第14話 奴隷
10話以降のあとがきを修正しました。
「完成したぞ。中に入ってみてくれ。」
ドモールは言った。
ハルトとロア、そしてプリンとラスクは工場予定地、いや工場が建てられた土地にいた。
「いやー、ほんとに3か月で完成したんだな。」
ハルトは感心しながら、屋根だけの工場と修理された奴隷宿舎を見た。
「もしかして、これってあの幽霊屋敷?すごいねー。」
プリンが飛び跳ねながら言った。
「あのボロ屋敷がこんなにきれいになるんですね。」
ロアも感心したように言う。
建物は見違えるようにきれいになっていた。つい3か月前までは、嵐が来たら吹き飛びそうなほどぼろかった建物には見えない。建物とすぐ横には物置があった。ここに鍋や材料を入れれば良さそうだ。
「取り敢えず中に入ろう。間取りは実際に見てみないとな。ここは俺たちが警備するんだから。」
ラスクがそう言って中に入って行く。ハルトたちもその後に続く。
中も外見と同じように、しっかりとできていて、倒壊の危険はなさそうだった。入ってすぐには大きなホールがあり、小さい20の部屋に分かれていた。
「なあ、この警報機はどこにつければいいんだ?」
「ん?そうだな。ホールに置いておけばいいだろう。設置は簡単だぞ。魔石をはめて、置いておくだけだ。カギを使わずに入る不届き者がいたら大きな音がなる。」
ラスクに言われたとうり、ハルトは魔石をはめこむ。魔石はほのかに光りだした。ハルトはそれをホールの壁に設置した。
「こんなんでいいか?」
「うん。いいと思うよ。」
部屋を一通り回ってから、ハルトたちは外に出た。
「どうだ。俺の仕事は。満足してくれたか?」
「ああ。完璧だ。これが約束の代金だ。」
ハルトは盟約書と一緒に金貨16枚、160万ドラリアを支払った。
「まいどあり。また改修したりすることがあればいつでも頼んでくれ。」
「ああ、その時はよろしく頼む。」
ハルトとドモールは握手した。ドモールを含めた大工たちはあっという間に去っていく。
「さて、二手に分かれようと思うんだ。俺とラスクは一緒に奴隷を引き取りに行く。ロアとプリンはバッカスのところに行って、鍋とかを馬車で受け取ってきてくれ。ついでに奴隷に食べさせるパンも買ってこい。」
こうして、一行は二手に分かれた。
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「おい、主人。どうして子供の奴隷を買ったんだ?大人の方が労働に適すると思うが?」
馬車に乗る前に、ラスクはハルトに質問した。
「それについては理由が2つある。1つは、子供の方が安いからだ。あまり金はないからな。それに子供でも十分にやれる仕事だからな。だから安い方が良かった。2つ目は俺とロアの年が若いからだ。俺たちよりも年が多いと扱いずらい。10歳くらいの子供なら逆らわれる心配もない。納得してくれたか?安心しろ。鉱山みたいに酷使する訳じゃないさ。」
ハルトがそう言うと、ラスクは安心した顔をした。
「そうか。納得した。」
二人は馬車に揺られながら、奴隷商館までやってきた。途中でハルトは何度も吐きそうになったが、それは割愛する。
奴隷商館に入ると、ユージェックが待っていた。
「ようやく来たか。こっちだ。」
ハルトとラスクは奴隷商館の奥まで歩いていく。奥まで行くのは初めてなので、ハルトは辺りを見回す。1つの牢屋に大体20人ほどの奴隷が鎖につながれている。人種も年齢も性別もバラバラだが、唯一共通しているのは目が死んでいることだけだ。
あまり気分のいいものではないので、ハルトは前を見ることにした。
「こいつらがお前の奴隷だ。確認してくれ。ほら、お前らの主人だぞ。整列しろ!」
ユージェックが怒鳴ると、目が死んだ子供たちが整列した。
「ほら、こいつが資料だ。右から順番に整理してあるから見てくれ。」
ハルトはユージェックに手渡された資料と奴隷を見比べていく。
右から順に、
アン 王国出身 女 9歳
イン 帝国出身 男 10歳
ウルス 王国出身 男 10歳
エミル 都市国家連合出身 女 10歳
