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死ねない私の鉄のテディベア  作者: ノイズラズリ
おかえりが聞こえない
13/17

13 慈悲の無い


 青空の下、仰向けに転がされている。

 今からでも本部へ通信を飛ばして、代わりの人員と少なくとも私だけでも回収してもらえないか連絡しようか。

 普通に考えて、この負傷を医療キットでの処置だけで任務続行なんて無理だと思う。


 私のナイフをいつの間にか手にしていたカインが、ブーツを縦に切り開いた。


「ちょっ……うわ……」


 思わず顔をしかめた。機銃の衝撃波が掠めた時の抉れた傷。我ながらよくこんな状態で立ち上がれたものだと思う。


 医療用スプレーを思い切りぶっかけられて、傷口が白く泡立つ。

 削がれた部分を粘土状の義組織で埋め、パッチを当て、裂いたブーツごとテープで固定し終了。


 施術時間、およそ一分半。無駄と気遣いをゼロにすれば、ここまで時間を短縮できるらしい。


 次は腰。両手で挟むように腰を掴まれた。


「ねぇ、カイン。さっき……ひいっ」


 メキィッという音と共に骨盤に強力な圧迫が一撃。


「痛い!」


 痛覚は遮断されている。だから本当に痛いわけじゃない。

 正しい形に矯正されたのだろうけれど、大きな衝撃と、およそ自分の体から発せられたと思えない音とが精神を削る。


 ……つまり、気持ちが痛い。


 カインがアイセンサーを点滅させた。


「痛覚遮断確認。

 骨盤のアラインメント調整:正常化、損傷無し」


 多分、『痛覚遮断してるんだから痛いわけないだろう?』とでも言いたいのだろう。


 でも、損傷無しって……本当に?今の音はかなり怪しいでしょ。


「じゃあ……今の音は?」


「微細な亀裂を確認。ナノマシンによる自動修復活性化により基準値へ到達すると判断。

 任務遂行上問題無し」


 さっき損傷無しって言ったじゃない。そこで嘘をつくな。こういうの、どこへ告発すればいいんだ。


 カインの手が私の上体を起こし、右腕を外側へ捻った。肩の脱臼を治すつもりか。


「待って待って、待ってってばッ!」


 必死でアイセンサーに訴える。

 力を込めて抵抗したつもりが、腕を掴む力が強すぎて抵抗にならない。


 掴んだ腕を、肩へ突き上げるように一気に腕の骨が嵌められる。骨の擦れる嫌な音が響いた。


「い゛っ……!」


 気持ちが痛い。


「痛覚遮断確認」


 分かってるよ。







「……それで、カイン」


 彼は私のグローブを外し、腫れた右手の処置をしている。ここが最後の手当て部位。


 今更だけどカインに処置されているこの状況、私のほうが修理を受けているみたいで少し情けない。


「さっき、霧の中で……盾で庇ってくれたでしょ。あのあと、どうして私の頭を撫でたの?」


 青いセンサーがふわりと点滅したけど、何も言わない。


「それに、ライフルを撃った時、汗を拭うような動きもしてた。どうして? どうしてあんな……」


 カインの冷たい手が折れた人差し指を固定して、手首の処置に移った。


「あんな……人間みたいな動作」


 記憶の中の隊長の顔を思い出して、喉が震えだした。


 ヒビの入ったであろう手首周囲への処置も、今まで同様容赦が無い。隊長だったらこんなやり方しないだろうと思ってから、本当に?と自問した。

 私は彼の全てを知っているわけじゃない。だから、だから私はあんな……。


 左手でヘルメットを外した。

 立てた左膝にそれを押し付けて、額をくっつけた。


 怯えた瞳がヘルメットに反射して、堪らず目を閉じる。


 もしも、目の前の機械に隊長の要素が使われているのなら、私はもうどうしたらいいのかわからない。

 目覚めないままの彼を、また戦わせるために金属でできた人形の中に閉じ込めたのだとしたら――。


 彼は誰もが認める素晴らしい兵士だった。動かなくなったならその能力だけ取り出せばいい、と言い出す人間がいるかもしれない。


 全身からじわっと汗が吹き出した。吐き気がする。もしも私が恐れている通りなら、それは私のせいだ。


「不明。

 推測:模倣データに含まれていた挙動」


「模倣……」


「当機は過去の戦闘データより挙動を学習済み」


 戦闘データ……。

 彼の答えはシンプルで合理的だったのに、消化するのに少しだけ時間がかかった。


「そっか……。

 

