Round two
「あー……見られちゃったか。今日はこれで終わりにするつもりだったけど、仕様が無いな。君も殺そう」
空間使いとの戦闘の翌日。ある物を買うために朝早くからデパートに赴き、そして目的の物を買い、デパートから出て家に帰る、その道中の路地裏で。
俺は、上半身をまるまま損失し、残った下半身も消し炭となっている死体と、微笑を湛えながらその死体を見下ろしている少女を発見した。
茶髪のボブカットに、見る者を惹きつけるような端正な顔立ち。白色を基調としたピーコートとチェック柄のスカートに、黒色のストッキング、膝上まである茶色のブーツ。真夏には明らかにそぐわない格好ではあるが、本人には特に暑がっている様子は無く、どこか飄々とした風にすら見える。
「……えーと」
俺はその異様な光景を見て思わず一瞬フリーズしてしまったが、すぐに状況を理解して、その場から三歩分ほど後ろに距離を取る。後ずさると言ってもいいかもしれない。
「あ、逃げちゃ駄目だよう。君は見ちゃったんだから、殺されないと駄目なんだよ? ねー、ヴァルキュリア♪」
「ヴァ、ヴァルキュリア……?」
少女の突然の《ヴァルキュリア》発言に面食らってしまったが、それは今はどうでもいいことだ。この少女が電波ちゃんなんだろうがただのクレイジー女なんだろうが、今はとにかくこの場から離れた方が良い。
本来ならば殺人犯一人ごとき警戒の対象にもならないが、この場を第三者に見られた場合の誤解が怖い。俺がこの少女を殺そうとしているとでも勘違いされ、警察を呼ばれれば厄介なことになるだろうし、もし身体検査でもされることになったら更に厄介だ。
少女は微笑しつつゆっくりと体をこちらに向けると、どこかおぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。それと同時に俺は即座に踵を返し、力加減に注意をしつつ走り出す。
『雅! 待て! さっきあの女は《ヴァルキュリア》と言ったか!? ……っておい止まれ! 気になることがあるのだ!』
「はあ!? んなことどうでもいいよ! お前の疑問一つのために危険を冒せるか!」
『いいから止まれ! もしかしたらあの女は――』
突然背中に、強烈な衝撃を感じた。気が付けば俺は地面を勢い良く転がっていて、通路の突き当りの壁に衝突するまで、何が起きたのか分からなかった。
壁に衝突する際に頭を強く打ち付けた様で、一瞬視界が小さく揺らいだが、それはすぐに治まった。
「だーかーらー、駄目駄目だってば。君、このまま通報しちゃう気でしょ? 私としては別に警官は怖くないんだけど、ほら、指名手配されるのって面倒じゃない?
だから口封じのために、君は殺さなくちゃいけないの。……っておーい。死んじゃった?」
「……勝手に、殺すな」
一応ポーズとして頭を擦りつつも、俺は立ち上がる。暑さのせいか今日は人通りが目立って少ないので、今の騒ぎを第三者に見られることはなかった様だ。これならば、逃げる必要も無かったかもしれない。
「わ、すごーいピンピンしてんじゃん、なんでー!? ……ん? え、この人なの? ……成程ね、納得」
……また、意味不明な発言……。麻薬でもやっているのか? それとも単に電波なだけか? 何にしろ、この女普通じゃない……。まあ、殺人をしている時点で普通ではないけれど。
それにしても、一体何が起きた? 加減をしていたとはいえ、常人では追い付けないような速度で俺は走っていたし、しかも、その後のあの衝撃……。口ぶりからして、まるであの少女がこれを起こしたみたいじゃないか。
……そういえば、よく考えるとあの死体も普通でなかった。あれはどう考えても普通の死に方ではないし、そもそもこの少女、何の凶器も持っていないのだ。
もしかして、《追っ手》か……? いやしかし、この少女は俺が《目標》であることに気付いていなかったみたいだし……。
『素直に考えろ。この女は追っ手だ。普通の人間が追いつけるわけがない、と先程自分でも考えていたではないか』
「マジかよ……じゃあ何で先に教えてくれなかったんだ。そうすりゃあ逃げ出さずに戦ってたのによ」
