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時の列車

掲載日:2026/01/28

 学生鞄が揺れていた。高校2年の美沙子は、いつものように自宅を飛び出して、駅に向かった。急いでいたのである。その日の朝、朝寝坊した美沙子は、飛び起きると、口にトーストを咥えたまま、家を出たのである。無論、着替えはしたが。駅まで20分の距離。

走りに走った。モグモグとトーストを頬張りながら。

 いっけない。また寝坊しちゃった。馬鹿の美沙子。この電車に乗り遅れたら、学校、遅刻よね。また玉城先生に叱られるじゃない。本当に馬鹿なんだから、あたし。

 もうすぐ駅前センター街だ。あれを抜ければ、駅から電車に乗れる。頑張れ、あたし。トーストの最後の一口を頬張りながら、駅前の歩道橋の階段を駆け上がる。あと少し。そして、歩道橋の階段を昇りきったところだった。

 突然に、美沙子は片腕を強い力でつかまれて、前へ行けなくなった。何?誰よ?

 歩道橋の上で、美沙子は振り向いた。すると、黒いニットのセーターの若い青年が、彼女の腕をつかんで離さない。

「なっ、何よ!離してよ!あんた誰よ?あたし、急いでるの!遅刻かかってんだから」

「行っちゃ駄目だ。駄目だ!行くな!」

 彼の眼は真剣であった。それだけに、美沙子の気持ちは彼に不気味さを感じさせたのだ。

 向こうに、駅のホームが見えている。まだ、間に合う。美沙子は、つかまれた腕を振りほどこうと、必死になった。しかし、彼の手には、強固な強さがあった。

「ちょっと、あんた狂ってんじゃない?離してよ、ちょっと、ちょっと................」

 広い歩道橋の向こう側。駅のホーム。やがて、ゆるやかに電車が到着した。駄目だ。もう、距離的に間に合わないようだ。

「来ちゃったじゃない?もう、遅刻決定よ。全部、あんたのせいだからね!よくも」

「良かった。間に合ったよ、これで君も救われたんだ、良かった」

「救われた?何、馬鹿なこと言ってんのよ、どうしてくれんのよ、あたし、遅刻しちゃったじゃない」

 どうやら、乗るべき列車は、すでに駅を出発していったようだ。美沙子は、まじまじと彼を見た。どうやら、年上の大学生のようだ。なかなかの細面のイケメンだったが、どこか暗い表情を浮かべていたのが、今では晴れやかになっている。何か彼を変えることでもあったの?どうでもいい。ああ、あたし、終わりよ、また皆の前で大恥かかされる。もう、電車はとっくの前にいなくなっていた。もうだめ。くそっ、この男が!

「君、本城美沙子さんだろ?僕、竹野拓也。確か、初対面だよね?」

 何、訳の分からないこと言ってるの?それに何であたしの名前知ってるの?気味悪い。

「竹野さん?あんた何者よ?何であたしのこと知ってるの?」

「無理もない。あとで話すよ。美沙子さん、君、今さっき運命超えたんだよ?分かるかい?」

 運命?超えた?はあ?訳分からん。何言ってんのよ?

 その時だった。駅に設置された各所の天井のスピーカーから、慌ただしげな駅員のアナウンスが大きく流れてきた。 

「お客様に申し上げます。お客様に申し上げます。ただいま午前8時41分、先発しました列車が、何らかのトラブルで全車脱線致しました。そのため、上りの列車の運行は、一時的に運休となっており、大変お客様にはご迷惑をお掛けしますが、今しばらく.........................」

 美沙子の顔が引きつった。彼女の乗るべきだった列車のことだ。全車脱線らしい。思わず、美沙子は、拓也の顔を見上げた。

「あ、あなた..............................」

 すると、拓也は、

「僕、未来から来たんだ」


 郊外の寂れた神社の、土ぼこりにまみれた境内の階段に座って、美沙子と拓也は話していた。

「ちょうど、この場所だったんだ。僕が未来からタイムリープしてきたのは」

 美沙子には信じられない。彼が未来からやって来たなんて?

