第16話 情勢
今回は少ないです。
ハルトとロアが売上で悩んでいたころ、中央広場の議会では臨時会が行われていた。
「これより臨時会を始めたいと思います。進行は私、アドニス・ウルフスタンです。」
臨時会は、議席を与えられた議員なら誰でも開催できる権限を持つ。司会は議会の開催を提案したものがするのが通例だ。
「さて、お耳が早い皆様なら何の話し合いか、もうお察しでしょう。2週間前、皇帝陛下……エンダース6世が崩御されました。」
アドニスは淡々と話を進める。驚く議員はいない。ここにいるのはクラリスの、都市国家連合の経済を支配している有力商人。情報は様々なルートから仕入れることができる。
「皇位はウェストリア第8皇子殿下が……いや、ウェストリア1世陛下が継承したようです。」
帝国には8人の皇子がいた。その中でも有力な皇帝候補だったのが、ペンティクス第2皇子とウェストリア第8皇子だ。ペンティクスは軍・貴族を中心に支持基盤を持っていて、ウェストリアは中流階級や地方の有力な豪族、農民に支持基盤を持っていた。ペンティクスは王国や都市国家連合を含める周辺の蛮族の一掃を政策に掲げていて、ウェストリアは財政の健全化や景気対策、貧困による格差の広がりを防ぐことを政策に掲げていた。
クラリスは全会一致でウェストリア皇子を陰で支援し続けてた。今回はその支援が実ったのだ。
「帝国内で反乱が起きたときは、どうなるかと思ったがな。まさかウェストリア殿……陛下があそこまで軍才をお持ちとは思わなかった。」
そういったのはユージェックだ。帝国内で反乱が起きたとき、ウェストリア皇子とペンティクス皇子が共同で反乱を討伐することになった。ペンティクス皇子の独断場になるかと思われたが、ウェストリア皇子がすばやい対応で反乱を鎮圧してしまったのだ。
しかも反乱の元凶が地方貴族であることを突き止めてしまったのだ。その地方貴族から芋づる式に100を超える貴族が処断された。こうしてペンティクス皇子は支持基盤に大きなダメージを負うことになった。また、ウェストリア皇子にも軍才があることが判明したことで、軍内部でもウェストリア皇子を支持する声が上がった。こうしてウェストリア皇子は皇位を手にしたのだ。
「景気が良くなりそうね。我々としたらうれしい限りだわ。」
ブランチが嬉しそうに笑う。衰退しているとはいえ帝国は西方最大の大国。帝国の景気が良くなれば都市国家連合の景気もよくなる。
「マルサスさんはどうですか?王国との戦争が減りますが?」
にやりと笑いながらアドニスはユージェックに聞く。ユージェックは表情を変えずに答える。
「ん?帝国が仕掛けなくとも王国が勝手に帝国を攻めるんだ。問題ないが?俺の本業は金貸しだからな。景気は良くなってくれた方がうれしい。それにウェストリア陛下はお得意さんだからな。」
ユージェックはウェストリアに3人も砂漠の民を売っている。砂漠の民は戦闘民族で、100の兵に勝るとも言われている。大砂漠で暮らしているため、クラリスに本拠地を置くユージェックしか砂漠の民は扱えない。
「内乱では俺が売った砂漠の民が大活躍したようだしな。ところでエインズワース。お前はいいのか?今回の内乱で処罰された地方貴族の一人はお前の商売相手じゃないのか?」
ユージェックはにやりと笑ってブランチに聞く。ブランチは笑顔で答える。
「特に困っていませんわ。土地そのものがなくなったわけではありませんから。私にとって大切なのはワインであって、ワインを売ってくれる人ではありませんから。代わりはいくらでもいます。」
三人の商人はお互い腹の探り合いを続ける。どちらも国政で優位に立ってやろうと必死だ。
「ところでアルトはどう出ると思う?」
アルトは都市国家連合で最古の歴史を持つ国で、連合の政治の中心だ。経済のクラリス、政治のアルトといわれている。ここで言うアルトは連合議会のことだ。
「彼らが我々より先に情報を手に入れられるとは思えません。連合議会は最低でも1か月後でしょう。どうせ何も決められずに終わると思いますけどね。」
都市国家連合は結局のところ、烏合の衆だ。王国や帝国が大規模侵攻をしてきた、疫病で人口が2割減少しそうだ、といった危機でも起こらない限り団結することはないだろう。もしかしたら危機が起きて団結しないかもしれない。
