第64話 臨界の裂け目、試される旗
光と闇の奔流は均衡を保ち続けていた。
だが均衡は永遠には続かない。
王都を包む大地が唸りを上げ、影の根はさらに広がり、民の足下にまで侵食を伸ばした。
防壁を貫く黒い紋様は街そのものを刻印し、王都を苗床として飲み込む速度を増していった。
アリエルの胸の裂け目は、ついに限界の兆しを示し始めていた。
鼓動のたびに定かであった境界線が溶け、黒と金の光が混ざり合い、不規則な閃撃となって周囲を走る。
ひと振りの刃は敵を斬るだけでなく、地を砕き、空気そのものを焦がす暴発へと近づいていた。
味方の兵でさえ、その煌めきに怯え、一瞬、刃を握る手を止めてしまうほどであった。
黒幕の紋は緩むことなく拡大し、王都を覆う大地をひとつの心臓として打ち鳴らした。
その拍動はアリエルの裂け目の脈動と重なり、互いを引き寄せあいながら彼女の肉体を蝕み続けた。
共鳴は深まり、旗印として立つ姿と、廃墟の器として崩れる姿が、一つの影に重なりつつあった。
リリアの祈りは届いていた。
弱っていく声が彼女を縛り止め、過剰に開きかけた裂け目を辛うじて鎮めていた。
カリサの炎もまた迸り、影軍を押し返し、アリエルの孤立を阻んでいた。
だが二人の気配がどれほど支えようと、核心にある彼女自身の崩壊は止まらなかった。
王都の民はその戦いを見守りながら震えていた。
守護者として立つ姿に希望を見出し、同時に崩壊しかける姿に怯えていた。
歓声と悲鳴が交錯し、希望と恐怖が同時に渦巻く。その矛盾そのものを、黒幕は悦楽として見下ろしていた。
膝が沈みかけた瞬間、アリエルは剣を支え直した。
紅黒金の閃光が裂けた胸から奔り、もはや制御不能なまでの輝きを浴びせかける。
その光は敵を討つ刃であると同時に、彼女自身を呑み込みかける渦でもあった。
次の一撃が、均衡を断ち切る。
それは旗として人を繋ぐ未来を選ぶ一撃か、廃墟として全てを奪う一撃か。
選択は既に迫っていた。
黒幕は動かず、ただ両腕を広げ、迫る決定を待っていた。
彼にとって勝利とは相手を倒すことではなく、旗そのものを自壊へ導くことに等しかった。
王都の空は黒と金に覆われ、夜と黎明が綯い交ぜとなった。
光と闇の狭間で、アリエルは臨界の刃を振り下ろす。
その瞬間、戦場の全てが凍りつくのだった。




