第17話 パーティー
第3章です。
「うーん、どうしよう?」
ハルトは3通の手紙を見て悩んでいた。腕を組み、眉にしわを寄せている。いかにも悩んでいるという風だ。
「ハルトさん、体洗い終えました。次はハルトさん……まだ悩んでるんですか?いったい何ですか?」
ロアはかれこれ1時間悩み続けるハルトをみかねて尋ねた。
「いや、ユージェックとアドニスとブランチからの手紙なんだ……取り敢えず読んでくれ。」
ロアはハルトから3通の手紙を受け取って、読み始めた。
ユージェックからの手紙は立食パーティーの誘い。ブランチからの手紙はワインの試飲会の誘い。アドニスからの手紙は魔法具の展覧会の誘いだ。
「うわー、これはまた……。臭そうな内容ですね。ハルトさんを陣営に引き込もうという意図が見え見えです。」
ロアは顔をしかめる。
ただ、この3通の手紙には温度差があった。
ユージェックからの手紙は『当然来るよな!』と半分強制のようなもので、ブランチからの手紙は『来てくれるとありがたい。』と圧力が感じられた。アドニスは『暇なら来てほしい。』という消極的な物だった。
「ユージェックさんはハルトさんを完全に抱え込みたいんでしょう。ブランチさんはある程度のつながり……あわよくばユージェックさんからハルトさんを奪おうとしていますね。一方アドニスさんは一先ず関係を作りたいという感じがします。」
「モテル男はつらいな!」
「二人は男ですけどね……」
苦笑いするロア。
「それで、どうすればいいと思う?」
「取り敢えずハルトさんの政治思想はどの人と近いんですか?」
ロアがそう聞くと、ハルトは少し悩んで答える。
「そうだな……ブランチかな?オリーブの値段は上がらない方がうれしいし。」
「じゃあブランチさんのとこに行くのは確定ですね。」
ロアがそう言うと、ハルトは顔をしかめる。
「ユージェックはどうする?あいつとは借金で固く結び着いた間柄だぞ。」
「ユージェックさんのところにもいけばいいんじゃないですか?」
「いや、両方行ったら気を悪くするだろ。」
ハルトはイソップの蝙蝠の話を思い出す。
昔、鳥と獣は争いをしていた。蝙蝠は鳥が有利になると蝙蝠は自分は鳥だと主張して、獣が有利になれば自分は獣だと主張した。結局鳥と獣は和解したが、最後までどっちつかずだった蝙蝠は両方から仲間はずれにされたのだ。
「面白くはないでしょうが、そんなことで文句は言いませんよ。実際どっちの陣営にも属さない商人はたくさんいます。むしろどちらか一方に属しているほうが珍しいですね。明確な裏切り行為でもしない限りは大丈夫です。」
ロアは断言する。3人とも子供ではないのだ。それに彼らの本職は商人。必要があるから国政に参加しているだけで、そこまで政治に興味があるわけではないのだ。
「じゃあ3人のところに行っても大丈夫かな?」
「むしろ1人だけに顔を出すくらいなら、すべて欠席の方がまだましです。」
ロアは自身満々だ。とはいえ、不安なものは不安だ。ハルトは三股をかけるイケメンの気持ちを少し理解した。
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公式の場に出るならちゃんとした服がいる。ハルトとロアは当然そんなものは持っていないので購入する必要がある。ハルトは安物で済ませようとしたが、ロアに止められた。
「分かる人には安物だって一目でばれます。ちゃんとしたのを買わないと下に見られますよ。」
ハルトはそれに納得する。人間の価値は身につけている物ではないが、内面などは見ても分からないので結局外見で判断するしかないのだ。
というわけで、クラリスでも有名な礼服専門店にやってきた。大きなガラスの鏡が置いてあるところから、この店が高級なところであるのが分かる。
ハルトは礼服には詳しくないので、店員に丸投げする。高級店の店員なだけあって顔の表情を少しも変えずに服を選んで、ハルトに手渡す。
着てみないと分からないので、試着をしてみる。
「似合ってますよ、ハルトさん。」
「そうか?」
礼服を着て鏡に映る自分を見て、ハルトは顔を顰める。悪くはない。だが似合っているかは別の問題だ。まあ、それっぽく見えれば問題ないが。
「じゃあ、これを買います。」
「はい、12万ドラリアです。」
最近、金銭感覚のマヒが激しいハルトは、特に何も考えずに買ってしまう。
店を出ると、ロアはハルトに向き直る。
「じゃあ、次はドレスを買いに行きましょう。」
「ん?お前も出席するのか?」
ロアは人見知りだ。立食パーティーは向かないような気がする。
「パーティーには、パートナーに女性を連れてくる人は多いんです。女性を雇う人もいるんですよ。」
