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異世界商売記  作者: 桜木桜
第三章 拡大編 第一部
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第21話 商談

 「気持ち悪い……。」

 「あと少しだよ。ハルト。」 

 二人はラクダ車に乗っていた。砂漠では馬よりラクダの方が一般的だ。砂漠の民もラクダを使う。二人は砂漠の民の最大集落であるサマルカルドを目指している。ちなみにロアは留守番だ。

 

 「外でも見て気分を晴らすか。」

 ハルトは窓についているカーテンを少し開けて外を見る。何台ものラクダ車と、ラクダに乗った傭兵がいる。ラクダ車に乗っているのはハルトとは別の外交官だ。ハルトの補佐……正確に言えば監視と失敗したときの尻拭い担当だ。


 「まあ、世話になることはないが。」

 砂漠の民の事情はアイーシャから聞いている。失敗することはまずないだろう。


 「こんなに傭兵って必要なのかな?」

 「いらないだろうが……威圧のためだろう。クラリスはこんなに兵を雇えるんだぞ!!ってな。」


 他にも族長に献上する宝石だとか、高い酒を積んだラクダ車もある。覚えを良くするためと、クラリスの財力を見せつけるためだ。


 「好戦的だねえ。でも砂漠の民はこんなんじゃビビらないよ。少なくとも火竜を100匹は連れてこないと。あ!砂漠の民の名物料理、火竜の丸焼きはすごくおいしいから楽しみにしててね。爺さんの性格ならこっちを威嚇し返すためにも、歓迎のためにも絶対に出すから。」

 「火竜……火を吐く竜か。お前ら火を吹く相手をどうやって殺すんだ?」

 ハルトの質問にアイーシャは笑顔で答える。


 「簡単だよ。まず弓で目を潰す。そのあと挑発して落とし穴にはめる。あとは槍で突くだけ。大切なのは目とか鼻とか口に槍を突っ込むことかな。鱗は固いからね。」

 「口を刺そうとして火を吐かれたらどうするんだ?」

 「大丈夫。勘で避けれるよ。」

 「勘かよ。」


 だが話を聞く限りではそんなに難しそうではない。


 「でもこれはうまくいったときの話でね。矢なんて命中する前に燃やされちゃうし、火竜もバカじゃないから全然落とし穴に入らないんだね。それで結局根負けした男たちが死闘して狩るのがほとんど。大体三日三晩は戦い続けることになるよ。」

 「簡単じゃないじゃん。」


 ハルトは砂漠の民の沸点の低さに呆れた。竜相手に罠にもかけず戦うとは命知らずにも程がある。


 「でも竜の攻撃なんてほとんど当たらないよ?あいつらトロイから。お父さんなんて3匹の火竜を相手に一人で戦って勝ったこともあるんだから。」

 果たして火竜が弱いのか、砂漠の民が強すぎるのか判断に悩むところだ。


 「それにしても暑い。今は冬だぞ。どうかしてるんじゃないか?お前らはどうやって生活してるんだ?」

 クラリスは寒い。雪こそ滅多に降らないが普通に寒い。だが大森林を越えたとたんに暑くなった。今まで寒いところに居たせいで、余計に暑く感じる。


 「そんなに暑いかな?オアシスはここよりも涼しいよ。」

 ハルトはその言葉に少し期待した。


 「ところでハルト。」

 「ん?何だ。」

 「気持ち悪いのは治った?」

 ハルトはそういわれて喉に手を当ててみる。まだ気持ち悪いが、吐くほどではない。


 「ああ、治ってきた。慣れてきたからかもしれない。」

 転移して以来、何度も馬車に乗ることになった。そのせいか段々と慣れてきて、吐きそうになることはなくなってきた。


 「そう。それは良かった。」

 アイーシャがニコリと笑う。ハルトはその笑顔に思わずどきっとした。


_______


 夜になった。砂漠は日が沈むと急速に冷え込み、使節団に今が冬であることを教えた。


 「ああ、疲れた。」

 テントから出てハルトは伸びをした。サマルカルドに到着するのは明日だ。ほかの外交官と最終確認をしてきたのだ。


 ハルトの知り合いは、この使節団の中にはアイーシャしかいない。一人はさみしいので、ハルトはアイーシャを探す。アイーシャは一人でたき火に当たっていた。ボッチはアイーシャも一緒だ。


