幼王の、仰せのままに。(サイド幼王)
続編というよりは幼王の仰せのままにの幼王視点のお話です。勢いで書いたのでいつも通りのひどさです。
第三皇子だから、娼婦との子だからという理由だけで、僕は生まれた瞬間から嫌われていた。
なんとも皮肉な話だった。生まれた前からもう決まっていたことを覆すことなどできるわけがない。抗う間もなく僕は嫌われたのだから。望んで生まれたわけではないし娼婦との間に子をつくった王に責任があるのではないかと叫びたいぐらいだった。僕は何も悪くないだろう、理不尽すぎる現状に嘆いたこともあったが誰も僕を見てすらいないので嘆いてることすら気づかない。そうか、僕は一人なのか、そう考えればしっくりとくるものがあり、ああ僕は一人なのだと改めて感じた。外にでる必要はなかった。でたところで何かになるとは思えなかったし蔑みの視線がふりかかるだけだ。幼いながらに考えた結果、僕は部屋からでなくなった。
メイドも執事も王も、僕を見る目はいつも他とは違っていた。唯一人と関わるのは食事の時で城に仕えている執事が、朝と昼と晩の食事を運んでくる時だけだ。食事の席ぐらいでろと遠回しに兄に言われたこともあったが、頑なに拒否した。でたところでお前らは僕を笑うんだろ。マナーがなってないそんなこともできないのかこれだから娼婦の子はああ汚いなこないでおくれ、じゃあわかるように教えてくれよ。
僕を好かない者ばかりが周りにいる環境の中で、唯一僕が純粋に楽しめたのは人形作りだった。最初はただの戯れ程度の遊び感覚で始めた人形造りはいつしか僕が一番大切とするものになった。人形をつくり、操る。人形は僕にだけ忠実に、僕だけを見て動くのだ。
理想だったのだ。
木など手軽に手に入る素材で人形をつくり思いのままに操った。
ある時は人形に、人形の素材を集めさせた。
またある時は城の現状が気になり隣国との仲を詮索した。
いろいろな知識が僕に入ってきた。人形は人間に似せて作ってあるし見た目だけでは人形なんてわかるわけがないようなものなのでバレずに詮索や素材集めができたのだ。隣国との仲が現在良くないことも、それに対する王の対応が僕から見たとしてもひどいもので、戦争になるだろうということも。
そして人形を造り、操っての生活を繰り返していくうちに僕は考えた。リアルでより、丈夫でそしてより忠実、そして知能のある人形をつくるのにはどうすればいいのだろうかと。そうして僕は気づいたのだ、人間に似せたいのであれば、人間を素体に作ればいい。つまり、人間の死体を使えばいい。我ながら良いアイデアだったと思う。
しかし、そう簡単に死体が手に入るかと聞かれれば答えはNOだ。僕はどう死体を手に入れるかひどく悩んでいた。そんな時、予想通りの出来事が僕にとっては最高のタイミングで起きたのだ。
隣国との戦争の勃発。
ああ、なんてことだろう。戦争が起きた、つまり、簡単に死体が手に入る。僕は重い腰をあげながら、久々に部屋の外に赴いた。一通り終わった死体置き場と化している、あの町が手頃か。僕は思考を張り巡らせながら嬉々として歩いた。しかし万が一として誰かに姿を見られ殺されてしまっては元も子もない。元来僕は霧魔法が得意だったので全体的に霧をかけ自分の姿をくらませた。これで完璧だ。拙い突発的な計画だったが、成功だった。丁度良い手頃な死体を僕は見つけたのだ。きっとこの国の女騎士だろうか、黒髪に端整な顔立ちをしていた。まあ死体というよりは虫の息というのか、まだ生きてはいるだろうがもうすぐきっと死ぬ。僕は好みの死体が見つけられたことに満足し、護衛として連れきた人形に死体を担がせ城に帰った。
服を脱がせ血を抜いて綺麗に皮をはぎ取って、傷をつけないように丁重にあつかった。寝ずに部屋にこもり何日も何日も続いた精密な作業のおかげか、僕は最高傑作なのではないかというほどの人形を完成させた。衰えることのない美しい肉体、そして死ぬことはない不死身の騎士。僕を護る忠実な騎士。理想じゃないか!
