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第66話 代償の静寂、揺らぐ旗影

戦場に残ったのは、瓦礫と灰と、かすかな残光だけだった。

爆ぜるような音は消え、耳に届くのは負傷者の荒い呼吸とすすり泣きの声。

人々は生き残った事実に震え、歓喜と恐怖の狭間で立ち尽くしていた。


アリエルは剣を下ろしたまま、呼吸を荒げ、膝を折ることなく静かに立っていた。

胸の裂け目はかつてないほど広がり、白金と漆黒が絡み合う渦を覗かせていた。

鼓動は速すぎてリズムを成さず、身体そのものが外側へと震えを漏らし続けた。

影を斬れば自身が裂け、立ち続ければ存在が削られる。

その二律背反の痛みが、全身を断ち切る刃となっていた。


リリアの祈りは手を伸ばし続けていた。

だが裂け目は祈りを拒み、光を触れるだけで弾き返した。

それでも祈り手は手を離さず、揺らぎながらも傍らに留まり続けた。


カリサの拳には血と煤がまとわり、炎はすでに尽きかけていた。

それでもなお、仲間の背を押すように火を灯し続けた。

戦いは終わっていないと知りながらも、今はただ旗の姿を崩さぬよう支えとなっていた。


王都の民は歓声を上げきることができなかった。

確かに外敵は退けられた。

だが目の前に立つ旗印は、人か廃墟かの境目に揺らぎ続けていた。

恐怖は消えず、希望も絶えない。

人々は戸惑いのまま、背を向けることも、駆け寄ることもできぬ沈黙の中に立っていた。


夜空に漂う残光はまだ消えず、王都を薄く照らし続けた。

その輝きは勝利の証ではなく、次なる崩壊の予兆であった。


黒幕はすでに姿を消していた。

だが地の下にはまだ根が潜み、鼓動が遠くから広がり続けていた。

敗北ではなく、成長のための一手。そうとしか思えぬ影の動きがそこにあった。


アリエルは深く息を吐いた。

声もなく、倒れることもなく、ふらつきながらも地に剣を突き立て、自身を立たせ続けた。

裂け目は痛みを超え、もはや存在そのものの証へと変容していた。

民を繋ぐ旗である以上、その傷は避けられぬ運命だと自覚しながらも。


王都に広がる静寂は、決して平穏ではなかった。

崩壊の影に覆われながら、それでもなお旗は立っていた。

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