 「そこ座っていいか?」

 「あ!ハルト。会議、お疲れ様。いいよ。」

 アイーシャは自分の横の地面を叩く。叩いた衝撃で砂埃が舞う。ハルトはアイーシャが叩いた場所に座った。


 「で、会議はどうだった?」

 「直接交渉をするのは俺だ。ユージェックのために密約も結んでやらないといけないしな。それにあいつらは俺に協力する気がないみたいだ。失敗してほしいんだろう。まあ、邪魔されないように釘を刺してきたから大丈夫だと思うけどな。」

 

 新参者のハルトの立場はあまり良くない。今回の一件が成功すればそれも解決するだろうが。


 「それにしても寒いな。」

 「そう?じゃあ、火を強くするね。」

 アイーシャはそういってラクダの糞を火にくべる。木材が乏しい砂漠では、ラクダの糞が貴重な燃料だ。


 「砂漠に来て一番驚いたのはラクダの糞で火を焚くことだな。」

 「私がクラリスに来て一番驚いたのは、木材を惜しげもなく火にくべていたことだよ。」

 二人は顔を見合わせて笑った。


 アイーシャは地面に寝ころがった。砂埃が立つ。ハルトもアイーシャの横に寝ころぶ。


 「ほら見て。十字星が良く見える。あれは絶対に北から動かないだよ。砂漠ではあれを目印に旅をする。旅の守り神がいるっていう言い伝えもあるんだ。」

 ハルトはアイーシャが指をさした方向を見る。そこには十字の形に並んだ星が見える。地球で言う北斗七星のようなものだろう。


 「そうか。ここはここなんだよな。」

 ハルトは思わず呟いた。異世界に転移して9か月も経っているのだ。いや、しか経っていないともいえる。それだけこの9か月はとても濃かった。


 「何言ってんの、ハルト?」

 「いや、故郷の星とは違うなって思ってさ。俺の故郷には十字星なんてなかった。」

 アイーシャはハルトの失言を聞き逃さなかった。


 「十字星がない?少なくともこの大陸なら十字星はどこでも見れるよ。いったいどこに住んでたの?」

 「しまった!!」


______


 「へえ、異世界ねえ。」

 「本当だぞ。信じるかどうかはお前次第だけどな。」

 ハルトはそういって星空を眺めて、先ほどの失言を後悔した。

 

 「信じるよ。」

 「俺の脈波は安定してたのか?」

 「それもあるけど……。ハルトはこんなくだらない嘘をつくような人じゃないからね。」

 ニコリと笑うアイーシャ。ハルトはアイーシャに釘をさしておくことにした。


 「このことは他言無用だ。今のところお前とロアしか知らないことだからな。」

 ハルトがそう言うと。アイーシャは嬉しそうに笑う。

 「それは私がロアと一緒の立場ってことかな?つまり婚約者?」

 「そんだけで婚約者になるわけないだろ。」

 ハルトは苦笑して返した。


 「ところでどんなところなの?チキュウって場所は?」

 「そうだな。竜と魔法と加護なんてものはなかったな。」

 「え!本当!」

 アイーシャは目を輝かせてハルトに詰め寄った。屈んだアイーシャの服の間から胸の谷間が見える。


 (こいつ大きいな。DかEといったところか……)

 ハルトはそんな下世話なことを考えながら、アイーシャに地球のことを話した。


________


 次の日の昼、サマルカルドに着いた。ハルトとアイーシャは一時的に別れることになった。おそらくお叱りを受けているだろう。


 使節団は歓迎を受けた。具体的に言えば火竜の丸焼きを含む、見た目が厳つい料理。女達による激しいダンス(3メートルくらい跳躍したりする。)や男たちによる激しい演部(刀が砕け散ったりする。)。極め付けには族長の息子……アイーシャの父親が竜を目の前で絞殺して、捌いた料理を振舞ってくれた。事前情報があったとはいえ、これにはハルトも少し驚いた。ほかの外交官の中には気絶した者もいる。


 全員が『闘争の加護』とかいうモノを持っているからこそできる交渉の仕方といえた。


 (こっちの威嚇はあまり通用してないみたいだけどな。)