『だからさっき言おうとしていたではないか! それをお前がどうでもいいと一蹴したのだろう!? 少しは自分の発言に責任を持て!』
「気になること、程度としかお前も言ってなかっただろうが! それを何だ、俺が吹っ飛ばされた途端に手のひらを返したようにキメ顔で《追っ手だ》と断定しやがって! 都合がいいんだよお前の思考は!」
『気になること程度でも十分止まる理由にはなるだろう! そもそもお前が第三者の誤解などに恐れをなして逃げ出したのがいけないのだ! この臆病者め!』
「へーへーどうせ臆病ですよチキンですよ! 粗雑で大雑把で人目を気にしないドラゴン様には敵いっこございませんよ! 何がスターダストだ、お前なんかただのダストドラゴンだろうが!」
『わ、我が名を侮辱したな!? この名前には貴様ごときでは及びも付かないような由緒正しい歴史があるのだぞ! 貴様ごときではな!』
「なんだと、この――」
ぼん、と。
俺が言葉を言い切る前に、顔に何かが押し当てられる感触と共に、突然耳を劈くような爆音が発生した。……否、厳密に言えば、爆音が耳を劈くことは実際には無かった。
何故なら、俺の頭は、跡形も無く吹き飛んでいてしまったのだから。粉々に、木っ端微塵に、肉片一つ残さず五体から切り離され、吹き飛んでしまったのだから。
それでもこうして、俺が思考を続けていることが出来るのは、やはり《復元》のおかげだろう。俺の頭は吹き飛んだ瞬間には復元していて、傍から見れば、《吹き飛んだ》という事実すら認識できなかっただろう。
「……す、すっごーい……。私の《再生》とは全然違う……」
俺の頭を吹き飛ばした張本人が、それが復元する様を見て感嘆の声を上げている。しかし、よくもまあ躊躇も無く行動に移れたものだ。
『雅、場所を移せ! それと、ちゃんと後で話はつけるからな』
「分かった……よ!」
俺は昨日同様、足に力を込めて、弥生山まで跳躍をする。弥生山へと着地するまでの滞空時間に、俺は白いのにあの少女の能力について聞いた。
『触れた物を爆破する上級能力と、肉体を強化する中級能力だ。爆破の能力は危険だが、肉体強化の方は大したことは無い。ふん、所詮中級能力、我々の最上危惧級能力とはと天と地程の差があるわ』
「へえ……今回はやけにはっきりと断言するな。あっちに憑いてる奴は知り合いか何かなのか?」
『……あの女は《ヴァルキュリア》という発言をしていた。恐らくあちらに憑いている竜は、ヴァルキュリア・アヘッドベルト・ガルドテレキス・バサークエメラルドだ。まあ、ちょっとした知り合いだな』
「またまた、長え名前だな……。……てことは、あの女の意味不明な発言は電波や麻薬とかじゃなくて、その……えーと……バグキュリアと話してたってことなのか」
『ヴァルキュリアだ。いいか、気を抜くなよ雅』
「だから、それも分かってるって」
激しい轟音と共に、俺は弥生山の地へと着地する。地面に埋まった足を抜きつつ、今度は俺は能力の詳しい説明を白いのに求めた。
『ふむ、肉体強化の方から説明すると、まず身体能力の上昇はそれなりのものだ。今のお前には圧倒されないくらいの強化はされてるんじゃないか?』
「でも中級なんだろ? 最高位の能力を持つ俺に圧倒されない程度の強化って、それは中級くらいじゃ収まらない気もするが……」
『ああ、我々と奴らの決定的な能力の違いは、肉体の回復力にある。我々は頭が吹き飛ぼうが身体全体が吹き飛ばされようが一瞬で元に戻る《復元》を所有しているが、奴らが所有しているのはその数段下の回復能力《再生》だ。身体が欠損すれば然程時間もかからずに回復し、代償もさして大きいものでもないが、《頭を潰されれば終わり》という欠陥を抱えている。ふん、とんだ不良能力だな』
「で、肝心の爆破能力の方はどうなんだよ」
『そう。それだ。あの爆破能力は大した物だ。最上級にカテゴリされてもおかしくない一品だぞ』
「褒めてないで早く言えよ……、てか、お前がそこまで言うってことは相当やばい能力ってことか……」
『ふむ、まず威力の方は、恐らく最大でこの山くらいは消せる火力は出せるだろうよ。我々の防御能力でも防ぐのは不可能だろう』
「さっき頭吹き飛ばされたしな……」