「僕が、過去に来た理由、それは君の命を救うためだ」

 拓也は石段に座り、向こうに見える青い山脈を見つめた。その瞳は澄んでいた。

「順を追って話そう。でないと、君には何が何なのか分からないだろう?」

「そもそも、あなたって何者よ?いきなりに現れてさ」

「こんなこと、突然に言っても驚くだろうが、君と僕は、将来で親友になるんだ、どうもね」

「親友?あなたとあたしが?信じられない」

「じゃあ、当てて見せようか?君の趣味は、テディベアのぬいぐるみ集めに、それから鞄には、好きなイラスト創作ノートが入ってる。それに左のお尻には、子供時代の注射の跡が残ってる」

 美沙子は、顔を真っ赤にして拓也を見返した。どうやら、この人の言うこと、本当みたい。でも、未来から来たなんて?

「あなた、何年の何月何日から来たの?教えて?」

「正確には、2029年の5月13日だよ。その時も君は生きていた。その時はね。君と僕は、大学のキャンパスでクラスメートとして、仲良くおつき合いしていたのさ。良かったぜ、君。よくデートもしたな。君、苺のアイスクリームが好きでさ、よく付き合わされたよ」

 それは、今とおんなじです、と美沙子は思いながら、だんだんと拓也の話に引き込まれていく。

「しかし、そんな君との幸せもある日を境に、終わりを告げてしまった。あれは、新宿の喫茶店でふたりしてお茶を飲んでたときかな?君はアイスティーを片手に、講義ノートの内容を僕に説明してくれた。僕もペンを持って、君の言う内容をノートに書き写していた。そして、ある時、君がカップを皿に置いた瞬間に、君の姿がかき消えた」

「あ、あたしが消えたあ?な、何で?」

「最初は、我が眼を疑ったよ。目の前で消えたんだからね。でもさ、僕、必死になって、冷静に考えたんだよ、この現象には何かあるって。今、置かれている自分の姿を客観的に見てみたんだよ。そう見てると、落ち着いてきてさ、向かいの君の空席もじっくりと見つめることが出来た。それで、僕はこう考えた。君がいなくなるわけがない。とすれば、試しに君のスマホに電話すればいい。君がでるはずだ、ってね。それで、僕はスマホを取り出して、君の電話番号を探した。それであり得ないことが起こっていることに気づいたよ。

 君の電話番号がないんだ。

 あり得ないだろう?消えたんだよ、僕のスマホから。それで、僕は、慌ててクラスメートの堀内に電話してみた。

「おい、堀内、お前、美沙子の行方知ってるか?いなくなっちゃって、急に」

 すると堀内が、

「ああん、誰だよ、美沙子って?俺、そんな奴知らないぜ、竹野、お前、寝惚けてんのか?」

 堀内は、その前の日に、美沙子と僕と堀内の三人で同じバイトしてたんだよ、知らないわけがない。それで理解できたよ、何とかね。焦っていたけど、紅茶で落ち着いて、冷静に考えた。つまり、さっきまで君は生きていた。しかし、さっきの瞬間に、君の存在はなくなった。じゃあ、君の存在はどうなったのか?それが問題になる。そこで僕は、君の自宅の住所を一生懸命に思い出して、電話番号の問い合わせをした。

 それで、何とか君の自宅の電話番号は分かったよ。僕は電話した。出たのは、君のお母さんだったよ。そして、君の母さんから、僕は、信じられないような事実を知った。

 君は、朝の列車事故で、あっけなく死んだってね。

 それも3年前だぜ、ビックリしたよ。その時の僕の絶望感が君に分かるかい?死んだんだぜ、君が。平凡な僕には、詳しく分からんが、たぶん、時空の悪戯みたいな不思議なことが君の身に起こったんだろうな。