オレスト 帝国出身 男 9歳
カイ 出身地不明 男 8歳
キル 帝国出身 男 10歳
クロル 帝国出身 男 10歳
ケイミー 帝国出身 女 8歳
コストス 帝国出身 男 9歳
サウル 北方出身 男 10歳
シルク 帝国出身 男 10歳
スーザン 帝国出身 男 9歳
セシル 帝国出身 男 8歳
ソル 北東部出身 男 10歳
「……めんどくさいから右からアイウエオカキクケコサシスセソでいいか?」
名前を覚えるのが苦手なハルトは、覚えるのを放棄する。
出身者は帝国出身が多いようだ。
「おい。この北東とか北方てどこだ?あと出身地不明ってなんだ?」
ハルトは気になったところを尋ねる。
「北方っていったら、北の狩猟民族に決まってるだろ。北東ってのは北東の騎馬民族のことだ。常識だろ。出身地不明は知らん。本人に聞いてくれ。」
ユージェックもよくわからないようだ。出身地によって、働きが変わるわけではないので、ハルトは特に気にしないことにする。
ハルトは子供たちに向き直って取り敢えず名前を名乗る。
「今日からお前たちの主人になる、ハルト・アスマだ。ご主人様でも旦那様でもアスマ様でも好きに読んでくれ。おとなしく仕事をしてくれれば悪いようにしないから安心しろ。真面目に仕事をすれば解放奴隷にしてやる。しっかりと働け。」
ハルトはできるだけ優しい声で言う。安心しろとは言ったが、それだけで安心できるはずはなく、目は死んだままだ。
ハルトは肩をすくめてから、ユージェックに言う。
「こいつらを連れていくから、牢を開けてくれ。」
ユージェックは部下に命じてドアを開けさて、鎖を外す。
「ついてこい来い。」
ハルトが言うと、子供たちは黙ったまま、ハルトのあとを追う。
「さて、馬車に15人は乗らないからな……5人ずつ運ぶか。ラスク。まずはアイウエオから運んでくれ。」
ラスクは少し苦笑いしてから、アイ・イン・ウルス・エミル・オレストを馬車に乗せて、奴隷宿舎まで運ぶ。馬車で20分はかかるので、40分暇になる。ハルトは時間を潰すために子供たちに話しかける。信頼関係の構築には会話は必要不可欠だ。
「おい、お前……カ……カイコだっけ?」
「カイです……。」
「そう、カイだ。お前の資料、出身地不明になってんだけど、どこの出身だ?」
「……。」
「……。」
ハルトが聞くと、カイは黙ってしまう。
「まあ、言いたくなきゃ言わなくていい。」
人間だれしも隠したいことや言いたくないことはある。無理やり聞き出すこともできるが、その必要はない。
ハルトは気を取りなおして別の子供に話しかける。
「ソ……ソラだっけ?お前騎馬民族なんだよな?ってことは馬車とか動かせるか?」
「どうして俺たちの言葉話せるの?」
ハルトは一瞬、何を言われたのかわからなかったが、意識して気づく。今、キリス語以外の言語をハルトは話したのだ。加護の影響だろう。
「言葉は得意なんだ。俺、文系だからな。それで馬は扱えんの?」
「まあ、一応……使えます。あとソルです……」
彼には馬車を動かしてもらおうかと、ハルトは考える。
そんな話を続けていると、子供たちの顔から少しづつ警戒心が薄れていく。死んだような目を直してやらないといけないと、ハルトは思った。
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一方、ロアとプリンは鍛冶屋の目の前にいた。
「はあ、緊張します……。」
「ん?どうして緊張するの?」
強張った顔のロアに、プリンは話しかける。
「この人怖いんですよ。なんかイチャモンつけられて、お金をせびってくるような顔をしてます。」
「ふーん、私このバッカスさんにはあったことないなー。クラリスで一番腕がいいとは聞いたから、剣を頼もうと思ってユージェックさんに紹介状を書いて貰おうとしたら、あいつは剣は作らないって言われてさー。あんな顔でも平和主義者何だねー。」
ロアとプリンはかなり失礼な会話を続ける。
「聞こえているぞ……」
その言葉で、ロアの体はピクリと震える。プリンは飄々とした顔だ。
「失礼しまーす。」
