第44話 再建の誓い、揺らぐ市街
夜が明け、王都は荒廃した姿を露わにした。
焼け落ちた通りには瓦礫が積み重なり、負傷者の呻きが響く。
それでも人々は立ち上がり始め、崩れた建物を片づけ、互いに水と食糧を分け合っていた。
「……鎖に縛られなくなった分、自分たちで動かねばならぬのだな」
「解放者のために、この街を立て直すんだ!」
一部の人々は希望に燃えていた。
だが、別の声も確かに存在していた。
「アリエルがいる限り、再び廃墟が目覚めるのではないか……」
「異形の力を抱え込んだ者を旗印にしてよいのか……」
歓喜と恐怖。街は両極の声に割れ続けていた。
◆
王城跡。
アリエル・ローゼンベルクはまだ胸を押さえ、ようやく立てる状態だった。
裂け目は黒と金が混ざるまま鼓動を続け、完全には癒えていない。
リリアが不安げに囁く。
「……アリエル様。もしその力が再び暴れ出したら、人々の声はあなたを見放してしまうかもしれません」
アリエルはそれを承知の上で微笑みを浮かべた。
「怪物と呼ばれようとも構わない。私が倒れれば、また新たな鎖が人々を縛る。……だから歩き続ける」
カリサが拳を鳴らし、短く笑った。
「なら俺は支えるだけだ。世話が焼ける旗印だよ、まったく」
三人が立ち上がったその時――。
王都の東区から悲鳴が上がった。
「逃げろォォォッ!」
「黒い芽が、家を飲み込んでいる!」
アリエルたちは即座に駆け出す。
◆
現れたのは、地面から突き出した黒い樹木のような異形だった。
枝先は因果の糸を模しており、触れた家屋をまるで腐らせるように崩壊させていく。
リリアが蒼ざめる。
「これは……廃墟の主の残骸……!」
カリサが叫び、大槌を振るう。
「なら根っこごとぶち砕くだけだ!」
槌が幹を砕くが、破片から芽が再び伸びる。
焼いても斬っても分裂して再生する、厄介な「芽」だった。
アリエルが剣を構える。
胸の疼きは再び強まるが、彼女は叫んだ。
「……生き残りを逃がせ! 私が、この芽を断つ!」
〈因果断絶〉の閃光が枝を切り裂き、黒い破片が宙に飛ぶ。
だが金の輝きを帯びない斬撃では芽が再生を止めない。
「……普通の断絶じゃ効かない……!」
胸の裂け目が熱を帯びる。
影の声がまた囁く。
『お前が私を受け入れなければ、この芽は止められない……』
だが今回は、恐怖より仲間の声が勝った。
「アリエル様! あなたは一人じゃありません!」リリアが叫ぶ。
「俺が止めとく! お前は全力で狙え!」カリサが枝を押し返す。
アリエルは深呼吸し、剣に手を添えた。
「……なら、“今”を信じて斬る!」
紅黒と金を溶かし合わせた光――〈黎明ノ刃〉が再び走る。
閃光が芽の中心を切り裂き、その根を焼き尽くす。
黒い残骸が悲鳴のような音を立てて崩れ落ち、周囲の枝も霧散して消えた。
人々は恐怖に震えながらも歓声を上げる。
「アリエルが……また守ってくれた!」
「……やっぱり彼女しかいない!」
だが同時に恐れの声も。
「あの光は……廃墟の力そのものだ……」
アリエルは剣を下ろし、黙ってその両方の声を受け止めた。
「……いい。希望と恐怖、どちらも背負う。それが旗印として生きることだから」
空はようやく朝焼けを迎え始めていた。
だが地下で芽吹いた残骸は一つではないことを、まだ誰も知らなかった――。




