第18話 砂漠の民
15話以降のあとがきが間違っていたので修正しました。」
「さて、ロア。単刀直入に聞こうか。こいつ誰だ?」
ハルトは、ロアと謎の美少女を正座させて聞いた。
「砂漠の民のアイーシャさんです。買い物の途中で会いまして……。仲良くなったんです。」
人見知りのロアに友達ができた。これは喜ぶべきことだろう。その友達を、何の断りもなく家に上げたのは少し気に障るが、許せる範囲だ。
「それでなんでクローゼットの中にいたんだ?かくれんぼしていた訳じゃないよな?」
それが最大の謎だ。隠れる理由が分からない。
「それには深い理由がありまして……取り敢えず聞いてください。」
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ロアはハルトが出かけた後、ワインのつまみを買いに出かけた。チーズを買い終え、家に戻ろうとして道を歩いていると、褐色の肌をした美少女が倒れているのを見つけた。
無視して通りすぎるわけにはいかないので、ロアは声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「……か……すいた。」
「え!?何ですか?」
「お腹すいた……。」
どうやら空腹で倒れているらしい。ロアはいろいろあってアスマ商会で働いているが、もともとは孤児の物乞いだ。空腹の辛さは知っているし、他人事とは思えなかった。
ロアは取り敢えずチーズとパンを食べさせてあげることにした。褐色の美少女はそれをすごい勢いで食べ終わった後、ロアに礼を言って名乗った。
砂漠の民は大砂漠で生活している民族だ。クラリスとは交易をしたり、時には戦争をしたりと関係が深い。3年前に小競り合いが起こったばかりなので、今の関係は悪く、最近はあまり見かけなくなっていた。
砂漠の民は世界的に有名で戦闘民族と呼ばれている。雷帝アンダールス4世の侵略を唯一はねのけた民族で、人間離れした膂力を持っているからだ。砂漠の民が振るった拳は獅子を一撃で殺し、槍の一撃は竜の鱗も貫く。訓練された100の兵に匹敵するとも言われている。
正直眉唾ものだが、砂漠の民の戦闘能力が高いのは事実。ロアはチーズとパンの対価で砂漠の民についてアイーシャに根掘り葉掘り聞いた。
話をしている内に、ロアとアイーシャは意気投合して、とても親しくなった。親しくなったところでロアは、アイーシャにクラリスにいる理由と行き倒れている理由を聞いたのだ。
「西側の世界がどんな風なのか見てみたくて。でも街を歩いてたら磨りにあって財布を無くして、しかも奴隷狩りに追いかけまわされて……。本当に助けてくれてありがとう。」
砂漠の民は高値で売れる。一攫千金を狙って砂漠の民を誘拐しようという人間は多い。当然犯罪行為だ。だがクラリスと砂漠の民の関係は良くない。よって黙認されることもあった。
ロアはアイーシャに深く同情した。アイーシャを助けてやりたい。
「私の家に来ますか?少しの間なら匿ってあげられますし……。」
「え!本当?ありがとう!!」
アイーシャは大喜びしてロアに抱き付いた。その時アイーシャのまあまあ大きい胸がロアの腕に触れた。その時ロアは思ったのだ。もしかしたらハルトを取られるかもしれない。
アイーシャは美少女だ。ロアも容姿では負けている気はしないが、アイーシャの方がスタイルはいい。しかも年もハルトと近いだろう。何より、綺麗な金髪と褐色の肌が相まってエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
総合力では負けているかもしれない……。
ロアも最近は成長しているし、ルビーのように綺麗な髪もアイーシャに負けている訳ではない。だがアイーシャはとても神秘的だ。もしハルトがアイーシャの色気にやられたら……。
ロアはとっさに嘘をついた。自分と同居している男性は砂漠の民が大嫌いだと。だから帰ってきたら隠れてくれと。
アイーシャはそれを鵜呑みにした。
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「っというわけでして……。申し訳ありません!!」
ロアは半泣きだ。一方ハルトは苦笑いだ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて怒る気力も失せてしまった。
ハルトはため息をついて、泣いているロアの頭を撫でる。
「しょうがないな。もう二度とするなよ。」
ハルトが優しく言うと、ロアはハルトに抱き付く。
「ハルトさん!!」
ハルトの胸に顔を埋めて、ハルトに体を密着させる。ハルトも悪い気はしないので、そのまま抱きしめた。
「あのー、私そろそろいいですか?」
ハルトとロアが自分たちだけの空間を作り始めようとしたとき、アイーシャは二人に声をかける。ロアは顔を赤くしてハルトから離れる。
「アスマ様は砂漠の民は嫌いじゃないってことでいいですか?」
アイーシャはハルトに確認を取る。ハルトは頷く。
「ああ、それはロアの嘘だ。俺は砂漠の民を嫌悪してないし、親しい気持ちもない。あと様はいらないぞ。」
ハルトがそう言うと、アイーシャは安心した表情をした。
「じゃあ、ハルト。私はここにしばらく泊っていいのかな?」
