プロローグ
「おいっ!!この神聖な学び舎になぜお前のような平民がいるっ!?」
僕ことルアナが食堂で昼食を摂っていた時であった。
そんな言葉とともに、僕の後頭部に冷水がかけられる。
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには赤色のネクタイをつけた四人の男子生徒がいた。
この学院の生徒は学年によってネクタイの色が違い、1年は赤色、2年は青色、3年は緑色である。
つまりこの男子生徒たちはつい先日、入学してきたばかりの新入生ということだ。
「貴様みたいな薄汚い輩がこの私と同じ空間にいることさえ不愉快だ。即刻、この場から出ていけ!!」
リーダーと思われる黒髪赤眼の男子生徒がそう告げると、背後に控えていた三人がそうだそうだと声を上げる。
同学年のヤツならまだしも、コイツラは入学したてのなんにも知らない新入生だ。
ここは先輩として、大人な対応をしてあげよう。
そう考えて口を開こうとした瞬間、新たな乱入者が現れた。
「ザーツェルムくん。ここは貴族も平民もみんな平等に扱われるゼルナヴァ学院よ。そういう差別発言はやめなさい。」
その乱入者は金髪碧眼のとんでもない美少女であった。
気の所為かもしれないけど、どっかで見たことある気がするのだが…どのタイミングだろうか?
いや…どうでもいいか。
そんなことを知ったとこりで、何かの意味があるわけじゃない。
それよりもお昼ご飯を温かいうちに食べることのほうが大事だ。
話もなんかめんどくさい方向に転がってるし、さっさとお昼ご飯を食べてこの場から離れたほうがいいだろう。
味を最低限堪能しつつ、次々と机に置いてある食べ物を平らげていく。
最後の一品として机の上に残ったのは、料理長のおじさん特製のアップルパイであった。
このアップルパイは月に一度しか出されない、めちゃくちゃおいしい幻のアップルパイとして有名だ。
右手にフォークを持って、アップルパイを取ろうとしたその瞬間……机が何者かに蹴り上げられた。
アップルパイは宙を舞い、そのまま重力に従って地面に叩きつけられる。
べチャリとアップルパイの悲鳴とも取れる音が発せられ、僕の中で何かにピシリとヒビが入った。
僕の心境の変化をまったく感じ取っていない、僕を罵ってきた男子生徒たちはニヤニヤと笑みを浮かべている。
彼らのリーダーである男子生徒が侮蔑を含んだ眼で僕に告げる。
「この私が話しているというのに、食べ物を食っているからこうなるのだ。まぁどうせ貴様の食っているものなど、私が普段から食っているものと比べたら足元にも及ばないだろうがな。」
そう言って、男子生徒は中に詰まっていたリンゴが漏れ出ているアップルパイにつばを吐き捨てた。
あーあ、コイツラに行動に対して我慢してた僕かバカみたいだ。
僕からアップルパイを奪い取っただけじゃ飽き足らず、そのアップルパイをゴミのように扱うだなんて……死んでも文句は言えないよね?
「一つ聞かせておくれ…机は誰が蹴ったんだい?」
ゆらりと椅子から立ち上がって、アップルパイの残骸に心のなかで合掌しながら、僕は抹殺対象たちに問う。
周りで食事をしていた生徒たちがいつの間にか離れてるけど、まぁ気にするほどのことじゃないだろう。
「コイツだが…何か問題でもあるのか?まさか平民の分際で、我々に報復しようだなんて考えていないよな?」
リーダーのクソガキが指を指したのは、四人組の中で一番身ガタイがいいヤツだった。
身長は2メートルに届きそうであり、腕の太さは僕の三回りくらいである。
だがしょせんはこの学院に入学しただけなのに、自分が強いと思い上がっているクソ雑魚だ。
まぁ一般的な実力の同年代と比べたら、たしかに強いといえるだろう。
だけどそれは一般的な人たちの中でのみだ。
この学院に入れてる時点で、その程度の実力は確約されている。
まぁ何が言いたいのかというと、入学したばかりでは実力にそこまで大差はないということだ。
「報復なんて非効率的なこと、するわけがないじゃないか。そんなことするなら、自己研鑽に時間を充てたほうがマジだよ。」
報復や復讐を行ってメリットが生まれる場合もたしかにあるけど、僕の場合はそれに当てはまらない。
自分より弱いヤツに報復して、何の意味があるというのだろうか?
