだ!!いやです。捨てないで!!」
ロアはハルトに泣きながら抱き付く。取り敢えず頭を撫でながらアイーシャに聞く。
「どういうことだ?意味が分からん。ギャグにしては面白くないぞ」
「いや、ギャグじゃないよ。爺さんにね、結婚して来いって言われたんだよ。要するにそれだけ石鹸とハルトのことを買ってるってこと」
「俺の意思は尊重されないのか?」
ハルトが聞くと、アイーシャは答える。
「出てけっていうなら出てくけど、爺さんとの関係悪化は避けられないよ?それに私ハルトに断られるともう貰い手がいないんだよね」
「お前結婚が嫌で逃げてきたんじゃないのか?」
これでは本末転倒だ。
「好きじゃない相手や、顔も見たことがない相手と結婚するのが嫌なだけで、結婚したくない訳じゃないよ。ハルトは好きだから全然大丈夫。ハルトだって私のことまあまあ好きでしょう?」
アイーシャは美少女だ。美少女に好きと言われて悪い気はしない。ただそれとこれとは別の話。
「確かに俺もお前のことは嫌いじゃない。確かに好きかもしれない。だが俺にはロアがいるんだぞ?」
そういってぐずぐずとないているロアを見下ろす。とてもじゃないが見捨てられない。
「ん?ロアと結婚すればいいじゃん。私ロアとは友達だし。別にいいんじゃない?」
突然結婚しろと言ってきて、ロアがいるから無理と断ればロアと結婚すればいいと言い始める。意味が分からない。
「お前俺と結婚したいんじゃないの?」
「そうだよ。だから結婚しよう」
「ん?」
「ん?」
お互い話がかみ合わない。もしやと思い、ハルトはアイーシャに尋ねる。
「もしかして砂漠の民は重婚が許されるのか?」
「重婚?何それ」
「複数の妻を持つことだ」
ハルトが説明すると、アイーシャは首をかしげる。
「許されるも何も普通のことでしょ」
ハルトは頭を抱える。これが文化の違いというやつなのだろう。ハルトはクラリスでは重婚は認められないことを伝える。
「え?何それ。変なの。じゃあお金持ちも貧乏人も妻は一人なの?それじゃあ富が再分配されないじゃん。夫を亡くした未亡人はどうするの?」
アイーシャの話によると、砂漠の民では稼ぎの多い男はたくさんの女と結婚するのは常識らしい。むしろ貧乏人の女を娶って、その家族を支援するのは金持ちの義務だとか。金持ちがたくさんの妻を娶って、子供をたくさん産むことで多くの子供が高い教育を受けることができ、遺産が多数に分配することで富が一つに集約することを防ぐとか。そう言われてみれば良くできた制度の気がしてくる。ただここはクラリスだ。
「残念だがクラリスは重婚禁止だ」
ハルトがそう言うと、アイーシャは少し悩んでから答える。
「じゃあロアが妻で、私が愛人っていうのはどう?砂漠の民では一緒に生活して子供を産んだら夫婦だからそれでも問題ないし。これで解決でしょ」
「そんな!!反対です。愛人何て不健全です!!」
ロアが顔を上げて、声を荒上げた。
「そうだ。俺はお前を愛人にするつもりなんて……」
ハルトがロアに同調しようとした瞬間、アイーシャはハルトに体を押し付けつける。胸がハルトの腕に当たり、思わずハルトは言葉を止めた。
「別にいいよ。その気にさせてあげるから。それにロア。あなただって別にハルトと正式に婚約したわけじゃないんでしょう?それにほら、愛は量じゃないよ」
ロアは歯ぎしりしながらアイーシャを睨む。
「というわけでよろしくね。ハルト」
「え?まあ、よろしく……」
「押し切られないでくださいハルトさん!!」
ロアは大きな声で叫んだ。
______
「ロア、お前にプレゼントがあるんだ」
ハルトがそう言うと、ロアはハルトの顔を見つめる。
「物で釣ろうたってそうはいきませんよ」
「じゃあこのルビーのネックレスはいらないか」
ハルトはポケットからルビーのネックレスを取り出して、ロアの目の前でぶら下げて揺らす。