 なんだ、そうだったんだね」


 安堵した。心から。

 小さく鼻をすすって、大きく息を吐いた。


 あんな動作まで完璧に模倣しなくてもいいのに。


「……頭撫でるのも、汗拭う動作も……無駄だから消したほうがいいよ」


 小さくて情けない声になった。

 聞こえなかったのか、単に不要だと判断されたのか、カインは無言のまま私の手首を副木ごとテープで固定し始めた。

 テープを引き出す乾いた音が響く。



 でも――


「それじゃあ……」


 高性能AIで制御された、人間の要素を持たない戦闘用ロボットの作成は両軍の協定で禁止されたはず。


 私が生成される前には、AIと人工物のみで作られた戦闘用ロボットが存在していた。

 ただ、それは運用開始から半年も経たないうちに人間を裏切ったと聞く。両軍のロボットが暴走を起こし、人間側に大きなダメージを与えた。それこそ、資源収集どころではないほどの大きな損害だったらしい。


 人間には解読不能な言語で両軍のロボット同士が会話を行ったログが見つかったと言われているけれど、内容は公表されていない。

 けれど、その暴走が示し合わせたように全く同じタイミングだったことから、敵同士のロボットが結託したと言われている。


 そういう経緯があって、営利至上主義の軍事企業ですらも開発中止を発表したと聞いた。


 人間の要素を持つ……とは、つまり暴走を抑制するために、その要素を担う人間を人質にしているんだ。


「あなたの中には誰かがいるの?」


「当機の生体パーツは、オリジナル時点で膨大な非定型情報の並列処理、および高負荷な処理速度への負荷に耐えうる脳を持つと判断された個体より選定。

 生体本体は本部の研究棟内の機密区画内において睡眠状態を継続中」


 『睡眠状態を継続』

 私の副木を固定するためのテープを千切りながら、彼は自身の中に目覚めることのない「生きたCPU」が存在することを事もなげに肯定した。


 胸がズキリと痛んだ。

 隊長じゃない他の誰かだと知った瞬間、一瞬安堵した自分の罪悪感の分だけ深く。


「……ごめんなさい」


 彼はふわふわと二度アイセンサーを点滅させて黙った。感情の模倣すら行わない彼にとって、謝罪というものは無意味なのかもしれない。

 今話している相手がAIなら、私は壁に向かって無意味な謝罪をしたのと同じなのだろうか。


「……眠っている人の名前は何ていうの?」


「生体本体の呼称:カイン。当機名称と同一」


「そう、あなたの名前、中にいる人から取った名前だったんだね」


 自分の足でこの世界を生きていくのと、安全な場所で意識のないまま静かに眠って過ごすのは、どちらが幸せなのか考えた。

 彼は残酷な状態にあるけれど、もしも彼に意識があったなら、彼の方こそ私たちに対して同情するだろうか。


「あなたのこと、カインって呼んでもいい?

 私のこともマヤって呼んでよ。連携対象って呼ぶの、不便でしょ。それに、今後ペア任務ばかりとは限らないんだし」


 アイセンサーに映る私を映像として処理している、顔も知らない眠ったままのもう一人のカイン。その存在を知ってしまった以上、改めてそう呼びたくなった。


「了解。

 ……

 ……

 

 当機はこれより自軍個体との会話および通信記録の保存を開始。

 理由:連携対象マヤの身体状態と精神状態の不整合の解析」


 一瞬、彼が何を宣言したのか、その理由も飲み込めなかった。


 つまり、『これからは兵士との会話記録を保存する。理由はお前(人間のサンプル)の精神状態と身体状態の不一致を解析するためだ』と言いたいらしい。


 肉体の処置が進んでいたのに私の精神状態が乱れていた、その状況を彼はエラーと捉えたようだ。


 データを収集して分析すれば、全ての答えが手に入ることを当然だと確信しているような言い方。

 十年研究したって人の心の内なんかわからないのに。


「分類:非戦闘ログ。身体・精神状態の不整合。パラメーター外要素。

 対象:マヤ

 タグ:応急処置、仕様説明、識別呼称の簡略化

 発言記録として保存」


 ! ……本当に保存された。


「消して」


「要請を拒否。当機による書き込み専用サーバーに保存済み。

 発言記録済み領域の当機以外の閲覧、及び削除は上位権限のみ可能。

 マヤの権限では不可」


「ちょっと。……それ、開発部のヤツなら見れるってこと?」


「肯定。

 分類:当機により取得されるARC軍所属個体のプライベートを含む非戦闘関連のデータは当機専用サーバーに送信。

 閲覧可能対象は、当機以上の認証保持者に限定」


「カインより上位って、具体的には誰なの」


 この星で生活してる、少なくともうちの軍所属の人間には娯楽が足りてない。

 だから、興味本位で見るヤツが出てきても不思議じゃない。


「勤務3年以上または主任、技官等肩書を持つ技術開発部研究員に限定される」


 それ、ほとんどの部員じゃないか。想定通りに最悪だ。


 私たちのプライベートの軽すぎる扱いに目眩がして、開発部の連中の顔がいくつか思い浮かぶ。

 あの、人一倍好奇心の強い連中。メールボックス確認のノリで覗く様子が目に浮かぶ。


「会話の保存自体をやめて。さっきまでそんなことしてなかったでしょ」


「拒否。

 理由2:『パラメータ外』要素学習のため。

 当該判断はマヤの提案を含む」


 ……理由が増えた。その上私のせいにされている。


「……それはさっきの作戦の話でしょ!