ハルトはクラリスの事情に詳しくないので、納得するしかない。
実のところ、ロアの言っていることは半分合っていて、半分間違っている。まず女性を雇う人間はいない。それとパートナーにではなく、正しくはパートナーのだ。このパートナーはもちろん結婚相手か婚約者を指す。ロアは外堀を埋めてしまおうと考えているのだ。
早速二人はドレス専門店に向かう。
こちらの店の雰囲気は同じだ。ロアは悩んだ末に赤いドレスと青いドレスを選んだ。
「体に合うのがあって良かったです。」
ニコニコと嬉しそうだ。ドレスというのは成人女性が着るものなので、子供が着るとどうしても着られてしまう。だがロアはちゃんとドレスを着こなしていた。最近身長と胸が急成長をしているからだ。胸のサイズはCに近づいている。
「ハルトさん?どうしました?」
ロアのドレス姿を見て思いふけっていたハルトは我に返る。
「お前、もしかしてドレス着たことあるのか?」
ロアはドレスを完璧に着こなしてい。いくら体が成長したからといって、普通はここまで着こなせない。それにドレスの選び方が馴れているように見えた。
「ええ、私の家は金持ちだったので。それに祖父は大物議員ですし。何度かパーティーには出席しています。」
ロアはハルトが思っていたよりも上流階級だった。ロアの事情は聞いていたが、せいぜいちょっとした商会だと思っていたのだ。
「なるほど……、後で作法とか教えてくれないか?」
「ええ、いいですよ。まあ、立食パーティーはそんなに作法を気にするようなものじゃないですけどね。」
ロアは笑って言った。
「さて、次は靴です。」
そう言われて気づく。ハルトが今履いているのは歩きやすい物だが、パーティーに履いていくには適さない。
「立食パーティ―で一番大切なのは靴です。何しろ歩き回りますから。できれば歩きやすく、高級な物がいいですね。目利きの人は服より靴を見ますし。」
ロアは得意げに言う。なるほどとハルトは相槌を打つ。
「早速靴を買いに行きましょう。今日から履いて馴れてください。」
ロアは偉そうに言った。
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立食パーティーの日になった。
「ハルトさん、忘れ物はないですか?」
「ああ、大丈夫だよ。」
二人は会場に向かう。
会場は大きく、多くの人が食事をしながら談笑していた。
「おお、アスマ!来てくれたか!」
ユージェックは、ハルトを見つけると駆け寄ってくる。
「このパーティーには多くの商人が参加している。人脈作りは大切だからな。しっかりやれよ。もちろんパーティーも楽しんでくれ。」
ユージェックはそういってから、ハルトの隣に立っているロアに視線を移す。
「えっと……お前は確か……。」
「ロア・サマラスです。ハルトさんに解放して貰いました。」
ロアは微笑んで、軽く会釈する。なかなか様になっている。
「そうそう、ロア・サマラスだ。これは失礼した。それにしても解放ね……へー。」
ユージェックはにやにやしながらハルトを見る。ハルトはなぜユージェックがにやけているか分からず、思わず首をかしげる。
「それにしても元奴隷にしてはなかなか様になってるな……。そう言えばサマラス……もしかして…。」
ユージェックはぼそぼそと呟く。小さな声だったので、ハルトとロアの耳には届かない。
「おい、ロア・サマラス。お前もしかして……」
「もしかしてあなたがアスマさんですか?」
ユージェックが言いかけると同時に、大柄な男がハルトに声をかけてきた。
「これはマルサスさん。このようなパーティーに招いてくださりありがとうございます。……もしかしてお話中でしたかな?」
男性はにこやかに笑いながら言うと、ユージェックは手を振りながら答える。
「いえ、今話は終わったところだ。では私は退散しよう。ぜひパーティーを楽しんでくれ。」
ユージェックはその場を後にした。
「こんにちは。私の名前は……」
ハルトは男性と談笑を始める。ハルトが男性と話していると、何人もの人が集まってきて、ハルトと話をしようとしてくる。
ハルトとロアが解放されたのは2時間後だった。
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「いやー、すごかったですね……。」
「ここまでモテたのは生まれて初めてだな。9割男だが。」
実際には、何人かの女性もハルトに話しかけようとしていたが、ロアがにらみ付けて撃退していた。
「さて、確かワイングラスと皿は左手に持つんだよな?」
「はい、そうです。あと、料理は前菜から順に並んでいるので順番に取って行ってください。」
