11 無機質で、懐かしい
通信を切ると、風に枝と葉が揺れる音だけが残った。
ふとカインを見ると、アイセンサーが点滅しているのに気が付く。
「連携対象スキャン結果:脚部に負傷確認」
「大したことない。さっき転んだ時にぶつけただけ。……っていうか、勝手に人の体をスキャンしないで」
「応急処置として自己硬化型義組織の使用を推奨」
「はぁ、わかった、わかった。大した怪我じゃないって理解したら諦めてくれる?」
そう言いながらブーツを脱ぎ、パンツの裾をまくり上げた。
そこは感じていた痛みよりも深くえぐれていた。出血も多い。
「……過去の戦闘で散らばった金属片の上に転んだみたい」
傷を見てしまうと、だんだん痛みが増していくのはどうしてなんだろう?
「応急処置の許可を申請」
「……わかった。お願いする。
それと、聞きたいことがあるんだけど」
息を大きく吸い、少し息を止めてから問いかけた。
「さっき……霧の中でシールドを使った時、どうして私の頭を撫でたの?」
喉の震えが止まらない。
「それに、ライフルを撃った時、汗を拭う仕草をしてた。あなた、汗なんかかかないでしょ」
あの動き、あれは記憶の中の隊長の動きそのものだった。
――私が殺した隊長の。
ヘルメットを外して、両手で目を覆った。
もしも、目の前の機械に隊長の要素が使われているのなら、私はもうどうしたらいいのかわからない。
目覚めないままの彼を、また戦わせるために金属の人形の中に封じ込めたのだとしたら――
「不明。自立型AIモードにおいて使用した模倣データに含まれていた挙動と推測」
「模倣……」
「当機は過去の戦闘データより挙動を学習済み。自立型AIモード中は模倣データの使用率が上昇」
戦闘データ……。
彼の返事はシンプルで合理的だったのに、消化するのに少しだけ時間がかかった。
「そっか……。
なんだ、そうだったんだね」
あんな動作まで完璧に模倣しなくたっていいのに。
「……頭撫でるのも、汗拭う仕草も……無駄だから消したほうがいいよ」
小さくて情けない声になった。
聞こえなかったのか、単に不要だと判断されたのか。カインは私に何も返さずに傷の手当てを始めた。
消毒液が容赦なく傷口に染みて、息を吸い込む。
反射的に逃げようとする脚に力を込め、必死に耐える。
痛みを誤魔化したくて、どうでもいいことを口に出した。
「……ねえ、連携対象って呼ばれるの、好きじゃない。マヤって読んでよ。
私もカインって呼ぶ。……いつのまにか勝手に呼んでた気がするけど」
「了解。呼称変更。
分類:非戦闘ログ。人間間コミュニケーション
対象:マヤ
タグ:関係構築
発言記録として保存」
急に聞き慣れない言葉が現れて、面食らった。
保存?
「……ちょっと。なに勝手に保存してるの。消して」
「要請を拒否。当機による書き込み専用箇所に保存済み」
むっとして、もう一度。
「消して」
「発言記録済み領域の当機以外の閲覧、及び削除は上位権限のみ可能。
マヤの権限では不可」
「ちょっと。……それ、技術部のヤツなら見れるってこと?」
「肯定。
分類:非戦闘関連のデータ及び自軍所属個体のプライベートを含むデータは当機専用サーバーに送信。
閲覧可能対象は、当機以上の認証保持者に限定」
「カインより上位って、具体的には?」
この星で生活してる、少なくともうちの軍所属の人間には娯楽が足りてない。
だから、興味本位で見るヤツが出てきても不思議じゃない。
「勤務3年以上または主任、技官等肩書を持つ技術部研究員に限定される」
「限定っていうより、それってほとんどの技術部員じゃない……」
私たちのプライベートの軽すぎる扱いに目眩がして、技術部の連中の顔がいくつか思い浮かぶ。
あの、人一倍好奇心の強い連中。メールボックス確認のノリで覗く様子が目に浮かぶ。
「会話の保存自体をやめて。さっきまでそんなことしてなかったでしょ。どうして急に…‥」
「拒否。
理由:『パラメータ外』要素学習のため。
当該判断はマヤの提案に基づく」
「……さっきのは作戦の話でしょ!
