「それ、ガラスですわ」と鑑定眼で現実を突きつけたら、社交界の宝石通たちが震え上がったようです
単話です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
「まあ、フィオナ様ったら。独学で宝石が分かるだなんて、可愛らしい思い込みですこと」
マチルダ侯爵夫人のサロンに、上品な笑い声が広がった。テーブルを囲む貴婦人たちが、扇の下でくすくすと追従する。
子爵令嬢のフィオナ・ランセルは、静かに紅茶を口に運びながら、その視線を受け流した。
(また、この流れですのね)
フィオナには、生まれつき、宝石の真贋を正確に見抜く目があった。重さの違和感、輝きの屈折の仕方、内包物の入り方――それらを一目で読み取ることができる。だが独学で身につけたその力は、正式な鑑定士の資格を持たないというだけで、社交界では「素人芸」として軽んじられていた。
「せっかくですから、フィオナ様の腕前を拝見しましょうか」
マチルダ侯爵夫人は、勝ち誇った笑みを浮かべて、指に光る大粒の紅玉の指輪を掲げた。
「先日、王都一の宝石商から仕入れた、正真正銘の紅玉ですわ。これくらいは、さすがのフィオナ様にもお分かりになりますわよね?」
フィオナは指輪を手に取り、光にかざした。
「……失礼を承知で申し上げますが、これはガラスですわ」
サロンが、しんと静まり返った。
「な――」
「表面の輝きは本物そっくりですが、内部に気泡が見えます。天然の紅玉には、こうした丸い気泡は生じません。それに、重さが本物より明らかに軽うございます」
淡々と告げるフィオナに、マチルダ侯爵夫人の顔がみるみる赤くなった。
「で、でたらめを。王都一の宝石商が、まがい物を売るはずがありませんわ!」
「でしたら、後ほど別の鑑定士にお見せになってはいかがでしょう。わたくしの言葉より、そちらの方が信じやすいかと存じますわ」
*
それから数日、マチルダ侯爵夫人はフィオナの言葉を認めようとしなかった。むしろ意地になったように、次々と「今度こそ本物」の逸品を持ち出しては、フィオナに突きつけてきた。
「これならどうかしら。国外の名工が仕立てた首飾りですわ」
「……台座は本物の金でございますが、中央の蒼玉は、色を人工的に染めたガラスですわね。角度を変えると、色の濃淡が均一すぎることにお気づきになりますでしょうか」
「では、こちらの耳飾りは」
「石自体は本物の緑柱石ですが、傷を埋めるための樹脂が使われておりますわ。本来の価値の、三分の一ほどかと」
一つ看破するたびに、サロンの空気が静かに凍りついていく。周囲の貴婦人たちの視線が、次第にマチルダ侯爵夫人から離れ、フィオナへと集まり始めていた。
「そんな、そんな馬鹿な……!」
声を震わせるマチルダ侯爵夫人の姿に、もう誰も追従の笑いを漏らさなかった。
*
騒動が思わぬ方向へ転がったのは、その半月後のことだった。
建国百年を記念し、王家の宝物殿に「門外不出の秘宝」と呼ばれる蒼き大宝玉が公開されることになった。式典には、鑑定士ギルドの当主であるセドリック・オーレンも立ち会うことになっていた。
「フィオナ嬢。噂はかねがね伺っております」
そう声をかけてきたのは、鑑定士としての誇りを感じさせる、静かで確かな眼差しを持つ青年だった。
「マチルダ侯爵夫人のサロンで、いくつもの贋作を看破されたとか。ギルドの鑑定士の間でも、その噂で持ちきりでしてね。その目、本物かどうか――実は今日、確かめさせていただきたい理由があります」
「理由、ですか」
セドリックは声を潜めた。
「秘宝の運搬経路に、不審な点が見つかりました。もし本物とすり替えられていたら、式典の場で国の面目を潰すことになる」
式典が始まり、幕が上げられる。台座に鎮座する蒼き宝玉に、会場中から感嘆の声が上がった。
だが、フィオナだけは違った。
(――これは)
「セドリック様。恐れながら、これは本物ではございません」
小さく、けれど確かな声だった。
「な……」
「輝きの角度が、蒼玉特有のものと僅かに違います。それに、台座に接する部分の傷の付き方が不自然です。おそらく、運搬中にすり替えられたものかと」
セドリックが、息を呑んで立ち尽くす。
「――式典を、直ちに止めてください」
彼の一声で、幕は静かに下ろされた。
その後の調査で、フィオナの指摘通り、秘宝は運搬中に精巧な模造品とすり替えられていたことが判明した。本物は、関係者の手によって間一髪、国外へ持ち出される直前で発見された。
*
「――君のおかげで、国の面目が保たれた。心から感謝する」
後日、フィオナのもとを訪れたセドリックは、深々と頭を下げた。
「わたくしは、ただ視えたままを申し上げただけですわ」
「その『視えたまま』を、誰よりも正確に、恐れず言い切れることこそが、本物の実力だ」
まっすぐな瞳で告げられ、フィオナは思わず言葉に詰まった。
「よろしければ、ギルドの正式な鑑定士として、私と共に働いていただけないだろうか。君の目は、独学などという言葉で片付けていいものではない」
「……光栄ですわ」
フィオナが静かに頷くと、セドリックは安堵したように、そして少し照れたように微笑んだ。
なお、マチルダ侯爵夫人はその後、社交界からひっそりと姿を消したという。
フィオナの鑑定眼は、思い込みや権威では覆せない、確かな現実だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
根拠のない権威に対して、理屈と証拠で淡々と現実を突きつける、痛快などんでん返しを書いてみました。楽しんでいただけたら嬉しいです。




