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異世界商売記  作者: 桜木桜
第二章 起業編
13/60

第12話 2人の商人

 「これより敵の一掃に取り掛かる!!」

 ハルトは真面目な顔でロアに号令をかける。ハルトとロアの手には箒が握られている。この箒は倉庫に潜伏する敵を倒すための武器だ。


 「敵の戦力は未知数だ。おそらく最低でも30はいるだろう。当然だが敵の反撃も激しいものになるだろう。だが臆するな!これは我々と奴ら、生きるか死ぬかの戦いだ!」

 「ハルトさん……」

 「何だ?」

 「ゴキブリごときに大げさです。」

 「その名前を口に出すな!」

 

 なぜ二人はゴキブリ退治の話をしているのか。それは倉庫を掃除する必要が出たからだ。海藻灰は1週間後には届く予定なので、それまでに掃除を終わらせなくてはならない。だが倉庫にはゴキブリが大量にひそんでいる。だからハルトとロアはゴキブリを先に殺すことにしたのだ。


 「そんなに嫌いですか?私は裏路地生活でしたから平気ですけど。」

 「ああ、昔あいつに飛びかかられたことがあってな。その時に口に……おえ」

 思わずハルトは口を抑える。たしかにそんなことがあったらトラウマになるだろう。


 「今思えば俺がキレイ付きなのは奴らを恐怖するあまりなのかもしれないな。」

 しみじみと語るハルト。ロアは適当に相槌を打つ。


 「分かりました。ハルトさんはできる範囲で頑張ってください。吐かれたら困りますから。ゴキ……奴らは私が始末します。

 「頼んだぞ。」

 

 ハルトとロアは倉庫に入った。


_____


 倉庫(戦場)はとても薄暗く、埃っぽかった。ハルトが灯りを付けようとするが、ロアはそれを止める。


 「灯りを付けると気づかれます。」

 「分かった。」


 二人は神経をとがらせて、ゴキブリの出現に備える。

 

 倉庫(戦場)に入ってから数分後のことだった。カサリという物音がした。緊張を高める二人。さらに数分が経過する。ハルトの緊張が途切れてきたその時。黒い影が一瞬ロアの目の前を通過する。ロアはその影を逃さず箒を振り落した。ゴキブリは命の危険を察知して、速度を上げる。ロアの箒も床に近づくにつれてその速度を増す。そして……


 バシッという音が響く。ロアの箒はゴキブリを捉えていた。だがゴキブリはとっさに体を捻り、何とか箒の刷毛の隙間に体を滑り込ませる。何とか箒を交わしたゴキブリは羽を広げてその場を離脱しようとする。だが飛び上がったゴキブリの腹を箒が突き上げる。ロアはゴキブリが回避したのを見たとき、ゴキブリが上へ逃げるのを予測していたのだ。突き上げられるゴキブリ。ゴキブリは吹き飛ばされないようにとっさに箒にしがみつく。だがこの判断はミスだ。ロアはにやりと笑い、箒をひっくり返して床に叩きつけた。箒にしがみついていたゴキブリは逃げることができず、そのまま叩きつけられ、絶命した。この攻防はわずか5秒。生と死は一瞬の判断で決まるのだ。


 「ふう、なかなかでしたね。まさか体を捻って滑り込むことで私の一撃を躱すとは思いませんでした。」

 ロアは丸々と太ったゴキブリの死骸を見る。おそらく倉庫にたまったほこりを食べ続けてきたのだろう。


 「さてこの調子でどんどん行きましょう。」

 ロアは明るくハルトに話しかける。ハルトの顔は、ゴキブリを始末したというのに強張っていた。

 「踏んじまった……」

 

 どうやらハルトはまた靴で踏み殺してしまったらしい。死とは時に偶然訪れるものなのだ。


 二人はこんな調子でゴキブリを殺し続けた。ロアの箒とハルトの靴が返り血でべっとりと濡れる。


 「どうして俺はこんなに踏んでしまうんだ?」

 ハルトは半泣きだ。靴がゴキブリ汁で汚れてしまっているので、その気持ちは理解できなくもない。

 