その日から僕と不死身の騎士、そして飼い猫との生活が始まった。
騎士は僕をふざけた名前で呼んだ。坊ちゃん、なんて呼ばれ方をしたのは生まれてこの方初めてだった。最初はいちいち突っかかっていたが途中であきらめた。賤しい第三皇子よりかまともだしな。それに坊ちゃんと呼ぶのは少なかったしある日からはほとんどが幼王へと呼び名が変わった。騎士は僕が王になると信じてやまなかった。理由を聞いてもしらばっくれるだけだったが悪い気はしなかった。
何日も、何日もそんな生活が続いた。戦争の真っ只中の暗いじめじめとした部屋の中で僕等はずっとくだらない話をしたのだった。
隣国とこの国の力量差はさほどなかったし、きっとこの国が勝つだろうと思えた戦争だった。でもこの戦争は、王がもっと考えて対処していれば勃発することがなかった戦争だったろうと思うのだ。私情も混じっていたし、寧ろ大半が私情だった。けれどどうしても、許せなかったのだ。僕は僕の思い通りに動く人形に、忠実な下僕に、騎士に、執事に、捨駒にー「王、ローシャの首をとれ」そう伝えた。思えばこの日からあいつは僕を幼王と呼んでいたな。
伝えた時、あいつは驚く素振りも見せずに「幼王の、仰せのままに」そう言って丁重に僕にむかって膝をついた。酷な選択をさせたと思っている、いや選択すらさせなかったし選択肢なんぞ与えてすらやらなかった。けれども、これができてこそ僕の騎士だろう。
自分が今まで仕えていた主人を殺すの心境はどうだろう、そんなことを考えながら王が刺殺されるのを僕は見ていた。最期の最期まで僕に見向きすらしなかった父親に僕は何も感じやしなかった。
「ああ、幼王よ。悲しき時は目じりが熱くなり涙を流すものですがどうにもその感覚がないのです。そして悲しい、とも思えないのが事実なのですよ、私は一体どうしちまったんでしょう」
そりゃそうだ、僕は涙なんてオプションはつけなかったし感情なんてものは抜いておいたんだから。そう伝えれば騎士は幼王はお優しいと僕をたたえた。これが優しいというならばきっとお前は優しいじゃすまないだろうよ、そうでかかった言葉を喉の奥にひっこめた。
僕たちは城で何年も過ごした。王が亡くなったことによって戦争は終わりを迎えず不完全燃焼となり、王のいない城に用はないというかのように使用人たちは皆去っていったし長男は戦争で死亡し長女は姿をくらまして、城に残るのは僕と人形と飼い猫だけだった。
廃れた城の玉座が僕の定位置で、騎士は右側に、飼い猫は左側に置いておいた。そしてアイツ等は僕の手の甲に軽く口づけをするのだ。やれといった覚えはないしそんなこと命令するわけがなかった、けれど好きにさせておいた。
一年、二年と月を重ね騎士に出会ってから四年ほど立ち12歳だった僕は16歳になった。それでもアイツ等は僕を幼王と呼んだ。
ある日、僕はいつもの通りに玉座に座っていた。二人もいつも通り僕の両側に跪いて手の甲にキスをした。いつも通りだった、けれど僕はその現状に飽いていた。僕と人形と飼い猫しかいない城は、さみしくみえたしつまらなくも見えた。王がいなくなった国は国ではなくなった。飽きてしまった、何もしたくなくなってしまった、人形造りも思いのままにできなくなってしまった。
僕はそんな現状が嫌で思わず「そろそろ、飽きてきたんだ。そうだな、これは、命令だ。僕を殺せ」2人に向けてそうはなった。二人が反応をしなかったのでもう一度言えばいつも通りに「幼王の仰せのままに」という無機質な声が返ってきた。いつも通りだった。
騎士が僕を護るために欠かさず手入れしていた剣を僕に向かって振り上げた。僕は目を閉じて甘んじて剣を受け入れようとした。やることも意味もなにもないのだから、これ以上生きる必要もないだろう。
しかしいつまでたっても剣が僕を切り裂くことはない。不信に思って目をあければ剣を振り上げた状態のままカタカタと震え、今にも涙を流しそうな騎士の姿がそこにはあった。「私は、あなたを、殺すことができない」なにを、いって。
震えている騎士の声は人間味をおびていた。
「命令を、遂行できなく、また見苦しい姿をお見せしたことを、騎士として謝罪もうしあげます」
僕のつくった人形は、まるで人間のような姿を見せて僕に刃向った。
「誰が、お前をつくったと思ってる」
「もちろん、幼王でございます」
ただその時は、腹が立った。いつだって僕を否定しなかった騎士が僕を否定したと思った。僕の意見を肯定してほしかった。僕が殺せといっているのになぜ殺さないのだと思ったのだ。
「……不愉快だ、自害しろ。僕の命令を忠実に遂行できない、出来損ないはいらない」
冷たい言葉を吐けばそいつはまたいつも通り「幼王の仰せのままに」といってわらった。馬鹿だと思った。僕を殺せという命令には背くくせに死ねという命令は快諾するなんて。正気の沙汰じゃない。騎士は自身の体に剣を突き立てて唯一人形ではない場所、生身の核の部分を貫いた。つらそうに呻き声をあげて血液を流す騎士の姿に、思わず顔を歪ませた。無意識のうちに目じりには涙がたまっておりぼろぼろとこぼれおちた。別に僕はそうしてほしかったわけではない。最後なのに悠長に僕の名前を聞いてくるこいつは馬鹿だ。大馬鹿だ。「サルバトールだ」「ああうつくしいなではないですか」美しいなんて生まれてこの方言われたのは初めてだ、僕を美しいというのなんてお前ぐらいなのだ。「わたしの名をおしえてはくれませんか」「ぼくがつけた名だ、わすれるなよ」「幼王がつけてくださったのですか」「ああ、ローシャという」「私には勿体ないほどの良い名ではないですか」僕がつけたのだから、僕の父の名なのだから、お前が敬愛した主の名なのだから当たり前だ。
「でも、ひとつききたいことがあるんだけども、すこしいいですか」
良いにきまっていた。
「あなたは、しあわせでしたか。
偉大なる王、サルバトールよ」
しあわせだったに、きまっている。その返事も聞かぬままにローシャは目を閉じた。まるで初めて会った時のようだ。息を引き留めたローシャ。ああ、お願いだ幼王と呼んでくれ。偉大なる王なんて器じゃないんだ僕は。坊ちゃんと、幼王と僕を呼んで笑ってほしい。僕がきちんとした王になれるまで隣でみててほしい。ああ、馬鹿は僕か。僕は今、僕のために涙をながすたった一人の女を亡くしたのだ。
僕は、僕がお前が、思っているほどにお前のことが好きだったんだ。
幼王もなんだかんだいって王のことを父だと思っていたのでわざわざローシャという王と同じ名前をつけました。