『次に、能力の適用範囲だが、もうそれは奴の身体全体が範囲とみていいだろう。身体のどの部分であろうと、触れさえすれば爆破できる』
「……ってことは、俺が素手で攻撃したら爆破されるかもってことか!?」
『そういうことになるな。しかも、その爆発自体は奴自身にはダメージを与えることはない……。全く、都合の良い能力だ』
「マジかよ……ひええ、初めての肉弾戦だってのに、ハードル高すぎだろ……。ああくそ、昨日に続けて、また強い奴かよ!」
……それにしても、来るのが遅い。俺達みたく一回跳ぶだけで山に辿り着く、なんてことは無理だとしても、走ればそこそこの速さは出るはずだ……。もしかして、諦めてくれたのだろうか? もしそうだとしたら、それはそれで――
『――阿呆なことを考えているな雅! もう来てるぞ!』
「……え」
ぼん、と。
俺が間抜けな返事を発するのと、足元から強烈な爆発が俺を襲うのはほぼ同時だった。
俺の身体は熱で焼き焦がれ、衝撃で宙を舞う。ダメージは一瞬で回復したが、宙に放り出された俺は、次の相手の攻撃を回避する術は無かった。
地面へと落ちてくる俺を、少女は手のひらを上にかざすことで待つ。顔には先程の微笑とは違った、裂けるような笑みが貼り付けられてあった。
「――……くっ、そ……!」
再び、ぼん、と。
俺は身体を捩って少女の手に触れることを回避しようとしたが、大した距離を移動できるはずも無く、呆気なく少女の手に捕まり、爆破された。
『何をやっている雅! 早く神経を張って体勢を立て直せ!』
「あ、ああっ……っ! 分かってるっ……!」
俺は衝撃で地面を転がりつつも、何とか力を入れて起き上がり、数歩後ろに距離をとって、少女と相対する。
「へっへー、もぐらみたいだねえ、私……。まさか地面を堀って来るとは思わなかったでしょ? 奇襲成功だね!」
「……一つ、聞きたいんだけど」
「ん、んー? 何かな? 殺した後でもいい?」
聞く耳も持たず、少女はこちらに向かって真っ直ぐ突撃してきて、俺の顔面を目掛けて、右手を風を切る音と共に手刀の様に突き出してきた。
俺はそれを目で見てから、顔を右に捻るようにして回避する。そして、回避すると同時に、相手の脇腹に右フックを高速で叩き込んだ。
「あぎっ……!」
「あ、ぐ、うぅっ……」!
相手の脇腹の骨が粉々に粉砕する嫌な音。少女の身体に触れたことで爆発し消し飛ぶ俺の右腕。
「……はぁっ、……白いの」
俺は右手が復元するのを確認しつつ、再び後方に距離をとって、白いのに話しかける。少女の方はまだ脇腹が再生しきっていない様で、脇腹に手を当てつつ俺と同じ様に後方に跳んで距離をとっていた。
「あの爆破にはどれくらいの代償がある? やはり規模を大きくすればそれなりに代償も増えるのか?」
『多少は、な。しかし、それでも代償の大きさとしては大したことは無いぞ。あまり敵の代償の消費には期待するな。大体、近距離戦、肉弾戦、殴り合いどつき合いは我々の最も得意とする所だろう。そんなちまちました戦い方をするより正々堂々正面からねじ伏せればよかろう』
「あのなあ、今回はそれでいいかもしれないけど、いつもそんな戦い方してたらすぐ代償で干からびちまうよ。それに攻撃をくらえば痛いんだぞ? お前は精神にいるから分からないかもしれないけどな」
流石にそろそろ相手の再生も済んだことだろうと思い、俺は再び神経を張り巡らして臨戦態勢に入る。
こちらが無傷なままどう相手にダメージを与えるかを考えつつ、俺は少女ににじりよって行こうとした――が。
「うえええー……、ぐす、ヴァルキュリア、あの人強いよー!」
「……は?」
泣いて……いる?
「聞いてないよ聞いてないよー! なんなのあの人! なんであんなに反応早いのよ! しかも殺しても殺しても死なないし、もう嫌だよう……痛いのやだよう……。……え? いやいや、見てたでしょー!? 勝てっこないよこんなの! ……っ、じゃあヴァルキュリアが直接やればいいじゃない! そうでしょ、戦うのは私なんだよ! うー……もうやめる! やめるからね! 知らない!」
な、なんだなんだ……? 喧嘩か? 《ヴァルキュリア》と? それとも油断させるための作戦か?