プリンは大きな声でドアを開ける。ロアはそのあとを慌ててついていく。
ドアを開けると、バッカスは不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。
「お前ら客なんだろうな?あれだけ好き勝手言ってくれたんだ。当然何か買うんだろうな!」
ロアは慌ててプリンの後ろに隠れる。プリンは笑いながら言う。
「うん、私たちはお客様だよー。ハルト・アスマさんの代わりに、注文した物を受け取りに来ましたー。ロアちゃん!」
プリンに呼ばれたロアは慌てて契約書をバッカスに見せる。バッカスはその契約書をしばらく見てから、奥の方へ消えてしまう。
「うう、もうここには来たくありません……。」
「まあ、まあ。」
しばらくすると、大きな鍋を持った部下と一緒にバッカスが現れた。
「ほら、注文の品だ。確認してくれ。馬車に入れればいいのか?」
「よろしくー。」
バッカスの部下は、淡々と鍋を馬車に詰め込む。
「お疲れ様ー。」
プリンはニコニコとしながら、バッカスに礼を言う。バッカスは何も言わずに、奥の方に消えてしまった。
「で、次は何買うんだっけ?」
「えーと、今からメモを見ます。……パンと食材を受け取りに行けと書いてあります。あと、毛布と子供たちの衣服にタオルもそろえるように書いてありますね。」
ロアがメモを読むと、プリンは顔をしかめる。
「めんどくさーい。早く終わらせちゃおうー。」
二人はあらかじめ注文をしていたパンや、食材を受け取りに行く。
「うわー、玉ねぎ、キャベツ、ニンジン……、野菜ばっかだねー。」
「まあ、肉は頑張って働いて自分たちの給料で買ってもらう方針ですから。そっちの方がやる気が出るでしょうし。」
ロアが苦笑いで言う。野菜を食べさせているだけ、扱いは良い方だ。パンしか与えない主人もいるのだから。
「ところでさー、ロアちゃんってどういうポジションなの?肉体労働はしないんでしょうー?」
「うーん、分かりませんがハルトさんは私に何かさせるようですよ。何でも私にしかできないことだとか。」
「へー。」
金額を払って、二人は衣料品店に向かう。
「さて、衣料品店に来たぞー。ハルトさんはどんなのを買えっていってたっけ?」
「えーと、汚れてもいいようなやつって言ってました。あとできるだけ安いのを買ってこいと。毛布に関しては、今は夏なので薄いので言いそうです。」
安い衣服を購入してから、二人は奴隷宿舎に戻った。
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「あ!ハルトさん。今着きました?私たちもちょうど終わったところです。」
「ああ、うっ、気持ち悪い。」
顔が青いところを見ると、ついて間もないようだ。
「あの子たちが買った奴隷ですか?」
ロアは、ハルトの後ろで体育座りをした集団を見て言う。
「ああ、お前ら、紹介する。こいつはロアだ。今はお前らの先輩奴隷ということになるな。こいつの言うことをしっかりと聞け。」
「こんにちは。ご紹介にあずかりました、ロアです。よろしくね。」
ロアが笑いながら挨拶をすると、子供たちは座ったまま頭を下げる。
「あと、あそこの二人組は傭兵のラスクとプリンだ。ここの警護をしている。怪しい奴を見つけたらあそこの二人に言え。」
「はーい、プリンでーす。気軽にプリンちゃんって呼んでね!!」
「ラスクだ。よろしく。」
プリンは妙にハイテンションだ。それに引き換えラスクは少し緊張気味だ。子供好きのくせに、目の前になると緊張するタイプのようだ。
「さて、俺たちは名乗った。次はお前らの番だ。順番に立って挨拶しろ。」
ハルトが命じると、子供たちは立ち上がって挨拶を始める。
緊張した顔で、自分の名前と出身地を言う。帝国と王国は都市国家連合と同じキリス語が公用語だが、発音が若干異なる。北方地方や北東地方は言語が違うが、ユージェックが教え込んだこともあり、何とか聞き取れた。もっとも、加護をもつハルトからしたらあまり関係ないが。