アイーシャは首をかしげながら言う。ハルトは笑って答える。
「なんか複雑な事情があるみたいだしな。構わない。もっとも、タダで泊らせてやるほど俺は優しくない。」
「それで、何をすればいいの?」
「そうだな……。確か力はあるんだよな?俺たちが運営している工場で力仕事をしてくれ。工場で働いてるのは全員奴隷だからお前の情報は漏れない。それと砂漠の民の言葉を教えてくれ。あと俺はココナッツオイルが欲しいんだが、どうにか砂漠の民から買いたいんだ。紹介してくれ。」
正直アイーシャの存在はハルトにとって好ましい。砂漠の民に恩を売ることで、ココナッツオイルを手に入れるための糸口が掴むことができた。
「工場と言葉なら大丈夫。任せて。ココナッツオイルは……私の立場では難しいな。まあ、頑張るよ。」
アイーシャは笑って答える。ハルトとしては言葉さえ承諾してくれれば良かったので、問題ない。
「ところでお前キリス語上手だな。どこで習ったんだ?」
ハルトが何気なく聞くと、アイーシャは照れながら答える。
「家の都合だよ。習わされたんだ。こんなの使わないと思ってたけど……人生どう転ぶか分からない物だね。」
「そうだな。」
ハルトは相槌を打ってから手を差しだす。アイーシャは一瞬顔を赤くしてから、ハルトの手を取った。
「よろしく。ハルト・アスマだ。」
「こちらこそよろしく。アイーシャだよ。」
「むむむむむ!」
二人が握手すると、ロアがうめき声を上げる。
「何でいきなり呼び捨てなんですか!私ですら〝さん″付けなのに!」
ロアはアイーシャに文句を言う。ハルトはロアを振り向いて言う。
「じゃあ、お前も呼び捨てにしたらどうだ。」
「そうですか。じゃあ遠慮なく。ハ、ハルト……さん。ハ、ハルト、ハ、ハルト……」
ハルトを呼び捨てで呼ぼうと何度も繰り返すロア。しばらくして、ロアは顔を赤くして、地団駄を踏んだ。
「もういいです!!」
ロアは頬をふくらましてそっぷを向いた。ハルトはそれを見て笑う。
「お前が呼びやすいように呼べばいいだろ。」
ハルトはそう言ってから、ワインボトルを持ち上げる。
「ところでお前酒飲めるか?」
アイーシャは大きく頷いた。
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「頭痛てえ……。」
ハルトは額を抑えてベッドから起き上がった。
昨日は3人で買ったワインを飲んだ。ワインはあっという間になくなってしまったので、追加で何本か買ってきたのだが、それが悪かった。最初にロアがダウンして、ハルト、アイーシャの順に潰れた。
「あの後体も洗わずにベッドに入ったんだよな……。」
ハルトは何気なく、手を横に置く。むにゅりとした物がハルトの手に触れた。
「んあっ」
下から熱っぽい声が聞こえる。慌てて手をどかすと、それはアイーシャの胸だった。幸運なことに、起きていない。ハルトはアイーシャから離れて、体を洗いに行った。
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体を洗って戻ると、アイーシャが起きていた。眠そうに目をこすっている。
「おはよう。顔でも洗ったらどうだ?」
「うん。そうする。」
アイーシャは外にある井戸へ向かう。
「ハルトさん、おはようございます。」
倉庫から出たロアがハルトに声をかけた。手には掃除用具を持っている。
「ああ、おはよう。掃除ご苦労様。」
「いえいえ、これくらいはお安い御用です。」
ロアは笑って返した。
アイーシャが顔を洗い終えて帰って来たので、軽い朝食をとる。ハルトもロアも朝はあまり食べないので、パンとチーズだけだ。3人は朝食をすぐに食べ終える。
「ロア、アイーシャを工場に連れてってくれ。俺は奴隷と鍋を確保しに行く。」
2か月前に買った奴隷は石鹸の生産に慣れてきた。ロアと話し合った結果、後15人奴隷を追加することになった。これで奴隷の数は60人になる。これ以上増やすには建物を増築する必要がありそうだ。
「はい。上手く説明しておきます。」
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「何だお前か……。何の用だ?」
ユージェックの声は心なしか沈んでいた。よく見ると目に隈がある。
「疲れてるみたいだな。何かあったのか?」
ハルトが心配して聞くと、ユージェックはため息交じりに答える。
「ああ。最近いろいろあってな……。」
ユージェックがをここまで疲れた表情にさせた事件とは何だろうか。ハルトは興味があったが、好奇心を抑えて用件を言う。
「なるほど。奴隷か……。1か月後に準備する。だが割高だぞ。1人17万貰う。」
「おい!さすがに高すぎないか?」
前回の価格が15万だったので、2万上がっていることになる。
「今までが安すぎたんだ。冷静に考えろ。人の値段が15万なんて安すぎだろ。17万も安い方だ。恨むなら帝国の新皇帝を恨め。ウェストリア陛下が即位して以来、景気が良くなってな。その分奴隷も減ってるんだ。世界中の奴隷商人が悲鳴を上げてるよ。俺は貸金業が本職だから、景気がいいのは喜ばしいことだけどな。」
全体の値段も上がっているようだ。なら仕方がないだろう。ハルトは契約書にサインした。
