第13話 傭兵
「暇だな。」
「いきなりどうしたんですか?ハルトさん。」
ベッドに寝転がりながら、ぼやくハルト。ロアは掃除しながらハルトに尋ねる。
「ほかにすることないんですか?」
「ないんだよなあ、それが。何人かの商人と顔合わせもしたし、石鹸の販売先もハンナさんの紹介ですんなり終わった。何かないか……あ!そう言えば今日は灰が届く日だな。」
「そう言えばそうですね。倉庫に運べばいいんですよね?」
「ああ、そのために掃除したからな。」
そんなことを話していると、玄関をノックする音がする。灰が届いたのだ。
「注文通り灰を届けたぞ。」
灰を運んできたのは、村で最初にハルト達と出会った青年だ、
「これは、ご足労ありがとうございます。倉庫はこちらです。」
ハルトは樽を置いて帰ろうとする青年をさりげなく労働に駆り立てる。青年は少し顔をしかめるが、素直に灰を運び込んでくれた。
「ありがとうございます。これが報酬です。」
ハルトは銀貨を一枚手渡す。莫大な借金をして、金銭感覚がマヒしかけているハルトからすると端金だが、食べるのにも苦労している漁村からすれば大金だ。
青年は金を受け取るとあっという間に去っていく。
「さて、これで完全に暇になったな。どうしよう?」
「どうしようといわれましても……じゃあ、遊びますか?」
「遊ぶ?」
「ほら、買い物とかいろいろ楽しいことしましょう。」
ロアの提案についてしばらく考えるハルト。異世界に転移してからというもの、いろいろとやるべきことが多く、一度も観光や無駄な買い物をしていない。
「そうだな……どうせすることもないし。行くか?」
「はい!」
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「で、何すればいいんだ?」
「そうですね……。観光名所でも巡りますか?私が案内します。」
そういって歩き始めてすぐ、ロアは立ち止る。目の前には中央広場の噴水だ。
「もしかしてこれ名所なのか?」
ハルトが聞くと、ロアは大きく頷く。
「はい。この噴水は400年前、帝国統治時代の第4次東征後に作られたものです。当時の帝国の皇帝アンダールス4世はとても野心家で、世界征服を掲げていました。皇帝は第3次東征でゲルマニス州(現王国)やキリシア州(現都市国家連合)、シルニア州を征服して、西方を完全に支配下に置いたんです。その後大山脈を越えて、本格的に東方の攻略に乗り出したんです。しかし、大砂漠の厳しい自然と、大砂漠に住む砂漠の民に悩まされて、撤退し追い込まれたんです。その戦争での死者を祀るために作られたのがこの噴水です。ちなみになぜ噴水なのかといえば、死者の多くは脱水症で死んだからだそうです。」
話を聞く限りだと、かなり歴史的価値があるようだ。ハルトは異世界の歴史を知らないので、いまいち時代背景が分からないが、それでもかなりすごい遺産であることが分かる。意識して噴水を見てみると、きめ細かい彫刻がしてあるのが分かる。
「ふーん、そのアンダールスってのは有名なのか?」
「はい。知らない人はハルトさんくらいですね。帝国の初代皇帝アルムス1世と同じくらい有名です。」
日本で織田信長や徳川家康、豊臣秀吉を知らない人はいない。アルムス1世やアンダールス4世を知らなかったら恥をかくだろう。ハルトは忘れないように脳に刻み込んだ。
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その後も二人はいくつもの名所を巡って行く。ハルトは馬車に乗れないので、移動は徒歩だ。ずっと歩きまわっていたら、空腹になるのは自然の摂理だ。
「腹減ったな。あそこにあるドルフィッツでも食べるか?」
「そうですね。じゃあ、私買ってきますね。」
ロアは屋台でドルフィッツを買ってくる。ハルトはドルフィッツを見て、何とも言えない気分になった。
「ここに来てから、二回目に腹に入れたのがドルフィッツ何だよなあ。」
ハルトはドルフィッツを指でつまんで口に運ぶ。やはり美味しい。
「これ、俺の故郷にあるドーナッツていう食べ物に味が似てるんだよ。名前も似てるし。形は全然違うけどな。」
「へえ、案外つながりがあるのかもしれませんね。これはアルムス1世が作ったという逸話があるんです。眉唾ですけどね。」