 2時間が経過すると、15匹のゴキブリの死骸の山が出来上がる。ロアは平気な顔をしながらゴキブリを道に捨てた。


 ゴキブリが消えたことで、掃除は順調に続き昼までには終わった。


____________________


 「よし、終わった!!これで倉庫が使えるな。あとはオリーブを準備するだけだな。オリーブってどこで仕入れればいいんだ?」

 「農作物の多くはエインズワース商会が取り扱っているはずです。確かここから歩いてすぐのところに本店があったはずです。」

 「じゃあ、早速向かうか。」

 ハルトはロアに提案すると、ロアは少し曇った顔をする。

 

 「行く前にユージェックさんに断った方がいいと思います。エインズワース商会のトップのブランチ・エインズワースはユージェックさんの政敵ですから。」

 そう言われてクラリスが商人によって自治がなされていることをハルトは思い出す。ユージェックは敵が多そうだ。


 「ふーん、どういった理由で対立してるんだ?」

 これから商売をする上で、商人同士の対立についてある程度把握していた方がいい。ハルトはそう思って、この際聞いておくことにした。

 

 「私も詳しくはないですが……ユージェックさんは確か王国継戦派筆頭です。対してブランチ・エインズワースは帝国停戦派筆頭です。二人とも掲げる政策が180度違います。」

 詳しくないと言っておきながら、ロアは難しい専門用語を出し始める。王国継戦派も帝国停戦派もハルトには分からない。そもそも王国は聞いたことがあるが、帝国は聞いたことがない。


 「よくわからないが、ユージェックは王国が戦争を続けるのが望ましくて、ブランチは帝国が停戦するのを望んでいるってことか?そもそも俺は帝国が何なのか知らないぞ?分かりやすく一から教えてくれないか?」

 ハルトがそう言うと、ロアは目を見開いた。

 「帝国を知らないんですか?そう言えば異世界人なんでしたっけ?じゃあ無理もありませんか。分かりました。国際情勢に付いて一から教えてあげます。」


______


 「帝国というのは王国や都市国家連合と接している超大国のことです。最盛期には西方(大山脈より西側)全域を領土にしていたんです。」

 「つまり都市国家連合も王国も元は帝国の領土だったってことか?」

 ハルトが尋ねると、ロアは頷く。


 「そうです。帝国は内部で腐敗が続いていて、国力を落とし続けているんです。そして200年前に帝国の支配に反抗的だったゲルマニス人が反乱を興して王国が建国されたんです。王国の建国によりキリシア地方での帝国の影響力が低下して、都市国家連合が独立したわけです。ここまで分かりました?」

 

 ロアに確認されて、ハルトは頷く。かなり噛み砕いた説明だが、詳しく知る必要はないので問題ない。


 「帝国と王国は敵対し合っていて、独立戦争も含めて今までに4回戦争が起きています。都市国家連合は全体の方針としては中立ですが、帝国や王国と親しい国もあるので一概には言えません。」

 「なるほどね。都市国家連合は一枚岩じゃないと。クラリスは中立なのか?」

 ハルトがそう聞くと、ロアは少し困った顔をする。


 「そうですね……、一応は中立です。ですがそれはクラリス内の派閥の勢力が拮抗しているからです。クラリスには3つの派閥が存在します。1つはユージェックさんを中心とする王国継戦派です。2つ目はブランチ・エインズワースを中心とする帝国停戦派、3つ目はアドニス・ウルフスタンを中心とする中立停戦派です。」


 また新しい人間が出てきたと、顔をしかめるハルト。正直覚えるのは面倒くさい。商人として生きていくには必要不可欠な知識なので仕方がないが。


 「王国は帝国に進行すると村や町を焼き払って略奪します。捕まってしまった人は都市国家連合に奴隷として売り払われるんですが、その奴隷を多く購入しているのがユージェックさんなんです。それに彼は王国貴族に少なくない金を貸しています。だから彼としたら王国が戦争を継続して、勝ち続けてくれるのが望ましいんです。」

 やはりユージェックはかなりの悪い奴だ。商人が利益に忠実なのは当然だが。


 「次にブランチ・エインズワースですが、彼女はワインなどを東方売って儲けています。上質なワインのほとんどは帝国産なので、戦争が続いて帝国が負けることでワインが高騰することを彼女は恐れています。最後にアドニス・ウルフスタンを中心とした中立停戦派です。彼は魔法具の生産、販売をしています。戦争が長引けば、魔法具の燃料である魔石が高騰します。最近の戦争では魔法具を大量に使いますから。魔石が高騰すれば魔法具の需要が減り、彼の利益が減るというわけです。大体分かりましたか?」


