第10話 準備
「ハルトさん、起きてください」
またこのパターンかと思ってハルトは目を開ける。案の定、ロアがハルトの顔を覗き込んでいた。
「ああ、おはよう、って何だその恰好は!!」
ロアは全裸だった。白い肌がハルトの目に飛び込む。
「いや、昨日は下着だったじゃないですか。今回も下着だったらハルトさん飽きちゃうかなあ、と思ったんです。だからレベルアップしてみました」
ロアが笑いながら答える。平静を装っているが、顔は赤い。やはり全裸は恥ずかしいのだろう。当然のことだが。
「別に飽きたりはしない!!いいからとっとと服を着ろ!!」
ハルトが顔をそらしながら怒鳴る。女の全裸なんてハルトは見たことがない。例えそれが12歳の子供でもだ。そもそもロアは年の割に発育がいいので尚更だ。
「それは『お前の裸はどれだけ見ても飽きない』ということですか?そんな。率直に言われると恥ずかしいです」
顔を真っ赤にするロア。
「いいから!早く!服を着ろ!!」
ハルトが再び怒鳴ると、ロアはしぶしぶといった様子で服を着始める。
「ハルトさん?」
下着を着こんだロアが、ハルトに話しかける。
「なんだ?」
窓の外を見ながら答えるハルト。
「下着と全裸、どっちが好きですか?」
ハルトの後ろで手を広げる。ロアの下着姿が窓に反射して写り、ハルトは慌てて振り返る。振り返ってからロアの下着姿がばっちりと目に入り、後悔する。
「どうしてその2択なんだ?」
「もっと恥ずかしい恰好をしろってことですか!?そんな……」
顔を赤くしてそらす。全裸よりも恥ずかしい恰好とは一体どんな格好なのだろうか?ハルトは面倒くさくなって答える。
「じゃあ下着」
「ハルトさんも分かってますね。やっぱり全裸よりも下着の方がエロいですよね!」
おそらくハルトが『全裸』と答えても同じような返答をしただろう。ハルトは適当な相槌を打って、話題を変えようとする。
「そうだな。エロい、エロい。分かったから早く服を着ろ。今日は忙しい」
今日はやるべきことが山ほどある。ハルトは昨日、ユージェックに乗せられて奴隷を買った。乗せられたとはいえ、ハルトも加護を使いながら値切るに値切って、男子12人を10万で買い、おまけで女子の奴隷を3人もらった。全員健康で、10歳以下だ。当然だがハルトには15人も奴隷を預かる準備ができていない。だからまだ契約だけの段階だ。早急に準備をしなくてはならない。ハルトは工場用の土地にあるぼろい建物を修理して、そこに住まわせることにした。ユージェックは奴隷用なら修理はいらないと言い出したが、ハルトはそこまで外道ではない。
また、工場の準備も必要だ。もっとも工場に関しては、基本的に鍋で煮るだけなので雨が防げるように屋根があるだけで十分だ。むしろ大型の鍋やオリーブオイルや灰の確保の方が大変そうだが。
「そうですね。すいません。最初は修理の依頼から始めましょう。時間がかかりそうですから」
ロアは真面目な顔でハルトに提案する。ハルトも同じとを考えていたので、ロアの意見通りに修理の依頼から始めることにした。
_____
「で、いくらかかりそうだ」
ハルトが大工の男、ドモールに聞く。
「うーん、図面を見ただけじゃ分からん。実際に見てみないとな。夕方、またここに寄ってくれ。その時までに見積りを出しておく。ところで何に使うんだ?用途によってはいろいろ変わるんだが」
「従業員……奴隷を住まわせる予定だ。15人くらいな。だから雨風と寒ささえ防げれば問題ない。できるだけ安くしてくれ」
ハルトが答えると、ドモールが少し考え込む
「なるほど、分かった。考慮しておこう」
奴隷の宿舎の問題は解決した。次は工場だ。
「で、工場だがこれに関しては雨さえ防げれば問題ない。床もいらないな。屋根だけでいい。火を使うから煙が外へ出る構造にしてもらいたいんだが……」
「分かった。任せろ」
ドモールは笑って答える。何となくだが、この男ならしっかりと仕事をやり遂げてくれそうだ。ハルトはドモールに仕事を依頼して良かったと思った。
「ありがとう。よろしく頼むよ」
「ああ、安心しろ。しっかりとやり遂げるさ」
ハルトが礼をすると、ドモールも礼を返した。
ハルトとロアは店を出る。
「何とか終わりましたね。次は鍋を用意しましょう。ユージェックさんが勧めていた鍛冶屋がこっちにあるはずです」
ハルトとロアは鍛冶屋に向かう。しばらく歩くと石造りの重厚な建物が見える。おそらくここだろうと思い、ハルトはドアを開けた。
ドアを開けると、熱気が顔にかかる。かなり暑い。
「ん?なんだお前ら、客か?」
柄の悪そうな男が出てくる。関わったらやばそうな雰囲気を全身から醸し出している。
「お前がバッカスか?仕事を頼みたいんだが」
「そうか、まあ座れよ」
勧められるままにイスに座る。二つしかないので、ロアは立ったままだ。