「い、いります!!」
ロアはそういって首を少し上に上げる。
「かけてください」
ハルトはルビーのネックレスをロアの首にかけてやる。ロアは嬉しそうにネックレスについているルビーを撫でる。そしてスカートを翻しながらターンをする。ロアの動きにつられてネックレスが揺れる。ロアはハルトの顔を覗き込む。
「どうですか?似合ってます?」
「ああ、似合ってるよ」
ハルトがそう言うとロアは再びネックレスをいじる。
「ところでどこでこんなの手に入れたんですか?」
「砂漠の民の族長がアイーシャを保護してくれた礼にくれたんだ。お前の瞳と髪はルビーみたいだからな。似合うと思って」
「そうですか。しょうがないですね。今日のところは許してあげます」
ロアはそう言って、嬉しそうに外に出ていく。井戸の水を汲んで、自分の姿を見るつもりなのだ。
「チョロインだね」
「まったくだ」
ハルトとアイーシャは呆れた。
_____
「ところでそろそろ1月、つまり新年になります」
ネックレスをはずして、落ち着いたロアが言った。
「確かに言われてみれば。もうそんなに経つのか」
ハルトは遠い目をする。思えばあっという間だった。数日前も同じことを思っていたが。
「1日はどうやって過ごすんだ?俺の故郷じゃ旨い料理食って、家族と寝て過ごすのが基本だが」※ハルトにとっての正月です。日本人全員が寝て過ごしている訳ではありません。
「この辺もそんな感じですね。家族と美味しい料理を食べます。あと祭りですね。新年の前の日……つまり1年の最後の日はお祭りがあります。1年、健康に生きてこれたことを感謝するわけです」
ハルトはアイーシャの方を向く。アイーシャは笑いながら言う。
「砂漠もおんなじ感じだよ」
どこの国でも1日は家族と過ごすのが普通のようだ。
「俺、家族いないけどどうしよう?」
「奇遇ですね、私もいません」
「なんで葬式みたいな空気にするのかなあ?今楽しい話でしょ?」
アイーシャが重い空気を飛ばすために大きな声を張り上げる。ハルトとロアは空気を重くしたことをアイーシャに謝る。ハルトは気を取りなおしてロアに聞く。
「ところで祭りって何があるんだ?」
「そうですね。屋台とかが並びます。基本的に朝まで飲んで歌って過ごすのが基本です」
そう言ってから、ロアは暗い顔をする。
「まあ、私には関係ない話でしたよ。私が今日食べる物にも困って、寒さに震えてるのをしり目に飲んで歌って大騒ぎして……。私への当てつけですか!!私と同い年の女の子がおしゃれしてて、屋台で買ったドルフィッツを家族みんなで食べているのを見ながら、私はボロボロの服を着て、一人で固いパンを齧ってるわけです。あんまり楽しいイメージはないですね……」
再び空気が凍りつく。ロアは慌てて言いつくろう。
「か、過去の話ですから!今は楽しみですよ。ハルトさんにルビーのネックレスも貰いましたし。とっても楽しみです!!」
「そ、そうか。大丈夫だ。今年は俺たちがいるからな!!」
「そうだよ。私たちは家族みたいなもんだしね!!」
3人は無理やりテンションを上げる。
「それで他にも風習とかあるか?」
「そうですね……飾りつけをしますね。麦わらを束ねて作った飾りを付けます。神様を呼ぶんだそうです。これはまかして下さい。お母さんから教わりましたから」
その瞬間、ロアはしまったという顔をする。ハルトは空気が凍りつく前に声を張り上げる。
「よし、飾りつけはまかせたぞ。石鹸の生産も休みにして、子供たちにも暇を出してやろう。小遣いも渡してな。楽しみだな!!」
ハルトがそう言って笑うと、ロアもつられて笑う。
「あのさ……話変えて悪いんだけどいいかな?」
アイーシャが申し訳なさそうな顔をして、手を上げる。