それなら自身を高めることに時間を使ったほうが効率的だ。
そういうことだから報復はしない…報復は、ね。
僕はただコイツラを殺して、アップルパイの無念を晴らすだけである。
つまるところ、コイツラに殺されたアップルパイの仇を討つということだ。
僕は薄ら笑いを浮かべ……机を蹴り上げたらしい男子生徒の顔面を机に叩きつけた。
ガンッと大きな音が、食堂内に鳴り響く。
「はっ?」
そんな呆然とした声を誰かが漏らした。
周囲の目なんてものは気にせず、僕はガタイのいい男子生徒の後頭部を握りしめて、何度も何度も机に叩きつける。
二、三回叩きつけたあたりで、机に血が滴り始めた。
だがそんなことは躊躇う理由になり得ない。
ガンッ、ガンッと机に顔面をぶつけ続けた結果、赤に染まった机がバキリと音を立てて折れる。
そこで僕はその男子生徒が白目を剥いて気絶していることに気づいた。
「こんなに呆気ないなんて…いくらなんでも弱すぎない?もう少しさ、抵抗する気概を見せてくれないかな?じゃないと僕が楽しめないだろう?」
感情が高揚し、僕は悦楽に浸る。
やはり最も僕の心を満たすのは、他者の心をへし折り絶望を与えることのようだ。
他者を救うのでも、他者を壊すのでも、他者を生かすのでも、他者を殺すのでも何でもいい。
他者が絶望の渦に落ち、僕の心が満たされるのなら手段なんて何でもいいのだ。
ようやく状況が理解できたらしい残りの抹殺対象たちは、ようやく戦う態勢を整えた。
さすがにこの学院に入学しただけのことはあり、無駄の少ない洗練されたものである。
リーダーのクソガキはその中でも突出して洗練されており、かなり鍛えていることがわかる構えであった。
僕たちの学年…第二学年でも真ん中くらいには食い込めるのではなかろうか?
「まぁでも…相手が悪かったね。」
彼らが今のつぶやきを最後まで聞き取った時には、すでに僕は彼らの目の前まで迫っているだろう。
僕が次に狙ったのは三人の中で身体が一番小さいヤツだった。
クソチビのみぞおちに僕の右足が突き刺さる。
次の瞬間、僕はクソチビの顔面を殴りつけた。
ちゃんと胸ぐらをつかんでいるから、吹き飛んでいったりすることもなく、連続で何度も殴れる。
十回ほど殴ったあたりで、クソチビも気絶する。
次のターゲットはどちらにしようか。
まっ、リーダーは後回しでいいかな。
恐怖により足が震え、腰の抜けた構えをしてる長身のクソガリに目を向ける。
クソガリはビクリと肩を震わせるが、それでも戦闘態勢は解かない。
うんうん…怖くても戦う態勢を解かないというのは、いい心構えだ。
鍛えれば強くなりそうだけど、残念ながらクソガリの将来的価値よりも僕のアップルパイの価値のほうが大きい。
だから慈悲を与えるなんてことはしない。
脚に軽く力を込めて、地面を蹴る。
身体が浮遊感に包まれる中、僕は右足を上げて……クソガリに振り下ろした。
いわゆるかかと落としというやつだ。
「ぐえっ。」
そんな声を出して、身体を痙攣させるクソガリ。
まさか一発で気絶するなんて……ちゃんと試験を受けたのか?
いくらなんでも脆弱すぎない?
クソガリの側頭部を踏みつけて、グリグリと力いっぱい地面に押し込む。
なんか呻いてるけど、気にしようとは思わない…思えない。
こんなんでアップルパイの無念を晴らせたなんて言えるはずがないだろう?
コイツラにはもっと苦しんでもらわなければいけないのだ。
「んで…君が最後と言うわけだ。僕に許す気はないわけだけど……どうする?最大限抵抗して、名誉ある終わりにするか…抵抗すらできずに、薄汚い平民に終わらされるか。」
僕はリーダーのクソガキに問う。
彼は僕に目を向けられた瞬間、ほんの少しだが後ずさった。
クソガキの眼にはすでに自信や優越感といった己を肯定するものはなく、僕への恐怖で埋め尽くされていた。
「貴様…自分が何をしたのか分かっているのか?」
このクソガキ…急にどうしたんだろう?
恐怖で頭がイカれたのかな?
「この私はザーツェルム公爵家の次男だぞ?この私を侮辱するということは、ザーツェルム公爵家を侮辱することと同義だ。つまり貴様はザーツェルム公爵家を敵に回したんだ!!この私を侮辱したことを後悔して生き、て……貴様、何が可笑しい?」
そう言われて気づく。
僕の口端が釣り上がって、歓喜の表情を作り上げていたことに。
あぁ…自覚したら、なんだかすごく楽しくなってきたよ。
「フフッ、ハハッ、アーハッハッハッ!!公爵家の次男を侮辱することが公爵家全体への侮辱?君は面白いことを言うね。君はしょせん、長男のスペアだろう?」
食堂内の空気が凍りつく。
あれ?