ハルトはロアに教わった通りに料理をさらに取り、口に運ぶ。
「ん!旨いな。高そうなだけある。」
「そうですね。」
ロアはそう言いながら、ワインに口を付けようとする。ハルトは慌ててロアからワイングラスを取り上げた。
「む!」
「む!じゃない。お前酔ってひどい目に合ったのを忘れたか?」
ハルトはロアから取り上げたワインを飲む。ウンディーヌで飲んだのとは少し違う味がする。
「旨いな。」
ハルトはワインをおかわりしようか悩んだが、酔ったら人と話ができなくなるかもしれないので、自重した。
この立食パーティーはハルトにとって、有意義な物になった。
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さらに1週間後、魔法具の展覧会の日になった。
「お前も来るか?」
「うーん、あんまり興味がないんでいいです。店番してますね。」
「そうか。」
ハルトはロアを置いて会場に足を運んだ。
会場に着くと、ハルトはアドニスを見つけて挨拶をした。
「本日はお招き下さり、ありがとうございます。」
ハルトは軽く会釈して挨拶する。
「アスマさん!来てくれると思いましたよ。これが資料です。一度目を通してください。」
アドニスはハルトに紙の束を手渡した。
ハルトはアドニスから離れて、壁ぎわで資料をめくる。魔法具の歴史や、簡単な仕組みなどが書かれていた。
ハルトは展覧会に来る前に、ある程度魔法具について調べてきた。
そもそも魔法には3種類あるらしい。1つは呪術で最も古い魔法。次は神聖術と魔術で、呪術から別れてできたらしい。
呪術は魂や精神力をエネルギー源にしていて、物理的な効力はないが、幻覚を見せたり思考を読んだりできる。神聖術は神への信仰心をエネルギー源にしていて、治癒や結界などができる。魔術は魔石……つまり宝石に含まれる魔力をエネルギー源にしていて、炎を出したり風を起こしたり、物体を強化したりということができる。ただし、大きなエネルギーを使う割に殺傷能力はあまり高くないので、あまり戦争には向かないようだ。
ちなみに、呪いや祈りといったものを呪術として体系化させるように命じたのは帝国初代皇帝らしい。お菓子のみならず魔法まで作るとはまさに超人だろう。
話が逸れた。魔法具は3つの魔法の内の、魔術を道具にして使えるようにした物のようだ。
ハルトが知っているのはこの程度だ。ハルトは資料をめくって、面白そうなところだけを読んでいく。
ハルトがペラペラとめくっていると、『雷を再現する装置』という記述を見つける。おそらく電気のことだろう。電気があれば苛性ソーダを製造できる。海藻灰からとれる原始的なソーダに頼らなくても良くなるのだ。
そうこうしている内に、展覧会が始まる。ハルトは資料を閉じて魔法具を見て回る。魔法具を見に来た学者や商人、技術者にあいさつするのも忘れない。中には立食パーティーで知り合った人もいた。ロアが言ったことが本当だと分かり、ハルトは少し安心した。
面白そうな魔法具はあったが、肝心の『雷を起こす装置』がない。探しているうちに、1周回ってしまう。ハルトはアドニスに聞いてみることにした。
「ウルフスタンさん、『雷を起こす装置』ってありますか?見てみたいんですが?」
ハルトがそう聞くと、アドニスは困ったように笑う。
「すいません、それは展覧会にはないんです。でも大したものじゃないですよ?何しろ帝国の技術者が面白半分で作ったものですから。雷なんて謳ってますが、大したことありませんよ。まあ、触ったら危ないですが。」
危ない程度の電流が流れるなら、十分に苛性ソーダを生成できる。採算が取れるかどうか分からないが、試してみる価値は十分にあるだろう。
「どうにか入手できませんか?少し試したいことがあるんです。」
ハルトが頼み込むと、アドニスは不思議そうな顔をする。
「まあ、別に問題はありませんが……。時間がかかりますよ?滅多に作るものじゃないですから。」
何でも用意には1年はかかるらしい。もっとも頼み込んでいるのはハルトなので、文句はない。ハルトはアドニスに礼を言った。アドニスはハルトとつながりができて、嬉しそうにしていた。
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さらに2週間が経過する。ワインの試飲会の日だ。
「ハルトさん!私も……」
「だめだ!お前は酒に弱いだろ。」
ハルトはロアの言葉を遮る。ロアは頬をふくらました。
「ハルトさんばっかり言い思いして……ずるいです!」
「分かったよ。帰りにワインを買ってきてやる。家なら酔っても大丈夫そうだしな。」
