第48話 秩序の胎動、さざめく陰謀
崩れた王城跡にて。
残骸の灰が風に散る中、アリエル・ローゼンベルクは民衆の視線を浴びていた。
胸の裂け目はいまだ消えぬまま、黒と金の脈動を続けている。
「……彼女がいなければ街は滅んでいた」
「だが、あの力は……」
人々の声は称賛と畏怖のあいだで揺れていた。
リリアは手を取り合う子供らと共に祈りを捧げ、カリサは疲弊した兵や市民を導き、瓦礫をどけていた。
光と炎――旗印を支える二人の姿が民に勇気を与えていた。
だが、問題は「その先」だった。
◆ 臨時評議
救出を終えた後、大広間の残骸にて臨時の会合が開かれた。
各区の代表、退役兵、そして民兵の指導者たち。
「これ以上の混乱を防ぐには、暫定的に新しい“統治者”が必要だ!」
「いや、王制はもう終わった。評議で運営すべきだ!」
「解放者本人にこそ立ってもらうべきだろう!」
賛否両論が飛び交う中、アリエルは沈黙していた。
リリアが小声で呟く。
「民衆は、あなたに王の代わりを求めています……でも本当は――」
アリエルは目を閉じ頷いた。
「私は王にはならない。旗印であり、戦う者でしかない。……未来は皆で決めるべきだ」
その言葉は一部の代表には歓迎されたが、反発の声も同時に上がった。
「だが旗印の存在が大きすぎる! 結局、彼女の影響に街が呑まれる!」
「彼女が怪物になったら、王都は再び滅びる!」
アリエルは唇を嚙みしめ、それでも静かに答えた。
「恐れてもいい。……それでも私はここに立ち続ける」
会議は終わりを見ず、亀裂だけを残して散会した。
◆ 影の視点
その夜、王都から遠く離れた丘に二つの影が佇んでいた。セラフィエルとヴァルシュである。
「評議も民も揺れに揺れているわ。あとは少し糸を引けば、自然と裂ける」
女天使の微笑は冷酷だった。
ヴァルシュは記録帳を閉じ、満足げに呟く。
「“解放者は王ではない”と自ら宣言した――それを記録した。必ずその矛盾が彼女を蝕む」
セラフィエルの瞳が王都の灯を映す。
「旗印は大きければ大きいほど、いずれは民自身の影を呼び寄せる。……王都を守ったその力が、今度は分裂を呼ぶ」
二人は囁き合いながら姿を煙に溶かした。
王都はまだ静寂を保っていたが、地中に埋まった残骸の破片が、かすかな脈動を響かせていた――。
◆
夜遅く。
アリエルは城跡の瓦礫に腰を下ろし、痛む左胸を押さえながら呟いた。
「……終わりはまだ遠い。でも、私がここに立つ意味は確かにある」
遠くでリリアの祈りの声と、カリサの笑い声が聞こえてくる。
それを聞きながら、アリエルは剣を膝に置き、薄い月光の中で目を閉じた。




