神の意志で結婚が決まると言うのなら
「アリスター王子とナリー公爵令嬢へ婚約破棄を命じる!加えてアリスター王子は聖女ミリアとの婚約を命じる!」
突如レンドルト教会から声明が出された。教会曰く、聖女ミリアが神からお告げを受けたらしい。このまま私の代わりに聖女ミリアがアリスターと結婚するべきであると。
「……すまないナリー。心から君の事を愛しているよ」
アリスターは目を合わせてそう言って、私の元を去った。綺麗な茶色い瞳だった。
我が国は宗教色が強い。教会は、時には王の発言すら上回る程の力を持っている。さらに今代の聖女は、歴代と比較しても類を見ないほど神から祝福を受けている。彼女の治癒魔法は欠損部位すら再生させ、予知夢は外れたことがない。彼女の発言は、今や神の発言なのだ。
だから、王子と言えどアリスターに拒否権はなかった。
アリスターと別れた後、私は自室に引きこもった。不意に涙が体の奥底から溢れてきて、嘔吐きが止まらなかった。アリスターの、顔をつぶしたような下手くそな笑顔が頭から離れない。彼の優しい声が聞きたくて、でも部屋には私の泣き声と痛いような沈黙しかなくて。
親も侍女も心配して部屋を訪れてくれたが、泣きはらした顔を見られたく無くて自室に引きこもっていた。食事は定期的に侍女が運んでくれていたが、なんだか食べる気にならなくて、アリスターと別れたその日は何も食べれなかった。
私は泣いた。何度も何度も泣いて、泣いて。数日経った頃には涙は出なくなっていたけれど、心はずっと泣いていた。
神の意志で婚約が決まるなら、人間の意志はどうすればいい。私の思いは、アリスターの気持ちは、どこに向かえば良いというのだ。
私は神を恨んだ。別に天罰で殺されてしまっても構わない。死よりも彼と会えない事を自覚する方が嫌だった。いっそ自殺したかったけれど、それを聞いてアリスターが悲しむのも嫌だった。だから私は天を睨みつけた。
どうやって復讐すればいいのだろうか。幸い私は保有魔力が常人よりも多かったし、聖属性以外の全ての魔法が使えた。我が国では女性は軍に入れないため、戦闘技能を鍛えることはなかった。でも今の私には必要だ。魔法は組み合わせによっても大きな力を発揮すると聞く。もしかしたら組み合わせ方によっては、神を脅かす方法もあるかも知れない。私は家に置いてあった魔道書を、藁にもすがる思いで何度も何度も読み込んだ。
毎日一度はアリスターの夢を見た。夢の中で彼はボーッとしていた。私が手を振っても、しゃべりかけても、彼は反応しなかった。夢の中で私は動けなくて、彼に触れることは出来なかった。少しするとアリスターの元に聖女が現れて、彼の手を握り、光輝く方へ連れて行く。アリスターは抵抗することなく連れて行かれる。
私はいつもそこで目を覚ました。
しかし、アリスターと別れて一月が過ぎた頃、夢の中で不思議なことが起こった。いつもと同じようにアリスターが連れ去られようとした時、彼がこちらを見た気がした。私の目をその茶色の瞳で捉えたような、そんな気がした。
瞬間、私の体中に何かがめぐった。それが体をめぐるたび、体が痛いほど熱くなった。頭がガンガンして、めまいがして。でも目はアリスターから離さなかった。
聖女がアリスターの左腕を引っ張る。彼の顔に少しの苦痛。はじかれるように私の指先が動く。気が付いたら、彼の近くで、彼の右腕を握りしめていた。
アリスターの驚きの顔、そしてクシャッと潰れた笑顔。私はあるだけの力を込めて彼の右腕を引っ張った。聖女が左腕を離し、アリスターが私になだれ込んでくる。アリスターの暖かさが懐かしくて愛おしくて、そのまま彼の全身を包んだ。
聖女が連れて行こうとした光の先が蠢いた気がした。
『お前、何者だ』
明らかに人の声ではなかった。無機質で、それでいて怒気をはらんでいた。私は黙って光の先を睨みつける。聖女が、光の先が、私を見つめている気がした。そこで目が覚めた。私の体は夢の中と同じように熱く何かが循環していた。
その夢を見た翌日、予期せぬ事が起きた。
「聖女ミリアが予知夢を見られた!このままではこの国に大きな災いがもたらされると!それを防ぐため、アリスター王子はナリー公爵令嬢との婚約を命じる!この婚約は一時的な様子見を行うための物とする!」
教会からの声明。それはすぐに私の元にも届いた。何が起きているのかよく分からなかったけれど、王城に急いだ。馬車から降りると、一人の男性が駆け寄ってきた。アリスターだった。
「ナリー!ナリー!会いたかった!会いたかったよ!」
アリスターは勢いよく私に抱きついた。彼の抱擁は力強くて正直痛かったけれど、私はさらに強い力で彼を抱きしめた。彼の涙が私の頬をつたう。それが何故だか嬉しくて、暖かくて、私も涙を彼にこすりつけた。
私の中をぐるぐる回る物が、よりいっそう激しく動く。体中が熱くて、心も燃えていた。それでも、彼のぬくもりの方が暖かく感じて、彼の体に溶け込んで一つになった気がした。
私は久しぶりに心からの笑みを浮かべることができた。
タイミングがあれば続き書きます!
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