「で、何を作ればいい?」
煙草を吹かして、足を組みながらぶっきらぼうに聞く。ハルトはあらかじめ考えていた通りに話す。
「直径1メートルの大型の鍋を7つ欲しい」
6つは石鹸用、もう1つは料理用だ。1度に大量に作るには、大きい鍋が必要だ。子供が使うことを考えると、大体1メートルが調度いい。また、奴隷の衣食住はハルトが見なくてはならない。食事は料理の経験がある奴隷に作らせればいい。
「ふーん、まあいいけどさ。一体なにに使うんだ?」
「製品を作るんだ。できるだけ頑丈なのを作ってくれ」
ハルトが言うと、バッカスは立ち上がる。
「俺を誰だと思っている?俺は職人だ。依頼された物はしっかりと作るさ。値段は25万だ。3か月後に取りに来い」
見た目はあれだが、しっかりとした職人魂を持っているようだ。ハルトは25万を現金払いして、店を去る。
「怖かったです……」
店を出てそうそう、ロアは呟いた。
「お前何もしてなかっただろ」
ロアはバッカスに怯えてずっと縮こまっていた。まあ、あの態度を見れば怖がるのは無理もないが。
「ハルトさんはどうしてあんな怖そうな人と、初対面で堂々と話せるんですか?」
「俺が幼いころ両親が死んだ話はしたよな。だから俺は親戚の家で育てられた訳だ。そういった事情で人付き合いが自然と身についたということだ」
ハルトを育ててくれた義父が義母は優しかったが、どこか他人行儀だった。ハルトも両親とは違うと思いながら、気を使っていた。今思えばハルトが突然いなくなったことで迷惑をかけたかもしれない。
「はあ、そうですか……」
少し重い空気が流れる。ハルトはやってしまったと思い、空気を換えるために話題を振る。
「次はどうしよっか?夕方までにはまだ時間があるよな?」
「そうですね。オリーブや灰、塩の確保はまだしてませんよね?どうしますか?」
オリーブや灰、塩は石鹸作りに欠かせない材料だ。設備が整っても材料がないと話にならない。
「うーん、オリーブオイルと塩は卸売場で仕入れればいいだろ? 問題は灰だ」
「なんで灰が問題なんですか?」
灰は基本的にゴミだ。入手は簡単だろう。何が問題なのかロアには分からない。
「普通の灰なら集めるのは簡単なんだけどな。石鹸の材料は海藻灰がいいんだ。普通の灰でも十分にできるんだけど、製品として売りに出すなら海藻灰を使いたい」
当然だが燃料に使われるのは基本的に木で海藻ではない。海藻灰を集めるなら、漁師にでも直接頼む必要があるだろう。
「海藻ですか……、漁村にでも行って直接依頼するしかないですね。いまから向かうには遅いですし、明日にしましょう」
「今日は材料は無理か……じゃあどうしよう」
「ユージェックさんに貸してもらった店を掃除するのはどうですか?客間を掃除すれば住めそうですし」
宿でいつまでも暮らしていると、思いのほか金がかかる。あの客間を掃除すれば明日には住めるだろう。
「そうだな、やることもないし。夕方まで掃除するか」
そうと決まれば話は早い。掃除用具を持って、店に向かう。
「汚いですね。取り敢えず今日は客間を掃除しましょう」
「そうだな、倉庫は時間がかかりそうだし。早く終わらせよう」
ハルトとロアは掃除用具を持って埃と格闘を始める。家具は一切置いてないので、掃除はし易い。
「ハルトさん、ベッドはどうします?私はシングルベッドを二人で寝たいです」
「シングルを2つでいいだろ。なんでベッドを2つ買うことができるのにわざわざシングルを一つ買うんだ」
ロアは床を雑巾がけしながら、ハルトは窓を拭きながら会話を続ける。
「でもハルトさん毎夜私を抱きしめてくるじゃないですか」
「嘘付け。そんなことするか」
ハルトは強い声で否定する。
「本当ですよ。おっぱい触られました」
そんなこと言われても記憶はない。なんだか不安になってくるハルト。
「いいじゃないですか。温かいですし。お金は節約した方がいいと思います」
「そんなに言うなら仕方ない。ただ、買うのはダブルベッドだ。シングルは狭すぎる」
ロアがわがままを言ったから仕方がないといった体を取るハルト。満更でもなさそうだ。
「それがいいじゃないですか。お互い密着して寝ましょうよ」
「今は4月だから問題ないけど、これからどんどん暑くなってくるんだぞ。俺は暑いのは嫌いなんだ」
ロアはゴミを塵取りに入れて窓から捨てる。ハルトも窓拭きが終わり、雑巾を絞る。
「まだ夕方には早そうだな。ベッドを買いに行くか」
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ハルトとロアはベッドを買いに、家具屋に向かう。
「ハルトさん、あそこにクローゼットがありますよ。あれも買いましょう」
「そうだな。ついでにタンスも買うか」
