第9話 揺らぐ因果、運命の織り手たち
夜空に薄く浮かぶ月明かりが、静かな王都の街並みを幽かに照らす。
ローゼンベルク邸の書斎で、アリエル・ローゼンベルクは震える指先でページをめくっていた。重ねた情報が織り成す因果の網は、彼女に重圧をもたらす。
「この国の闇は、想像以上に深く、複雑――」
机の上に散らばる文書の中には、彼女の異能〈因果断絶〉に匹敵する、或いはそれを操る者の手によって引かれた暗い糸が見え隠れしている。
「憎むべきは、ただの個人ではない。運命を糸のように操り、欺く者たち……」
ふと、背後から静かな足音。
「アリエル様、外が騒がしいようです」
メイドのリリアが声を潜めて知らせる。
アリエルは剣を壁の剣掛けに戻し、覚悟を決めて振り返る。
「思ったより早く動いてきたか……敵も焦っている」
その声には疲労が滲むが、揺るぎない鋭さがあった。
窓の外で、闇に紛れて飛び交う影。今回の黒幕側の刺客たちが早速動き出したのだ。
「来るなら来い。私はこの運命を断ち切る。たとえ千の刃が私に突き刺さろうとも」
剣光が夜の静寂を裂く音が遠くから聞こえ、戦いの幕が再び開く。
その時――部屋の隅で、急に別の存在が浮かび上がった。
長らく影に潜んでいた、王都の老陰謀家マルセル伯爵。
彼は薄く笑みを浮かべ、アリエルに一歩近づく。
「若き令嬢よ。お前の運命も、私の手の中で踊っていることを、忘れるな」
アリエルの瞳に、一瞬計り知れぬ憤りが走る。
「私は、あなたの操り人形になどならない」
だが、その冷静な声とは裏腹に、心の奥底では不穏な予感が渦巻いていた。
――複雑に絡まる因果の糸。彼女の一歩一歩が、王国全土の命を揺さぶり、時代すら変える予兆を秘めている。
リリアがそっと手を握ってくる。
「絶対に負けないで、アリエル様。わたしはあなたの側にいるから」
振り返り、ほんの少しだけ微かな微笑を返す。
「ありがとう、リリア。共に歩もう」
その約束が、まだ見ぬ明日への光となる。
外では嵐のように、因果を巡る戦いが激化していた。
命の糸は絡まり、断ち切られ、そしてまた繋がれる。
王国の未来は、今まさに危うく揺れている。
アリエル・ローゼンベルクの復讐劇は、確かに新たな局面を迎えたのだった。
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