第61話 総力戦、揺らぐ旗の刃
影の軍勢が城壁にぶつかり、地響きのような衝撃が王都全体を揺さぶった。
虚ろな兵たちの肉体は軋む音を立てながらよじ登り、根を伸ばして防壁を侵食していく。
黒い波が城壁を覆い尽くす中、民兵は必死に槍を突き上げ、石を投げ、後退を拒んだ。
火焔が走った。
カリサの炎槌が空気を裂き、火の奔流が壁面を覆う影を吹き飛ばした。
焼かれた器は無言のまま崩れ落ちるが、代わりがすぐに押し寄せる。
それは尽きることのない影の奔流であり、炎をも恐れぬ黒の波だった。
光が広がった。
リリアの祈りが天蓋のように展開し、矢を防ぎ、負傷者の呼吸を繋ぎ止めた。
その光は人々の混乱を抑え、戦列を維持させる意志の糧となった。
だが祈りは消費を強いられ、彼女の声は微かに震え始めていた。
そして刃が閃いた。
アリエルは胸の裂け目から溢れる光と影を剣に宿し、無数の影兵を両断した。
一撃ごとに体力は削れ、痛みが視界を揺らした。それでも剣は鈍らず、振り下ろす度に希望が燃え広がる。
彼女自身が倒れぬ限り、人々の心は踏み止まり続けた。
広場では民兵だけでなく、市井の人々も武器を手に加わっていた。
職人は槌を振るい、農夫は鍬を掲げ、娘たちすら布を湿らせて炎を遮る役を買った。
王都そのものが戦場であり、命ある者すべてが抗いの列に並んでいた。
しかし影軍もまた進化していた。
失った器の黒い残骸が地に染み、やがて巨大な柱となって芽吹く。
それは人の形すら超えた塊で、王都の壁を喰らう災厄の樹だった。
根を伸ばし、建物を絡め取り、街そのものを崩落させながら侵入を始める。
轟音の中、アリエルは刃を掲げて虚に躍りかかった。
紅黒金の閃光が災厄の樹を斬り割り、爆裂と共に幹を裂いた。
炎と光がその裂け目に注がれ、崩れる瞬間を押し広げた。
だが振るうたび、胸の傷は深く開いていき、血と影の混ざった熱が滲み出ていた。
それでも旗は降りなかった。
空には炎と祈りと裂け目の閃光が交錯し、城壁を超えた戦線全体が巨大な火花となって輝いた。
黒と金、光と闇がせめぎ合うその刃こそ、王都そのものが掲げる唯一の旗だった。
外套の男は遠くからその光景を見つめていた。
敗退の波を恐れることなく、笑みすら浮かべながら。
戦が続くほど裂け目は広がり、やがて旗そのものが崩壊する未来を確信していたからだ。
戦場はなおも炎に包まれ、終焉の鐘のように轟音を響かせ続けていた。




