3 彼の仕様書を見せてほしい
少し書き直しました
動かなくなったバイクからそっと降りる。
周囲は白い霧で満たされていて、敵の気配も無い。
現在地を確認しようと腕のパッドのスイッチを入れた。反応が無い。
「この霧、EMP……?」
「否定。
検出:気化状態の非帯電の干渉性ナノ粒子。及びそれらの発するノイズによる計器類への影響」
「……わかんない。霧状のジャマーに機械をバグらせるおまけがついてると思えばいい?」
「肯定」
「あなた、影響はないの?」
「影響:広域センサー及び通信機器無効化。一部遠隔処理の失敗により自立型AIモードへの移行開始」
「それじゃあ運動機能に影響は無いのね。
……いきなりバグって爆発するとか、やめてよ」
「自爆機能:前バージョンまで未確認」
ヘルメットのベルトをいじっていた手が止まった。
……ちょっと待って。軽口で言ったつもりだったのに、その言い方は逆に怖くなる。
「……今のバージョンは?」
「不明」
なんでそこを曖昧にする。
開発部。そういうところだぞ。
「…………そう。
言っておくけど、自爆するなら別の機会にして。今日はやめて」
「了解」
小さくうめき声が出た。今はこれについて考えないようにしよう。
トラップ起動のタイミングから考えると、トリガーはたぶん基地への通信だろう。
先行した2台はこれにやられたと思って間違いなさそうだ。
バイクから投げ出された衝撃だけで大怪我を負うか死に至っていてもおかしくない。
「私、南部の戦域から戻ってきたばっかだからこっち側のことわかんないんだけど、このトラップは何?」
「データベース照合結果:該当なし
推測:敵勢力による実地検証」
「今日に限って?……本当運が悪い」
それなら、敵の車両は検知されにくい軽装甲車程度と考えるのが妥当か。
車両を狙うなら、霧の発生元は道に沿うように設置するだろう。霧から出ようと思えば、道から外れれば良い。
「霧の外側、見てくる」
霧の切れ目を探して歩き出した時、カインに肩を掴まれた。
「非推奨。複数車両の走行音を感知。」
耳をすませて音を探る。何かに木の枝が潰される音が思ってたより近くて、反射的に後ずさった。
今は大人しくしているしかなさそうだ。
バックパックのホルダーから対戦車ライフルを取り外す。
以前のものよりも強化・軽量化され、取り回しが良くなった。それでも私よりもパワーのあるカインが使った方が良いだろう。彼なら二脚無しでも扱えるはずだ。
名前の割に、戦車そのものを撃つことは少ないし、一発で装甲を貫通できるほど強力でもない。
実際は、トラップや遮蔽物だとか……人だとか。そういうものを撃つか、牽制に使うことの方が多い。それでも無いよりはましだ。
「あなた、狙撃は得意?」
「当機の単発射撃の命中率は99%」
足りない1%はしがらみの分だろう。
それにしても強気な数字だ。
「じゃあこれ、あなたが使って。私はアサルトライフルでいい。この状況で役に立つとは思えないけど」
彼は私の差し出したライフルを受け取り、人間がするのと同じ動作でマガジンを確認している。
なんというか、彼が武器を持つと「完成した」感がある。
別に私はロボットになんか興味無い。けど、彼が静かにそれを握った姿を見た瞬間、『やっぱり戦闘用ロボは銃を持っていないと』と頭のどこかで小さく感じたのは否定できない。
「分かってると思うけど、無闇に撃たないでよ。音で居場所を特定されたら終わりだからね」
「了解」
彼の声にはほんのわずかな感情も滲まない。でも今は誰かがすぐ近くにいてくれるだけで安心する。
もし一人でいたら、視界の悪さや心細さに負けて外に逃げ出していたかもしれない。
……静かだ。
戦闘用ロボが無口なのは当然なのだろう。
想定外の事態に陥った時、誰かが焦りを紛らわせるために饒舌になる。
それを見た誰かが、冷静さを取り戻す。いつものパターン。
普段からあまり喋らない私の役目は、自然と後者になりがちだ。
それなのに今回はペアが無口すぎて、私のほうが落ち着かない。
「ねぇ、寒くない?」
「当機の最低耐寒温度はマイナス10度」
「……そう。それなら良かった」
機械相手に投げかける話題じゃなかった。
「ねぇ、何か話してよ。気が紛れるようなやつ」
「定義を要求:気が紛れる」
「なんでもいい。……そうだな……開発部の奴ら、出撃前に何か言ってた?」
「総合設計責任者:かわいがってもらうんだぞ
外装設計担当者:今日のコーティングが一番綺麗だ
兵装・戦闘システム設計者:盾しか持たせてやれなくてすまない。もっと良い物を持たせてやれたら良かったんだが」
「ちょっと待って」
何その娘を嫁に出すみたいな台詞は。
「……思ってたのと違った。もっと機能的な話してるかと思ってたのに」
気は紛れたけど、開発部への理解はまた一歩遠のいた。