 何しろクラリスが雇った傭兵すらも委縮してしまっているのだ。効果があったのは宝物くらいだ。純粋に喜ばれてしまったが。


 とはいえ、ハルトには『言霊の加護』がある。相手の本音が聞こえるのだ。これに勝るアドバンテージはない。相手の考えが分かるだけで、安心感が段違いだ。


 この日は純粋に砂漠の民の歓迎を楽しんで、明日の交渉に向けて旅の疲れを癒した。


______


 「族長、あいつらみんなビビッてましたね。」

 そう言ったのはアイーシャの父親……ヘサームだ。ヘサームが竜を絞殺したとき、使節団の中には気絶する者までいた。


 「みんなではない。一人、恐怖を感じなかった男がいた。分からなかったか?」

 族長……ウマルは一段高い椅子の上で己の息子を見下ろして、低い声で言った。


 「そんな奴いましたか?」

 ヘサームの言葉に、ウマルは眉を跳ね上げた。

 

 「戯けが!お前の役割は連中の中で要注意人物を見つけることだと言っただろうが。竜を殺すのはその手段でしかない。」

 雷のような怒声が響く。ヘサームは思わず身を竦めた。


 「ハルト・アスマという男だ。確かアイーシャを保護したとかいう奴だな。あいつは我らの歓迎・・を驚きこそすれ、恐怖を感じた様子ではなかった。後半では楽しんでいるようにも見えたな。厄介だ。威圧が通用せん奴はな。」

 相手を威圧するのは、交渉の一手段だ。例えば王国の謁見の間には常に50人の重武装した騎士団が横にならんで、他国の使節を威圧する。帝国では謁見の間に行く前に、贅を懲らした4つの部屋に通されて、帝国の国力を見せつけさせられる。


 ウマルは歓迎・・で相手を威圧してから交渉をしてきた。相手がこちらに委縮して譲歩してくれるのだ。それが通じない相手はウマルにとって初めてだ。


 「難航しそうだな。この交渉は。」

 言葉とは裏腹に、ウマルはにやりと笑った。


_____


 「このような歓待、ありがとうございます。」

 ハルトはウマルに謁見してすぐに、そう言った。その後も当り障りのないお世辞を続ける。『お前らの威圧は通用しない』っということを伝えるためだ。


 「喜んでもらえて結構だ。美しい宝物と酒を感謝する。」(この小僧……俺を挑発しおって。)


 笑い顔とは裏腹に怒っているらしい。ハルトはウマルを観察する。まず目を引くのはその身長。2メートル近い。腕の筋肉も膨れ上がっている。ウマルの頭の上には巨大な槍が飾られている。とても人間が振り回せる物には見えない。こちらを威圧するために置いてあるのだろう。そう信じたい。


 「さて、我が孫娘アイーシャを保護してくれたこと、感謝する。礼をしなくては。」(威圧では通用しないとなると……物で落とすか。)

 ウマルがそう言うと、露出の多い服を着た女が箱をもって来た。そしてハルトの横に座り箱を開ける。


 「これは我々からの気持ちだ。受け取ってくれ。」(どうだ。これなら少しは揺らぐだろう。)

 それはルビーのネックレスだった。ルビーの原産地は東方なので、西方では非常に高価な宝石として扱われる。


 「これはありがとうございます。家宝にいたします。」

 生憎心の声が丸聞こえだ。もらえる物は貰っておくが。ルビーの美しい赤色を見て、ロアにでもプレゼントしようとハルトは考えた。


 「うむ。雑談はこれくらいにして本題に入ろう。」(くそ、ルビーでも揺るがないか。むかつく小僧だ。)


 笑いながら言うウマル。よく見ると顔が少し引きつっているのが分かる。相当頭に来ているのだろう。


 「そうですね。砂漠の民と国交の正常化、それがクラリスの議会全体の意思です。」

 クラリスは東方との交易で栄えてきた都市だ。今は民間レベルで交易が続けられているが、このままではいつ途切れるか分からない。最悪でも、国交だけは正常化しなくてはならない。


 「我々もクラリスとは良い隣人でいたい。だがそちらが我々の数少ない資源を認めてくれないなら話し合う余地はない。」(大森林は我らの生命線。交易は民間レベルでもやれるが、木材は大森林でなくては得られない。ここだけは譲れない。)

 「ええ、分かりました。大森林の領有権を認めましょう。」

 ハルトはあっさり言った。ウマルは一瞬拍子抜けた顔をする。


 「そうですね。大山脈の頂上から西に50キロを大森林と定義しましょう。どうですか?」

 「まあ、それならば問題ない。」(あっさり話が進んだ?)

