第68話 裂ける街声、影の再燃
王都の広場に、ざわめきが夜を埋め尽くしていた。
外敵を退けてなお、民衆の声は一つに纏まらず、幾重にも割れて響いた。
旗を讃える言葉と、旗を恐れる叫びとが、同じ空間に渦巻く。
感謝と畏れが交錯し、その熱は鎮まるどころか互いを煽り立てていた。
やがて声は形を変えた。
希望を掲げる集まりと、拒絶を叫ぶ集まりが街路を分かち合い、対峙するように膨れ上がった。
瓦礫の山を乗り越えて集い、拳と石が交わり、憎悪の火種が散った。
王都は戦渦を乗り越えた直後に、己の内側で新たな戦火を生み始めていた。
アリエルはその只中に立っていた。
胸の裂け目は曇りのように疼き、そこから漏れる光と影が広場を照らしていた。
旗であるはずのその姿は、民の一部にとって救済の象徴であり、別の一部にとって滅びの兆しであった。
剣を握る手に力を込めても、その裂け目を隠すことはできなかった。
黒幕の気配は見えなかった。
だが地下に残されていた黒紋が脈動し、裂けた人心の奥底から養分を吸い上げていた。
二手に割れた民衆の怒号と恐怖が根に絡み合い、その力が再び呼び水となっていた。
瓦礫の影や裂けた街路から、微かな黒い芽がふたたび顔を覗かせた。
祈りと炎は人々を守ろうとしていたが、争いの渦を止めるには弱すぎた。
リリアの光は広場を覆うことができず、絶望の隙間に影を止めきれなかった。
カリサの炎は拳を制しようと燃え立ったが、憎悪の声は炎すら呑み込む勢いで増していった。
やがて黒い芽は互いに繋がり、小さな影を形づくった。
それはまだ災厄と呼ぶほど大きくはなかった。
だが人の恐怖を吸収したそれらは、次なる暴走の源となることは疑いなかった。
そして、その影の背後に黒幕の姿が一瞬だけ重なった。
輪郭は曖昧で、声もなく、ただ確かにそこに存在していた。
民の心に芽吹いた拒絶と恐怖が、その姿を形作る肉となっていた。
王都は再び裂け始めていた。
廃墟を退けた直後に、内側から崩れていく矛盾。
人を繋ぐ旗であるはずのアリエルが、人を分かつ引き金となりつつあった。
そしてその裂け目に、黒幕は確信を与えるかのように笑みを刻んでいた。




