第63話 刃と紋、初交鋒
戦場の鼓動が一つに収束した。
王都全体が震え、民衆の恐怖と希望の声が渦のように絡み合った。
その中心に立つ二つの存在――旗印アリエルと、黒幕の外套の男。
光と闇が、それぞれの身体から放たれていた。
アリエルの胸に刻まれた裂け目は黒幕の紋と共鳴し、互いに波長を合わせながらも抗い合っていた。
片や人の絆を繋ぐ旗としての光、片や全てを呑む廃墟そのものの闇。
両者の気配は、もはや軍勢より大きな存在感を生み、戦場そのものを二つに裂いていた。
最初の衝突は一瞬だった。
アリエルが振り下ろした剣が紅黒金の閃光を放ち、黒幕の掌に宿る紋から黒い鎖が迸る。
光と闇の奔流がぶつかり、爆ぜた衝撃波が王都の大地を裂き、城壁の上にまで亀裂を走らせた。
その衝撃だけで、民兵たちは盾を抱えて倒れ込み、耳を塞いで震えた。
二撃目はさらに激烈だった。
災厄の樹の残骸を思わせる黒の槍が空を穿ち、アリエルの足元を狙って突き上げた。
彼女は刃を逆手にしてそれを迎え、金の軌跡で反撃する。
だが槍の破片は無数の根となり、彼女の腕や足に絡みつこうと伸びてきた。
裂け目の痛みが爆発した。
黒幕の力は彼女の存在そのものと呼応し、肉体を媒介にして内部から侵食してきた。
皮膚に黒の紋様が浮かび、剣を握る手は震え、立ち続けることすら危うくなる。
それでも彼女は膝を折らなかった。
リリアの祈りが遠くから光を注ぎ、侵蝕を一瞬押し返す。
カリサの炎が軍勢を遮り、アリエルの孤立を防ぐ。
仲間たちの支えは確かに届き、彼女を前に立たせ続けていた。
三撃目は決定的なものとなった。
黒幕が掌を広げると、戦場全体が一つの巨大な紋と化し、王都そのものが影の器官として揺れ動いた。
地面が波打ち、城壁が震え、王都全体に根が走る。
それはまさしく「都市そのものを苗床にする」術であり、このままでは王都は完全に吞み込まれる。
アリエルは吼えるように刃を振り抜いた。
紅黒金の光が収束し、一条の破滅的な閃光となって黒幕の紋へと突き刺さる。
互いの力が一点で交わり、光と闇がせめぎ合い、戦場全体を覆う閃光と黒霧が拮抗し続けた。
人々は息を呑み、ただ見上げるしかなかった。
その瞬間、勝敗はまだ決していなかった。
だが確実に、旗と廃墟の意思が真っ向から衝突した初めての瞬間が刻まれた――。




