ラーメン×哲学少年ズ 〜『食と生と死』〜
『秋の文芸展2025』参加作品
◎テーマ「友情」
理科の先生が地球儀を回しながら言う。
「物事にはプラスとマイナスがあります」
と。
得意げに、鼻高々に、言ってやったという顔で言う。実際に朝や夜、陰陽、光と闇。それぞれありはする。その事を【プラスとマイナスの法則】と言っていた気がする。
ボクには興味がないけど。
それらについての思考なんて自分の頭のなかで完結するからだ。ボクの頭の中には朝と夜、陰陽、光と闇を理解する脳がじゅうぶん詰まっている。
また、「プラスとマイナスがあります」などと言う当たり前な次元で悩みたくもないのだ。
(当たり前のこと言う奴って、バカだもんな)
朝が来て夜が来る。
生まれれば死ぬ。
人間の本能(DNA)に刻まれた『当たり前』を何偉そうに語ってるんだろう。人間はもっと知的にものごとを考えるべきだ。
例えば、命とは何か。そして、死とは何か。この事について言及している者たちは、殆どが金儲けや信者の獲得に忙しくがめつい。
命は、今この瞬間に在り、そして衰えていくもの。考えている間にも消費しているのだ。このまま答えが出ないまま死んでいく、そんな事があってたまるか(!)
だから、授業をサボって、必死に考えている。
生きるということは何かを。中学2年生といえどボクは中2病ではない。周囲よりも考えているし、悩んでいる。
正直、この年齢的に深く悩まない奴はバカだ。
……例えば、
「なぁ。お前の弁当のソーセージってどこのメーカーなやつ? 俺のはタコさんウィンナーだから根本的にはソーセージじゃないんだって」
こういう拙い思考がダダ漏れの奴とか。少し悪態をついて応えた。
「母さんに訊かなきゃわからない。別にどこのだっていいだろう。というか、中学生でタコさんウィンナーって……はぁ、子どもは気楽で良いよな」
「お前だって同い年じゃん」
ふ、分かってないな。
まぁいいさ、ボクの崇高な人生プランをこのバカなクラスメートに教えてやろう。
「ふ、ボクは精神年齢のことを言ったんだ。飛び級制度があればボクの様な優秀な人材は、今頃大学で何かの研究をして、すぐさま日本の役に立てるのに学校と政府がそれを許さない、まったく。才能の飼い殺しだよ」
「……俺と補習で残ってるくせに偉そうだな」
ぼ、ボクの才能は、学力では無くて、思考そのものにある。思考だって誰よりも深い。そこら辺の大人にも『容易に理解できない独特な感性』と言われている。この振る舞いはちゃんとした実績に基づいてのことだ。
……と説明しても、理解できないらしい。ソイツは補習時に机に突っ伏して「理科なんか、やる気でねー!」と大きな声をあげた。
理科は面倒くさい。きっと研究者になったら一生陽の光を浴びられなくなるだろう。
だから、
「そこに至っては同感だ」
賛同した。すると彼は鞄を取り出してキョロキョロ周りを見渡している。もしやこれは。
「なぁ、抜け出さね?」
「先生が怒るのではないか?」
「……問題。オマエの前には①美味しい中華屋の情報と②楽しくない力学の計算式があります。将来的にオマエの人生にとって有益になるのはどちらですか?」
なんだコイツ。
ボクに、難問をふっかけてきたな!
「ふん、店の接客対応はどうなんだ。食券制なのか、それともオーダー制なのか、コード決算なのか」
「お。食いついたな! 食券制だ。コード決算苦手そうなお前でも気軽に頼めるし雰囲気もいいしオマケもしてもらえるぞ、行かね?」
「肝心の味と値段は釣り合っているのか」
「当たり前じゃん基本的に一杯480円、醤油ベースの豚骨スープに玉子麺。美味いぞ〜!」
哲学者というものは、人とは異なる思考を持つ者を指すのではないか。そう思っていたが、偶には人と同じ感性を持たなければ狂うだろう。
ずっと、生と死について考えていても腹は鳴る。
(腹が鳴っては思考ができないからな)
戦略的撤退という言葉もある。ボク等は学校から抜け出し、中華屋へ行った。
快晴だった。
トッピングとして提供されるのは、見上げた先にある霜降り空の様なチャーシューだろうか……。
期待は膨らむばかり。
◇「はいおまち!」とラーメンが運ばれる◇
「……これは……」
中華屋のラーメンは、チャーシューがとても分厚く鱗雲のような脂身があった。見た目もこってりだ。ボクの嫌いな、陳腐な感じがする。
醤油ラーメンって、もっと色艶が美しくてチャーシューも薄くて上品に盛り付けられてるはず。
(騙したな、こんなの噛み切れるわけないだろ!)
店主に聴こえないように非難する。
「と思うだろ? 齧ってみろよ」
「……」
騙されたのかもしれない。
しかし、食券制で店主がニコニコとこちらを見てくる。中華系の人だろうか。食べずに出ていったら国際問題になるだろうか。
(日中の友情のために、勇気を出して食べてみよう)
……、
…………。
チャーシューの脂身が甘くとろける。そして瑞々しい。肉の繊維も邪魔することなく解けていく。醤油やみりん、出汁などの複雑な味がして、美味しかった。
「俺は勉強できねーけど、美味い店いっぱい知ってんの、スゲーだろ」
硬直するボクに得意げに話す。
ボクは、理科の先生の理屈をバカらしいと思っていた。しかし、ここでもプラスとマイナスの法則が発動したのである。
『勉強できねーけど美味い店いっぱい知ってんの』という、コイツのプラスとマイナスの法則は、個人的に好きだ。
実際にラーメンは美味しかったし、店員も穏やかで優しかった。なるほど、コイツの哲学は『食事』にあるのか。
……ボクは、哲学……何の?
生と死について。
答えを出すのが難しい難問だ。この答えを追求することに本当に意味はあるのか。帰り道に悩んでしまった。
「オマエは凄いよ」
ボクの声に不思議そうな顔を浮かべている。
「ラーメンがそんなに衝撃的だったのか?」
「ちがう、けど……」
ボクは、自分の情けなさをなかなか言えなかった。勉強も出来ない、美味しいラーメンの店も知らない。それでいて不真面目なボクは何だったのだろう。
型にはまらない様に生きているつもりで、型にはまって生きていた。様な気がする。しかもダメな方の。
「……悔しい、な。ラーメン一杯でボクの思考がムダになるなんて」
「あー、何かよくわかんねーけど、凹むなよ。また補習あったら、美味いもん食いに行こうぜ!」
その言葉がやけに嬉しくて。
こういうのを『友人』と呼ぶのだろうか。そんなことを思う。
──しかし、
「ごめんけど、補習にはならないように、これからはちゃんと勉強する」
「は!? 抜け駆けじゃん! お前ホントは勉強出来る奴だったのか!?」
まだ、ラーメンのお礼をしていない──
されてばかりでは癪だ。だから、ボクはオマエのために一生懸命苦手な勉強をする。
……そうだな。思考をしたり自分の考えを言葉にしたりするのが好きだから、将来的に教師になるのも良いかもしれない。
(先ずはコイツで試してみるか)
夕日にカラスが鳴く。
2つの影は麺のように伸びて、地面に啜られてゆく。ボクらの影の風味をアスファルトは気に入るだろうか。
少しだけ、ほんの少しだけ。
大地に着地できた気がする。
END.
最後まで読んでくれてありがとうございます!