「私、ハルトの愛人になることで決定したじゃん?でもさすがに一緒に暮らそうってほど私もずうずうしくはないから、どこか宿を借りようと思うんだけどさ。私職がないから……。私を正式に雇ってくれないかな?」
ロアとハルトは顔を見合わせる。アイーシャは今まで無給で働いていた。だがこのままはさすがにまずいだろう。
「分かった。お前を傭兵兼労働者として雇う。普段は今前で通りに働いて、外敵が来たら撃退してくれ。給料はプリンたちと同じでいいか?」
ハルトが雇用条件を提案すると、アイーシャはあっさり頷く。アイーシャの樽を運び出す労働は奴隷十人分に匹敵するので、賃上げを要求するならプリンたちよりも高い給料を上げてもいいと考えていたハルトは拍子抜けする。やはりアイーシャは世間知らずだ。
「ハルトなんかにやにやしてるね。どうしたの?」
「いや、なんでも。」
ハルトは誤魔化した。
_________
「まんま注連縄じゃないか!!」
ハルトは思わず叫んだ。
それは注連縄だった。細かいところは違うがそのまま注連縄だ。違うのは藁が稲か小麦かくらいだろう。
「あれ?知ってるじゃないですか。注連縄ですよ」
しかも名前もそのままのようだ。
「それってもしかして帝国初代皇帝の?」
「そう言われてますね。帝国が発祥ですし。帝国の拡大とともにこの注連縄もキリシア一帯に伝わったんです」
帝国を建国した初代皇帝、アルムス1世は発明家だ。アルムス1世の作りだした数々の発明品は帝国を世界最大の国にまで発展させた。ハルトが知っているのだけでも、プリン・呪術・火の秘薬などがある。
(注連縄まで出てくれば黒だろうな……)
アルムス1世が地球……特に日本とかかわりを持っているのは間違いないだろう。ハルトと同じような転移者のブレーンがいたのかもしれない。もしかしたら本人が転移者である可能性もある。
(となると俺以外に転移者はたくさんいるのかもしれない)
転移者を探していけばなぜハルトが異世界に転移したのか分かるかもしれない。もしかしたら帰る方法も。
そこまで考えてハルトは首を振った。今はそんなことをしている暇はない。それに帰る方法が分かったとしても帰る気にはなれない。ハルトは嬉しそうに笑うロアを見て思う。
(不便だけどここの方が楽しいからな)
異世界に転移して以来、商売をして、恋をして、最近は外交までした。ここには日本にはない刺激があるのだ。
「ハルトさん!!ついでにこんなのも作ってみました」
ロアに声をかけられて、物思いをやめてロアに視線を移す。
ロアは白い大きなパンを持っていた。パンは平べったく、二段重ねてあって上には柑橘系の果物が置いてあった。
「鏡パンです」
ハルトはズッコケそうにになった。おそらく鏡餅を作りたかったのだろう。餅がないから白いパンで代用したといったところか。開発者の苦悩が目に浮かぶ。
「でも鏡パンはないだろ。そのまんまじゃないか。もう少し言いようはなかったのか?」
ハルトはそう思い名前を考えてみるが、なかなか名前が浮かばない。開発者も散々悩んで仕方なく鏡パンと命名したのだろう。
「そうですか?普通じゃないですか?」
一方ロアは違和感を感じてはいないらしい。本家を知っているハルトだから違和感を覚えるのであって、ロア達にとってこれは普通なのだ。
「まあ、いいか。俺も時期、見慣れてくるだろうし」
ハルトは苦笑いした。
______
「ベッドはあれがいいんじゃないですか?」
ロアは値引きされたベッドを指さす。
「値段はいいんだけど……もう少し大きい方がいいな。ハルトも寝るかもしれないし」
「な、何言ってるんですか!!」
ロアが大きな声で叫ぶ。周りの店員の視線がロアに集まり、ロアは縮こまった。
アイーシャの新居は早々に決まった。だが家具がない。当然ながら人間は家具がないと文化的生活は送れない。もともとアイーシャが持っていた私物は砂漠に置いてきてしまったので、購入するしかないのだ。