「さて、お前らには肉体労働をしてもらう。まず今日は仕事を覚えてもらうが……その前に食事にしよう。ロア、パンを配れ。」
ロアは一人一人にパンを配っていく。お世辞にもあまり多い量ではないので、
子供たちは15分もしないうちに食べ終えてしまう。
「じゃあ、早速仕事の説明だな。」
ハルトは早速石鹸作りを教え込むために、工場まで連れていく。工場には鍋が1つだけだしてある。
「じゃあ、早速実演する。ロア、作業はお前がしろ。」
「はーい。」
3か月の間、ハルトにみっちりと石鹸作りを教わったロアは、馴れた手つきで石鹸を作って行く。ハルトはロアの行動一つ一つを説明していく。
子供たちはその作業を食い入るように見つめる。
作業が終わると、ハルトは子供たちを指して、石鹸作りの手順を確認させる。子供たちはしっかりと見ていたので、ハルトの質問にしっかりと答えた。
「よし。覚えたな。明日からこの作業をやってもらう。さて、今から役割分担だ。この中で料理ができる奴はいるか?母親を手伝っていた程度でいいんだが。」
ハルトが呼びかけると、女の子が三人手を上げた。
「よし、お前らは料理班だ。飯の3時間前になったら、仕事を中断して食事を作れ。いいな!」
女の子三人は小さな声で「はい。」と返事をした。
「さて、今日はお前たちも疲れただろ。全員で飯を早く作って、とっとと寝ろ。ロア、少し話がある。」
ハルトはロアを呼び出した。ロアは不思議そうな顔でハルトの方に駆け寄る。
「どうしたんですか?」
「これをやる」
「ん?任命状?」
その紙には、『ロア・サマラスをアスマ商会の会計担当兼奴隷取締役に任命する』と書かれていた。
「なるほど、これが私にしかできないことですか……確かに私は会計については勉強してきたので自信があります。喜んで受けましょう。」
ロアは嬉しそうに任命状をしまい込む。
「そうか。お前に奴隷取締役としての初仕事を言いつける。今日は子供達と一緒に過ごせ。あいつらにいろいろと説明してやってくれ。」
「はい!」
ロアは元気よく返事をした。
ハルトは次に、ラスクとプリンに話しかける。
「今日から正式によろしくな。」
ラスクとプリンはニコリと笑う。
「ふふ、まっかせてねー」
「安心しろ。子供たちはしっかりと守る。」
その時だった、大きな竜車が3台やってきた。
「ご注文のオリーブです。170樽しっかりと届けさせていただきました。サインと料金をお願いします。」
エインズワース商会からオリーブが届いた。ハルトは130万ドラリアを支払い、受け取る。
「ロア、倉庫にしまって置いてくれ。俺は今からユージェックのところに行って、借金の話をしてくる。
ハルトは一時その場を後にして、馬車で奴隷商館に向かった。
「金を貸してくれ。」
「いきなりだな、おい。」
ユージェックは苦笑する。
「いくら残ってるんだ?」
「30万だ。でも来月からお前から借りている店の家賃と、ラスクとプリンの給料を払う必要が出てくる。追加で500万貸してくれ。」
ユージェックはしばらく考え込む。さすがに額が額なので、悩むのだろう。
「よし、わかった。乗りかかった船だからな。その代りしっかりと返済しろよ。」
「ありがとう。助かるよ。」
ハルトは奴隷商館を出る。だんだんハルトの金銭感覚がおかしくなってきている。
ハルトは馬車をレンタル屋に一度返してから、一度家に帰る。お湯を沸かして、一人で体を洗う。いつもならロアがふざけて、背中を洗いに来るが、ロアは今は子供たちと一緒に過ごしている。
「久しぶりに一人で寝るな。ベッドが広々と使えて良かった。」
その日は、久しぶりにさみしい夜を過ごした。
収入 500万
支出 130万(オリーブ)40万(奴隷1か月分の食事)5万(衣服など)3万(馬車2台のレンタル代1か月分)12万(海藻灰)160万(修理費)合計350万
負債 1000万
残金 530万
実質財産 -470万
その他財産
奴隷16
従業員
会計担当兼奴隷取締役 ロア・サマラス
傭兵 ラスク&プリン
倉庫1(店に付属する倉庫) 0
倉庫2(奴隷宿舎に付属する倉庫) 鍋7つ オリーブ170樽 海藻灰120樽