 ロアはハルトの顔を覗き込んで聞く。ハルトは頷いた。


 「ああ、大体わかったよ。ありがとう。じゃあブランチさんに会いに行く前にユージェックに断っておくか。あいつに行動を制限される道理はないが、世話になっているからな。それが礼儀だろう。これからも仲良くしたいからな。」


 こうして午後の行動が決まった。


______


 「なんだか緊張してきました……」

 「どうせお前は後ろで立ってニコニコしてるだけだろ。なんで緊張するんだ。」

 

 ハルトとロアはエインズワース商会の応接間にいた。普通ならアポなしでは会えないので、追い返されそうになったが、ユージェックに貰った紹介状を見せたら相手はとたんに態度を変えてきた。

ちなみにユージェックは苦笑いをしていた。おそらく面白くはなかっただろう。


 「今思えばユージェックさんの紹介状を見せたのは失敗だったかもしれません。これじゃあ、ユージェックさんの手先みたいです。」

 「そうか?どうでもいいだろ。むしろ騙され難くなって良かったと思うけどな。」


 そうこう話すことと小一時間、扉を開けて女性が入ってきた。年は40代ほどか、化粧はあまりしていない。ハルトは慌てて立ち上がり、礼をして名乗る。


 「こんにちは。私はハルト・アスマ。これからクラリスで商売をしようと思っている者です。ここにはユージェックさんの紹介で来ました。」

ロアが名乗らないのは、物である奴隷は名乗ってはいけないという暗黙の了解があるからだ。


 「そう、あたしはブランチ・エインズワース。早速だけど用件を聞かせてもらえないかしら?」(こいつがマルサスの紹介状を持ってきた奴か……。あいつは滅多なことじゃあ紹介状は出さないから、顔くらいは拝んでおこうかと思ったけど。見た感じゃ普通ね。)


 警戒はされているが、嫌悪はされていない。掴みには成功したと、ハルトは胸を撫で下ろした。


 「取り敢えずこれを。私が売り出す商品です。」

 ハルトは持ってきた石鹸を手渡す。ブランチは不思議そうな顔で眺める。

 

 「それは石鹸といって、泡の実と同じ効果が得られます。原価は300ドラリアです。」

 ハルトがそう言うと、ブランチは眉を少し動かす。


 「泡の実と同じね……それはすごいわね。」(本当に泡の実を300で再現できたのだとしたらかなりすごいわね……。ユージェックが紹介状を出すのも分かるわ。)


 あまり表情を変えていないがかなり驚いているようだ。どんなにポーカーフェイスをしても、ハルトの加護には通用しない。


 「この石鹸は材料にオリーブが必要なんです。だからオリーブの取引の契約をしたい。」

 ハルトは用件を率直に言うと、ブランチは少し考え込む。ハルトの加護は相手が声を出してくれないと効果を発揮しないので、何を考えているのかは分からない。


 「いいわ。契約しましょう。オリーブはAランクからDランクまであるけれど、どれくらいの品質のオリーブが必要なの?」(食用じゃないからDランクでいいのかしら。それとも泡の実と同じ効果を出すにはAランク以上のオリーブでなきゃダメなのかしら?)

 

 「Dランクで結構ですよ。」


 こうしてハルトとブランチの間で契約がなされた。まずは3か月後から月に170樽のオリーブを購入する。その後、売上を見て購入するオリーブの量を決めることになった。


「金を持っているなら、今払ってもらってもいいわよ。もちろん後払いでもいいけど。」

 ハルトは少し考えてから、後で払うことにする。手持ちの現金は多い方がいい。


 ハルトとブランチはお互い笑顔で握手して別れた。


_____


 「いやー、結構簡単に契約できましたね。ユージェックさんの紹介状を出したんで、意地悪されるかと思いましたが。」

 「そうだな。もしかしたらユージェックに対抗するために、俺とつながりが欲しかったのかもな。」


 ハルトとロアは店に戻り、お茶を飲む。相手は歴戦の商人だったせいで、かなり疲れた。加護もかなり使ったせいで、ハルトは疲労が激しい。一方ロアは後ろで立って笑っていただけなので、対して疲れていない。


 「ああ、眠いな。早く飯食って寝よう。もう暗くなってきたしな。」

 ハルトは窓を眺める。真っ赤な夕焼けだ。


 ハルトが夕焼けを眺めて、眠りそうになったその時、


 「すいません!!ここがハルト・アスマ様のお宅でよろしいですか?」


 玄関の方から大きな声が聞こえた。


 「誰だ?こんな時間に!」

 