 それから僕は悩んだ。フラフラと大学を出て、街を彷徨った。そして、いつの間にか、ここに来ていた。

 神社の境内さ。きっと、神様にすがる気持ちでここに来ていたんだろうな。

 だから、僕は祈った。必死になって、神様に祈ったよ。救えるんなら、僕に君を救わせてってね。

 僕は、境内の地面に土下座して、祈ったよ。長い間ね。

 それから、どれくらいの時間が経ったろうか、ふと僕は顔を上げた。するとどうだろう。驚いたよ。

 いつの間にか、僕は、あの駅前の歩道橋の上で土下座していた。僕には、何が起こったのか分からなかった。僕は歩道橋の上で、ふらっと立ち上がり、何が起こったのか分からないまま、まるで何かに吸い寄せられるかのように、僕は、駅の売店に向かい、そこで売ってる新聞の日付を見た。それは、2026年の1月12日だった。つまり、僕は未来から過去に来た。神様に願いが通じたんだろう、僕は必死になって、さっきの君の母さんとの電話を思い出した。君が事故で死んだのは、2026年の1月13日だ。つまり明日だった。間違いない。神様は、僕に、自力で、君の運命を変えてみろって言ってるんだってことが分かった。それで、僕は毅然と受けて立った。君を変えてみせるってね」

 正直、美沙子は嬉しかった。美沙子は、さっき駅の売店で新聞の号外を見た。彼女の乗るべきだった列車の乗客は、全員、脱線事故で死亡したらしい。彼女は拓也に命を救われたのだ。

 とにかく、あたし、生きてる。

 嬉しかった。でも、拓也さんは?

 美沙子は、拓也を見た。拓也は、石畳の階段から立ち上がるとズボンの埃を払って、

「とにかく僕の使命は済んだよ、もう君は救われた。それに何だかね、僕、もうすぐこの世から消される気がするんだ、何かの存在にね。だから、その前に君の前から姿を消すよ、潔くね。君のことは好きだった。今でもね。

 いつか僕と出会うんだね、きっと。その時はよろしく」

 いつの間にか、拓也の姿はなかった。美沙子は、まんじりともしなかった。追っても無駄な気がした。彼女にも、もうすぐ拓也が消えていく気がしていた................。


 それから、3年の月日が流れた。美沙子は、無事、大学に合格して晴れのキャンパスライフに突入していた。

 ある日、美沙子は大学の学生が主催する部活の歓迎祭に出くわした。大学の広場を借り切って、様々な大学のクラブが、思い思いのコスチュームで、自分の部活動をアピールしているのが美沙子には愉快だった。その中で、美沙子は、さっそく竹野拓也の姿を見つけた。彼は、チェス同好会に所属していた。広場に置いたテーブルの上の黒白のチェス盤に駒を並べている拓也に、気軽に美沙子は声を掛けた。

「始めまして、竹野拓也さん」

 すると、拓也は振り返って、

「ああ、始めまして、ええっ、何で僕の名前知ってるの?」

「あたしの秘密。よろしく!」

 美沙子は思った。前には、彼があたしの命を救った。じゃあ、今度は、あたしが頑張んなきゃ。

「ねえ、何で名前知ってるか、知りたくない?どう?」

「うーん、共通の友人でもいるのか、分からんな、知りたい!」

「じゃあ、一緒に喫茶店でデートしようよ、苺のアイス食べながら教えてあげる」

「誰か知らないけど、君って強引だな。参った。付き合うよ」

 美沙子は、以前から心に決めていた。決して、拓也の言ってた新宿の喫茶店には行かないと。もう、永遠のタイムループ地獄には巻き込まれたくない。

 すでに桜散る季節であった。しかし、美沙子と拓也には、これから綺麗な花咲く季節が訪れるのだろう。彼らの将来に幸あれと願うばかりである...........................。

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