なんかやらかしたかな?
まぁいっか。
言いたいことを言わせてもらおう。
「というかさ、君の存在自体が公爵家への侮辱じゃないかな?公爵家の人間なのに、薄汚い平民にしてやられたんだ。僕の行動よりもそっちのほうが問題でしょ。」
スペアである以前に、彼は公爵家の一員なのだ。
公爵家の人間が平民にボコボコにされたなんて情報は、他の貴族たちにとっては最上級の餌だろう。
公爵家の恥晒しになることは間違いない。
「まだまだ言いたいことはたくさんあるけど、まぁ正論を言うのはこれくらいにしておこうか。僕の柄じゃないしね。君の言う通り、公爵家が僕を敵と認識して、僕一人を抹殺するために全力で動いたとしよう。」
公爵家が全力で動いたとしたら、おそらく国の大半が敵に回るだろう。
この学院にいるヤツらも、そのほとんどが僕の敵になると思う。
だけどさ…。
「それが何だと言うんだい?十万?百万?それ以上?ハハッ、だからなに?敵は殺すだけさ。それは相手が百万を超える軍勢だろうと関係ないよ。敵へ贈るべき最上の返礼品は殺戮だ…僕はそれ以外の答えを持っていないからさ。」
そこまで言って、僕は思った。
なんでこんな話をしてるんだっけ?
ダメだね、余計な話をして無駄な時間を過ごしちゃった。
さっさと話を終わらせよう。
「まぁそういうことだから、僕への説得は諦めてくれない?そんなことをするくらいなら、アップルパイに誠心誠意謝ってよ。」
そう言って、僕はにっこりと笑みを浮かべる。
少し気分が良かったので、あんまり苦しめずに殺してやろうと思った瞬間……僕の耳はクソガキの小さなつぶやきを聞き取った。
「たかがアップルパイごときが食えなくなっただけで、この私を殺すだと?ちっ…背に腹は代えられん。それっぽくアップルパイを食えなくしたことを謝るか。」
あーあ、せっかくいい気分に浸れてたってのに…このクソガキはぶち殺す。
アップルパイに土下座させて、苦しみながら死んでもらう。
「お前…アップルパイに謝れよ。」
ひどく冷めた声が僕の口から出てくる。
今にでもこのクソガキを殺したいけど、それは我慢だ。
そんなんじゃあ、アップルパイの無念を晴らせたとは言えない。
「は?アップルパイに謝れ?えっ?」
「聞こえなかった?そこに落ちてるアップルパイに謝れって言ってんだよ。なに?なんか文句でもあんの?」
「い、いや…そういうわけじゃない。あ、謝るからちょっと待ってくれ。」
そう言いながらも周囲の視線を気にして、まったく行動に移そうとしないクソガキ。
どうせこの後死ぬんだから、そんなこと気にしても意味ないだろ。
「さっさとやれや、クソボケ。もしかしてアレなの?痛みを加えられないと分かんないの?それなら何回でも殴ってあげるけど。」
「わ、わかった!!やる、やるから殴らないでくれ!!」
身体を大きくビクつかせて、悲鳴にも似た声をあげるクソガキ。
なんだコイツ、これじゃあ僕が悪者みたいじゃないか。
コイツラのほうが僕の何倍も邪悪だというのに。
「す、すまなかった。」
顔を屈辱に染めながら、頭を下げるクソガキ。
あーあ…ダメだね、なーんもわかってないじゃないか。
やっぱり痛みを加えたほうがいいのかな?
「全くもって、誠意が感じられないなぁ。土下座しなよ、ど、げ、ざ。土下座くらい知ってるでしょ?」
「さ、さすがにそれは勘弁してくれ。たかがアップルパイごときでこんなことをする必要なんてないだろう?」
呆れた、こいつなんにもわかってないや。
めんどくさいからアップルパイには申し訳ないけど、終わりにさせてもらおう。
クソガキの背後に高速移動して、後頭部を掴み、地面に叩きつける。
「もういいよ、君にはもう期待しないから。せいぜいあの世で悔やむといい…アップルパイをつぶしたことを。」
魔力をまとわせた右手を手刀の形にして、僕はクソガキに首に振り下ろした。




