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第59話 黒き支配者、侵攻の胎動

王都が勝利の余韻に浸る一方で、外縁の地は静かに支配され始めていた。

敗残兵たちの胸に芽吹いた黒紋は根を伸ばし、彼らの肉体から思考を奪い、従順な「器」へと変えていく。

黒幕はその変容を見届け、己の掌に刻まれた紋と同期させた。


王都の周囲には既に網のように張り巡らされた根が伏流していた。

城壁の下に浸食するまで時間はかからない。

戦で失った兵を埋め合わせるように、敗残兵の一団は瞬く間に百を超える「影の兵」と化していった。

血肉の匂いを失い、黒き脈動のみを宿したその軍勢は、王都に向け歩みだすのを待つばかりであった。


王都内部では復興の兆しが広がっていた。

焼けた街並みに仮の拠点が建設され、人々は互いに手を取り合い、かすかな希望を共有していた。

だがその奥底ではなお、「旗印への恐怖」が根強く残り、口にはせずとも「未来を奪うのは彼女ではないか」という疑念が確かに膨らんでいた。


アリエルはその囁きを知っていた。

胸を覆う裂け目は血肉のものではなく、もはや象徴の烙印となり、痛みが絶えず続いていた。

それは傷であると同時に、王都を繋ぐ唯一の証でもある。

握る剣は重くなり、歩む一歩ごとに世界の影が追いすがった。

それでも彼女が立ち続けることだけが、民を繋ぎ止めていた。


遠い丘で見下ろすセラフィエルとヴァルシュは、黒幕の胎動を知りながらも、手を下そうとはしなかった。

歴史を観測する立場として、彼らはただ記録する。

旗印が希望を束ねるほど、その代償として裂け目は広がる。

その結末が廃墟か、あるいは新たな秩序か――それを見極めるための「頁」が、今まさに新しく重なる瞬間にあった。


黒幕はついに動き出した。

器と化した兵を前に、蒼白な月光を背景に立ち尽くし、次なる侵攻の鼓動を響かせる。

王都を覆う夜気が僅かに震え、空気そのものが廃墟の匂いを帯びていく。

侵略は不可避となり、光の旗と影の軍勢は避けられぬ衝突へ導かれようとしていた。


王都の民はまだ、その足音を知らない。

旗印は胸の痛みの中で眠れぬ夜を迎えながら、襲いかかる嵐の胎動を直感していた。

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