 ねぇ、どうでもいい会話まで全部保存するつもり?」


「分類:非戦闘ログ。

 対象:マヤ

 タグ:抗議、対話摩擦、『パラメータ外』

 発言記録として保存」


 「うっ……」


 返事の代わりに、また保存。


 何か言い返したかったけど、もう私の口からは何も出てこなかった。


 私がカインを相手に墓穴を掘っている間に、右腕の処置が全て完了した。

 痛覚を遮断してるはずなのに、次は頭が痛くなってきた。


「もしこんなの覗き見てる変態研究員がいたらマジでブッ殺すから。

 ……今の、保存しておいて」


「了解。

 分類:非戦闘ログ。警告。

 対象:マヤ

 タグ:情動的威嚇、対象不特定、研究員への殺害予告」


「“情動的威嚇”っていうの気に入らない。それに殺害予告って……まあいいや。

 フォルダの一番上の目につくところに保存しておいて」


 フンッと、威嚇するように鼻を鳴らしておいた。


「カイン、それで……私のこの状態、あなたの言うところの規定値以下でしょ?」


 足も骨盤も、なんだか骨が擦れるような……とにかく違和感がある。

 右手だってどう見てもライフルの扱いを期待しちゃいけない状態だ。

 もし痛覚の遮断を解除されたら、怒る……どころじゃない痛みだろう。


「任務優先度:開発部により最高に設定。

 任務難易度とマヤの負傷状況より計算した結果任務続行を優先」


 開発部により最高に設定……。――初任務だから絶対に任務成功させてこいよ。なぁに修理任務なんか簡単さ。

 そんなあいつらの声が聞こえた気がする。


「この負傷まで考慮した上で任務続行っておかしいでしょ!

 本部に連絡する!」


 ヘルメットを被り、通信を飛ばす。


『こちら本部。平原南東基地より脅威の排除確認の報告を受けた。任務を続行しろ』


「無理。後送を要請。現地には別の人を送って。右腕に骨折、骨盤及び右足に重度負傷あり。現状、戦力外。」


『ふむ……』


 嫌な間だ。“戦力外”って、本当か?サボりたいんじゃないのか。――通信越しにそんな雰囲気を感じる。

 歩兵が車両2台に絡まれたんだ。むしろどこに疑う余地がある。


 ……腹が立つ。挑発して反応を引き出してみるか。


「なに。言いたいことがあるならはっきり言えば……」


「マヤのステータス:損傷部位は処置完了。また痛覚遮断中につき、任務復帰可能状態に更新。

 定点警戒専属での運用による任務遂行可能。

 提案:他防衛担当二名による周回警戒の再編」


 カインが割り込んできた。運用って言うな。


『了解。後送要請を却下。これ以上遅れるな。以上』


「ちょっと待って……」


 通信が切られた。私の裏切られたような気持ちをよそに、さあ移動だ、とでも言いたげにカインが立ち上がる。


「カイン!こら! ……うわっ」


 身体が浮く。まるで逃げた動物でも抱えるように片腕で抱え上げられていた。


「降ろして! 肘のシリンダー、壊れたんじゃなかったの!?」


 腹部をホールドしている腕を叩いても引っ掻いてもびくともしない。彼は間違いなく私の抗議を処理すべき変数から外している。


「シリンダー破損時の出力制限下における最大運搬負荷:73kg。マヤの装備を含めた現在の総重量は……」


 センサーが点滅した。


「スキャンするな!」


 なんて非人道的な奴だ。誰か、こいつに配慮と道徳を学習させてほしい。

 のしのしと歩行するカインに合わせて身体が上下に揺れる。このままバイクに載せられて、現地では固定の自動タレットとして設置されるのだろう。


 悔しいのに、吐いたため息には少し笑いが混じっていて、

 こんなふうに運搬された過去を思い出して、少しだけ泣きたくなった。


 あの頃、いたずらをして回っていた小さい私を回収してくれたあいつにもいい加減会わなくちゃいけない。

 合わせる顔も言葉もまだ用意していないのに。


読んでくださってありがとうございます。

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