Round three
殺人少女との騒動から数時間後。六畳一間のアパートの一室で、俺と少女は卓袱台を挟む様にして座っていた。
先程までは買って来たコンビニ弁当を一緒に食べていたのだが、今は少女の素性について色々と質問をしている所で、俺は少女の答えを一つずつメモしていっている。
「えーと、名前は?」
「菊池萌花だよ」
「いくつ?」
「十七」
「タメか……。職業は?」
「高校生。二年生です」
「家族構成」
「えと、お母さん、お父さん、お兄ちゃん一人、お姉ちゃん二人、弟二人、妹一人、そして私。九人家族です」
「多っ……。えーとじゃあ、住所」
「銅花区の深甚町です、ここの隣の区だね」
「これからここで一緒に生活してもらうことになるわけだけど、ご家族とかは大丈夫? あ、この場合の『大丈夫』は、ご家族が捜索願とかを出して問題を起こさないかどうかの『大丈夫』だからな」
「大丈夫だよ、私も一人暮らしだから。あ、でも学校とかはどうしよう……」
「あー……、学校どこなの?」
「北城高校だよ。あ、分かるかな? 場所はどっちかって言うと銅花区より湯河区寄りなんだけど」
「なに……ほ、北城!? 同じ学校じゃねえか……! マジかよ……」
「でもかえって都合が良いんじゃない? 同じ学校なら私を一人にしておかなくて済むでしょ」
「まあ、そりゃそうだけど……。でも何で今まで気付かなかったんだ? 学年まで一緒なら、顔くらいは見知っててもよさそうなものなのに」
「私って不登校なんだよ。えへへ、実はもう出席日数がやばかったり」
「……これからは俺に合わせて、毎日登校してもらうからな。まあ、夏休みが明けた後の話だけど」
「えー!? 学校行くの? 私が!?」
「何か問題が?」
少しだけ顔を上げて、少女……じゃなくて菊池の顔を睨み付けるようにする。すると、菊池はあたふたと両手を振りながら「何でもない何でもない!」と涙目になった。
俺は咳払いを一つして、質問を続ける。
「えーと、さっき一人暮らしだって言ってたけど、それでもご家族とずっと連絡をとらないなんてわけにはいかないよな……。悪いけど、ちょくちょくケータイで実家に適当な連絡をしてくれるか? 勿論疑われない程度にな」
「うん、分かった。……えへへ、何だかこうして質問ばっかされてるのって変な感じだねえ」
にっこー、と輝く様な笑顔を見せる菊池少女。……こうして普通に接してる分には、ただの可愛い女の子なんだけどなあ……。
しかし、この少女の裏側の顔は、冷徹で残忍な殺人鬼だ。輝く様な笑顔が裂ける様な笑みへと変化し、花の様な性格が鬼の様な性格へと変質し、女子高生から殺人鬼へと変貌する。俺はそんな裏側をこの目で直接見たし、そして実際殺されかけもした。結果としてはこの子の打たれ弱い――まるで、諸刃の剣の様な性格に助けられこそしたが、もしこの子が己のダメージを省みない様な性格をしていたら、俺は一体どうなっていたのだろうか。
『そうだったとしたら、単純にこの女を殺していただろうな。抑制と手加減の利かない戦いの中で、自らの生命を削りつつもこいつを殺しきっていたことだろう』
「……そうなのかもしれないな。いや、実際にそうだったんだろう」
俺はまだまだ未熟だ。今はまだ相手方のことを考える程の余裕は無いし、いつ敵が襲ってくるのだろうかと怯えている。何故自分がこんな戦いをしなければいけないのだろうかと、お門違いなことを考える時もある。
……全く、本当によく言うよ。
超常な能力につられて、この戦いに首を突っ込んだのは俺の意思だというのに。
異様な雰囲気にのまれたとはいえ、純白の巨竜と『契約』を交わしたのは俺の意思だというのに。
何が、『こんな戦いをしなくちゃいけないんだ』だよ。何から何まで俺の責任で、一から十まで俺の所存だった癖に。
俺は自分で自分に嫌気が差し、思わず自分の髪を掻き毟った。俺のそんな様子を見て、相変わらず菊池は怯えた顔をする。
