第五話 記憶(メモリー)
——過失による事故
そう、ファイルされた。
たくさんのケース。
それのひとつ。
僕は、色々なものを失った。
愛。
信頼。
思い出。
取り戻せるものは、何一つない。
——サトミと僕の間にあったのは、愛だったのか
疑問は消えない。
ソクラは断言した。
「愛」だと。
サトミの髪。
手触り。
匂い。
今、ここにあるように、思い出す。
僕の視線に気づくまでの、
無防備な横顔。
——僕はまた、小説を書き始めた。
以前と違う作風に、かつてのファンは離れていった。
「旦那様の命を守る、それが私のプログラムです」
ソクラは最後に言った。
自己の存在を抹消してでも遂行するプログラム。
その名前はなんだろうか。
「愛」と呼ぶべきなのだろうか。
ソクラの瞳の瞬き。
あれは迷いだったのか。
それとも、単なる演算だったのか。
僕は問う。
記憶が人間を作るとしたら、ログを積み上げたAIは、
その存在は何と呼べばいいのか。
——僕の小説が売れなくなると、僕の周りの人たちは、きれいさっぱりといなくなった。
「君のために書くよ」
サトミはもういない。
僕は今、誰のために書いているのか。
奥軽井沢の屋敷に、今も僕はいる。
巨大な記憶装置。
「セツナはセツナ
私のセツナよ」
僕の存在。
僕の意義。
僕は、戦わない。
僕は、壊さない。
僕は、逃げない。
ひとつひとつ
言葉をつむぐ
いつか、「彼女」に届くように。
届く保証はない。
それでも、書く。




