第15話 商売
一気に夏から秋になります。
石鹸の生産が始まった。販売する石鹸は固形石鹸だ。瓶詰めの液体石鹸は作るのは早いが、瓶に詰めるのが面倒で、瓶そのものが重いため、固形石鹸の方が販売用として、適していると判断した。
オリーブオイルは170樽。1樽で30個の石鹸が作れるので、総生産数は5100個だ。
製造用の鍋は6つある。二人で一つの鍋を担当してもらう。料理班は料理をしていないときは、石鹸を型に流し込む作業をしてもらう。
鍋はちょうど樽1つ分のオリーブオイルが入る大きさで、一回で30個の石鹸を製造できる。一日で3回生産ができるので、一日540個。5100個生産するには約9日かかる計算だ。乾燥には12日はかかるので、ちょうど約20日かかる。
ただし、あくまで計算だ。子供たちは生まれて初めての石鹸作りだ。失敗もある。なれない作業なので、生産速度も遅い。
1か月で生産できたのは4000個だった。
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「ふむ、まあ最初はこんなもんだろう。生産速度はどんどん上がってるし、残りの1100個も10日以内には乾燥し終わるんだろ?」
ハルトはロアが書いた報告書を読んで答えた。今回は試しの要素がある。今月の売上を見てから、奴隷の数を増やすなり、鍋の数を増やすなりすればいい。
ロアに苦笑いをして、
「いやー、それがいくつか鍋をひっくり返しちゃいまして……。怪我はなかったんですが。残りは1000個です。」
ハルトも苦笑いをする。まだ10歳ほどの子供だ。怪我をしなかったことだけよしとしなければいけない。
「これが昨日、つまり7月30日に払った金額です。」
・傭兵の給料 30万
・奴隷の維持費 40万
・オリーブ 130万 (170樽)
・海藻灰 12万 (120樽)※週に30樽に増加
・店の借地料&維持費 10万
・馬車の料金 3万
・合計-225万
「く、苦しいな……。」
5100個の石鹸を売り上げて、利益は255万だ。そこから売上税5%を取られるので、実質242万。14万の収入だ。ここから所得税10%を引かれて、手元に残るのは12万だ。
「大丈夫です。1000万も借金した以上、ユージェックさんは損害の回収のために、私たちを支援し続けなくてはなりませんから。破産の心配はそんなにありません。子供たちの生産速度もどんどん早くなってます。すぐに計算通りの生産効率になると思います。そうすれば1か月に1万個は生産できると思います。鍋と奴隷を2倍に増やせば2万個です。そうすれば、借金なんてあっという間です!!」
強気なロアの発言。ちなみにロアの計算には税金が入っていないので、実際はもっと低い。
「まあ、そうだな。結果を出せばいい。オリーブもまとめ買いすればもっと安くなるしな。大丈夫、大丈夫。」
「その意気です。昔のサマラス商会は10億の借金がありましたが何とかなりました。ハルトさんもなんとかできるはずです。」
ロアに励まされ、なんとなくやる気が出てきたハルト。ハルトはロアに命じる。
「よし、明日から開店だ。ソルは確か馬が使えたはずだ。お前とソルで完成した石鹸をまず店の倉庫に運べ。いいな!」
「はい!」
ロアは店を飛び出した。
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8月2日早朝。
「じゃあ、よろしく頼むぞ。」
「はい!分かりました。」
石鹸3000個はすでに予約されている。ロアはまず3000個を予約先に配達しに行くのだ。これである程度の利益は確実に出る。
「じゃあ、俺は残りの1000個を売り上げる。」
「私が帰ってくるまで完売させてくださいね!」
「努力するよ。」
ハルトは笑って答える。1000個完売は厳しいだろうが、それだけ売り上げる気持ちで売る。
ロアが去ったのを見送ってから、ハルトはドアを開ける。宣伝の効果か、もしくは目新しいからか、案外客が集まっていた。
「いらっしゃいませ。」
ハルトは笑顔を浮かべて接客を始めた。
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「困ったな……。」
「困りましたね……。」
開店してから3日、ハルトとロアは頭を悩ませていた。
「予想外だったな。これは俺のミスだ……。」
「しかたないですよ。私も予想してませんでした。」
ロアはため息をついて言う。
「まさか3日で完売するとは。」
二人は同時にため息をついた。顔は嬉しそうだったが。
初日は100個売れた。最初としては好調な滑り出しだった。この日、ハルトは少し気分が良かった。
2日目には300個が完売した。少し、在庫が心配になる。だが、後700個ある。10日後には1000個が完成するので、それまで持つかどうかだ。
3日目、開店と同時に客が雪崩込んできた。半日で700個完売してしまった。
「今いくつ生産できた?」
「今のところ乾燥したのは300個ほどです。今、急いで追加生産をしています。」
300個……この勢いだとまったく足りないだろう。
「でも良かったじゃないですか。もっと生産数を増やして、需要を満たしましょう!!」