ハルトがそう言うと、ロアは嬉しそうに笑う。
「約束ですよ。」
試飲会の会場について、ブランチに挨拶をする。
「本日はこのような会にお招き下さり、ありがとうございます。」
ハルトが頭を下げると、ブランチはハルトにアンケート用紙を渡した。
「アスマさん!来てくれてうれしいです。気にいったワインがあったらこの紙に書いてください。あと、奥の方で世界各地から集めた物産を展示してあります。良かったらぜひ見てください。」
ハルトは早々挨拶を済ませると、早速ワインの飲む。どのワインも少し味が違い、なかなか美味しい。説明を読むと、100年ものだとか、1本200万などと書かれた物があったが、ハルトは気にしないことにする。どうせタダなのだから。
少し酔った頭で辺りを見回すと。立食パーティーと展覧会で出会った人も何人かいた。酔った勢いもあり、ハルトは彼らとかなり親しくなる。
ある程度ワインを飲んで、アンケートを書き終えると、ハルトは世界中から集めたという物産を見に行く。たくさんの香辛料や香料、絹などが展示してある。改めて思うと、この試飲会はブランチの自慢という側面があるのかもしれない。
眺めていると、なかなか良いものを見つける。ココナッツオイルとパーム油、ひまし油だ。ココナッツは熱帯アジア、パーム油の原料のアブラヤシとひまし油の原料のトウゴマはアフリカが原産だ。地中海沿岸と同じような気候の都市国家連合では探しても見つからなかったものだ。値段にもよるが、安いならぜひ仕入れたい。
ちょうど良く、ブランチが通りかかる。ハルトは仕入れについて聞いてみた。
「ココナッツオイルやパーム油、ひまし油を仕入れることはできますか?」
「ココナッツオイルは無理ですけど、パーム油やひまし油は仕入れることはできますよ。」
両方とも、価格は1リットル2000ドラリアほどらしい。価格はオリーブの約2倍だ。やはりあまり生産されていないのが理由だろう。だが、パーム油とひまし油をオリーブオイルと合わせれば、質は良くなる。検討すべきだろう。
「ココナッツオイルはだめなんですか?」
ハルトが改めて聞くと、ブランチは頷いて答える。
「西方じゃあ生産してませんから。東方との交易は砂漠の民の気分次第だし……。安定供給は無理です。」
そう言われてしまえば引き下がるしかない。存在だけ分かった分、むしろ良かったと思うべきだろう。
商人達と談笑している内にあっという間に夜になってしまった。ハルトは1本2万ドラリアのワインを買って帰った。
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「ただいま。今帰ったよ。」
ハルトがそう言いながらドアを開けて店兼家に入ると、ドタバタと物音がした。ハルトは不思議に思って、部屋に入る。
「ハ、ハルトさん!!お帰りなさい!!」
どういうわけか、ロアは慌てているようだった。ハルトは不審に思ったが、取り敢えずワインをロアに見せた。
「ほら、約束のワインだよ。」
「あ、ありがとうございます。」
そう言って礼を言うロアの顔は引きつっていた。ハルトは思い切って聞いてみる。
「何か隠し事でもあるのか?」
「な、な、そんなものないですよ!!」
そう言って否定するロアの目は泳いでいる。よく見ると、後ろのクローゼットを気にしているようだった。
「クローゼットに何かあるのか?」
そう聞くと、ロアはビクリと体を震わせた。嘘が下手にもほどがある。
ハルトはクローゼットに近寄る。よく見ると、緑色の布が挟まっていた。ハルトとロアは緑色の服は持っていない。
「あ、あのハルトさん!ワイン飲みません?チーズがありますよ!」
ロアの下手なごまかしを無視して、ハルトはクローゼットを開けた。
「……。」
ハルトは中に入っていた者を見てあっけにとられる。
「こ、こんにちは……。」
中には褐色の肌をした美少女が入っていた。
10月の収支
収入 約1490万(石鹸29800個)
支出 120万(奴隷の維持費)10万(店の借用地&維持費)6万(馬車のレンタル料4台分)700万(オリーブオイル1000樽)90万(海藻灰900)24万(衣装代)30万(傭兵)1万(塩)1万(薪)48万(売上税)149万(所得税)合計……1179万
売上-支出=311
負債 2000万
残金 562万
実質財産 -1438万
その他財産
奴隷45
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
傭兵 ラスク&プリン
倉庫1(店に付属する倉庫) 石鹸20個
倉庫2(奴隷宿舎に付属する倉庫) 鍋17つ オリーブ20樽 海藻灰15樽