ねぇ、どうでもいい会話まで全部保存するつもり?」
「分類:非戦闘ログ。人間間コミュニケーション
対象:マヤ
タグ:抗議、対話摩擦、『パラメータ外』
学習優先度:高
発言記録として保存」
「うっ……」
返事の代わりに、また保存。
何か言い返したかったけど、もう私の口からは何も出てこなかった。
私がカインを相手に墓穴を掘っている間にも、彼の冷たい手が私の傷口を手当て用の義組織で覆っていく。
パテのように欠損部分に盛られていくそれは、彼の少しぎこちない手の中で粘土のように形を変え、傷口を覆い隠した。
足の痛みは遠のいていく。代わりに頭が痛くなってきたけど。
「もしこんなの覗き見てる変態研究員がいたらマジでブッ殺すから。
……今の、保存しておいて」
「了解。
分類:非戦闘ログ。警告
対象:マヤ
タグ:情動的威嚇、対象不特定、覗き見てる変態研究員への殺害予告」
「“情動的威嚇”っていうの気に入らない。それに殺害予告って……まあいいや。
フォルダの一番上の目につくところに保存しておいて」
くだらないやり取りが終わる頃、私の脚には金属の指先でそうしたとは思えないほど完璧に包帯が巻かれ、処置が完了した。
これで、また歩ける。
薄くなった霧の中からバイクを引っ張り出そうとしたその時、味方の支援機の飛行音が近づいてきた。
風圧が霧を散らすと同時に、ノイズ混じりの通信が入る。
『はぁぁ、やっと見つけた。
マヤと……うお、カインって新人かと思ったらメカの事かよ。
すまん、ちょっと遅くなった。対空積んだ奴に絡まれてさ。大丈夫か?』
戦闘機に向かって片手を挙げて応答する。
「私は脚の負傷だけで済んだ。処置済み。
カインは……見た目はかなりひどいし煤だらけ。
修理任務、この腕でどうやるつもりなのか知らないけど、本人はやる気みたい」
「任務遂行に支障なし」
ホバーバイクのエンジンの始動に5回目で成功したカインが応答する。
「まじかよ。クールだな!
俺が目標地点まで護衛してやるよ。
敵車両は破壊済みだし、一緒に来た他のやつらにも周囲を警戒させる。
大丈夫だとは思うけどさ」
たまに戦場で見かけるこのパイロット、いつもより明らかに声が弾んでいる。
思わず少し頬が緩んだ。ロボットを目の前にすると、みんな少し子供に戻るのかもしれない。
「発進に備え、姿勢保持を推奨」
髪を束ねてから、サイドバーを握る。
「了解」
私が言い終わるのと同時に急発進したバイクは、基地を出た時とは違って変な音がするし、振動が大きい。
霧の中でどこか壊れたのだろう。でも今はまぁ……進めればそれでいい。
「で、ロボットのカイン……だっけ?
お前何ができんの? 水とか飲むのか?
技術部が作ったんなら、やっぱり自爆とかすんのか?」
「回答:当機は戦術機体・カイン。
認識コード KHANH-EXR-003-ARC。
当機に水分補給は――」
「うおおお!戦術機体!かっこいいなその自己紹介!もう一回言ってくれ!」
「水飲むのかって……カインに口なんか無いじゃない」
通信には乗せずに、こっそりつぶやくと、思わず口元が緩んだ。
右手の親指でカインの弾痕を拭う。
――現場に着く前にこんなに汚れてしまって。
到着もだいぶ遅れる。待機してる連中は、きっとイライラしてる。
でもこの姿を見たら、遅れたことに誰が文句なんか言えるだろう。
カインの汚れた背中を眺めながら、
高揚したパイロットと無機質な応答をするカインの、噛み合っているようなそうでないような通信を聞いていると、
まるで昔に戻った気がした。
読んでくださってありがとうございます。
戦闘の様子を描写するのが苦痛でしたがこういう会話パート?は書くのが楽しいです。
1章終わったら戦闘描写をギュッとうまく圧縮したい……。(できる気がしない)