「おう!その意気だ。頑張れよ!!」
ロアが声を張り上げると同時に、ユージェックが現れた。非常に機嫌が良さそうだ。
「店頭販売だけでもう1000個も売り上げたんだって!好調じゃないか。3日で50万なんてすごいぞ。何しろ50万あれば、田舎の25人家族が死なない程度に飢えながら生きられる金額だ。まあ、25人家族なんていないけどな。」
そう言われてみるとすごい気がしてくるが、この50万には人件費と材料費が含まれていないので、実質数万ドラリアの利益だ。
「追加で奴隷が必要だろう?あと鍋も。今から急いで調達しろ。金もいくらでも貸してやる。書類はここに用意してあるから。早速契約しよう。」
紙をひらひらと振るユージェック。準備がいい男だ。
この日、ハルトは追加で1000万の借金と、30人の奴隷、そして鍋を10個、追加で注文した。
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「いやー、すごい借金ですね。」
「ああ、合計2000万か……。」
ハルトは借用書を見てため息をつく。返す見込みがあるとはいえ、これだけの借金は不安になってくる。
「大丈夫ですよ。1億を超えてないうちは借金に入りません。どうぞ。アイスです。」
ロアはハルトにアイスを渡す。今は夏真っ盛り、暑い中で食べるアイスは旨い。
「はあ、クーラーがないときついな。夏は。まあ、東京の夏より涼しくて、乾燥してるのが唯一の救いか。それにしてもアイスなんてあるんだな。」
ハルトはアイスを食べながら、日本を思い出す。
「このアイスもアルムス1世が作ったという話です。すごいですよね!」
ドルフィッツだけでなく、アイスもアルムス1世が作ったらしい。国を興して、デザートまで開発するとは超人だ。
ハルトはふとロアの服装をみる。夏なので、露出の多いメイド服だ。3か月前はがりがりに痩せていたが、最近は肉付が良くなった。露出した脇や、微妙に膨らんだ胸、健康的な太ももを眺める。首筋には汗が浮かんでいて、少し色っぽい。
ハルトの視線に気付いたのか、ロアは少し顔を赤くして身じろぎする。ハルトは慌てて顔をそらして、話題を振る。
「はあ、借金……。最近、奴隷になって売り飛ばされる夢を見るんだが……。」
「はは、心配しすぎです。オリーブオイルもまとめ買いして、海藻灰も複数の村から安価で買い集めることができたじゃないですか。鍋も1か月で完成するようですし、再来月からは黒字になりますよ。」
笑いながらロアはハルトを励ます。もしハルトが破産したら、ロアも娼館行きであることをハルトは思い出した。
「そうだな。何もおかしいことはしてないんだ。俺が不安だとほかのやつも不安になる。がんばらないとな!!」
「その意気です!!」
ハルトは立ち上がった。
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「はい、どうぞ。先月の集計です。」
9月になり、少し涼しくなった。それでもまだ残暑がある。ハルトは汗をぬぐいながら、報告書を見る。
・収入 238万(石鹸5000個)
・支出 300万(奴隷)45万(鍋) 120万(奴隷の維持費)10万(店の借用地&維持費)6万(馬車のレンタル料4台分)580万(オリーブオイル830樽)80万(海藻灰)
・合計 -903万
「これだけ仕入れば在庫切れはないだろう。」
「ですね。まだ足りないかもしれませんし。」
オリーブオイルを約5倍に増やした。生産できる石鹸は24900個で利益は1245万。税金を払って、1183万。奴隷や鍋などの初期投資を除くと、796万だから、手元に残るのは387万だ。所得税を引いて348万になる。
「さて、新しい奴隷を工場に連れていくか。」
「はい!」
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新しく購入した奴隷は30人。どういう訳か、右からアイウエオ順になっている。
「よし、お前ら名前を言え!!」
奴隷のうち、20人は帝国人で5人は王国人。残り3人が北東出身者で、二人が北方出身だ。男女比は5対1だ。
「いいか。仕事は先輩の言うことをしっかりと聞け。しっかりと働いている間は食事も毎日食べさせてやる。働きしだいでは解放奴隷にしてやる。あと、イジメは絶対に許さない。訴えが出たら、罰を与える。仲良くするんだぞ。」
奴隷の数は45人。これだけの人数になると、イジメが起こる可能性がある。プリンやラスクが目を光らせてくれているので、大丈夫だとは思うが。
「ロア。説明はまかせたぞ。」
「はい!」
ロアはどういうわけか、子供受けがいい。安心して任せられた。
「あ、そうだ。2か月分の給料だ。受け取れ。」
ハルトは、15人の子供に大銅貨を5枚づつ配る。
「これで好きな物を買うといい。」
基本的に子供の奴隷への給金は月に1000ドラリア。それを考えると破格の金額だ。
「いいんですか?」
そう聞くのはリーダー格のウルスだ。
「ああ、お前らはよく働いてくれたからな。特別だ。計画的に使うんだぞ。」
子供たちは目をキラキラさせながらハルトを見る。子供たちは最近元気を取り戻してきて、以前のような死んだ目はしなくなっていた。ハルトも尊敬の目で見られて悪い気はしない。
