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死ねない私の鉄のテディベア  作者: ノイズマリー
なら、よかった
13/15

1 38要塞

2章は暴力描写あるので苦手な方は閲覧注意です。


 沼地は嫌いだ。


 鼻を抜ける空気はなんだか青臭く、車両を出せば泥の下の見えない溝にタイヤを取られ、歩けば脚を飲み込み、引っこ抜く時には体力を削られる。


 何よりこの蒸し暑さ。


 朝から元気いっぱいのヤツでも、一時間も歩いていればすっかり無口になるか、この地の忌々しさを呟き続けるスピーカーになるかのどちらかだ。


「マジかよ。38要塞なんて、戦車砲とオート砲台で打ち下ろせば終わりのラクな基地だったろ。

 なんでここまで押し込まれてんだよ」


 向かいのシートに座っている兵士たちが配布された資料に目を通しながらぼやいている。


 ぬかるんだ地形は攻勢をかける側の勢いを殺し、防衛側に回れば有利に働く。

 その上高所に築かれた38要塞は負け知らずで、堅牢なこの基地があるおかげで周辺の資源を長い間独占し続けてきた。


 「弾が足りてないんだよ。

 敵の3機編隊の精鋭共が、輸送機を落として回ってるらしい。

 撃墜しても数時間後には別の機体が来るが、同じやつが継体した後すぐに戦場に戻ってきてるんじゃないかって言われてる」


 通常、メンタル面への影響と肉体的な慣れを考慮して、うちの軍では継体後2日は休みを取らされる。

 数時間後にすぐ戦闘復帰なんて、向こうではそれが当たり前なの?


「おいおい……もう戦闘機10機ぐらい護衛につけて運べばいいだろ」


「数が多ければいいってもんじゃないんだよ航空戦は……。

 そんなに簡単に片付くんなら俺達もこうやってステルス車両で何時間もかけて移動してないって。


 最初はさ、近くの通信基地での戦闘が長引きそうだったから、38要塞からそこに物資回してたんだ。


 で、しばらくして押し返した。その時はみんな喜んでたらしいんだけど。

 その直後から本部から要塞への輸送機が落とされ始めて、物資が整わないまま要塞が攻められ始めて今に至るってわけだ。


 でもみんなナメてたんだろうな。どうせ今まで通り簡単に押し返せるって」



 今まであそこは何度か強襲や工作を受けたことがある。でもそれらすらカバー可能な、要塞の名にふさわしい構造に助けられてきた。


 だが今回は今までとは違う。



 長い陸の旅が終わり、車両から降りて痛むお尻を擦った。空路が使えればこんな目に遭わなくて済んだのに。


「マヤ! やっと着た!」


 振り返ると、こんな場所に似つかわしくない、人懐っこい笑顔がそこにあった。

 私の存在を確かめるように、グローブを脱いだ彼の両手が私の両頬を力強く包んだ。

 彼の笑顔につられるように、私の頬が緩む。


 サーミル。数少ない私の……友達。


 問題を起こした私に、ヨースケと同じように変わらずメッセージをくれた。

 彼の猫みたいに大きな目がくしゃっと笑っている。


「あんなところに3年間もいて、泣いてないか心配してたよ。

 全然変わってないね、マヤ」


 ああ、誰かにこんな笑顔を向けられたのは久しぶりかもしれない。そっと彼の手に触った。


「変わってない? わたし、結構鍛えられた」


「変わってないよ」


 『あんなところ』……彼がこんな言い方になるのは、私と出会う前に彼もそこにいたことがあるから。

 戦闘が常態化した南に戦力が集中しすぎて問題になったことがあった。その是正として、彼はこちら側に戻された。


 その時の戦力評価報告書に記された『南部戦域における戦力不足を個人で補填可能な人材』っていう冗談みたいな一文は、よくネタにされる。


 遠くから現地司令の声が響いた。

「ブリーフィングは5分後に開始する。おい、さっさと荷物置いてこい」


 肩を竦めて、荷物を担ぎ直した。

「行ってくる」


「そうだね、後で」


 顔がじんわり温かくて、名残惜しいのに兵舎へ向かう足取りは軽かった。




 ブリーフィングルームの壁一面のスクリーンに、周辺の衛星映像が映し出されている。


 物資は私が予想していたよりも少なく、補給はステルス車両による不安定な供給に頼るのみ。


 現在の敵の兵力はこちらと同程度だと推測されているが、本気でこの要塞を落とすつもりでいるなら間違いなく増援されるだろう。

 幸い対空砲タレットのカバー範囲が広いから、要塞周辺に限り敵の爆撃が降ってくるのを心配しなくても良さそうだ。


 ようやく話は今夜の作戦に移った。


「……つまり、セキュリティルームとネットワーク管制室。

 両部屋の制圧と、通信コンソールにウイルスを仕込むのをそれぞれ同時にやってもらう。

 一人はサーミル。もう一人は?」


 部屋が静まり返った。


 セキュリティルームは、大抵ネットワーク系の部屋と互いに監視し合う構造になっている。

 サーミルなら簡単にやってのけるだろう。問題はペアの相手だ。片方がタイミングを間違えば終わり。

 そして工作に二度目は無い。



「マヤが適任だ」


 隣にいたサーミルが声を上げた。


 場が凍った――気がした。問題児を見る、あの刺すような視線。

 それだけじゃない。『こいつがやれるのか』という疑いの混じったそれ。


 たまらなくなった私がサーミルの袖を引っ張る前に彼が続けた。


「彼女は以前僕と組んだことがあるし、南での経験もある」


 作戦担当士官がパッドを操作している。たぶん、私の経歴を見ている。


「それに、彼女以外に適任者はいないだろう?」


 そこでサーミルが私を見た。口角はわずかに上がっているが、目は軍人のそれだ。


「現時点ではそうだな。サーミルが言うように経験に問題ない。マヤ、お前が行け」


「……了解」



2章です。よろしくお願いします。

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