「大体、未婚の男女が同じベッドに寝てるのは、はしたないんじゃないんですか?何ですか!愛人って!!」
「だからクラリスの戸籍上では夫婦関係じゃなくても、砂漠の民の文化では夫婦だって言ってるじゃん。砂漠では一緒に寝て、子作りしたら夫婦なの」
ロアは子作りという単語で顔を赤くした。まだ『赤ちゃんはどうやったらできるのか事件』を引きずっているようだ。
「お前らもう少し静かにしろ。公共の場だぞ。大声で子作り子作り言うな!!」
ハルトが注意すると、アイーシャはなぜか得意顔になって言う。
「だってロア」
「言われてるのはアイーシャさんでしょ!!」
そろそろ二人を止めるのがめんどくさくなったハルトは、家具を見ながらぶらぶらと歩く。1年の終わりだからか、ほとんどの家具が値引きされている。中にはハルトとロアが買った家具もあり、なんとなく惜しい気持ちになった。
「じゃあこれなんてどうかな?値段もまあまあだし」
「いいんじゃないですか?まあ、ハルトさんは永遠アイーシャさんのところには来ませんが」
どうやら決まようだ。
「ハルト、給料前借させて」
ハルトは苦笑いして、金貨と銀貨を1枚づつ渡す。
「これは1月分の給料だ。2月末までは給料なしだから計画的に使え。あと税金払うの忘れるなよ」
「分かってるよ。財布は掏られないように鎖も買ったしね」
アイーシャは鎖が着いた財布を見せる。
「次お金をなくしたら文句なしに奴隷ですか。気を付けてくださいね」
「はいはい」
アイーシャはロアに生返事をする。ロアは眉を上げた。
「何ですか、その適当な返事は!!!」
「ロア、静かにしろ」
ハルトは大声を上げるロアに注意をする。ロアはハッとして顔を赤くした。
「そうそう。ここは公共の場だからね。私を注意する前に自分の行いを鑑みないと」
アイーシャはにやにやしながらロアを煽る。ロアはハルトに抱き付く。
「ハルトさん。アイーシャさんがイジメます。慰めてください」
ハルトはロアの頭を撫でてやる。アイーシャはロアに詰め寄って言う。
「ちょっと、それは狡くない?」
思わず声を張り上げるアイーシャ。ロアは顔をハルトから放して、にやりと笑ってから言う。
「静かにしてください。公共の場ですよ」
アイーシャは悔しそうに顔をゆがめる。ロアの方が一枚上手のようだ。
「もう、いいだろ。行くぞ」
ハルトはまた言い合いをしようとするロアとアイーシャを引き離した。
_____
大晦日になった。多くの屋台が店を出している中央通りはとてもにぎわっていた。
「ハルトさん。あそこで射的をしてますよ」
ロアはスカートを翻して走って行く。ひらっと白い布がスカートの奥に見えた。
「眼福だな」
「ハルト……」
アイーシャが白い目でハルトを見た。
ハルトとアイーシャは慌ててロアについていく。ロアが指をさして方を見ると、人形が並べてある屋台があった。よく見るとクロスボウのようなものが置いてある。
「このクロスボウで人形を撃つんだよ。倒した人形はあんたらの物だ。一回200ドラリア。どうだい?」
店主の老婆がハルトに言った。ハルトはロアとアイーシャを見る。二人ともキラキラした目をしている。
「じゃあ2回お願いします」
ハルトはそういって老婆に金を渡す。老婆はハルトに6本の矢を手渡した。1回で3本ということだろう。ハルトはまず3本をロアに渡した。
「3本全部命中させて見せます」
ロアはそう意気込んで、おもちゃクロスボウを手に取る。
まず1本、ヒュッっと音を立てて、屋は見当違いな方向へ飛んでいった。
「ま、まずは試し撃ちですから」
「全部当てるんじゃなかったのか?」
「う、うるさいですね。誰だって失敗はあるんです」
ロアはそういって矢を放つ。矢は竜の人形のすぐ横を通っていた。
「もう少し右だな。頑張れ」
