Ep.2 抑えきれない欲望
「今日からここがお前の家だ。厳密に言えば、俺が住む場所すべてがお前の家になる」
誇るように両手を腰に当てながら、デュランは目の前にある二階建ての建物を仰ぎ見ながら言った。
「とはいえ、ここは俺のものでもない単なる宿屋だ。いつかは緑広がる平穏な地に家を建てる。それまではここで頑張ろう」
傍らにいる獣人の娘を見遣る。
購入から数時間が経つ。彼女は未だ前を向いていない。枯れた表情で、不満さえ見せない。希望のない瞳。
まだ目を合わせてくれない。
「まあ、ゆっくり行こう」
デュランは獣人の娘を連れて、宿屋の部屋に入った。
そこは路地裏の奥にある安宿だ。贅沢を求めない客だけを歓迎する場所で、身を潜めて動きたいデュランには都合がよかった。壁は薄く、床は軋み、部屋の家具はどれも古い。
ベッド、机、椅子――すべて一人用。
他の宿と比べれば、内装はかなり粗末だった。
だが。
獣人娘は、どこか興味深そうに部屋を見回していた。
ぼさぼさに乱れた白い髪の奥から、赤い瞳がそっと覗く。
その視線が止まったのは、部屋を照らすランタンだった。
炎が揺れるガラスの中。
その光を、不思議そうに見つめている。
暗闇に慣れきっていた分……光が、珍しいのかもしれない。
通路へ続くドアの前で立ち止まっていた彼女の背中を、デュランは軽く押した。
ドアを閉め、鍵をかける。
押された小さな背中は、てくてくと恐る恐る部屋へ足を踏み入れた。
きょろきょろと辺りを見回す。
その赤い瞳は大きく見開かれていた。耳は不安そうに伏せられ、尻尾も小さく丸まっている。
デュランは姿勢を低くし、静かな声で言った。
「今日は無理に話しかけないから安心しろ。今はひたすら体と心を休めろ。お日様がやってきたら、どこかで美味いものでも食いに行こう」
獣人娘は何も答えなかった。
だが――ほんの一瞬だけ、目を合わせてくれた。
怪訝そうな視線。それでもデュランは、十分だと思った。
怯えて当然の状況であり。
その警戒心は、彼女がまだ生きる意志を捨てていないという、良い兆候でもあるのだから。
「とまぁ、その前にだな。……うん」
デュランは鼻をつまんだ。
「くしゃい。寝る前に水浴びだ」
長いこと履きっぱなしの湿った靴下のような匂い。
これでは可愛いものも可愛がれなくなる。
デュランは獣人娘をシャワーへ連れていった。
シャワールームは部屋の奥にある小さな別室だ。
中に入るとその狭さに思わず眉をひそめてしまう。
二人で使うには不便な広さだ。だが、文句を言っている場合ではない。
ボロ雑巾のように汚れた獣人娘の服を脱がせ、シャワーの下に立たせた。
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この世界のテクノロジーは、デュランが住んでいた世界と非常に近似している。
温水が出るシャワーや電子レンジといった家電製品が存在し、街全体で電力システムが稼働している。
衣類の発展も同様だ。
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デュランは出し惜しみせず、シャンプーを白い髪に垂らした。
そして泡が立つまでゴシゴシと洗う。
尻尾はとんでもなく汚れていた。
毛と毛がくっついて固まり、指を通すだけでも一苦労だ。
カチカチで、ごわごわしている。
とりあえず尻尾にもシャンプーを垂らす。
根元を軽く握り、そのまま手を滑らせた。
「――ひゃぁっ!?」
突然、彼女はびくっと背筋を伸ばした。
「む、痛かったか?」
突然、彼女はびくっと背筋を伸ばした。
かと思えば、呻くような声を漏らし、背中を丸める。
顔を覗き込むと、何かを必死にこらえるように歯を食いしばっていた。
「……くすぐったいのか?」
「っ……!」
そう言いながら、そっともう一度触れてみる。
反応は予想通りだった。全身を強張らせ、そのまま固まる。
しばらくして。
彼女は小さく身を震わせながら、かすれた声で言った。
「っ……くすぐったい……!」
小さく、こくりと頷く。
「かわいい……」
「……?」
「こほん、なんでもない」
デュランは思った。この子を選んで正解だった。
「だが! 洗わなければ綺麗にならない。クックック、我慢してもらうぞ? それ!」
「ああっ! やァッ!」
「大人しくしろ~、洗えないぞ~」
「んん~~~っ! はぁっ!」
尾部の感受性については理解した。
だが、その具体的な特性についての疑問が、デュランの好奇心をくすぐる。
別の触り方も試してみた。
撫でるようにもんだり、軽く握ってみたり――
とにかく様々な触り方を確かめていく。
そして、しめに。
雑巾を絞るように、にぎにぎと尻尾から水を絞り出した。
程よい力加減で続けていると――
ふっと、獣人娘の体から力が抜けていくのが分かった。
湿った吐息をもらし、
しばらくすると……
ぺたりと、その場にへたり込んだ。
「よく頑張ったな。もう終わったぞ」
獣人にとって尻尾は、ある意味弱点なのかもしれない。
目の前で力なく座り込む彼女の姿を見て、デュランはそう思った。
そんな獣人娘を見つめながら、デュランの中で
愛情と欲情が複雑に混ざり合う。
そしてそこから、不届きなイタズラ心が芽生える。
可愛すぎるのがいけない。
デュランは彼女を
性奴隷などにするつもりはない。
とはいえ――夢だった獣人娘を前にして、自分を完全に抑えきれるほど聖人でもない。
それでも。自制する努力は惜しまない。
デュランは何もせず、シャワーを終えた。
が――しかし。
深夜になった狼は、むくりと深夜に起き上がった。
獣人娘がようやく寝付いた深夜。
抑えきれない欲望が、ついに表へ溢れ出る。
ずっと張り詰めたままだった欲望の塊を、眠る彼女のあどけない寝顔の前に晒してしまった――。