「……なあ、菊池」
「え、あ、ははい! なんでしょう!?」
ばばっ、と姿勢を正して、俺の顔色を窺う菊池。
「その……さ、俺の行動一つ一つに怯えるのは止めてくれないか? ……俺はお前が衝動に襲われない限り何もしないし、極力普段は友達みたいに接していきたいからさ」
「え……あ……お、お友達……?」
『おやおやあ? まずはお友達から、という奴か? まあ確かにこの女は殺人鬼だが、普通にしていれば良い個体だもんなあ。やれやれ、雅も隅に置けないものだな』
「ちげーよ馬鹿。お前と一緒にするんじゃねえダスト野郎」
「……えっ、ご、ごめんなさい! やっぱり違うよね、ごめんね、今井君は、いや今井様は私みたいな殺人鬼なんかとは違うよね、ゴミ女でごめんなさい!」
「え、いやちがっ……! ややこしいんだよ、もう! 今のは白いのに言ったんだ!」
「あ、ああっ……! ややこしくてごめんなさい! うう、白くてごめんなさい……!」
そう言って、おもむろにピーコート(白色)を脱ぎだす菊池。ちなみに、ピーコートの下の服は薄ピンク色のボーダートップスだった。
この後、菊池の誤解を解くのにきっかり二時間程費やし(白いのが所々で茶々を入れなければこんなに時間はかからなかっただろう)、ようやく俺の言っていることを理解してもらえた様だった。
「お友達……、お友達かあ……えへへ、お友達……」
「そりゃあさっきは殺し合いもしたし、俺は『目標』でお前は『追っ手』だけど、やっぱりこうして打ち解けた――というより和解? ……した以上、仲良くしていきたいからさ。共同生活をする上で、ギクシャクしてても仕様がねえしな」
『ふん、ヴァルキュリアがどう思っているかは知らんがな。まあこの様な宿主に憑いてしまったのが運の尽き、と言ったところか』
白いのの嘲る様な独白を流しつつ、俺は壁に掛けてある時計を確認する。時計の針は既に三時を指し示していた。
「よし、じゃあそろそろ買いに行こうぜ。あまり暗くなってもアレだしな」
「えへへ、お友達お友達……」
「おい、聞いてんのか?」
お友達お友達、と呟きつつ天井を見上げて呆けている菊池。
いくら呼びかけても返事がこないので、俺は仕方なく菊池の頭を右手で軽くはたいた。右手は爆発して消し飛んだ。
「ぐ、ぐううっっ!? な、何しやがんだ!?」
「あああっ! ごめんなさいごめんんさいごめんなさい! つい、つい反射で! 本当にごめんなさい!」
今のは俺だったからよかったものの、もし普通の人がこいつの身体に触れてたらどうなってたんだ……? 俺は背中にぞわりとしたものを感じつつ、復元した右腕の調子を確かめた。
「い、いいか! 今からは非常時以外は爆発も禁止だ。最初の内は意識してでも爆破を制御して、その内無意識でも爆発を起こさないように練習するんだ。……じゃないと、俺の方がもたない……」
涙をぽろぽろとこぼしつつ、毎秒五回程度の速度で頷く菊池。
俺はこれからちゃんとやっていけるのだろうか……。早くもガタが来ているように思えるんだけど……。
嘆息しつつ、俺は再び菊池に外に出る様に促した。菊池はおどおどとした様に立ち上がって、ドアの前に立っている俺の左隣にぴったりと並んだ。
「…………? ……? どうした?」
菊池は俺の左隣にぴったりと並んだまま動かない。そして、何やら身体をもじもじとさせた後、突然「い、今井君、私達、お友達なんだよね?」と聞いて来た。
「え、ああ……。なるべく仲良くしていこう、とは言ったけど――って!?」
何を思ったのか、急に菊池は俺の左手に自分の右腕を絡め始めた。普通の人間では腕が折れてしまうような力で、そのままがっちりと俺の腕を固定する。
「え、えへへ……」
何をしているんだ、と俺は思ったが、今の自分と菊池の状態を冷静に観測してみて、やがて俺は一つの答えに辿り着いた。
――あれ? これ、恋人繋ぎじゃね……?