 

 こうもあっさりハルトが領有権を認めたのは理由がある。クラリスにとって大森林は資源の山であるのは事実だが、代わりが利く。それに大森林でとれたものを運ぶには大山脈を越える必要があり、非常に手間だ。また砂漠の民の軍事力はすさまじく、とても守り切れるとは思えない。そのため議会でも大森林は譲ってもいいのではないかという考えが蔓延していたのだ。


 問題はどこからどこまでが大山脈で、大森林かだがそれについてはクラリスと砂漠の民双方の言い分をすりあわせた。


 「ただし、これには条件があります。クラリスとの交易の再開です。その際に双方ともに、嗜好品に対する関税を無くしていただきたい。すでに議会の承認はとってありますので、あとは閣下の御英断次第です。」

 ハルトは強きに詰め寄る。ウマルはしばらく悩んだ後、口を開く。


 「なるほど、確かに関税が無くなれば貿易が活発化するだろう。受けよう。」(収入源が無くなるのは痛いが……大森林と引き換えでは飲むしかないな。それに長期的に見れば得だろう。)

 

 その言葉を聞いて、ハルトはほっとした。関税廃止で一番得をするのはブランチだ。ハルトがブランチを説得できたのはこの条約を盛り込んだからだ。ハルトはそのまま交渉を続ける。


 「ところで砂漠では魔石が採掘できるそうですね。」

 「ああ。最近分かってな。採掘をしている。」(どうしてそんなことを……アイーシャか!あのバカが!!)


 後で説教されるアイーシャを哀れに思いながら話を続ける。

 

 「実は西方では魔法具の発達で魔石が高騰していまして。共同開発ができたらと思うのですが……どうでしょう?」

 ハルトの提案にウマルは答える。


 「条件次第だな。どのような配分になる?」(クラリスの商人はずる賢いからな。油断ならん。)

 

 ウマルの質問にハルトはあらかじめ用意していた回答を答える。技術はクラリスが援助。雇用は基本的に砂漠の民で、人員不足ならクラリスの労働者(奴隷)を雇う。売上の一部は技術料としてクラリスに支払う。魔石はクラリスに優先的に販売する。そして重要なのは、採掘の準備金はクラリスの商人から借りるというものだ。


 技術料の金額で少し揉めたが、最終的に合意した。ちなみに準備金を貸す商人だが、一人はすでに決まっている。ユージェックだ。40%の金を貸すことになっている。これでアイーシャのせいで生じた損害を回収してもらう。


 また魔石の生産量が増加することで、魔法具の売上が上がるだろう。得をするのはアドニスだ。


 「次は我々の要求だ。奴隷を廃止せよとは言わない。クラリスで犯罪を犯した砂漠の民を釈放しろとも言わない。ただ奴隷狩りの取り締まりは強化していただきたい。」(アイーシャも下手をすれば奴隷になっていた可能性があるのでな。)

 

 可能性ではなく一旦奴隷になったんだが……ハルトは一瞬ぎくりとする。ハルトの心臓が大きく脈打つ。ウマルは不審そうな顔をする。ハルトは慌てて言いつくろう。


 「はい。それは我々でも問題になていまして。本国に戻り次第、早速対応いたしましょう。」

 ハルトが嘘を言っていないことに満足したのか、ウマルは大きく頷いた。


 「では、細かいところは後ほどすり合わせるとしましょう。」

 「うむ。有意義な時間だった。」


 そしてハルトは切り出す。


 「今から個人的な商談をしたいのですがよろしいでしょうか?」

 ハルトはにやりと笑った。


______


 本来なら他国との外交の途中に自分の商談をするなど言語道断だ。だがそれを咎める者は一人もいない。ほかの外交官はハルトの失敗を願って手助けをせず、この席にいないからだ。


 (本当に好都合だ。)

