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第62話 黒幕顕現、崩壊の兆し

戦場の混沌のただ中に、影がひときわ濃く集まった。

闇が渦を巻き、群勢の根の中心から一人の男が歩み出る。

外套は風に靡き、掌に宿した黒紋は心臓の鼓動そのもののように震えていた。

その眼には一片の熱もなく、虚無だけが確かに宿っていた。


影の軍勢は一斉に動きを止め、声なき跪拝をもって男を中心に屈服した。

人であったものは完全に器と化し、男の意思を伝える管となった。

戦場全体が一つの大きな身体へと変貌した光景に、王都の兵も民も息を呑み、剣を握る手の震えを抑えられなかった。


アリエルは裂け目の疼きを抱えながら前に進み出た。

痛みは既に呼吸すら削り、血流の鼓動と共に黒と金の光が皮膚から漏れ出していた。

それでも彼女は倒れず、刃を正面に構え続けた。

その姿は、人の旗としての誇りと、怪物へ堕ちる危機を同時に孕んでいた。


膨張する影の軍勢は、男の足元から根を伸ばし、地を覆い盡くそうとしていた。

王都の壁を喰らい、街路を崩し、人の営みを餌に変えようとする侵蝕は止まらなかった。

外套の男の存在だけで、戦場は破壊の胎動へと形を変えていた。


リリアの祈りはその圧力の前で揺らぎ、光の帳は不規則に震えた。

カリサの炎もまた黒の奔流に押し戻され、火柱は軋むように小さく引き裂かれた。

二人の力をもってしても、その存在が撒き散らす圧倒的な「廃墟の意思」を止めることはできなかった。


人々の心に再び恐怖が芽生え始めていた。

希望と共に立っていた足が、影の圧に軋む。

逃げ出す者はいなかったが、顔からは決意の色が一つずつ剥がれ落ち、代わりに「絶望」の影が映り込んでいった。


アリエルの胸の裂け目はさらに拡大し、鼓動そのものが外から見えるようになっていた。

その鼓動は黒幕の紋と共鳴し、まるで互いに呼び合うかのように激しく打ち合っていた。

戦うことが、人としての境界を一歩ずつ削ぎ落とす危険と背中合わせになっていた。


だが彼女は剣を下ろさなかった。

立ち尽くすだけで精一杯のはずの肢体が、それでもなお黄金と影の輝きを刃に宿していた。

倒れる資格はない。恐怖と希望を抱える人々の前で、旗として立ち続ける他にはなかった。


戦場に、外套の男の影と旗印の光が真っ直ぐに向かい合った。

王都を巡る戦いは、もはや軍勢同士の衝突ではなく、二つの意志の覇権を賭けた直接の対峙へと移ろうとしていた。


黒い風が戦場のすべてを飲み込み、光の刃がその中心で震えていた。

崩壊と希望の境界が、ようやく重なった。

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