第8話 壊れゆく因果、浮かび上がる黒幕の影
闇の中で揺れる灯火が、アリエルの疲れ切った横顔を照らしていた。身体を支えるリリアの手が震えているのに気づきながらも、少女は強く目を閉じた。
「因果断絶……使う度に、私の心は凍りつき、命は削られていく――」
その痛みはもはや生者のものとは思えず、深みを増していった。だが、それでも彼女の瞳には一片の迷いもなく、紅の炎が燃えている。
「これが最後ではない」
ふらつきながらも、アリエルは立ち上がり、剣を握り直した。
邸宅の奥深くで、不穏な気配が蠢いた。かすかに聞こえる金属音とひそやかな足音。黒いローブの男――黒幕の一人が、もたらした文書をじっと睨みつけていた。
「…計画は着実に進んでいる。だが、奴の力は想像以上だ」
彼の冷たい声に応じるように、別の影が姿を現した。
「因果断絶を繰り返す度に、彼女の魂は確実に凍結している。限界は近い。やつが己の命を削りながらも闘う理由、それは…」
「復讐。そして何より、執着だ」
二人の会話が夜の静寂に溶け込む。
その頃、アリエルは密かに集めた情報帳を開いていた。裏社会の密偵たちが拾った断片的な情報が、ようやく一つの輪郭を成していく。
「あの男……黒幕の正体は、この王国の影の核にまでつながっている」
彼女は指で文字をなぞりつつ呟く。王族にも近しい、ある影の人物。
「彼は『因果を操る者』。私の異能と関係が深く、かつ因果を断てる唯一の存在……」
矛盾した事実に、アリエルの頭が熱くなる。
「こんな者に私の復讐を阻まれてなるものか」
その瞬間、外からかすかな物音が聴こえた。
「アリエル様!」
リリアの急な声に振り向けば、慌てた若者が駆け込んできた。
「助けが…届きました。王国の忠誠を誓う者たちが支援を約束しています」
ひと握りの救いを胸に、アリエルは力なき声で呟いた。
「まだ終わらない……私の物語は、ここからが本番だ」
凍てついた因果の鎖が、少しだけ緩むような一瞬。
それでも、彼女の前に立ちはだかる黒幕の影は、あまりに大きく、暗く。
深い因果の迷宮のさらに奥底で、戦いは不気味な幕開けを迎えようとしているのだった。