「お、おい白いの……これはどういうことだ?」
『私だって分からんよ……しかし、どうやら敵はもう戦う気は無いみたいだな……』
「え、いいのかそれって? 戦わないってアリなの?」
『まあ、襲ってこないならそれはそれで私としては別に構いはせんがな、しかし……。うーむ、これはもう、うん、雅、お前に任せるよ』
「お、俺!? 俺がどうにかすんのか!?」
『駄々をこねているのは人間側ではないか。それならば私が出る幕はないだろう』
「出れないくせに何言ってんだ……。くそ……。…………。……うー…………。……よし」
一つ深呼吸をして、未だに口論(?)をしている少女の元へ俺は歩いていく。俺が近づくと少女は急に口論を止め、びくっ、と肩を震わせて、怯えた顔でこちらを覗き見る。
う、うーむ……やりにくい……。
大体、先程と全然様子が違うじゃないか……。さっきまでは人殺してけらけら笑って、俺を追いかけてけらけら笑ってたのに何だよこのギャップ……。
「そうだよな……殺人犯なんだよな……」
俺がぼそりとそう呟くと、一層増して少女は肩を震わせ、目尻に涙を溜め始めた。
「や、やめて、ごめんなさいごめんなさい、殺さないで! う、うう……やだよう、痛いのやだ……。な、何でもするから殺さないでえ……」
こ、こいつ……自分は人を殺してるくせに、何をいうか……。しかし、どうしたものかな……。だからと言ってこの子を警察に突き出しても仕様が無いし……。
うーん、少し話をしてみるか。
「なあ、さっきも言ったけどさ、一つ聞きたいことがあるんだよ」
俺は努めて平静な声で、少女にそう切り出した。戦闘中に聞いたのは隙を生むためだったが、今は本当に聞きたいことがある。
「な、なに……?」
少女はなおもオドオドした風に、こちらの顔をちらちらと見てくる。小動物を相手にしている気分である。
「何故君は人を殺したんだ? 俺には、今の君を見ているととても人殺しをする様な人間には見えない」
能力を手に入れてから……って感じでは無さそうだ。恐らくこの少女は、能力を手に入れる前から人を、どれくらいの数かは知らないが、人を殺してきている様な気がする。
俺の質問に、少女は少しだけ間を置いてから、やがて観念したかのように口を開いた。
「あのね……。小さい頃から、たまに、こう、ざわわわわー……っていう気持ちが込み上げてくるの。うん……なんていうのかな、衝動、みたいな。普段は平気……というか、普通に生活してるんだけど、その衝動が来ると、どうしても抑え切れなくて……、つい、殺っちゃうの」
殺っちゃうの……って。
要領を得ない内容ではあるが、大体言いたいことは分かった。要するに、普段は何の問題も無く、一般の人間のように生活をしているが、時折突然殺人衝動がこみ上げてきて、抑えきれずつい人を殺してしまう……って、あまり要せてないな……。
それにしても、殺人衝動、か。
衝動、ということはつまり、自分の意思を、確固たる意志を持って殺人に及んでいるというわけではない、ということ。
これは尚更性質が悪いな……。さて、どうしたものか。
『しかし、ここでこの女を見逃せば、またこの女は衝動とやらに駆られて人を殺すだろうな。今はあんな物騒な能力を持っているだけに、更に、重ねて性質が悪い』
「分かってるよ……分かってるけど……。んんー……くそ、俺の責任問題みたくなってるじゃないか……くそ……」
『いいことを考えたぞ、雅』
「なんだよ」
『この女をお前が監視すればいい。もう殺人を犯さないと宣誓させて、その上でお前が四六時中行動を監視するのだ。殺人衝動とやらが出たらお前が相手をして抑え込めばいいし、そうすれば一般の犠牲は出ない。これから敵と戦っていく戦力にも出来るだろうし、どうだ? いい案だろう?』
「は、はああ!?」
お、俺が? こいつを? ……この、殺人犯を?