 眠りを邪魔されて、不機嫌なハルトはロアに門前払いを命じる。ロアは少し苦笑いしながら玄関まで歩いていき、ドアを開ける。


 「はい、どなたですか?」

 

 ロアがドアを開けると、そこにはメガネをかけた長身な男性が立っていた。人が良さそうな顔だ。


 「すみませんが、ご主人様は不在です。今日のところはお引き取りください。ご用件をお聞きしますよ。」

 ロアは男性を見上げながら言うと、男性は苦笑する。


 「いやー、先ほどこの家に戻られたのを確認しましたよ?確かにこんな時間にアポなしで来た私も悪いですが、門前払いはどうかと思いますよ。あ!すみません。申し遅れましたね。私はアドニス・ウルフスタン。魔法具を取り扱っています。どうかアスマ様に合わせてくれませんか?」


 にっこりと男性……いや、アドニスは笑った。ロアは目を見開く。まさかアドニス・ウルフスタンが尋ねてくるとは思わなかったのだ。


 「これはすみません。ご主人様は実はお休み中でして……、これは私の独断です。今、ご主人様を起こして参ります。」

 ロアはハルトのフォローをしてから、一度店の中に戻る。


 「ハルトさん!!」

 「ん?追い払ってきたか?」

 「シッ!訪ねてきたのはアドニス・ウルフスタンです。すぐに対応してください。門前払いしようとしたのは私の非にしておきましたから!」

 ロアがそう言うと、ハルトは目を見開く。


 「アドニスって確か三大派閥の一人だよな?なんでこんなところに来るんだよ。」

 「知りません!早くしてください。」


 眠気が吹き飛んだハルトは、すぐに玄関に向かう。


 「あなたがアドニス・ウルフスタンさんですか?」

 追い出そうとしたこともあって、ハルトは少し下手に出ることにする。


 「はい、そうです。あなたがハルト・アスマ様ですね?」(こいつがね……案外普通だな。まあ、石鹸とやらを見てみないと分からないことだが。)

 

 どういう訳か石鹸について知っているらしい。それにしても表と裏では口調がまったく違う。

 「はい。取り敢えずお上がりください。何もないですが。」

 ハルトは応接間に案内する。


 「それで、どういったご用件で?」

 椅子に座ってから、ハルトはアドニスに用件を聞く。アドニスは人の好さそうな笑顔を浮かべる。


 「いえいえ、あのユージェック・マルサスがあなたに投資していると聞いたもので。一目見たいと思っていたんです。これはお近づきの印です。」(あのケチやろうがあれだけ投資してるんだ。確かめないとな。)


 そういってアドニスはよくわからない機械のような物を手渡した。

 「これは警報機です。侵入者を見つけると大きな音がなります。使い方は簡単で、建物の中心に設置するだけです。」(本当はポットとか無難なものにしようと思ったけど、こっちの方が実用性はあるだろ。)


 確かに警報機のようなものがあれば安心だ。ハルトは素直に感謝する。

 「これは……ありがとうございます。代わりといったら何ですが、これを受け取ってください。石鹸です。宣伝してくれると助かります。」


 ハルトはそういって石鹸を手渡す。アドニスはニコリと笑う。


 「これはありがとうございます。早速今夜使ってみます。」(こいつが石鹸ね……噂には聞いていたけど、本当に泡の実と同じ効果があるのか?まあ、今日は顔を合わせるという目的も果たせたし、帰るか。)


 「では、時間も遅いので私は失礼します。何か魔法具が必要になったらウルフスタン商会に来てください。」


 アドニスはそういって帰っていった。


 「ああ、疲れた。何で今日一日で有名人と2回も会うんだよ。」

 「そうですね。門前払い仕掛けたことに関しては肝を冷やしました。でも良かったじゃないですか。ハルトさん、噂になってるようですよ。」

 ロアは嬉しそうだ。たしかに有名になった方が宣伝にはなる。


 「まあな、でも本当に疲れたよ。こんなに加護を使ったのは初めてだな。もう飯はいいや……俺は寝る。」


 ハルトはそういって窓を見る。きれいな満月が輝いている。

 

 「え!お風呂もいいんですか?これは明日雨ですね……」


 こうして忙しい一日が終わった。


収入 0

支出 0

負債 500万

残金 383万

実質財産 -117万


その他財産

奴隷16人

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