ロアは緊張した顔で3本目を放つ。矢は人形の右をかすっていってしまった。
「右に行き過ぎたな」
ロアはガックリと肩を落とす。
「じゃあ、次は私ね」
アイーシャはハルトから矢を受け取る。
「私は生粋の狩人だからね。弓も得意だし。こんな遊び余裕よ」
アイーシャはそういいながらも緊張した顔で矢を放つ。
矢は地面に突き刺さった。
「生粋の狩人じゃないんですか?」
「うるさい。弓とは勝手が違うの!!」
アイーシャはそういいながら2本目を放つ。矢は布でできた屋根に辺り、落下した。
「今度は上すぎだな。頑張れ」
アイーシャはハルトの声援には答えず、3本目を放つ。矢は見当違いの方向に飛んでいった。
「惜しくもないですね。本当に弓が得意だったんですか?」
ロアの言葉に、アイーシャは声を荒あげた。
「私が悪いんじゃないの。これが壊れてたの」
アイーシャはおもちゃクロスボウを睨む。ハルトは笑った。
「お前ら下手くそだな。あと道具のせいにするなよ」
ハルトがそう言うと、ロアとアイーシャはハルトを睨んだ。
「大体横からごちゃごちゃうるさいんです。もう少し右とかそういうのは言ってくれなくとも分かります!!」
「そうだよ。ハルトのせいで集中力が切れちゃったの。大体そんなに偉そうに言うならハルトは当然当てられるよね?」
ロアとアイーシャはハルトに詰め寄る。ここまで言われると、ハルトも引き下がるわけにはいかない。
「仕方ないな。あと1回お願いします」
ハルトは老婆に金を渡し、おもちゃクロスボウを手に取った。
まずは1本放つ。矢は竜の人形の横を通り抜けていった。
「ハルトさん、もうそこし右ですよー」
「やーい、やーい、外した!!下手くそ」
ロアとアイーシャはここぞとばかりにハルトを煽る。とはいえこれで要領はつかめた。ハルトは少しイライラしながら2本目を放つ。
おもちゃクロスボウから放たれた矢は竜の頭に当たり、後ろに倒れた。
「はい、お客さん」
老婆はハルトに竜を手渡す。ロアとアイーシャはハルトに近寄り、口ぐちに言う。
「さすがハルトさんです。ハルトさんならやってくれると信じてました!!」
「さすがハルト!!イケメン!!」
ハルトは二人の掌の変え仕様を見て、苦笑する。ハルトはさっきのパンツの礼もかねて、ロアに竜の人形を手渡した。アイーシャに渡さなかったのはあからさまなお世辞にむかついたからだ。
「ありがとうございます!!」
嬉しそうに竜を抱くロア。一方アイーシャは不満そうだ。
「次はアイーシャのを取る。どれがいい?」
ハルトがそう言うと、アイーシャは嬉しそうに笑う。
「あれ、あの羊がいい!!」
アイーシャの指さした方を見ると、間抜けな顔をした羊の人形が座っていた。こちらを煽っているような表情をしている。ハルトはその顔に向けて矢を放つ。矢は羊の角に当たる。羊はぐらっとよろける。
「……」
「……」
「……」
ハルトとアイーシャ、老婆は羊の人形を見つめる。ちなみにロアは竜に頬ずりをするのに忙しく、ハルトが3本目の矢を撃ったことにも気付いていない。
羊はぐらぐらと揺れてから、ゆっくりと倒れて台から落ちた。老婆は羊を拾い上げる。
「ほれ」
老婆はアイーシャに羊を渡した。アイーシャは嬉しそうに羊人形を抱きしめる。ハルトには間抜け羊のどこがいいのか理解できない。
「良かったな。そろそろプリンとラスクとの待ち合わせの時間だ。行くぞ」
三人は急いでウンディーヌに向かった。
______
「お!ハルト君!!遅かったね」
ウンディーヌに着くと、すでにラスクとプリンが席に着いていた。
「さあ飲もう。アイーシャちゃんは何か苦手な物ある?」
「ないよ。取り敢えずみんなに任せようかな」
プリンは注文を取りために店員を呼ぶ。来たのはマリアだった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。こんにちは!!ん?この新しいお姉ちゃんは誰?」