「た、確かに……そりゃ丸く収まるかもしれないけどさ、くそ、お前って本当俺の都合とかは考えない様なこと言うよなあ……」
『だが、もうそれしか無いんじゃないか? お前がこの女を放って、その結果また人が死んだとしたら、間接的にお前のせいということに――』
「ああもう! 分かった分かった分かりましたよ! やればいいんだろやれば!」
俺は頭を抱えつつ、空に向かって一人で吼えた。そんな俺の様子を見て、何故か少女は泣き出し始めてしまった。
くそ、何が間接的に俺のせい……だ。そんなこと言われたら、俺は……。
「や……殺るって……あわわわ、ごめんなさいごめんなさい、殺さないで本当にごめんなさい……」
「いや、違う違う……。あの、な……、ちょっとよく聞いてくれ」
俺は少女と真っ直ぐ向き合って、宥めるようにしつつ、話し始める。
「俺は君を殺さないけど、それには二つ条件がある。君がそれを守るというのなら、俺は君を殺さないし、痛めつけたりはしない」
「ま、守るから! 守る守る守る!」
物凄い速度で頷く少女。無駄な所でも肉体強化は発揮されるのだった。
「……まず一つ目は、もう人を殺さないと誓うこと。物騒な真似はもう絶対にしないと、誓うこと」
俺がそう言うと、少女は少し戸惑ったような顔をして、「でも、衝動が……」と呟く。この少女は自分でそれを抑えようと努力をしたことはないのだろうか。
俺はあまり医学には詳しくないので分からないが、医学的にそのような殺人衝動……というより殺人症候群は存在し得るのだろうか。この少女の様子を見ていると、その症候群はとても軽いものとは思えないが。
「ああ。二つ目の条件があれば、一つ目の条件もクリアできるはず……。ちょっと言いにくいんだが、その……」
これって、殺人犯とはいえ、年頃の女の子と一緒に住むっていう意味もあるからな……。自分から言い出すのは結構抵抗がある。
『なにを躊躇っている? さっさと言ってしまえばよかろう』
「……うるせえよ」
俺は意を決したように深呼吸して、二つ目の条件の内容を切り出す。
「二つ目の条件は、俺と二十四時間一緒に行動すること。これには君が殺人をしないかどうか監視する意味と、衝動が出た時に抑えることが出来るようにする意味がある。決して女の子と一緒に生活ができるぜゲヘヘみたいな下心があるわけでなく、あくまで合理的な判断に基づいた上での条件だ」
後半が何か言い訳っぽくなってしまったが、まあ上手く伝えられたことだろう。後はこの少女の返答……というか返事を待つだけで、まあそれは言わずもがな――だと思っていたのだが、意外なことに、少女は逆に俺に質問を投げかけてきた。
「衝動を――抑える?」
「……ああ、俺が抑える。君もなるべく自分で抑制してくれ」
「私はもう――人を殺さないの?」
「ああ、人を殺すことは無い――というか殺しちゃいけないんだ」
「私はもう――人を殺さなくていいの?」
「……? ああ、君も努力してくれよ?」
「痛い思いも、しない?」
「ああ、普通にしてればな」
「私は――死なない?」
「……ああ、死なないさ」
……なんだ? 一体何をしたいんだ? まるで自分の言っていることを、そのまま確かめているかのような――
「……ありがとう」
「へ?」
少女の予想外の発言に、俺は思わず間抜けな声を上げてしまったが――今、もしかして、ありがとう、って言ったのか?
「警察にも――言わないんだよね」
「言わないって。言っても意味ないし」
それこそ、大量の死人が出るだろうな……。軍隊でも持ってこないとこの少女は止められないのではなかろうか。
「……で、条件はいいか? もし駄目なら、仕方がないけど――」
「あ、あああ、大丈夫大丈夫、ごめんなさい、それでいいです、ごめんなさい……」
少女の恐怖の入り混じった返答を聞いて、俺は脱力したように、どかっと地面にへたり込んだ。
ため息混じりに長く息を吐いて、大空を見上げる。
「あーあ……数奇だよなあ。本当に」
これから俺は、殺人犯の――いや、《犯》、というのはしっくりこないな……。――殺人鬼? うん、殺人鬼だな。
とにかく、これから俺は――殺人少女と一緒に、共同生活を始めることになる。幸いというか、俺は一人暮らしなので、家族とかそういった問題は生じない。少女側にも都合はあるだろうが、生憎それを聞いてやる義理も無い。
『……良かったのか? これで』
「て、てめえ……お前、自分で提案しといて、挙句せきたてておいて、よくそんなことが言えるな……」
『現実問題はともかく、今はお前の意思を聞いているんだ』
「……――んー、どうだろうな。俺の意思、か」
『分からないか?』
「んん――いや」
俺は少しだけ間を置いて、その白いのからの質問に、
「よかったんじゃないか? これで」
と答えた。




