第49話 裂けゆく絆、忍び寄る残骸
夜明けの王都にざわめきが広がっていた。
各区の代表が集められた臨時評議後、民衆の間では二つの声が急速に大きくなっていた。
「アリエルこそが旗印だ! 彼女が前に立たねば、王都は再び混乱する!」
「いや、彼女は怪物と同じ力を抱えている! その力に未来を託すのは危険すぎる!」
互いの声が市場や広場でぶつかり合い、小競り合いすら始まろうとしていた。
復興よりも先に、秩序そのものが揺らぎ始めていた。
◆ 城跡にて
アリエル・ローゼンベルクはその声を背で聞きながら、剣を膝に置いていた。
胸の裂け目は落ち着くどころか、黒と金の光が不規則に震え、彼女自身の鼓動を乱している。
リリアが顔を曇らせて囁く。
「人々は、あなたを求めていながら恐れている……評議も割れてしまいました。王都の絆が……」
アリエルは唇を噛み、瞳を細めた。
「……これが“解放の後”の現実か。廃墟だけではなく、人の心もまた、裂けてゆく」
そこへカリサが入ってきて声を荒げた。
「おい! 街の南部で暴動寸前だ! 解放派と不安派の衝突が始まっちまった!」
アリエルは立ち上がり、深く息を吐く。
「止めに行かないと……今度は人同士が自壊する」
◆ 南部の広場
そこには二つの群衆が対峙していた。
一方はアリエルを称え、旗を掲げる者たち。
一方は彼女を恐れ、再び因果の秩序を求める者たち。
罵声が飛び交い、石が投げつけられ、火種が燻る。
アリエルはその中央に進み出て、声を張り上げた。
「やめなさい! 私のために争わないで!」
だが群衆は止まらなかった。
「解放者は必要だ!」
「いや、彼女こそ新たな廃墟だ!」
その瞬間――。
地下から不気味な音が響き、広場の石畳が裂けた。
黒い根が地を破り、新たな“芽”が頭をもたげたのだ。
「まさか……また!?」
リリアが蒼白になる。
芽は民衆の怒号と恐怖を吸い込み、無数の口を持った異形へと変わった。
それは両派の言葉を混ぜ合わせ、汚濁した声で叫ぶ。
『旗印は怪物……怪物が旗印……』
群衆が恐怖に悲鳴を上げ、対立は恐慌へ変わる。
アリエルは剣を構え、胸の激痛に耐えながら叫んだ。
「……これが人の裂け目に生じた“廃墟”……!」
カリサが大槌を構え、リリアが光の盾を張る。
「まとめてぶっ潰す!」
「民を巻き込ませません!」
アリエルは剣を振り上げ、紅黒金の光を溢れさせる。
「今、争う暇はない! 皆……私の背を見て、共に抗って!」
その斬撃は芽を切り裂き、広場を駆け抜けた。
だが残骸の声はしぶとく、なおも根を地に残して蠢いている。
◆
群衆はその戦いを前に言葉を失った。
アリエルの力が怪物なき後の新たな盾であることも、同時に異質そのものの恐怖であることも――否応なく理解させられたからだ。
裂けたのは街路だけではない。
民衆の心もまた、完全には繋がらず、深い影を残していった。
夜、その影を遠見する二つの者がいた。セラフィエルとヴァルシュである。
「ほら、ごらんなさい。力が大きいほど、分裂も深くなる」
「ええ、これも歴史に刻もう。――“解放者は絆の裂け目と共に歩む”」
彼らの嘲笑をよそに、アリエルは胸の痛みで膝をつきながら、それでも剣を握り続けていた。
「裂けようと、砕けようと……そのたびに繋ぐ。それが私の戦いだから」