アイーシャは立ち上がって名乗る。
「私はアイーシャ。砂漠の民だよ」
アイーシャが砂漠の民だと知ると、マリアは目を輝かせた。
「じゃあドラゴンとか倒したことあるの?」
「まあね。私たちはドラゴンキラーだから」
「すごい!!」
マリアは目を輝かせる。アイーシャがさらに自慢話を始めようとしたので、ハルトは軽く咳払いをした。
「あ、ごめんなさい。それでご注文は?」
マリアにプリンは酒や料理を注文していく。マリアは小走りで去っていった。
しばらくすると料理と酒が運ばれてくる。プリンは酒を掲げて言った。
「来たる新年にかんぱーい!!」
_____
「ハルトしゃん。温かいです……」
宴会が始まって1時間後、ロアはハルトの膝の上に座っていた。とても幸せそうな顔をしている。ハルトは思わずロアの頭を撫でた。
「ハルト!!どうぞ」
赤い顔をしたアイーシャがハルトのコップに酒を注ごうとする。ハルトはアイーシャの手をつかむ。
「これ以上飲んだら俺も酔うだろ。お前らを連れてくのは誰だと思っている?」
「なにー、私の酒が飲めないっていうのか!!」
アイーシャは完全に酔っぱらっていた。アイーシャはハルトよりも酒が強いが、自重しないのですぐに酔う。
「おい、引っ付くな。酒がかかるだろ」
ハルトはアイーシャを引きはがそうとする。だがアイーシャ握力の前ではなすすべもない。
「砂漠の民はクルミを親指と人差し指でつまんで割れるからねー。諦めたら?」
プリンが笑いながらハルトに言う。プリンはもうアイーシャの倍は飲んでいるが、酔った様子はない。
「何でこいつらはこんなに酒に酔うんだ!!」
ハルトは嘆いた。ちょうどその時、鐘の音が鳴り響いた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
「お!ジョーヤの鐘だ。そろそろ新年だよ」
除夜の鐘まであるようだ。
「なんでジョーヤなんだ?」
ハルトは試しに聞いてみる。
「さあ?昔からそういうからねー。そういうもんなんだよ。ジョーヤさんが最初にやり始めたからじゃない?」
やはり知らないらしい。疑問に思わないのだろうか。慣習とは不思議な物だ。ハルトは思った。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
鐘が鳴り響く。話によるとジョーヤの鐘は除夜の鐘と同じように108回鳴らされるらしい。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
鐘の音を聞きながら、ハルトは異世界生活を振り返る。そして思った。
(俺、最近振り返りすぎだろ……)
思わず笑った。ハルトは目を瞑って鐘の音を数える。
(98、99、100、101,102,103,104,105,106,107……108!!)
ハルトは目を開けて辺りを見回す。4人とも酔いつぶれ、起きているのはハルトだけだった。
「はは……」
ハルトは悲しい気持ちになった。
収入 約1950万(石鹸3万9千個)
支出 200万(奴隷の維持費)10万(店の借用地&維持費)6万(馬車のレンタル料4台分)1040万(オリーブオイル1500樽)125万(海藻灰1250樽)45万(傭兵)1万(薪)1万(塩)58万(売上税)195万(所得税)合計……1561万
売上-支出=389万
負債 2000万
残金 678万
実質財産 -1322万
その他財産
奴隷60
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
傭兵 ラスク&プリン
倉庫1(店に付属する倉庫) 石鹸300個
倉庫2(奴隷宿舎に付属する倉庫) 鍋17つ オリーブ20樽 海藻灰15樽