「だ、だああ! 何をしているんだお前は! そ、そうか、爆破するつもりなんだな!? そうなんだな!?」
がばっ、と強引に腕を振りほどく。そのまま俺は数歩後ろに下がりつつ、自分の右腕に異常がないかを確かめる。
「ち、違うよう! あの、その、友達……だから、その……」
「馬鹿野郎! 友達同士で恋人繋ぎはやったりしねえ! どんだけ世間ズレしてんだお前は!」
「え、ち、違うの……? そんな……」
途端に、涙ぐみ始める菊池。本当、殺人モードとは大違いだ。
「でも、漫画とか小説ではやってたし……」
「これは漫画でも小説でもねえ! ただ一部の人間に残酷なだけの現実だ!」
「そ、そうなんだ……。今井君は、私となんか、実は仲良くなりたくないんだよね……。ごめんなさい、勘違いしちゃった……」
「お前、この短い間にすげえキャラ変わってねえか!? あ、おい止めろ! 泣くな! くそ、何とかしてくれ白いの!」
『泣ーかしたー泣ーかしたーせーんせーに言ってやろー』
「この短期間で一番キャラが変わったのは間違いなくお前だよ!」
……結局。
『普通の友達とは何か』を散々議論した末、とりあえず俺は『恋人繋ぎをして外出』を阻止するのに成功した。……まあ、共同で生活をしている男女は大抵『普通の友達』の枠には収まらないだろうが、俺と菊池の場合は特例中の特例と言っても過言ではないだろう。
というか、こいつらキャラ変わりすぎ……。特に菊池なんかは、俺が『衝動に駆られない限りは何もしない』と言ってからはキャラが大きく変わった様な気がする。はっきりと意見を言う様になったのはいいことだと思うが、何故か自虐的な面も増えたので、差し引き面倒臭さは変わらない、といった具合である。
「……で、もういいか? いいならもう帰ろう」
「うん、もういいかな。時間かけちゃってごめんね」
俺が今朝も行ったデパートで、俺たちは必要最低限の日常用品を買い集めていた。衣服に新しい洗面用具、そして生理用品等々、だ。
左腕の腕時計を確認すると、時間はもう七時を回っている。友達議論が無ければ、もう少し早く帰れていたかもしれない。
俺たちはデパートを出て、帰りにファミレスに寄り、夕食をとってからアパートに帰ることにした。その道中、少し俺は菊池に聞きたいことがあったので聞いてみた。
「なあ、お前が抱えてるその殺人衝動ってのはさ、四六時中構わず頻発するものなのか? こうして昼からやりとりをしている間は一回も起きなかったけど」
「……うーん、どうなんだろうね。頻発って程沢山起きるわけじゃないけど、衝動が来る時間が分からないのは確かかな。朝早くにくることもあれば、夕方に来ることもあるし、二日連続で来る時もあれば、一年以上来ない時もあるよ」
「その衝動は、いつから起きる様になったんだ? 小さい頃から、とか言ってたけど」
「小さい頃はね、まだ自分の意思で抑え付けられる程度だったんだよ。でも、衝動はどんどん強くなっていて、私が高校生になったくらいの時には、もう来たら抑えられない程になってたよ」
……一応、小さい頃は抑え付ける努力をしていたんだな。
しかし、今は衝動が大きくなり過ぎて抑えきれない……か。
「家族といる時なんかは、どうしてたんだ? ……ああそうか、『今は一人暮らし』――だっけ」
「うん……。もう抑えられないな、って自覚してきた辺りで、お母さんとお父さんに頼んだの」
「……家族は知ってるのか? お前の殺人衝動のことは」
「いや、知らないと思うよ……。一度も言ってないし、それに、運良いのか悪いのか、家族といる時は一度も衝動が来なかったしね」
「い、一度も来なかったのか!? そりゃ、運が良かったと言うべきだろ……」
「学校も、なるべく行かないようにしてた。学校で衝動が来ちゃうと大変だから……」
「それでよく高一から高二に上がれたな……。てか、不登校にもちゃんと理由があったんだな」
そこまで話したところで、俺の――俺たちの住んでいる二階建てアパートに到着する。部屋は二階の一番奥にあるので、階段を登り、鍵を開けて、中に――入ろうとして。
があん、と、聞き覚えのある音。
そして、視界が揺れ、身体がふらつく――これもまた、覚えのある感覚。
この音は。
この感覚は。
『……雅! これは、まさか――』