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「鍋を10個欲しい。1か月後には作り終えてほしいんだが、いくらかかる?」
ハルトはバッカスに聞いた。バッカスは少し考えてから答える。
「10個を1か月か……。まあ無理だな。特別料金を貰えるなら話は別だが。」
「いくらだ?」
ハルトがそう聞くと、バッカスはにやりと笑って答える。
「55万貰おうか。本当は60万と言いたいところだが、あんたにはこれからも世話になりそうだからな。それに最近は新皇帝様のおかげで鉄が値下がりしている。」
ウェストリアが皇帝に即位して以来、帝国から王国への小競り合いはなくなった。その影響で小競り合いが減少して鉄の値段が下がっているらしい。
「問題ない。55万払おう。」
ハルトが契約書にサインすると、バッカスは嬉しそうに笑う。
「まいどあり。これからも頼むぞ。」
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一方、ロアとアイーシャは工場にいた。
「アイーシャさんはオリーブと灰を運んでください。」
「それくらいなら。」
そう言ってアイーシャは倉庫に向かう。
「ねえ、ロアちゃん。あの子砂漠の民だよねー。どうしてこんなところに居るの?」
プリンがロアに尋ねる。ロアはプリンを振り返って答えた。
「何でも財布をすられてお金がないそうです。奴隷狩りにも狙われてるとか。だからしばらく置いておいてあげることにしたんです。」
「なるほどー。お人よしだねー。砂漠の民か……手合せしたいなー。」
プリンがそう言うと、倉庫からアイーシャが出てくる。オリーブの入った樽を5つも持っていた。
「これどうすればいい?」
アイーシャは余裕の表情だ。ロアは驚きながら答える。
「えっと、あっちの方に運んでください。」
「了解!」
そう言って、アイーシャは小走りでオリーブを運ぶ。
「い、いやー。すさまじいね……。手合せなんてしたら絞殺されそう……。」
プリンは冷や汗をかきながらぼそりと呟く。獅子を殺すという話もあながちウソではないかもしれない。
「そうですね。そう言えば砂漠の民はどうして奴隷狩りに捕まってしまうんでしょう?あんな怪力なのに……。」
ロアはアイーシャを見ながら、疑問を口にする。あれだけの怪力なら縛っておくのも大変そうだ。
「うーん、大人数で囲んでしびれ薬を塗った弓矢で射れば何とかなるんじゃない?捕まえた後は……麻縄じゃあ引きちぎられそうだし、鉄の鎖が必要かな?」
ロアの質問に、プリンが答える。傭兵だからか、脳内で戦いをシミュレーションしているらしい。
そんな話をしているロアとプリンの間を何度もアイーシャが樽をもって往復する。
「力仕事は全部アイーシャさんに任せて良さそうですね。これで石鹸の作業効率も上がります。」
泊めるだけでこれだけの労働力が手に入るのだ。今思えば良い拾いものだった。
「人生どう転ぶか分からないものですね。」
ロアは思わずそう言った。
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「今気づいたがこの部屋にはベッドが1つしかない。どうするか。」
ハルトは唐突に言った。
「そう言えばそうだね。ん?ロアとハルトはどこで寝てるの?」
ハルトとロアはダブルベットを指さす。アイーシャは顔を赤くした。
「み、未婚の男女が一緒のベットで寝るなんて……。破廉恥な!」
ロアは顔を赤くして、アイーシャに反論する。
「べ、別にやましいことなんてしてません。それにハルトさんとはこ、婚約者みたいなもんですし……。」
ハルトは苦笑いをする。確かに未婚の男女が同じベットで寝ているのは好ましくないだろう。
「それでどうするんだ?何なら俺が床で寝るか?」
「ハルトさんが床で寝るなら私も床で寝ます。ベッドはアイーシャさんが使ってください。」
「いや、泊めてもらう私がベッドで寝て、この家の主であるあなたたちが床で寝るのはおかしいでしょう。私が床で寝るよ。」
「いや、アイーシャはロアの客なんだ。1人しかいないロアの友達を床で寝かすのは……。」
「じゃあ、奴隷宿舎で寝るのは?」
「その方がダメです。お客様を奴隷と同じ建物で寝かすなんてその方が非常識です!」
3人で言いあいを続ける。結局、
「3人でベッドで寝ましょう。右から順にハルトさん、私、アイーシャの順に寝れば問題ないはずです。」
というロアの案でまとまった。
11月の収支
収入 約1500万(石鹸3万個)
支出 255万(奴隷)55万(鍋)200万(奴隷の維持費)10万(店の借用地&維持費)6万(馬車のレンタル料4台分)900万(オリーブオイル1300樽)120万(海藻灰1200樽)30万(傭兵)1万(薪)1万(塩)45万(売上税)150万(所得税)合計……1773万
売上-支出=-273万
負債 2000万
残金 289万
実質財産 -1711万
その他財産
奴隷45
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
傭兵 ラスク&プリン
倉庫1(店に付属する倉庫) 石鹸300個
倉庫2(奴隷宿舎に付属する倉庫) 鍋17つ オリーブ20樽 海藻灰15樽