 ハルトは口元を緩める。


 「個人的な商談か……。いいだろう。アイーシャを保護してくれた礼だ。話くらいは聞いてやろう。」(やはりこいつも商人か。さっきから何か企んでいるように感じたが……他の外交官に黙って自分の利益を得ようとするとはな。食えない奴だ。)

 ウマルから許可が出たので、ハルトは話始める。


 「閣下は石鹸を知っていますか?」

 「石鹸?ああ!知っているぞ。最近西方ではやっている緑の石のような物だろう?」(大きな声では言えないが、こっそり仕入れているからな。)

 

 残念ながら丸聞こえだ。とはいえ知っているなら話が早い。ハルトは懐から石鹸を取り出す。


 「その石鹸を開発したのは私です。この石鹸を砂漠の民の皆さんに販売したい。閣下、いえウマル様。私と契約を結びませんか?」

 

 砂漠の民には5つの大きな一族が存在する。その一族が交代で族長を輩出しているのだ。ハルトは砂漠の民の族長ではなく、その一族の頭と契約を結びたいのだ。

 

 ハルトはまだ商売を始めて1年も経っていない。だが今回の外交の成功でハルトはいい意味でも悪い意味でも目立つ存在になる。ハルトの足元をすくう商人も出てくるだろうし、石鹸の製法を盗む者も出てくる。もしウマルの一族と契約が結べれば安定的な売上先となるし、太いパイプもできる。

 

 ウマルの一族も儲けることができる。何しろハルトと直接取引できるのだから。金は力だ。ウマルの影響力は増すだろう。


 ウマルは沈黙したあと、大きな声で笑い始めた。これには周りの砂漠の民も驚愕する。


 「なるほど。お前がアイーシャを保護したのはこれが目的か。関税の撤廃も石鹸を売るため。なかなか計算高い奴だな。いいぞ。結ぼうではないか。」(気に入った!!なかなかいい若者じゃないか。これは合格だな。)


 合格だと思われて、ハルトは一瞬首を傾げてしまう。いったい何が合格なのか。


 「どうした?」

 ウマルが不思議そうにハルトを見る。まさかいったい何が合格ですかと聞くわけにはいかないので、ハルトは誤魔化す。


 「いえ、いきなり笑いだされたので驚いただけです。もう一つ結んで貰いたい契約があります。ココナッツオイルを安定的に供給していただきたい。」

 「ココナッツオイルか。たしかに我らと直接契約しない限り安定供給は難しいな。いいだろう。」(ココナッツオイル……話の流れから石鹸に使うのか。石鹸からはオリーブの香りが少しするが……これではっきりしたな。原料は油か。こちらでも研究をしてみよう。)

 

 原料を特定されてしまった。まあ、ハルトが灰とオリーブを買いあさっているのは有名なので、どうせばれることだが。


 こうしてウマルとハルトの間で取引がなされた。ちなみに関係者以外には秘密だ。


_____


 「アイーシャ。反省したか?」

 ウマルはアイーシャの部屋に行く。アイーシャは罰で監禁されていた。


 「はい。おじい様。すみませんでした。それで頼みがあるのですが……。」

 「ハルト・アスマのことか?」

 アイーシャが言い終わるより先に、ウマルは言った。アイーシャは目を丸くす。


 「どうして……。」

 「お前から発情の匂いがする。」

 そう言われて、アイーシャは固まる。しばらくして自分の匂いを嗅ぎ始めた。


 「もしかして気づいてなかったのか?」

 「自分の匂いなんて分からないし……」

 そう言うアイーシャの顔は真っ赤だ。


 「いいぞ。」

 「何がですか?」

 「結婚。」

 アイーシャは顔をさらに真っ赤にする。


 「な、そんないきなり。」

 (でもこれはこれで好都合?石鹸作りを学ぶためなんて苦しい嘘はつかなくていいし。)

 

 ウマルはにやりと笑う。


 「あの石鹸は素晴らしい。あれは歴史を変えるほどのものだ。それを製造できる男とつながりができるんだ。周りの奴らは俺が説得する。今のうちに行ってこい。」

 アイーシャは顔を真っ赤にしてウマルに礼をして去っていく。


 (アスマ・ハルト。おそらくお前の価値はお前が思っている以上に高いぞ。)

 ウマルはそう思いながら、アイーシャの部屋を出た。

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