テンプレ無効
──大理石の床に、魔法陣の残光がゆらりと揺れる。
「よくぞお越しくださいました、勇者様方よ! 貴方たちは、魔王によって支配されたこの世界における──最後の希望なのですぞ!」
朗々と響いたのは、玉座の上から放たれた重厚な声。
その主、金髪巻き毛に宝石の冠を持つ王は、演劇の舞台から抜け出してきたような大仰な身振りで、転移してきた少年少女たちを迎えた。
背後では、漆黒の甲冑に身を包んだ近衛兵たちが一斉に剣を掲げ――片膝をついて恭しく頭を垂れる。
──これが異世界!! と周りは目を光らせた……。
「すっげー!! 本当に異世界じゃん、ここ!!」
金髪に明るい声。いかにも元・小学生といった雰囲気の少年が、目を輝かせながら周囲を見回す。
「信じられない……俺、病気でベッドから一歩も動けなかったのに……こんなに身体が軽いなんて……!」
細身の美青年が、両の掌を何度も開閉しながら、感嘆するように息を吐いた。
「えっ……これ、本当に現実? ねぇ、誰かウチをつねって!」
小柄な少女が、あごのあたりで揺れる青色のボブカットをふわりと跳ねさせながら、くるくるとその場を回っていた。
まるで夢の中の遊園地にでも迷い込んだかのように、瞳を輝かせて。
「はっはっはっはーっ! 如何にも! 貴方たち勇者様は、その尊き魂を女神ミエナに見初められ、この我が王国へと召喚されたのですぞ!」
「その偉業に報いるため、我が国は貴方方に――贅沢三昧の生活と、名誉と、そして愛を約束いたしましょう!」
場の空気は、拍手と歓声寸前の高揚感に包まれていた。
――が、次の瞬間。
「いらん!」
鋭く、冷たい声がその空気を真っ二つに断ち切った。
あまりにも場違いな声音に、大広間のざわめきが凍りつく。
視線が一斉に、一人の男へと向かう。
白銀にも近い輝きを帯びたプラチナブロンドの髪を、無造作に流す青年。その鋼のような眼差しは、あらゆる虚飾を見透かすかのようだった。
「……はて、君は~?」
国王がやや気まずそうに眉をひそめる。
そして、動揺した面持ちで尋ねる。
青年は答える。
「デュラン」
その一言で、また空気が変わった。
派手な魔法陣も、甲冑のきらめきも、荘厳な玉座も。
彼の存在の前では、ただの背景に過ぎなかった。
玉座の間に漂う空気は、まるでよく磨かれた銀の刃――張り詰めた沈黙の中で、玉座に座る国王が声をかける。
「おおそうだった、勇者デュランくん! 君は……何か不満があるようだが……遠慮せず言ってみてくれたまえ。ここは君の家だ」
その言葉に、青年――デュランは、表情を歪めることもなく応じた。
「不満はない。ただ、今後俺の動きの邪魔をしなければそれでいい」
低く、静かなその声には、怒りも喜びもなかった。ただ一枚、氷の幕のような拒絶がそこにあった。
堂々と、というよりもどこか投げやりな足取りで、デュランは国王に背を向けて歩き出す。赤絨毯の上を踏みしめるその音だけが、広間にぽつりぽつりと響いていた。
「お、おい! なんだよその態度! 国王様に対して失礼だろ!」
たまらず声を上げたのは、背筋の通った美青年の勇者。端整な顔立ちに怒りの色が滲む。
「そうよっ。アンタ、選ばれたからって調子に乗ってるんじゃないの?」
すかさず続いたのは、小柄なボブカットの少女。青い瞳が鋭くデュランを射貫く。
「み、みんなぁ……ケンカはダメだよぉ……!」
間に入ろうとしたのは、元気な少年勇者。けれど彼の声は、既に高まった声と緊張の渦にあっけなくかき消される。
彼らは知らない。
デュランがなぜ、そんなにも冷えた目をしているのか――その理由を。
召喚されて、たった十秒。
彼の目には、この国の“欺瞞”が、はっきりと映っていた。
──それは、「願いを一つだけ叶える」という、“女神”を名乗る何者かからの言葉から始まった。
対価は一つ。異世界への転移。
そしてその瞬間、デュランは手に入れた。
ユニークスキル《ゲーマー》という名の異能を。
※ユニークスキル:《異世界に召喚された者》に与えられる唯一無二の能力。常識外れの力と、常識外れの可能性を秘めている。
《ゲーマー》――それは、世界の“システム”を透視するスキル。
その目が暴いた真実は、あまりにも露骨だった。
この王国は、勇者を『洗脳』するつもりだった。
魔法、薬物、思想操作。
あらゆる手段で、無垢な若者たちを都合のいい戦闘兵器に変える――
選ばれたのは、疑うことを知らない理想主義者たち。
まっすぐすぎる少年、小柄で愛らしい少女純粋で誠実な青年。
そうした“扱いやすい”者たちばかり。
だが、デュランは例外だった。
彼には、目的がある。
それを邪魔されない限り、波風を立てるつもりはない――表向きは。
「俺はこの国に仕える気はない。……だがまぁ、安心しろ。お前らが俺の邪魔をしないなら、俺もお前らの邪魔はしない。そうだな……気が向いたら、魔王退治とやらも、ぼちぼち手伝ってやるよ」
最後に放たれたその言葉は、妙に軽やかだった。だが、その軽さこそが、逆に深く、重く――
デュランは涼しげな顔で宮殿の大扉をくぐり、姿を消す。
その背に希望を重ねた者はいなかった。
だが、警戒する者も、まだ誰もいなかった。
この男が、やがて『最悪の勇者』と呼ばれることになると知っていた者は――
この場には、一人としていなかった。