二人はドルフィッツを機械的に口に運んでいく。半分食べ終わったところでロアが少し動きを止めたあと、ドルフィッツをつまんでいった。
「ハルトさん、あーん。」
「ん?あーん?」
ハルトが反射的に口を開けると、ロアはドルフィッツをハルトの口に突っ込んだ。ロアの指がハルトの舌にあたる。
「な!?」
驚くハルトを見て、ロアはにやりと笑って、自分の指をなめる。その姿が色っぽく見えて、ハルトは思わず赤面した。
「この、12歳のガキが!」
「ふふ、美味しかったですか?」
にやにやと笑うロアを見て、イラッとしたハルトはドルフィッツをロアの口に押し込んだ。
「ん!?」
思わぬ反撃に目を見開くロア。にやりとハルトは笑い、ロアの口に突っ込んだ指でそのままドルフィッツを食べる。
「いやー、ドルフィッツは旨いな。ん?どうしたロア。顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
ロアはハルトの挑発に乗って、ハルトの口にドルフィッツを突っ込み返す。ハルトも当然反撃する。
お互い、負けづ嫌いなのもあって、ドルフィッツはあっという間に完食された。
「チッ、引き分けにしておいてやる。」
「次は私が勝ちます、」
一体何の勝負なのだろうか?
戦い?が終わって、冷静になったハルトとロアは周りの視線に気付く。傍から見ればいちゃつくバカップルだ。
「少し移動するか。」
「そ、そうですね。」
ハルトとロアは慌ててその場を後にした。
「観光名所はある程度見てしまいましたし、次はどうしますか?」
移動しながら次の目的地をハルトに尋ねるロア。
「そうだな……じゃあ、買い物でもするか?」
「何を買うんですか?」
ロアの質問に、ハルトは笑って答える。
「メイド服。」
「どんだけ好きなんですか……」
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「これはどうですか?」
「うん。いいと思う。買おう。」
5着目のメイド服の購入を決めるハルト。後1着で合計7着。7着そろえば、曜日ごとメイド服を変えられる。
「それにしても、何でこんな店あるんですかね?」
ハルトとロアはメイド服専門店にいた。専門店というだけあって、品ぞろえは豊富だ。
「まあ、俺みたいな奴が一定層いるってことだろ。」
ハルトは胸の部分の生地がない、もはや服として機能していないメイド服を眺めながら言う。
「……言っておきますが、あんなのは着たくないです。」
「あったりまえだ。メイドっていうのは清楚さもなくちゃダメなんだ。あれは見てて不快だな。」
メイドについて熱演するハルト。着せないと言われて、ロアは胸を撫で下ろす。
「あ!でもよく見るとこれはこれでいいような……」
「ハルトさん!!」
「冗談だよ。」
そんな会話をしながら最後のメイドを探す。
「うーん、これはデザインが似てますね。やっぱりデザインは違うのを選びたいですね。ロングスカートのやつはだめですか?」
「俺はミニの方が好きなんだけどな。それに短い方が動きやすいだろ?」
「まあ、パンツを見ようとする人がいなかったら確かにミニの方が楽ですね。」
さりげなくハルトに苦言を言う。ハルトはそれを聞き流しながら、服を探す。
「あ!これなんかいいんじゃないか。色も青くて、お前と良い対比になりそうだ。」
ハルトは、青い模様が入ったメイド服をロアに見せる。
「これ少し、露出が多くありませんか?」
確かにハルトが見せたメイド服は露出が少し多い。袖がなく、腕カバーを付ける形にあっている。そのせいで脇が出る作りになっていた。
「いや、これから暑くなるしいいんじゃないか?」
今は春、これから夏になって行くのでどんどん暑くなるだろう。露出が多いということはそれだけ涼しいということだ。
「そうですか?」
結局、ハルトに押し切られてメイド服を購入する。ちなみにメイド服の料金はハルトが出す。ハルトの趣味なので、当たり前だが。
「明日から着てくれ。」
「はあ、まあいいですけど。」
メイド服は可愛らしいデザインの物ばかりなので、ロアとしてもそこまで不満はない。
「もう夕方ですし、一度戻りましょう。」
二人は帰宅した。
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「遅いぞ!」