「まあ、我々クラリスは独力で何とかできる国力があるわ。問題ないでしょう。」
ブランチは柔らかい笑みを浮かべて言う。
「さて、議会はそろそろお開きにしますか?」
話も煮詰まり、アドニスが議会を締めた。
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1か月が経過して、ウェストリアが新皇帝として即位したことが都市国家連合で広がり始めた。
「ロア、ウェストリア陛下っていうのはどういう人なんだ?」
ハルトとロアはウンディーヌで昼食をとっていた。キスしたばかりなのでお互い気恥ずかしく、無言で食べていたが、その空気が我慢できなってハルトはロアに話しかけた。
「え!?ウェストリア陛下ですか!えーと、私も詳しくないですが……なんでも庶民から人気のある人らしいです。あと母親が側室で属州の出身だとか。だから属州の農民からも高い支持を受けていると聞いたことがあります。」
話を聞く限り悪いイメージはしない。結果を見てみないと名君か愚君か分からないが。
「何か景気が良くなるらしいな。」
「はい。ウェストリア陛下が統治に成功して、帝国の景気が良くなれば都市国家連合の景気もよくなりますから。物価が上がる気がします。」
ハルトは声を低くして言う。
「金臭の加護か?」
「はい。」
ロアはそう答えてから、少し顔を不安そうにする。
「ただ……」
「どうした?」
ロアは迷うような顔をしてから、口を開く。
「しばらくは緩やかに物価が上がる気がします。ですが2,3年後に物価が急激な高騰をする気がするんです。主に鉄などの金属と小麦が……。その時に備えて鍋を今のうちにそろえて、金貨を蓄えておいた方がいいと思います。ただ、あくまで予測です。金臭の加護は時間が離れれば的中率が下がります。もしかしたら私の気のせいかもしれません。」
ムニエルをつつきながら、不安そうに言う。本人も自身はないのだ。
「そうだな……。備えておくに越したことはないだろ。予測が変わったら教えてくれ。」
ハルトは料理を食べ終えて立ち上がる。
「役場に行ってこの解約書を出してこようか。」
「はい!」
二人は手をつないで役場に向かった。
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ちょうどそのころ、帝国首都、ロサイス。
ロサイスは世界の中心と呼ばれる。美しい白く、巨大な城壁、通称白壁が三層存在し、内側に行くほど身分の高い人間の家がある。
3層目の白壁の中心には大きな宮殿が建っていて、その宮殿の奥にその男はいた。
ラベンダーのように美しい髪、細長い足、長い睫を持った美青年がベッドに寝ころびながら、果物をつまんでいた。スカートを穿いて、髪を伸ばせば女でも通用するだろう。青年の後ろには褐色の肌をした男女が三人控えている。
「ウェストリア陛下、今月の報告書でございます。」
メガネをかけた、木真面目そうな男が紙を男……いや、ウェストリアに手わたした。
「ご苦労。相変わらず君の資料は見やすくていいね。これを褒美にあげよう。」
ウェストリアはバナナを男に手渡す。男はそれをうやうやしく受け取る。
「ありがとうございます。家宝にいたします。」
「そう、腐る前に食べろよ。勿体無いからな。」
ウェストリアは愉快そうに笑った後、起き上がって報告書を読む。
「うーん、減税の効果が出ているね。しばらくは財政的に厳しいけど……倹約で乗り切ろうか。俺が率先して倹約すれば元老院の爺どもも文句は言えないだろうしね。」
ウェストリアは報告書を読み終わると、メガネの男に聞く。
「ところで例の兵器はどうだ?」
「は!難航しているようです。ですが2,3年後には間に合うかと。」
ウェストリアはその答えに満足した表情を浮かべる。
「そうか。まあ、焦らずじっくり開発するように伝えてくれ。何しろ初代皇帝陛下が作りだした火の秘薬を利用した初めての兵器だからね。あれは王国戦の切り札になる。」
ウェストリアは伸びをして再びベッドに寝ころがる。
「あの蛮族どもにわが帝国の恐ろしさを教えてやらねばな……。」
ウェストリアは嗜虐的な笑みを浮かべて、目を閉じた。
これで第2章は終了です。