家具はまったくもっていないので、目に入るとつい買いたくなる。結局クローゼットやタンス、机に椅子まで買ってしまう。
「ベッドはあれがいいんじゃないですか」
ロアがにやけながら指さす方向を見ると、ピンクでハートがらのシーツのベッドがあった。
「バカ、だれがあんなものを買うか。普通のでいいだろ」
そういってハルトは普通の白いシーツのベッドを購入する。ロアは不満そうだ。
「ご購入ありがとうございます」
家具は基本的に重い。すぐに持っていくことはできない。
「これ、明日の朝に運び出したいんですが、ここに置いておいてもいいですか?」
ハルトは一応聞いてみる。普通に大丈夫だと思うが。
「はい。大丈夫ですよ。では明日の朝、もう1度当店に来てください」
店員は礼をした。
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ハルトとロアは店を出る。店を出たハルトは、目の前でお小遣いを貰っている子供を目にする。
「ロア、これをやる」
「ん? これは……銀貨ですね。何ですか?」
ロアはハルトの突然の行動に首をかしげる。ハルトは笑いながら答える。
「今月の給料だよ。渡してなかったことに今気づいてな」
「はあ、別に給料なんていいんですけどね……ありがたく貰っておきます。そうだ!今からこれ使いに行っていいですか?」
ハルトはロアの切り替えの良さに思わず笑う。
「お前はいてもあまり意味はないからな……。お前の金なんだから好きに使え。」
ハルトが言うと、ロアは嬉しそうに笑う。
「分かりました。シルフー亭で待ち合わせしましょう」
ロアと別れたハルトはドモールのところへ向かう。
「お、調度いいときに来たな。今見積りを出したところだ」
ハルトはイスに座ってドモールの説明を聞く。
「ところどころ壊れているが、基礎がしっかりしているから少し直すだけで済みそうだ。50万もあれば十分だな」
思ったより安い。あのボロさから考えて建て直す覚悟もしていたため、安心する。
「工場は?」
ハルトが工場の金額を聞く。
「こっちも床がないし、屋根だけだから簡単だな。150万だ。合わせて200万、前金で40万もらえるか?」
ハルトは金貨を4枚手渡す。ドモールは満面の笑みを浮かべる
「ありがとな。金を貰ったからにはしっかりとやり遂げよう。3か月後に来てくれ」
案外早い。腕利きの職人なだけはある。ちょうど鍋ができるのと同じころだ。
「分かった。ありがとう」
ハルトは礼を言って、その場を後にする。
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「あ、ハルトさん。終わりました?」
一足先に帰ってきたロアに迎えられた。
「お湯、沸かして貰いました」
相変わらず気が利く。よく見るとロアの髪は濡れていた。先に入ったのだろう。
「そうか。ありがとう。石鹸とタオルと着替えをもって来るよ」
「いえ、その必要はありません。用意してあります」
一式を手渡される。ハルトはロアにもう一度礼を言って体を洗いに行った。
体を洗い終わって、宿に入るとハンナと鉢合わせした。
「ちょうどいいところで会いましたね。今日で1週間目です。明日からどうしますか?」
そういえばもう1週間たったことを思い出す。長いようで短い1週間だった。
「実は住むところが見つかりまして。引っ越すことにしました」
ハルトはことの経緯を話す。ハンナは一瞬残念そうな顔をする。
「そうかい。寂しくなるねえ。いつでも遊びに来てくれよ」
「はい、ありがとうございます。飯はウンディーヌで食べますから」
ハルトがそう言うと嬉しそうに笑う。
「そうかい。それは良かった」
ハルトはハンナと別れて、食事をとる。そしてロアと一緒に部屋に戻る。
「この部屋で寝るのも最後ですね。まあ私は三日くらいしか滞在していませんが」
「そうだな。もう暗いし寝よう。午前中までに家具を運び出そう。灰の確保は午後からだ」
ハルトがそう言うと、ロアは早速ベッドに潜り込む。
「分かりました。ユージェックさん辺りに竜車を借りましょう。さあ、早くハルトさん」
ハルトはロアに言われるまま、ベッドに入る。ランプの灯りを消し、ふたりで天井を見る。
「明日は長時間竜車に乗ることになりそうですが、大丈夫ですか?」
「何とかなるさ。ゲロ袋も用意するから安心しろ」
「吐くのは前提ですか……。昼食は食べないでください」
「無論だ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
二人は目を閉じた。
収入 0
支出 120万(奴隷)25万(鍋)家具(10万)給料(1万)修理費前払い(40万)合計196万
負債 500万
残金 383万
実質財産 -117万
その他財産
奴隷16人