ハルトとロアが帰宅すると、玄関の前にユージェックが仁王立ちしていた。その横にはラスクとプリンがいる。
「何やってるんだ?お前ら。」
ハルトがそう聞くと、ユージェックは不機嫌そうな顔で答える。
「少し話がある。」
「どうぞ。」
ロアはユージェックにお茶を出す。ユージェックは出されたお茶をゆっくりと飲んでから切り出した。
「お前こいつらを雇わないか?」
「は?」
いきなりでハルトは困惑した。゛こいつら″とはラスクとプリンのことだろう。
「話がつながらん。何があったか説明してれ。」
ハルトがそう言うと、ユージェックは不機嫌そうな顔で話し始めた。
話を要約すると、ラスクとプリンが契約を解約したいと言いだしたらしい。理由はラスクがこれ以上子供を捕まえて売り払いたくないからだ。ラスクは子供好きだ。最初は仕方がないと割り切っていたが、我慢ができなくなってしまったのだ。当然だがユージェックの行動は法律に反していない。借金の担保として、自分自身と子供の体をかけた以上、売り払われても文句は言えない。だが、それでもラスクの優しい心は痛んでしまった。プリンとしては正直どうでもいいが、兄が嫌がっているなら無理に続ける必要もない。だから二人はユージェックに解約を申し込んだのだ。
「なるほどね。で、なんで俺が雇うことになる?」
ハルトがそう聞くと、ユージェックはさらに不機嫌そうに顔をしかめる。
「お前はまだ商人になりたてだから知らないだろうが、傭兵に逃げられるのは屈辱的なことなんだ。」
ハルトが理解できないという顔をすると、ロアが説明する。
「傭兵は基本的に金さえ払えばどんな仕事もします。例え法に触れるような悪事だって、お金しだいではやります。そんな傭兵に逃げられるということは給料を払わずに滞納しているか、よっぽどひどいことをさせているかのどっちかです。例えその事実がなかったとしても、噂はあっと言う間に広がります。」
ロアの説明に、ユージェックは大きく頷いて言う。
「そのとうりだ。お前良く知ってるな。親が商人だったのか?」
「ええ、まあ。」
無神経な発言を、ロアは笑って誤魔化す。
「で、なんで俺が雇うことになるんだ?」
ハルトが言うとユージェックは半ギレで答える。
「まったく、理解力のない奴め。このままこいつらを解雇したら、悪い噂が広まる。これは信用を第一とする金貸しとして大打撃だ。だからといって、解雇しない訳にはいかない。だから俺がお前に譲った形にするんだ。当てがない新米商人に傭兵を譲ってやる奴はたまにいる。これなら噂は抑えられる。」
ユージェックの説明にようやく納得するハルト。工場で働くのは子供だけなので、傭兵がいた方が安全かもしれない。
「お前らを雇うとしたらいくらするんだ?」
ハルトがプリンに聞くと、プリンは笑って答える。
「そうだねー、私たちはユージェックさんに月30万で雇われてたよ。だけど傭兵の平均給料は大体月に10万くらいだから……そうだね、15万以上なら文句ないかな。私たちこう見えても凄腕だし。」
月に15万、二人合わせて30万。一年で360万だ。まだ商売を始めていない以上、どれだけの金額か判断しづらいが、30万で安全が買えるのは安いかもしれない。
「そうだな。ユージェックには世話になったし。分かった。雇おう。ただし3か月後からだ。タダで給料をくれてやる気はない。」
ハルトがそう言うと、ユージェックの表情が少し柔らかくなる。
「そうか。すまんな。奴隷のガキと一緒に引き渡そう。」
そういってユージェックは出ていった。
「いやー、なんかありがとねー。」
「感謝する。」
プリンとラスクは頭を下げた。
「気にするな。俺も傭兵が必要だと思っていたんだ。」
本当は考えもしていなかったが、そんなことを言う必要ない。
「給料は15万でいいか?」
「本当はもっと高い方がいいんだけどねー。こっちは立場が立場だし。いいよ!」
「構わない。」
給料についてもっと揉めるかと思っていたハルトは少し拍子抜ける。
「ねーねー、折角だから飲みに行かない?親交を深めて、信頼関係を構築した方がいいと思うんだよねー。私と兄さんの奢りでいいからさー。ね?」
突然の誘いにハルトは驚く。飲むということは酒を飲むことだろう。一瞬迷ったが、異世界だから問題ないだろうと思い、ハルトは返答する。
