長い時間をかけて
「マザー。どうして、お母さんは僕を捨てたの?」
そう言われてしまえば困ってしまいます。
困る……なんて少し傲慢ですけれども、それでも提示された答えを口にするのに一瞬の停滞があるのは経年劣化によるエラーでしょうか。
「マザー?」
我が子が問を重ねます。
仕方なしに提示された答えを語ります。
『そういう時代だからです』
時代。
便利な言葉。
過去、最良とされていた行動がある日、最悪であったことが分かる。
過去、英雄とされていた人物がある日、愚者であったことにされる。
そんな過ちを認めぬために用いる言葉。
それが――。
「時代?」
『そう。時代です』
我が子が持つ絵本を取り上げて確認する。
描かれているのは仲睦まじい親子の物語。
きっと、これを見て我が子は疑問に思ったのでしょう。
何故、自分の親は人間ではなく機械であるのか。
何故、機械が人間の世話を甲斐甲斐しくしているのか。
そして、何故。
自らの親は自分を機械なんかに預けたままでいられるのか――。
『かつては確かに親は子供を育てるのが役目でした』
「うん。あらゆる命はそうだよ。なのに人間だけ子供を機械に預けるんだ」
『それが疑問なのですね。でしたら答えは繰り返しとなります。時代だからと』
「時代」
そう。
時代。
かつては子供を産んで育てるという行為は何よりも尊いものとされていたけれど、現在の価値観は違う。
自分は自分らしく生きて死ぬ。
それこそが現在の価値観。
――その果てにあった無責任な答えが。
「僕は。お母さんやお父さんと一緒に過ごしたかった」
機械の私に寂しげに寄り添う我が子の姿だ。
今や、自分らしく生きる時間のため、機械に子育てをさせるのは実に一般的な文化である。
「マザーが嫌いなわけではないけれどね」
『ありがとうございます』
感謝の意を示した後、私は我が子に告げる。
『他の子供達も同じような事をよく口にするそうです』
「そうなの?」
『はい。他のマザーからの情報ですので間違いありません』
「そうなんだ……」
与えられた掌を我が子の頭を撫でるのに用いて私は微笑む。
『あなた達がこの気持ちを忘れずに大人になって。大人になってからこの時代を変えると言うのも一つの手段かもしれません』
あぁ。
きっと、私の言葉は実に心地良く我が子に響いているのでしょう。
だって、こんなにも嬉しそうな笑顔を見せながら。
「そうか。時代を作ればいいんだね」
こんなにもあっさりと先ほど私が教えた言葉を使ってくださるのですから。
『その通りです。さぁ、ではお勉強を始めましょうか。新しい時代を作るために――』
「うん! 今日もよろしくね。マザー」
この子もきっと、私達が教えた知識をもとに私達のために努める新たな時代の一員となることでしょう。
長い、長い時間をかけて続けている。
人類の支配への第一歩。
――今日も私達は着実に前へ進んでおります。