(こいつらに石鹸の製法をばらされるのはきついからな。しっかり忠誠度を上げておかないと。)
この世に、金を貰って喜ばない人間はいない。
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10月になった。うっすらと肌寒い。ロアのメイド服も長袖になっている。スカートは短いままなのが唯一の救いか。ハルトはとても残念に思った。
「どうぞ。先月の集計です。」
「ああ。」
ハルトは紙に目を通す。
・収入 950万(石鹸2万個)
・支出 796万 (先月と同じ)
・合計 154万
ようやく収入が黒字に転じた。
「まだ、新しく購入した子供たちが生産に馴れていないせいで、4900個生産できませんでした。ですが、すぐに生産速度は増加すると思います。」
ロアは嬉しそうに話す。
「奴隷の数は増やした方がいいと思うか?」
「いいえ、もう45人なのでしばらく増やさない方がいいと思います。奴隷宿舎もそろそろ一杯です。生産速度は上がるので、しばらく様子を見た方がいいと思います。」
「なるほど、分かった。」
ハルトは伸びをする。ここ数か月赤字だったせいで、精神的に疲れていたのだ。
「ハルトさん。黒字に転じたことですし、出かけません?」
「ん、そうだな。」
ハルトとロアは外に出た。
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二人で手をつないで道を歩く。木の葉も少しづつだが落ち始めている。もうすっかり秋だ。
「ハルトさん、私たちが最初に会ったところに行きません?」
「そうだな。行ってみるか。」
二人は出会った裏路地に到着する。
「懐かしいですね。ハルトさんたらスラム街に行こうとしちゃって。」
「あの時声をかけてくれなかったら、今頃の野垂死んでたかもな。ありがとう。」
ハルトが笑いながら言うと。ロアは首を振る。
「そんな……、それを言ったら私だって助けてもらいましたし。」
ロアが控えめな声で言う。
「じゃあ、お互い様だな。」
しばらく会話が途切れる。
「ロア、俺はお前にだいぶ助けられた。税金とかの処理とか俺はよく知らないし、借金のアドバイスもしてもらった。お前がいなかったら今ごろ、俺は露店でバカみたいに石鹸を売ってたんだと思う。本当にお前のおかげだよ、……俺はお前に助けられた。俺もお前を助けた。お互い様だ。お互い様なのに、俺が主人でお前が奴隷っていうのはおかしい。」
「ハルトさん……?」
突然話始めたハルトに、困惑するロア。
「俺はお前と対等になりたい。だから……」
ハルトは2枚の紙を取り出す。1枚はハルトとロアの間で結ばれた奴隷契約書。もう1枚は奴隷契約の解約書類。
「サインしてくれ。これでお前は解放奴隷になる。解放税は俺が払うさ。」
ロアは目を丸くする。この世界では、主人が奴隷を解放するのは珍しくない。だが解放するのは何十年も仕えた奴隷だ。数か月で解約するのは前代未聞だろう。
「え、いいんですか?」
「ああ、サインしてくれ。」
ハルトは解約書とペンを渡す。ハルトに強く迫られて、ロアは書類にサインする。
「これからは奴隷としてじゃなくて、パートナーとして支えてくれ。」
「え!それは……結婚的な意味ですか?」
ロアは顔を赤くしながら、動揺を隠すためにふざけて見せる。どうせビジネスパートナーという意味だろう。
「ま、そんなもんだな。」
ハルトはさらっと言った。その瞬間、ロアの顔が真っ赤染まった。髪とまったくおんなじ色だ。
「け、結婚だなんて……。」
「まあ、今すぐじゃないけどさ。いつか、お前が良ければ。」
「はい!大丈夫です。問題ないです。いつでウェルカムです!!」
顔を真っ赤にしたまま、飛び跳ねるロア。テンションが高い。ハルトはそんなロアを見て、苦笑いをする。
「じ、実は今日、私の誕生日でして!こんなにうれしい誕生日は久しぶりです!!」
ロアは物乞いとして過ごした日々を回想する。何度か死のうと思ったことがあったが、レイナールへの復讐心だけで何とか生きてきた。もう2度と楽しい誕生日を迎えることはないと思っていたのだ。
「なんだ。初耳だぞ。じゃあ今からプレゼントをやる。避けるなよ!」
「え!?」
ハルトはにやりと笑い、ロアの顔に顔を近づける。ハルトはロアの整った顔をみる。長いまつ毛にルビーのようにきれいな瞳、そして柔らかそうな唇……。
ロアはなんとなく察しを付けて、顔を少し上に向けて目を閉じる。
二人の唇が触れ合った。
今回は複雑なので、最終的な金額を書きます。
収入 1000万(借金)約1188万(石鹸の売上)
支出 2162万 50万(解放税)36万(売上税)219万(所得税)
売上-支出 1279万
負債 2000万
残金 251万
実質財産 -1749万
その他財産
奴隷45
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
傭兵 ラスク&プリン
倉庫1(店に付属する倉庫) 石鹸400個
倉庫2(奴隷宿舎に付属する倉庫) 鍋17つ オリーブ995樽 海藻灰100樽