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第67話 囁きの種火、裂ける人心

王都の広場には、戦いの残滓が未だ色濃く残っていた。

倒壊した建物、血に塗れた石畳、そして焦げ付いた匂いが、誰もが望まぬほど鮮明に漂っていた。

人々はそこで立ち尽くし、互いの顔を見ながらも声を掛けることができなかった。


外敵は退けられた。

だが勝利の実感よりも強く残っていたのは、旗印そのものへの畏れだった。

裂け目が拡大し、光と影を漏らすその姿は、もはや人の域を逸していた。

救われたという安堵と、背後から飲み込まれるかもしれぬ恐怖。

その矛盾が、人々の心を静かに裂いていった。


やがて囁きが広まった。

旗は確かに街を守った。だが次は街そのものを呑み込むだろう。

黒幕の力は、旗と同じ源から生まれたのではないか。

それならば旗印の存在は、未来において廃墟と変わらぬ災厄になるのではないか。


囁きは恐怖を糧に育ち、言葉から疑念へと形を変えた。

家族を守るため、街を守るため、本当に旗に従うべきなのか。

選択をせずとも心は傾き、恐れに揺さぶられた者たちはいつの間にか「拒絶」という形を取り始めていた。


黒幕の気配は既に遠くに退いていた。

だがその存在は消えたのではなく、囁きの中に生き続けていた。

敗残兵に刻まれた黒紋は広場の瓦礫に残り、誰も気付かぬまま淡く脈打っていた。

その律動は、恐怖を抱く人々の心拍に同調し、彼らを徐々に取り込んでいった。


アリエルは剣を支えに立ち続けていた。

民を繋ぐために旗であり続けると誓った姿は、誰よりも痛みに満ちていた。

しかしその旗を仰ぐ眼差しの中に、疑念と拒絶が混ざり始めていることを本人も察していた。

守れば守るほど人から距離を置かれ、繋ごうとするほど自らが孤立していく。

その矛盾が、旗印の刃をより重くしていた。


王都の空には雲が垂れこめていた。

遠くから微かな鼓動だけが伝わり、その共鳴が街の地下にひそやかに広がっていた。

裂けた人心のほころびを苗床に、黒幕の影は新たな根を下ろそうとしていた。


光と闇に抱えられた王都は、再び境界に立たされていた。

旗の下に集うか、旗を恐れて手を離すか。

未来を選ぶ声は未だひとつに定まらず、揺れ動いたまま夜を迎えようとしていた。

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