「お前らの奢りなら別にいいけど。飯もまだだし。ロア!メイド服に着替えろ!」
ハルトがそう言うと、ロアは苦笑いする。
「分かりました。じゃあ、少し出ていって待っていてください。」
こうして一行は居酒屋に行くことになった。
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「いやー、ハルト君覚えてくれたんだねー。ロアちゃんを見ながらお酒飲もうって約束。」
「まあな、ところでどこに行くんだ?」
ハルトが聞くと、ラスクが答える。
「おすすめのところがある。店の風紀も良く、飯と酒が旨いところだ。」
ラスクが答える。
しばらくラスクとプリンについていくと、居酒屋に着いた。
「なるほど、ここがおすすめの店か……ってウンディーヌじゃん。」
「知ってるのか?」
ラスクがハルトを振り返って聞く。
「まあな。俺たちもここで飯を食ってるから。」
一行が店の中に入ると、顔が怖い男……マルソーが声をかけてきた。
「いらっしゃい!ってハルトさんとロアちゃん。それにプリンさんとラスクさんまで。意外な組み合わせだな?」
不思議そうな顔をするマルソー。だがしばらくして納得した顔になる。
「そう言えば4人ともユージェック繋がりだったな。」
4人が席に着くと、マリアが走ってきた。
「ご注文をお聞きします。ところで、どうしてロアお姉ちゃんはそんな恰好しているの?」
「えっとこれはですね……ハルトさんの趣味というか……まあ、大きくなったら分かります。」
ロアは笑顔で誤魔化す。
「俺は酒を飲んだことがないからな……注文はよろしく頼む。お前らの奢りだしな。」
ハルトが言うと、プリンはニコリと笑う。
「分かったよー。じゃあ、これとこれとこれ。ついでにこっちもね?」
「はい。」
マリアは小走りで、去っていく。
「じゃあ、料理を待つ間に自己紹介でもするか?俺はハルト・アスマだ。よろしく。こっちはロアだ。」
「よろしくお願いします。」
ロアは頭を下げる。
「これはご丁寧にー。私はプリン。王国出身だよ。よろしく!」
「俺はラスクという。よろしく頼む。」
挨拶が終わり、互いに話していると料理が運ばれてくる。
「いやー、お酒の飲みながら食べる串焼きは美味しいんだよねー。」
そう言って食べ始めるプリン。
ハルトは初めて飲む酒を少し見つめてから、意を決して飲んだ。
「ん!旨いな。」
「いやー、いい飲みっぷりだね。私とイッキ飲み勝負しない?」
「いや、それは遠慮しておこう。」
ハルトは丁重に断る。イッキ飲みの危険性は保険で教わった。
一行は食事を続ける。酒が入ったこともあり、お互い腹を割って話すことができた。
食事も終盤に差し掛かったころ、ロアはハルトに話しかけた。
「美味しいですね。ハルトしゃん。」
ロアの顔は真っ赤だ。
「お前も酒は初めてか?」
「ひゃい?しょうですよ。」
『はい、そうですよ。』と言いたいのだろう。完全に酒がまわっている。
「無理はするなよ?」
「しましゃんよ。!?ハルトさんが3人いる!?」
どうやら完全にだめそうだ。ハルトは立ち上がった。
「ロアがダメそうだ。先に帰る。すまんな。」
「いいって、いいって。早くロアちゃん背負って帰りなー。吐かれたら大変だしー。」
「無理に誘ったのはこっちだからな。問題ない。俺たちはもっと飲む予定だからな。」
ハルトは少しロアを背負って二人と別れた。
「まったく、しっかりしろ。っつ耳を食べるな!」
「は!こんなところにアイスが!」
「首筋をなめるな!」
ハルトは大騒ぎしながら、帰路を急いだ。
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翌日。
「う、頭痛いです。」
「ガキのくせに飲むからだ。まったく。昨日の夜は大変だったぞ。俺の耳を食べるわ、首筋をなめるわ、指をしゃぶるわ。今度から酒はあまり飲むな。ほら、水だ。」
ハルトは笑ってロアに水を渡した。
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こうして3か月は過ぎた。
収入 0
支出 3万(メイド服)
負債 500万
残金 380万
実質財産 -120万
その他財産
奴隷16人